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2008年1月 6日 (日)

燃え残るものの白さに詫びている

デザインを言葉にすることはもうひとつのデザインである。(原研哉「DESIGNING DESIGN)
銀座松屋や無印良品で知られる原研哉氏のデザイン集を読む。

原氏は「白」にこだわる。白はもともと、頭蓋骨の象形文字だとか。野ざらしになり、風雨と陽光にさらされた乳白の白・・・白はなにもなくて、すべてを包含した色だったのだ。

川柳を始めて2年くらいは、まず自分の想いに近いビジュアルを想起して、それに言葉を添わせるように詠んでいた。CMやポスターのコピーを作る感覚に近かったと思う。
最近はそうしたスケッチなしに、見て、聞いて、触れて、感じたままを詠むことが多い。
原氏の言葉を借りると「五感の覚醒」・・・川柳を通して、心身のセンサーが少しは能動的に働くようになったのかもしれない。

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