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2009年10月

2009年10月31日 (土)

夕暮れがギターケースにしまわれる

歩道橋の上、誰も足をとめないストリートミュージシャンが歌い終える。大切なギターをそっと寝かせ、ゆっくり閉じられるギターケース。
秋風に乗ってするっともぐり込む・・・夕間暮れの雑踏の夢。

2009年10月30日 (金)

どのこがほしい どのこもほしくない扉

アルバイトの私が、アルバイト採用を担当することになってしまった。
な、なんと82歳の大先輩から応募があった。「人生経験80年、職業経験60年のキャリアが必ず御社のお役に立ちます」・・・残念ながら、採用は見送らせていただきましたが、どこかで生かされることをお祈りしています。勇気をいただきました。ありがとうございました。

2009年10月28日 (水)

まっすぐに追いかけなさい秋の蝶

蝶は、とんぼのようにすいすいとはいかない。ふわりふわりと揺れながら飛ぶ。
ほらほら、まっすぐに追いかけなさいよ・・・と言ってから、だんだん蝶は蝶で、そのままでいいような気もしてきた。秋は、思考も揺れる。

2009年10月27日 (火)

階下にあった開けっ放しの昭和

駅地下に、小さな飲み屋が肩寄せ合って佇んでいた。そこに、取り残されたように。
開けっ放しのドアからは、テレビの音や、カラオケの音が流れ、もの悲しくなるにぎやかさだった。めずらしく水割りを飲んで、昭和を歌って、昭和のオヤジのようにちょこっとエラソーなことまで言ってしまった。
地上へ出ると浦島太郎になったようで、茫然としたまま電車を乗り過ごし(ほんとうは寝ていた)、帰りの電車がなくなって、昭和のオヤジのようにタクシーで帰った。

2009年10月26日 (月)

目を閉じてチェロ弾くように抱かれる

兵庫県芸術文化センター管弦楽団、定期演奏会「ロマンティック・ロシア」へ。
クラシックは、バレエ音楽くらいでしか聞いたことがなくて、オーケストラは初めて。ヴァイオリンやハープ、フルート、クラリネット・・・楽器の音の豊かさと、多様な音色の重なりに感動を覚えた。

ロシア音楽は、ゆるやかな旋律でも重苦しさを感じる。ロシアへ行ったことがあるという、ごいっしょしていた姉さんによると、ロシアは空も大地も川もどよ~んとしていたそうだ。
風土というものが、人の気質やそこから生まれる音楽や絵画や詩、物語・・・あらゆるものに影響を与えるのだ・・・とあらためて感じ入った。
いつか山里に暮らしたいなぁと・・・漠然と思う。

2009年10月25日 (日)

たましひの寄り添いたくてごはん粒

新米は、ほんとうに美味しい。そして美しい。
炊き立ての釜をあけるたび、輝いてるね~!とオヤジのように声をかけてしまう。

子どもの頃から、なぜかくじ運だけはいい。がらがら抽選で山形の「はえぬき」が当たった。よっしゃ~!
娘に、「くじ引く?」と聞いたら、「こんなとこで“運”使ってる場合じゃないから」って。そんなこと考えたことなかった・・・。こんなとこばっかりで、運を使ってきてしまった。

2009年10月24日 (土)

薄紙を重ねるように嫌になる

嫌なことをいわれたとか、決定的な理由があるわけではない。
なんとなく話のリズムが合わない。笑いのツボが違う。視線に圧迫感を感じてしまう・・・そんなこんなが積み重なって、会うのを億劫に感じてしまったり・・・。
「気が合う」というのは、深い言葉だなぁとしみじみ思う。

2009年10月23日 (金)

神さま、と呟いていた芒原

5年ほど前、仕事のことで悩んでいた。自分の中での結論はほぼ出ているのに、巻き添えにする人たちのことを考えると、なかなか決心がつかなかった。
時間があれば河原へ下りては、石段に座ってずっと川面を眺めたり、ただ黙々と歩いた。
ある日の夕暮れ、視線の先にすすきが揺れていた。透き通るようなやわらかな光がやさしく波打ち、洗われるような、溶けるような不思議な心もちになり、思わず「神さま、」とちいさな声が漏れた。神さま、の後はことばにならなかった。

それで「神さま」のあと、一字あけではなく、「神さま、」なのだけれど、読点はどうなんだろう?

川柳と出会ったのは、ちょうどその頃。誰にも言えないことが多すぎて、胸のつかえをどうにかしたかったからかな?

2009年10月22日 (木)

壁の絵の傾いている祝賀会

川柳ミニコミ誌「くねる」3号ができあがりました。
ご予約いただいていた方には、お手元に届くころかと思います。

新規のお申し込みは、kunerist@yahoo.co.jp まで。
購読をストップしたい方も、上記にご連絡くださいませ。

打ち上げの居酒屋の個室。壁の絵の右肩が下がっていました。・・・暗示?

