2019年11月 2日 (土)

「蛾」のガだけ舌にヽヽこぼれる常に

ねじまき句会、兼題「常」。
旅先で買った有機栽培の雑穀米から湧いた蛾が、白米にも入り込んで繁殖してしてしまった。「が!」「が!」「が!」青が叫ぶたび、ティッシュや掃除機や、うちわを手に出動。この夏は蛾とのたたかいだった。これまで雑穀米から虫が湧いたことなどなかったのだけど、何か特殊な処理でもされていたのだろうか?虫が湧くのは、ある意味安心な気もするけれど……。申し訳ないけれど、蛾はイヤだ。鱗粉がとてもイヤだ。

本日、コーヒーの注文ファックスが届く。よく見ると、相手先のファックス番号とうちの電話番号が数字一つ違い。6と8。老眼の私も、思わず番号いっしょ?と見間違った。送った、届いてない。消えたファックスって、こういうことなのか。いや、まだファックス注文とかあるんだ…。とにかく、発注できないと困るだろうと、送信者に電話したら番号が使われてないと言う。仕方ないので、相手先に送信しておく。スペシャルブレンド 80g×20袋 5,832円(税込)って、安っ!あとで調べてみよ。

某日、静かな住宅街の一軒家。月明かりとキャンドルの灯りに、秋明菊の白が浮かぶ。虫の声とときどき車の音、足音。一人、また一人、ことばを発する。闇を流れ、からだを流れてゆくことば……the night of voice ポエトリーリーディング・コトバノイエに参加。初めて川柳を朗読した。川柳ばかりだと単調になるので、散文詩のようなものを挟んで読んだ。持ち時間15分と言われていたのでほぼその時間にまとめたら、短い人や長い人まちまちだった。まじめか!前口上をたっぷり、動きながら、歌いながら、パフォーマンスもそれぞれ。私は、ただ淡々と読んだ。まじめか!一応練習したのに、本番で1句読み間違えた。うー、悔しいー。

某日、ねじまき句会。この日はラグビーW杯、日本vs南アフリカ。元ラガーマンの夫がどうしても一緒に応援しようと言う。句会と同じくらい大事な懇親会を欠席しろと!しかも競技場じゃなくて、家のテレビ!ムリ、ムリと取り合わなかったのだが、食べ物とビールもハイボールもワインも用意するとかあれこれ言う。青が今回はきいてあげたら……というので、しぶしぶ承諾。君が代に涙する流選手、「俳人の曽根(毅)さんに似てる〜」と言うと、青は「え、ナイツの塙やん」にはじまり、花園ラグビー場によくいる、勝手に解説してくれるおっさんのような夫のコメントを聞きながら観戦。南アのロン毛のSHがすごいことは素人目にもわかった。観たら観たで、たのしんだ。

某日、昨年につづき、ベオグラード在住の詩人、山崎加代子さんのお話を聴く。日常生活の不条理をゆるすこと、その結果が戦争につながる。セルビア人は戦争を語るが、日本人は語る、残すことをしなかった。多様性を受け入れること、ステレオタイプを壊すことは芸術の働き、役目で、なんとか伝える方法を考えたい。SNSやツイッターの発言は、早くて深まっていかない。ゆっくりした歩行がなくなったとき、戦争に突入する。メモのことばのどれもが、研ぎ澄まされている。

ブログをはじめた頃、ほぼ毎日更新していた。どこにそんな時間があったのかと思う。いや、あまり深く考えずに書き散らかしていたのだ…。それで、数々の失敗もした。慎重になりすぎると書けなくなる。川柳作品も、未発表の提出用にストックすることが増えて、アップできないことが増えてきた。ブログについてあれこれ迷う。書けるときに書けることでいい気はするが、変なまじめさが足かせになっている。

週1だったアルバイトは、バイト先の諸事情で増えつつある。仕事先から駅までに誘惑が多くて、ついついのれんをくぐってしまう。ついつい杯を重ね、気づいたらバイト代以上に散財。何をしているかわからない。そこには変なまじめさが、1ミリも発動されないのがふしぎだ。


 

2019年10月11日 (金)

