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2009年11月

2009年11月30日 (月)

決めないと決めて芒になりました

目の調子が悪くて、パソコンも本もつらい。
ダメとなると、禁断症状的に見たくなる。
おそらくパソコンは、1週間もすればあきらめがつくと思うけれど、本はつらい。
なので、目を大切にすることにします。

2009年11月28日 (土)

金魚のあぶくちいさく好きと言うように

大掃除の手はじめに、窓拭きをする。
陽の落ちた窓に、くっきりと自分の姿がある。遠くの窓明かりも昨日までより近くに見える。
世の中に「ガラスクリーニング選手権大会」なるものがあることを先日知った。ガラス掃除は、精神によき仕事だと思う。

2009年11月27日 (金)

毛糸玉 まあるく亡夫を巻き終える

夫のおばあちゃんは、よく編み物をしていた。秋口になると、古いセーターやチョッキをほどいて、こたつの出る頃から冬中編んでいた。私も、ときどき糸巻きを手伝った。
おばあちゃんのつれあいは、人がよすぎて騙されたり、負債を背負わされたりと、おばあちゃんは随分苦労をかけられたらしい。
そんなおじいちゃんの古着をほどきながら、おばあちゃんはときどきぼやいていた。それで、自分のズロースなんかにして穿いていたのは、やっぱりちょっと仕返しだったのかなぁ?

2009年11月26日 (木)

ゆっくりと墜ちて 辿りつけました

山へ向う電車を、残念な報せが追いかけてきた。華やかなはずの秋の山は、たちまち曇り空の下に沈む。うっかりと、こんな日に予定を入れた罰みたい・・・。今日は父の忌だし、父さんもさぞ怒っているのだろうな・・・。
ロープウエイで山を登り、下りる。紅葉の谷へと滑らかに落ちてゆく。危ういバランスでそこにあり続ける岩岩も、落っこちて崩れてしまいたくはないの?・・・と、次第に破滅的思考に傾く。
宿で温泉に浸かりからだがほぐれると、思考もほこほこ弛む。風呂上りのビールに至っては、「大丈夫な~のだ」とバカボンのパパにしてくれる。我ながらつくづくカンタンだなぁと感心した。
夜中にふと目覚めたら、なぜか赤ん坊のように両手を上げて眠っていた。ふとんに手を入れてふたたび眠り、小春日の朝を迎えた。
紅葉、黄葉は、陽の光を受けてかがやいている。『生きるの大好き冬の初めが春に似て』という、池田澄子さんの句を思い出す。生きるの大好き・・・そう思える日は、時おり巡ってくる。かならず巡ってくる。

2009年11月25日 (水)

胃袋に今夜も雪が舞っている

氷点下でしか咲かない花もあるのだし、何かが生まれるのだと信じよう。

2009年11月23日 (月)

鍋底の蜆の横でとり乱す

友人のお父様は77歳。近年、友人、知人とのお別れが多くて、心細さや死に対する不安を口にされるそうだ。
私たちも、決して明日が約束されていないことは知っている。だから、今日を精一杯という風には、なかなかなれないのだけれど・・・。
この世とどのような別れ方になるのか?今際のきわに、何を思い、何を口走るのか・・・などと、ふと思いめぐらせるのも、やはりこの季節が多い気がする。

2009年11月22日 (日)

骨という骨たしかめ合うて鳴き合うて

つれあいの実家でさがしものをしていたら、子どもたちのなつかしい絵本や、積み木、ビー玉、花はじき、レゴ・・・おもちゃがいっぱい出てきた。いっしょにするすると想い出を引っ張り出して、久しぶりにみんなで大笑いした。
全身でたしかめ合い、ぶつかり、守っていたあの頃・・・。

2009年11月20日 (金)

この秋の京都も赤が足りません

大人の遠足シリーズ、今年の秋は京都で香道と紅葉。

「香道」は、香炉でたく香木の香りをたのしむもの。香道では香りを“嗅ぐ”のではなく“聞く”と言い、香炉から漂うほのかな香りに、しずかに心を傾ける。
香木は香りの性質によって、伽羅(きゃら)、羅国(らこく)、真南蛮(まなばん)、真那賀(まなか)、寸門陀羅(すもんたら)、佐曽羅(さそら)の6種に分かれ、さらに香りにも、甘、酸、辛、鹹(かん)、苦の5つの味があるのだとか。
今回は、「三種香」と呼ばれる、3種類の香りを聞きあてる香り遊びのようなことを体験した。
香をたいたり、聞いたりする、一連の作法がなんとも優美。3種の香を順に聞いてはお隣にまわして、最後に小さな和紙に答えを記入する。
答えは5通り。3本の線を引き、同じ香りのものは上で線をつなぎ、3つとも香りが違えば「緑樹の林」、1番目と2番目が同じなら「隣家の梅」、最初と最後が同じであれば「孤峰の雪」など、それぞれにつけられた美しい名前も書き添える。
私は、最初と最後が同じ香りだと思ったので、「孤峰の雪」と書くべきところを、全部同じ香りの「尾花の露」と記入していて、答え合わせの途中で「間違えました!」と言って笑われてしまった。
答えの用紙に記入する自分の名前は、男性は漢字。女性は、「子」と濁点をとったひらがなで記入。「和子」さんは、ちょっと・・・どうなんですか・・・。
正解は、どれも香りの違う「緑樹の林」。もっとはっきり違いの分かるものかと思ったら、微妙な違いを聞き分ける高度で繊細な遊戯だった。
やわらかな香りに満たされて、こころがゆるり~とほぐされてゆくような非日常なひと時を味わった。