2009年10月21日 (水)

白桔梗いもうとほどはあいされず

めずらしく、するするっと詠んだ句。
数年前だったら、白桔梗ではなかったと思う。
あ~、白桔梗になったんだ・・・と、うれしくなった。

2009年10月20日 (火)

蝶の棲むちいさな臓器あった場所

時おり、微かにくすぐったいような違和を覚える。蝶が翅をひらいて、とじて・・・闇をひろげている。

2009年10月19日 (月)

火にかけた水のひそかな息遣い

映像作家・崟利子さんの「タカシ時間Vol、1」を観に、神戸映画資料館へ。今回は、「伊丹シリーズ」、「長田シリーズ」から、3作品を上映。私の住む伊丹と長田の町の、なんでもない日常を切り取ってみせてくれた。

一番好きだったシーンは、長田の商店街の洋品店。小さなおばあさんが、店頭のワゴンやら箱やらを引きずりながら、店じまいをしている。店先には、寝そべったきりの老いた犬と、もう少し元気な犬がいる。品出し、店番、店じまいを、ずっと繰り返してきたのだろう。おばあさんは箱が持ち上げられなくなり、犬は立っていられなくなっても、淡々と繰り返されている日常がそこにある。
日ごろ、いくらでも見ていそうな風景が、こころに迫った。

私は、風景を大きくとらえるより、細部にフォーカスしていきがちだ。たとえば寝そべった犬に、その犬の腹に、その動きに・・・と。さらに、ことばで見ている。おばあさんと、犬と、震災後ピカピカになったショウウィンドウ・・・同時にみなければ、見えなかったものに気づかされた。「見る」ということを、教えられた。

「水」になつかしさを感じるというのも、発見だった。ゆるやかな映像なのに、いっぱい刺激をもらった。

2009年10月18日 (日)

青葱の束を折らずに持ち帰る

昨日の句会の席題のひとつ、「野菜」の句。
投句用紙が題ごとに、本名、雅号を書かなければならず、思いのほか時間がかかる。さらに、えんぴつの字が薄すぎるかしら?と心配になって消して書き直したりしていたら、締め切り10分前に。よく考えたら、パソコンに入力されるので、少々薄くても、汚くてもよかったのだ。
席題2題を10分・・・1題5分・・・1句2分・・・私のいちばん苦手なパターンだ。前日の買い物から青葱。冷蔵庫の中で気になっていたみょうがを、頭に浮かんだイメージのままに書きつける。

葱、ごぼう、大根・・・長い野菜を切ったり、折ったりするのが嫌い。すれ違う人に引っ掛けたり、自転車のカゴから落っことしたりと、あれこれ失敗しても、そのままを持ち帰る。それは、あまり意識していなかった私のこだわりだったのだ。
そういう「わたし」が出てくるのも、「場」のおもしろいさ。家で、さぁ2分で・・・とやっても絶対に出てこない。

2009年10月17日 (土)

ねんねんよ水は小声で歌いつぐ

本日、川柳ジプシーは、名古屋「センリュウ・トーク」へ。

私の少ない経験からだが、類をみない句会だった。食文化よろしく、中部地方独特のならわし?
まず、当日の席題以外は、5句1組千円で、何組でも投句できる。そして会場内にパソコンが5~6台用意され、句はすべて入力されたもので選句される。披講も、一部はプロジェクターでの投影プラス朗読。そして、賞品が大きい!驚きの連続。

句は、さりげないようで深い句が多かった。さらさらと書いているようで、初心者には絶対に出せない線、かたち、味わいの榊莫山氏の書のように、ことばを大事に大事に使いつづけた後の句だと思う。詠みつづける、読みつづけるしかないのだろう。とても勉強になった句会だった。

2009年10月16日 (金)

発芽する 淡き光をたずさえて

しばらくウォーキングをさぼっていたら、人生最大の体重になっていた。あわてて、歩く。

今朝は、表札を読みながら歩いてみた。谷垣さん、加藤さん、山本さん・・・おっ!ここは自民ストリートではないか。
自民ストリートを左に折れて、細道に入ると、いきなり宇多田さん、一瞬、宇多田ヒカルのようなアヒル口になる。二軒となりは、河村さん。河村隆一の鶏の首を閉めたような声が、右耳から左耳に抜ける。そして、中島さん。「地上の星」のイントロが流れ、なぜかしゃきっと胸を張り、大股になる。「ヤガミは歩いた」・・・「ようやく踏み切りに着いた」「遮断機が降りた」と田口トモロヲナレーションで、ミュージシャンストリートを抜けた。