嵐のまえに

台風が近づいている。もともと明後日は、東京の句集批評会に出る予定だったが、家族の行事が入ってきてキャンセルした。
家族の行事も、中止しよう、いややろうと、あっちからこっちからの連絡にぶんぶん振り回された挙句決行することになった。テレビでは、結婚式をキャンセル料50万を払ってキャンセルした人や、キャンセル料300万と言われて決行することにしたけれど招待客が半数になった人の話をしていた。たくさんのイベントも中止されている。収穫をむかえた農作物、果物も…、どこまで備えられるのだろう。今はまだ、おだやかな空へ大きく息を吸う。

某日、「106歳を生きる 篠田桃紅 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち」へ。ある日、川の字を書いていて、どうして線が3本なのか?もっと書きたいと思ったと。文字をはなれて抽象へ向かうと、それはもはや書ではないと批判される。それでも書きたいものを書きつづけてきた信念、書くことのよろこびが線に現れている。晩年は、金箔やプラチナに書く作品が多い。金属質に対して墨は素直になるとのことだったが、私は紙と墨がせめぎ合う作品の方が好きだった。年齢を考えると、筋力や視力も関係しているのかもしれない。桃紅さんは、作品にタイトルを付けることを好まれないらしく、大変小さく添えられていた。見る者も、自由なこころで受けとめればよいのだろう。
終了後、近くの古い旅館で、いっしょに行った方々とお昼をいただく。広間の床の間には立派な軸がかかっていた。勢いのある大きな二文字。なんと書いてあるのかと、誰かが言い出す。私は「無限」と読んだ。上の文字は「夢」ではないかと言う人もある。どうしても知りたい人が、お運びさんに尋ねる。女将さんに確かめに行ってくれた。「バンザイです」。萬歳…なるほど、景気のいい軸であった。でも、私は、無尽と感じた。それでいい気がしていた。

 

2019年10月 2日 (水)

神無月

十月に入りました。
書いても書いても締め切りが来て、いつもに増してお礼やらもろもろ行き届いていなくてすみません。

蔦屋梅田店「現代川柳と現代短歌の交差点」には、多数ご参加いただきありがとうございました。
歌人、川柳人、俳人がほとんどでしたが、これからという方も歌集、句集を手にしてくださっていて感激!どなたに言われたのか、書店で川柳のイベントってはじめてですね?と。だとしたら、歴史的な一歩? この交差点を今後も多くの人が行き交いますように。

イベント翌日は、ぼやっとしていたら反省の嵐で落ち込むので、連句会へ。
なごや連句会、瀧村小奈生さんの捌きで二十韻を巻く。数字はもう使っちゃダメ、カタカナももうダメと言われれれば言われるほど出てくる。五七五のときは七七が出てきて、七七のときは五七五が出てくる連句あるあるは、どうすれば克服できるのか?あと、連句4回目にして、連句というのは作句力とともに、気配りが必要なのだということがよく分かった。そこは、向いていないと思う。でも、回を重ねるごとにたのしくなってきていて、また機会があるとうれしい。

ラガーマンの夫は、このところすこぶる上機嫌。私はラグビーのことがよく分からないので、ラグビー放送はジャニーズとかが出てこなくていいねとか、ゲーム以外のことしか褒めないが、何を言ってもめちゃくちゃよろこぶ。今なら、句集もう1冊出したいと言えば、おー、行け行けって言いそう(笑)

某日、平田オリザ「エンパシーの時代〜これからの教育と演劇」。
講演の冒頭、電車などのボックス席でいっしょになった知らない人に、話しかけるかどうか問われる。・話しかける、・話しかけない、・相手によるの三択で参加者は挙手。話しかける人は1割。日本人はだいたい1割で、大阪がやや高め。過去最高は、富田林の6割!富田林、興味深い。
「わかりあえない」ことを前提に、共感のポイントを探るコミュニケーション。これって、川柳の読みにも言える。