それから、京町屋で京野菜中華とちょっとビールをいただき、南禅寺、永観堂へ。もみじの色づきが年々悪くなっているようで、少々気がかりながら、雅やかな京の秋を堪能!

2009年11月18日 (水)

夜遊びのブーツうなだれ雨の秋

ちいさい頃から、怖かったりかなしかったりすると眠ってしまう。
あれは何だったのだろう?行き先も告げられないまま、家族で車に乗り込み出かけたことがあった。父と母はことば少なで、不安になるようなドライブだった・・・私は何度も目を覚ましては眠り、目を覚ましては眠りしていた。
同居していたおじいちゃんが亡くなったときも、ちょっと寝ていい?と母に尋ね、しばらく眠ってしまった。

娘が友達の家にあそびに行った帰り、電車を乗り間違えて、とんでもないところで帰りの電車がなくなったと連絡があった。兄を迎えにやったものの、深夜の駅で一人待つ間なにかあったら・・・と心配で心配で、なんどもメールで無事を確かめる。「お兄ちゃんがきた」とメールを受け取った途端、事切れたように眠ってしまった。

怖い、辛い、苦しいと眠る・・・は周囲からは理解されず、ただの呑気ものだと思われている。

2009年11月16日 (月)

ぬるま湯のような場末に浮かぶ首

神戸元町の路地裏に、古い焼き鳥やさんがある。看板の提灯、店内の使い込まれたカウンターやテーブル・・・、はじめて行ったときは、隠れていた昭和を見つけた気分だった。
メニューは焼き鳥のみ。黙黙とおやじさんの焼く焼き鳥を、適度に愛想のないお母さんと娘さんが運んでくれる。

おやじさんの手元からもうもうと立ち上る煙のように、静かに活気ある店はありそうでなかなかない。おだやかに独り飲みながら、トシをとるのも悪くないなぁ・・・としみじみ思った。
店の名は「三枡」。

2009年11月15日 (日)

むず痒い名前剥がしていいころね

愛読しているホームページやブログを巡回するのが、朝晩の日課になっている。
そんな中で、本人を知っていると、いつも素顔、あるいは薄化粧、厚化粧、仮面で通して語る人と、日によってよそ行きだったり、普段着だったりする人があるなぁと感じていた。

ウィーン世紀末展では、さまざまな自画像があった。とりわけ、エゴン・シーレの、極端にデフォルメした自画像が印象的だった。
 自画像を描くタイプ?描かないタイプ?
という句を詠まれた方がいたけれど、描くか描かないか、写実か印象か、正面か横顔か・・・性格判断できそう・・・。

2009年11月14日 (土)

書割の月のようだわ あなただわ

舞台ではあれほど妖しく輝いていた月が、ベニヤ板に張りついている。まっ黄っ黄のウソ色をして・・・。
いやいや、一世一代の大芝居をみせてくれた・・・のですね。ありがとう、胸がふるえました。

2009年11月13日 (金)

振り返る とっくに捨てた声のはず

犬を捨てたことがある。
そのとき犬は鳴きはしなかった。
・・・あれから、まぼろしの声を何度も聞く。

2009年11月12日 (木)

ああみえて月も素顔は荒れていた

昨春の小学校の同窓会を皮切りに、中学が昨夏に開かれ、今度は高校の案内が届いた。幹事が重なっているので、名簿が流用(活用?)されるのだ。
昨日は、幹事以外の同級生から突然手紙が届いた。同窓生だし、学生時代は仲良しだったから、連絡先を教えても問題ないだろうという判断なのだろうけれど、正直気が重い。

川柳界でもある。連絡先を教えた覚えのない人からメールや手紙が届く。聞いた方にも、教えた方にも、悪意や下心(?)のないのは承知している。それだけに、違和を訴えにくい。直接聞かれればたいてい教えるのに、天邪鬼か?