鉢植えの濃い緑の葉っぱに新芽がでていた。芽が出るときに、ちいさな光もいっしょに生まれる。

2009年10月14日 (水)

母だけが酢にむせていた祭ずし

子どものころの秋祭りは、ちらし寿司とすき焼きだった。
父の兄弟姉妹や従姉妹が集まって、父はひたすら上機嫌。お酒がすすむと、母や私と妹のことをよく褒めた。父の三人の姉妹は、(はじまった)と言わんばかりの反応で、子ども心に恥ずかしかった。
母はそれに気付かないのか、叔母たちに聞いてほしかったのか、祖父母(父の両親)の愚痴をこぼしてしまったりするのだった。叔母たちの目配せと、その冷ややかな目線に、母の味方はひとりもいないと感じた。

母のお寿司は酢が強め。合わせ酢をまわしかけて団扇であおぎながら、必ずむせていた。

2009年10月13日 (火)

神さまの留守に生まれて奔放な

神無月三姉妹と呼ぶ大好きな姉とともに、今月は誕生月だ。神々が出雲に集合する神さまの手薄なときに、私たちはこの世に生まれおちた。そのせいでか、根はマジメなのだが、どこかこの世からはみだしてしまうようなところがある・・・ように思う。

その私たちの所属する、「エレガンスマダムの会(略称エレマダ)」から、久しぶりの緊急招集である。
実は「エレマダ」は世を欺く表向きの名称。正式名称は「白ブリーフ被害者の会(略称シロブリ)」である。6年ほど前、中学のPTAつながりで集まったメンバーで、男の子の下着の話題から、話はずんずんあらぬ方へと盛り上がり、即「シロブリ」結成と相成った。会長、副会長、書記、会計などは立候補ですんなり決まり、あぶれた私は広報担当に。
ここで、約1名ことの成り行きを見守っていたBちゃんがおもむろに切り出した。「白ブリじゃないねんけど、私も入れてほしいねん」・・・「とりあえず被害状況を聞かしてもらおか」と、会長のIちゃん。
なんとBちゃんのつれあいは、白ふんどし愛用家!ふんどしは市販されていないため、さらしに包帯を縫い付けて作らねばならない。洗たくすると、干すのにも一苦労。おまけに、二度も洗たくばさみをすり抜けて社宅の1階のお宅の庭に落下したのだとか。・・・もちろん、満場一致で入会は許可された。
余談だが、ふんどしはたいそう心地よくて、一度締めたら病みつきになるらしい。つれあいのお父さんが、試しに締めて手放せなくなったそうだ。
 
ある日、Iちゃんが「私、シロブリの会長降りなあかんかもしれん・・・」と蒼白になっていた。「・・・Mさんが急にトランクスに変えてん・・・」・・・いやいや、現在進行形じゃなくていいから(爆)。
その後、「シロブリ」は活動の幅を広げ、地域の教育や人権問題なども視野に入れ、細く長くふんどしのようにつながっている。(ほんまですって!)
私は、本日はじめて広報の役割を果たすことができた。

2009年10月12日 (月)

白い夢みた保健室のベッド

帰宅したらいきなり娘に叱責された。卒業した高校の制服を私が捨てたからだ。
「桐ちゃんは、どうしてなんでも捨てるの?!」
だって、もう着ることはないし、誰かに差し上げようにも、去年に制服は一新されてもらい手もないじゃない・・・。

それから、パスタを茹でようと思ったら、使いかけの袋をさかさまにに持ってしまい、バラバラっと床にばらまいた。制服の叱責に、軽く凹んでいるせいだ・・・。

私が行く予定だった所用を、つれあいに行ってもらうことにしたら、旅割チケットの変更手数料がかかって普通に買うより高くついてしまった。買うときに、使用者が変わるかもしれませんと言ったときは、そんな説明なかったのに・・・悔しい。

洗濯物を洗濯機に入れようとしたら、娘に干すのを頼んだ洗濯物がうずまき状のまま残っていた。まったくエラソーなことばっかり言ってこれだよ!と、次第にやさぐれる。

タイミング悪くメールをよこした人に、すこし突っかかって、かなしくなって豆大福に手を出してしまった。

しょげてベッドに横になったら、気の休まらない保健室のベッドに横になっているような気分だった。

朝は、あんなにさわやかだったのに・・・。

2009年10月11日 (日)

おだやかな朝ひとつ ハイジの白パン

ひんやりと澄んだ、秋の朝のリビング。
淡い青空にやわらかな雲がたなびいて、遠くを音もなく新幹線が走り去る。
ぼこぼことコーヒーの香り。ことこととゆで卵の弾む音。

頭痛がやまないというあの人、旅先のあの人、風邪ぎみのちいさな人・・・あの人、この人を思う。あいたい人、話したい人、お礼を言いたい人も思う。
秋の朝の光は、白パンにしてくれる。

2009年10月 9日 (金)

さかなの目 とり残されているわたし

昨日は、台風で散歩会も中止。水上バスの予定だったのに残念。
でも、退院するゆずを迎えに行ってやることができた。昨日は一日中、ヒンヒン(痛いよう~?)と甘えていた。身長の半分以上の長さの傷口なのに、手術3日めにして普通に歩けるのは、さすがに犬!