某日、『KOUICHIRO KURITA -陰と翳-」
写真なのに、水墨画のようなやわらかなテクスチャー。それもそのはず、特殊な加工を施した和紙に、プラチナバラジウムプリントという技法で印画されているとのこと。これまで見てきた写真とはまったく違う。しずかなふかい世界に引き込まれた。
栗田さんのお話も興味深かった。「フォトグラフ」を日本語にしたとき、「写真」と翻訳したことが影響し、真を写す、リアリズムであると捉えられた。「フォトグラフ」は「光画」「光絵」であり、そこの違いは大きい。写真を撮りに出るときは、すでにいくつものイメージが頭の中にあって、それを見つけに行くのだと。写し取ったものの加工はまったくしないが、現実の風景を使って現実でないものを一枚の写真に作り出す。写真は写すのではなく、どれだけ作り上げるか。
栗田さんにとって、写真とは。「宗教で、麻薬」。 ギャラリー島田10月9日まで。

2019年9月19日 (木)

ぎりぎりやもやもやや

某日、「明日、締切ですが大丈夫ですか?」のメール。もしかして、私以外の人は原稿が出そろったのだろうか?と焦る。未発表10句。少し前に、未発表15句を出したばかりでストックがない。「なんとかかき集めて、明日にはそろえますので…」と返信。誘拐犯から身代金要求されているような心持ちで、句帳やフォルダーを開いて振ってみる。惜しい句に手を入れたり、なんやかんやしてぎりぎりに提出。

某日、新聞の選句。2ヶ月前、投句はがきに「ここ1〜2年投句してるんですが、一度も入選したことがありません。どこがどういけないのか聞きたいです!!」というコメントがあった。たまたまその月を含めて3ヶ月分の投句はがきを保管していたので、その方のはがきを探し出した。同想・類想を抜けることと、ものごとの説明をしないことの2点、例句もあげてお返事を差し上げた。はたして先月も今月も、投句がない。

某日、廃ビル、廃屋で大型インスタレーションを展示するグレゴール・シュナイダー氏のお話を聴く。シュナイダー氏の作品には、複製、二重といった手法がよく使われる。それについて「どういう意図があるのか?」という質問に、「理由なくやっている。理由があったらやっていない」と言われた。受け手に対して狙わないということは、やはり大事なことだ。

某日、青のかかっている歯医者さんがいいというので行ってみた。診察椅子の前にモニターがあって字幕映画が流れている。青はいつも洋画の青春ものだと言う。私は時代劇だった。患者に合わせているのか?椅子を起こされた時は、つい観てしまう。女郎屋で、遊女がこころ惹かれた客を追っ手から逃してやろうとする。敵が踏み込んで来た。椅子を倒される。遊女が敵に捕まって、首元に刀を突きつけられる。椅子が倒される。ものすごくもやもやするのだった。

某日、ねじまき句会。ゲストは、俳人の西原天気さん。「川柳人はわからない句を書く割に、人の句はわかろうとするんですね」。たしかに、解釈しよう、鑑賞しようとしすぎるきらいがある。名古屋はまだ暑かったけれど、句会にはあたらしい風が通り抜けて気持ちよかった。

2019年9月12日 (木)

虚構

須賀敦子没後20年の昨年、「須賀敦子の旅路」を出された大竹昭子さんと、イタリア文学研究者の武谷なおみさんのトークへ。
お二人が語る一人の女性としての須賀敦子と、作家須賀敦子。文章からの勝手な印象で、大いに納得するものと新鮮なギャップ。ますます、須賀敦子に惹かれた。声も文字も、かわいらしさにかなり驚いた。

エスプレッソのようなぎゅっとしたトークで、カップの底に残ったのは「虚構」の文字…。
「コルシア書店の仲間たち」は、須賀が事実を虚構化することへ一歩踏み越えた作品。作り話ではなく、作品化することで、より真実を伝えようとする虚構。須賀の虚構には、人に対する脅え、恐れが常にあったように思う。

2019年9月 9日 (月)

いない夏のいる日

今年のお盆は、Rちゃんのお参りに行けなかった。
西に向かう電車でふいに思い立って、上の娘さんのAちゃんに「お元気ですか?」と連絡してみた。
携帯が鳴って、八上さんの名前をみて驚きました。実は明日、結婚式なんです。これって母のいたずらですよね。
車窓には、いつのまにか海。二人でよく行った、境ガ浜マリーナを思い出す。
(びっくりしたじゃろ)Rちゃんの声がして、のどが詰まる。
はじめて下りた駅からはじめてのバスに乗り、高台のバス停を降りたら真ん前にRちゃんの名字の歯科医院があった。
めずらしい名字なので、写真に撮ってAちゃんに送る。それはもう母がそばにいますね!
……Rちゃん、なにか話したいの?

