2017年12月 9日 (土)

改札の雨上がりのピ雪になるぴ

宙の会、題詠「改札」。

最高点句は、

  貴乃花で詰まる自動改札機    浅井ゆず

時事ネタに対する瞬発力といい、風刺画的仕立てといい、これぞ川柳!!

2017年12月 7日 (木)

くるくる

 電線にあるくるくるとした部分   上田信治(句集「りぼん」邑書林)

Img_1050_2 三年ほど前に、青が作った電線ジュエリーを思い出した。
これを作るために、一日電線の写真を撮って回った。自転車で、市内をくまなく走ってお尻が痛かった。

にしても、こういうのに気をとめる人がいるのだなあ…。

2017年12月 5日 (火)

あぁーー

師走の電車で神戸へ。

淡いピンクのコートはカシミアだろうか、仕立てがよい。肩にかかるゆるいウエーブヘアには、ゴールドをあしらった白いリボンのバレッタ。ランチパーティーにお出かけのマダムだろうかと、うしろ姿を見ていた。と、……肩甲骨のところの黄みどりのは……動いた!カ、カメムシ!どうしよう…カメムシついてますよと言えば、取ってくださいってなるよな〜。手で払ったら飛んで、周りがぎゃー!ってなるよな〜。次の終点まで、手の中に握っとく?ティッシュ、ティッシュ…ともたつくうちに駅に到着。動いたら何とかなるかと思ったら、カメムシは這い上がって髪に掴まった。髪が揺れて、海老ぞりみたいになりながらも体勢を持ち直し、蜘蛛の糸状態でしがみつく。カメムシは飛べるのに、なにを恐れているのだろう?そこでマダムは小走りになり、私とは別方向へ行ってしまった。
カメムシ、取って差し上げるべきだった。

神戸のランチでは、せっかくだから話題の「世界一のクリスマスツリー」を見ますか?と誘われる。「嫌だから見ません」。自分でも驚くほどの即答で空気を凍らせてしまった。
Twitterで流れてきた意見や、新聞記事を読んだところだった。運ばれてきた樹齢150年の木がかわいそうとか、そういうことではなくて、そこに付け加えられた「ものがたり」が、批判に応じてすり変わっていくところに違和感を感じた。プラントハンター氏のメッセージ(反論)も、「なんでそんな上からなん」と2回突っ込みながら読んだ。ただのクリスマスイベントとしてやっていれば、ここまで炎上しなかったのではないかと思う。震災犠牲者の鎮魂とか、子どもに夢を与えるとか、後付けされた感に胡散臭さを感じてしまう。極めつけは、新聞社のインタビューに答えての、「ツリーを見るのが嫌な人は見なければいい」発言。子どもじみた売り言葉に、子どもじみた反応をする私(泣)
自分の目で確かめたうえで判断した方がよかったかな…とも思う。

あわただしい中で、あわただしく反省。

2017年12月 4日 (月)

師走ごと石田ゆり子にくるまれる

二宮句会、雑詠。

小走りで句会へ向かいながら作句。街頭の大型ビジョンから、「おつかれさま」とガーゼの毛布みたいな声。前を歩いていた男性が、足を止めて見上げる。めずらしく、するっとできた句。
帰宅して、青に句のことを話す時に、「えと、ほら、あの、ゆりこ…」「こいけゆりこ?」「ちがう、ちがう」……。師走ごと小池百合子にくるまれる…ほとんどホラー。

2017年12月 2日 (土)

おっ!

Img_1049 俳句の小さな冊子。 タイトルも、紙もデザインもおっしゃれー!

俳句や短歌は、印刷物もWEBもハイセンスなのが多い。

  嚔その刹那アルハンブラを見た      西原天気

サブリミナル的アルハンブラ…やられた。

2017年11月29日 (水)

フライパンの取っ手のネジのゆるむ雨

ねじまき句会、雑詠。

ねじまき句会のHPに取り上げていただきました。
こんなに点の入る句じゃないはずなのに(笑) そうか、みんな、<くらっ>とするんだ。私は、菜箸とか木べらをさしているところに、プラスドライバーも入れてあります。フライパンも鍋も、こう<くらっ>とするのは、使い方が悪いのだと思ってました。

2017年11月28日 (火)

光ってみえるたった一つの角度

うみの会、雑詠。

ある作品について、「もうすこし表現を何とかして川柳にしないと…」という意見が出る。この作品が川柳でなければ、私の作品はもっと川柳じゃない…とドキドキ。
けれど、何をもって川柳と言うのか、明確な答えは誰からも出なかった。「川柳性」「川柳味」「川柳らしさ」は、感性で捉えるにとどまりがちだ。
句会後も考えていたのだけど、私が川柳ぽさを感じるのは、穿ちの発想についてが多いように思う。これからは、「川柳性」を感じた時に、どこが?と問い返しすようにしたい。
それから、ぼんやりした川柳観のなかで書かれている川柳の、それぞれの川柳観にできるだけ寛容でありたいとは思う。自由に表現できるところから、新しいものが生まれると思うから。

2017年11月26日 (日)

珈琲の粉のふくれる人生相談

つづきの会、雑詠。

車谷長吉さんの人生相談「人生の救い」を読む。同居する義父母の干渉と、多忙な夫とのすれ違いで心の病を発症したという40代の主婦の「義理の親を看取る理由は?」への回答は、義父母の看取りが厭なら逃げ出す以外にないが、逃げれば今よりさらに苦しい思いをする。人間としてこの世に生まれて来たことに一切の救いはなく、だから人はお遍路に行ったりする。自分も遍路に出たけれども、作家としての自分に救いがないことが分かった。…と説き、最後には、あなたさまを含めご一家の人には救いはないと思います。それを覚悟なさるのがよいと思います。と、書かれていた。ほとんどの悩みに救いはなく、自然に触れることや、散歩をすすめておられる。山の中で歌ったり、畦道でおにぎりを食べるなどすると楽しいらしい。
本を伏せて、珈琲を淹れる。いつもよりゆっくり湯を注ぐ。日暮れどきに、よくビルの植え込みのところに腰掛けて、紙パックの「鬼ころし」を飲んでいたおじさんのことを思い出す。あのおじさんは、人生をよく分かっていたのだなあ。

2017年11月17日 (金)

水曜日の手紙

素掘りのトンネルの先に、そのむかしは漁港だった海。そこにしばらく「水曜日郵便局」が立つ。私の水曜日を送ると、だれかの水曜日が送られてくる。見知らぬたった一人のだれかへの手紙は、川柳にも似ています。

「鮫ヶ浦水曜日郵便局」に手紙を書きませんか?詳しくは、こちら。ただし、今日は金曜日なのでおやすみです。水曜日にご覧ください。

2017年11月15日 (水)

シャンデリア

ジムのポルドブラの緊急代行がスマホに流れてきた。ユン先生、風邪でもひかれたかな。

今日は総仕上げのはずだった。ポルドブラは、振り付けは練習曲でレッスンして、通して踊れるようになってから仕上げの曲に合わせる。練習のあいだ、いつも仕上げの曲を勝手にイメージする。
今回、私の予想では、Bruno Mars 「Talking To The Moon」だった。
実際は、Sia 「Chandelier」。大はずれ。
それにしても、人形が踊ってるみたい……。こういう舞踏系の身体能力高いの、すごく好き。ことばのない表現でいちばん好き。

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