それから、久しぶりのDVD。「ティファニーで朝食を」をはじめて観た。赤色がとても効果的に使われていた。
1961年の映画なのに、ジバンシーのドレスやコートがまったく古びてなくて素敵だった。奇をてらわず研ぎ澄ましたデザインには、時代を超える力がある。

ことばもそうかもしれない。いや、そうだ。
そう意識してから川柳のできないこと!
そして、気を抜くと♪ムーンリバーを口ずさんでいる。スーパーで大福餅を手に歌っていた・・・。なにものだ?!

2009年10月 7日 (水)

しんぶんをひろげて夏を始末する

昔は、新聞をよく使った。爪を切るとき。お習字の練習・・・。普段使わない食器を包み、箪笥の引き出しの底にも敷かれていた。家をかたづけると、たいてい色の変わった古い新聞がでてきて、読みふけったものだ。

新聞で、時おり思い出すシーンがある。小学校2年生くらいだと思う。理科で、方角のテストがあり、ほぼ全滅だった。母は新聞の真ん中に私を立たせて、四方に大きく東西南北と書き、いろいろな方向を向かせては、後ろは?、右手は?と答えさせた。新聞の真ん中で泣きながら、縁側がみなみ、鏡台がにし、台所がきた、テレビがひがし・・・と覚えた。
大人になってから気づいた。北は一定のはずなのに、テストの中では北の位置が変わることで分からなかったのだ。「ここが北だとしたら・・・」と言ってくれたら、もう少し理解できたと思う。
ま、しかし方向音痴は相変わらずだ。地図も読めない。方角がまったく分からない。台所も鏡台も、テレビもないのだもの・・・。

2009年10月 6日 (火)

祈りたい両手 米研ぐ葱刻む

落ち着かなくて、特に手がずっとなにかしていたがる。
今日は、愛犬「ゆず」の手術日。お腹のできものを取ってもらった。
退院は明後日。明日は、病院が休診の日で、面会もかなわない。
今ごろ、泣いてはいないだろうか?

金縛りにあって、ものすごく怖い夢を見たとき、実家にいるはずのゆずの鳴き声がして夢から私を助け出してくれた。不思議なことに、その夜は一晩中、ゆずが仔犬のころ、私のわき腹にくっついて眠っていた時と同じあたたかさを感じていた。
・・・今夜は私が守ってあげる。離れていても、そばにいるから。

2009年10月 5日 (月)

使い捨てカメラのなかで笑ってる

まだ20代だったころ、旅先で同年代の女性から、いっしょに写真を撮ってくださいと頼まれた。
女ともだちといっしょに来てることになってるんです。帰って母に見せないといけないので・・・と。名前も知らないその人は、親しげに手をつないだり、肩を組んだり、ふざけたポーズをとっていた。
私は、笑っていたのだろうか?もちろん、あの写真はもうどこにもないだろうけど・・・。

2009年10月 4日 (日)

お下げしてよろしいですか月の皿

もうすこしいっしょにいたかったのに・・・。
じゃぁ、そろそろ・・・。

2009年10月 3日 (土)

みんな降ろしてここから加速する列車

今、雲間からお月さまが見えました!
吸い込まれてしまいたい、抜け穴のようでした。

列車も鳥も、空の抜け穴に急いでいます。

2009年10月 2日 (金)

オークションに出す未使用のくちびる

知人のPTA仲間が熱狂的な「嵐」(ジャニーズ)ファンで、コンサートチケット(?)が当たるとかで、ハウスのカレーとシチューを100箱あまり買って、カレーとシチューの日替わりメニューを食べているのだそうだ。
そんなアホな~と思っていたら、別の友人から「ハウスこくまろカレーを1箱100円で買ってください」メールが。こちらは、なんと65万円分もカレーを買ったらしい。
私の身近に二人もいるということは、この秋はどこへ行ってもカレーの匂い漂うカレー列島になるかもしれない・・・。

「嵐」ねぇ・・・スマトラ島沖地震チャリティーコンサートを開いてくれないかな。

2009年10月 1日 (木)

沈みいるしずかな魚の貌になり

魚のように濡れた眼で、表情をなくした人を見送って神無月がはじまった。
私にできたことは、あったのか。まだできることはあるのか?

沈みながら、たとえば花の芽のような、ちいさな希望や夢のようなことを思い出してほしいと願う。またきっと、どこかで会いましょう。

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