用事を済ませて駅前に戻るとちょうど昼どき。目についた定食屋さんに入る。
カウンター、テーブル、個室もある大きな定食屋は、ほぼ満席。なぜかピアノの生演奏をしていた。
客が次々に立つと、入れ替わりで入ってくる。元気なおばさんが4人で、ちゃっちゃと捌く。
「ぽんちゃん、レジ行ける〜?」「急須のふた、あらへん」「ごはん小な〜」「日替わり終わり〜」
その合間を、ユーミンや陽水のナンバーがゆったり流れる。
(どう味わってええんか、わからん)Rちゃんの声がして、おかしくなる。

帰りの海は、ほとんどひかりだった。

 

2019年9月 5日 (木)

蕪のなかの夜に

歌人の牛隆祐さん、詩人の櫻井周太さんとのユニット、「フクロウ」会議の創刊号が出来がりました。
「蕪のなかの夜に」をテーマに、それぞれの作品。歌人、俳人、詩人、川柳人による詩歌合評会も収録しています。
牛さんの声かけで集まった、ジャンルも作風も年代もバラバラの3人の共通点は、無所属。どうなるのかな?と思ったけれど、ふしぎと空気感がなじんでいる。牛さん、すごいな。

Ec5tf6qvaamhr8u 好評のブックデザインは、冨家弘子さん。
8日の文フリ大阪に出店します。取扱い書店は、HPの最新情報をご確認ください。

2019年9月 4日 (水)

川柳×短歌

蔦屋梅田店で「現代川柳と現代短歌の交差点」という、トークイベントがあります。
歌人の岡野大嗣さん、平岡直子さん。川柳人はなかはられいこさんと、私。司会は小池正博さんです。
ミニ句会もしますので、ご参加の方はぜひ投句ください!(投句締め切り9月16日)

2019年9月 2日 (月)

コピー機の光みたいに撫でられる

松江川柳会 全国誌上川柳大会

「選者を困らせてやろう」と呼びかけられた本大会。自由吟の8名共選。選者も投句せよと、選者泣かせの大会でした。
合点制(特選5点、佳作3点、入選1点)で、上位12名に贈られたのは松江特産品詰め合わせ。ラッキーなことに私もゲット。本日、骨まで食べられる「えてかれい」をいただきました。美味しかったです!!

大賞句は

  ぼこぼこにしてんかなすびにしてんか  河村啓子

「してんか」と「なすび」が巧い。こんなこと言われたら、ぼこぼこにできない。ずるいなあ〜。

さて、選評で3名の選者が、「難解語を揃えて『あんたこれ知ってるか』的作品は、辞書、ウィキペディアなどで調べた上で選外とした」、「『真新しい外来語を使った句』。その意欲は買うが、まだ認知度の低い言葉には抵抗がある」、「うろ覚えや、初めて知る言葉をインターネットで調べながらの選であった。充分に読み取れたとは言えないが、言葉に頼りすぎた作品もあったように思う」と、目新しい言葉を使った作品について触れている。

「選者を困らせる」が、まだ誰も使っていないような道具(言葉)で勝負!となったのだろうか?日頃、使いこなせていない言葉を使うのは相当むずかしいことだと、私も感じた。道具ではなく、新技というのもありで、そっちの方がよほど選者は困ると思うのだが…。

大会はたくさんあるけれど、あえて「挑戦的な句を作ろう」と呼びかける大会は類を見ない。松江が、伝説の津山や玉野のようになってくれるのでは…と期待を寄せている。

 

カナブンこつんと工員だった父

ねじまき句会、雑詠。

お知らせしたいこと、つぶやきたいことはあれこれありながら、8月は余裕がなかった。

ひとつは、週に1、2日仕事に行きはじめた。ブランクがあったので、体力、事務能力、コミュニケーション力…、あらゆる面で衰えを感じる。ほぼ1ヶ月のリハビリ期間を経て、今日はやっとちょっと取り戻したかな?と思った矢先、ミスをしでかしてしまった。ここで落ち込んでる場合じゃない。また、がんばるんやでと、ビールを1本多めにサービスした。