堅苦しい人やなぁと思われるかもしれないけれど、個人情報の取り扱いにはこだわる派だ。昨日の手紙も、懐かしい相手ではあるのに、どうして私の住所を?というところに引っ掛かっている。

2009年11月11日 (水)

終電のらくだガクンと膝を折る

「らくだ」の句は、とうとう詩にならなかった。
さっきテレビから、「むかしの人はらくだを見て旅に出たくなった」・・・と流れてきた。なるほどね~。素敵な発想だなぁ・・・。

 シリコンでこぶを大きくしたラクダ

らくだ界では、こぶは強さのシンボル。一つより二つ、大きいほどよしとされる。最近は、注射1本で手軽に大きくできるようになった。
一方、こぶを切除して、逃亡するらくだも・・・。

2009年11月10日 (火)

なんとなく数えてしまうイカの足

海中の生物というのは、あまり進化する必要がなかったのだろう。原始の姿に限りなく近い。シンプルなライン・・・見ようによってはうつくしい。

2009年11月 9日 (月)

おやめなさいとキューピーの手を下ろす

お気楽な受験生がテレビを見て大笑いしているので、「余裕やね~」とイヤミを言ったら、「これは『すべらない話』やからええねん」だと・・・。
「まだ早いよ~」とキューピーの手を下ろしていたが、いつバンザイできるのやら・・・。

2009年11月 8日 (日)

罠でしょう沼のほとりの赤い花

「今年は野ぶどうにはまりました・・・」と、おたよりに野ぶどうの写真が同封されていた。
青磁のような青、群青、紫のちいさな実が蔦の先に揺れて、少女たちの他愛ないかなしみのよう。蔦のカーブ、葉っぱのかたち・・・どれもおしゃれで、写真を飾ってたのしませていただいている。

噂のヒートテックを買いにユニクロへ。レジは長蛇の列。老若男女、何枚も買っている人が多かった。「ババシャツ」じゃないよ・・・「ヒートテック」だもんね。もちろん、デザインも機能も重要だけど、ネーミングもことに大事だと思う。

2009年11月 6日 (金)

まばたきをするたび舟が消えている

年々、別れがふえてゆく。
さきの世が親しみ深くなってくる。

2009年11月 5日 (木)

いっぽんの線になるまで抱きあう

散歩会で「クリムト、シーレ ウィーン世紀末展」へ。
エゴン・シーレの線描は、呼吸に合わせて動いても不思議ではないくらい生きた線。

今日は参加者、出句ともに多く、約800句の中から10句を選ぶ。
いま見たこと、いま感じたことを句にすることもさることながら、短時間に句を読み解くことも散歩会ならではの川柳鍛錬。今日は、エネルギーを使い果たして、白粥を炊いた。

2009年11月 4日 (水)

閉まらなくなってしまった夜の蓋

私の知らないところで、“桐子を占い師に!プロジェクト”が動いているらしい。
タロット占いを受けた知人が、あれなら誰でもできるんじゃないかということで、その場にいたメンバーで占い師向きをピックアップした中から、私に白羽の矢が立ったとか。
元手もいらんし、椅子さえあったらできるで・・・歳とっても座ったままできるし、10分1,500円やで!と勧められる。柿渋染め作家のMちゃんがヴェールを作ってくれて、元劇団員のFさんがせりふ指導までしてくれるらしい。いやはや、ありがたい・・・。
それで、占いの最後に川柳を1句差し上げる。ここが他社(者)との差別化だそうだ。(ほんとうに付加価値になるのか?)

夕べ、窓からUFOが入ってくる夢をみた。・・・数年後、“伊丹の母”になって、三軒寺広場の欅の下に座っているかもしれない。

2009年11月 3日 (火)

帰ります千のしずくをかぞえたら

大切にしている想い出の場面がある。
・・・いくつかの約束は、ぜんぶ消えてしまった。来ないと分かっている人を、それでも待っていた雨のカフェ。

 待っている青い雫を聴きながら 桐子

タイトル句は、この句のつづき。
川柳にすると、うつくしくなる想い出・・・。

ちなみにこれは「千」という題でできた句。・・・だから川柳はおもしろい。

2009年11月 2日 (月)

千の夜つなげば二匹つつまれる

一夜ずつ千の夜をつないでゆく。
漆黒の夜、葡萄の夜、薄墨の夜・・・もうすこしで私たちだけの夜ができあがる。

2009年11月 1日 (日)

身のうちに行方不明の鋏鳴る

いちばんよく切れる鋏が見つからない。もう3日ほども。
え?この音は・・・。

朝のウォーキングに、川柳の題をもって歩く日がある。昨日は「らくだ」だった。
らくだなんて久しくみていないし、そこらにはいないし、イメージ広がらないなぁ・・・と思っていたら、突然らくだ出現!グラウンドで、何かのイベントにらくだが連れて来られていた。(移動動物園?)
こういうことはたまにある。
ひとこぶらくだは、なだらかな山を背負って、眠そうな油断ならないような目をしていた。

今日から霜月。kiriko's bar 開店です。

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