そんな8月に、母が10日間滞在。母の詩吟の先生であり、親友でもあるIさんといっしょに来て、最初の3日間は神戸観光。足腰の悪い二人を、灘の酒蔵、北野界隈、夜景、中華街から三宮、神戸港クルーズ、おいしいカフェや中華に和食にイタリアン、お好み焼きまでたっぷりガイド。しかしながら一番好評だったのは、朝食で評判のピエナホテルだったような…。朝食ブッフェは、種類もお味も噂に違わず、朝から間違いなく食べ過ぎてしまう。美容器具やヒーリンググッズなどの貸出しも充実していて、母たちの部屋には美顔ローラーをお願いした(笑)アメニティグッズも、スタッフ対応も◎。それでいて、お値段はリーズナブル。ほんとおすすめです。
Iさんが帰られてからは、我家に滞在。くるくるよく働く人だったけれど、家のことはほんとうに何もしなくなった。私が仕事に行く日も、お弁当作ってね、芋ふかして、桃剥いといて…といった調子。エンデイング(延命治療、葬儀、墓など)の希望を記入する母仕様の用紙を作ったり、姪っ子を呼んだり。細切れの時間で仕事をしながら、子育ての頃を思い出した。
母の口癖に「これが最後やから」がある。そう言いはじめて何年になるか。「さいご、さいご詐欺」と笑い飛ばしながらも、プレッシャーを感じる。自身の母に、もっと電話すればよかった、今なら寂しさがわかる式の話もチクチクする。さいごの2日は、富士山8合目、9合目のように、あとちょっと、がんばれ、がんばれ…と過ごして帰宅の日。九州豪雨!「『命を守る行動を』って言ってるから」と言う母に、「新幹線は動いてるよ」と言ってしまう。青が「おばあちゃん、今日帰らなくていいねんで。いつまでいてもいいねんで」とフォローして、1日延期に。

帰宅日。新大阪で、お土産に「551」を買うと言うので並んだ。3台のレジのうち一つが、カードの読み取り機の不具合で手間取り、列が伸びてゆく。母の番になった。母は補聴器をしていても耳が遠くて、私が大きな声で通訳しなければいけない。「チルドの肉まん6個入り」「チルドは4個のみです」「4個入り、のみだって〜!」「じゃあそれと、餃子」「餃子は焼きのみです」「焼いたのしかないんだって〜!」「え〜、じゃあどうしよう…」と、もたついてしまう。と、「はよしたらんかい!何どんくさいことしとんねん、あほか!ぼけ…」、いきなり後ろのおじいさんに怒鳴りつけられた。並んでいる間に、私が聞いて買うものを決めておけばよかったのだが、なんだかもう、疲れていたのだ。
朝から、近くのコンビニに宅急便を出しに行ったら、豪雨のため佐賀への荷物は受付停止。荷物の中には、さつま芋がどっさり。近所の八百屋さんの鳴門金時を気に入って、送ると言ってきかなかった。私が持ち帰って後で送っておくと言っても、郵便局に出したいと言うので、箱を抱えて行ったのだった。
おじいさんは、店員さんには「はい、ありがとう」「はい、ありがとう!」と愛想を振りまいて、私たちの後ろを通るとき、「ほんまにこのあほが!ええかげんにさらせ!ぼけ……」と睨みつけて罵声を浴びせていった。母の耳には聞こえていなくてよかったが、私は泣きそうだった。

母を見送って大阪駅で改札を出たとき、一瞬どこへいけばいいのかわからなくなって立ち止まってしまい、後ろの人にまた叱られた。
妹へ母が新幹線に乗ったことを連絡すると、母のいない間うれしかったと返ってきた。その足で、保育所へAちゃんをお迎えに行き、家まで1時間かけて歩いた。風に運ばれる葉っぱ、マンホールのふた、小さな黄色い花…。Aちゃんと立ち止まる時間はとてもやさしかった。

«菩提樹の香るこころがゆきわたる

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