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2010年4月

2010年4月29日 (木)

ナマズ その弐

駅まで向かう道の途中に、両手を広げたくらいの幅の水路がある。道の真下には、水が堰きとめられた深みがあり、鯉が棲んでいる。
昨日の朝、白髪のロン毛を束ねたおじさんが、水路をのぞいて「お~い、ナマズ」「お~い、ナマズ」と呼んでいた。私もあわてて、いっしょにのぞいてみたが、いつもの鯉しかいない。
鯉は、大きいのが2匹、中が1匹、やや小が3匹、小が5~6匹いて、四世代同居のようにかたまっていた。おじさんは、何度か呼びかけたが、ナマズは現れなかった。
今朝は、黒いキャップを被った別のおじさんが、水路にパンを投げていた。私もまた、あわてていっしょにのぞく。
鯉一家の中に、ちょっと風体の違うのがいると思ったら、ナマズだった。鯉は、素早い動きで、どんどんパンを呑みこむが、ナマズは動きが鈍くて、なかなかパンにありつけない。
おじさんは、なんとかナマズにも食べさせてやろうと、水路の端に、パンをいくつも投げ入れて鯉一家をおびき寄せ、取り残されたナマズにパンを投げた。ちょうどナマズの顔の前にパンが落ちたが、ナマズがグズグズしているうちに鯉に横取りされてしまった。
ナマズの目は水面をとらえにくいのか、それともパンは口に合わないのか、あまりにどんくさいのか・・・。
おじさんは、「今度こそ食べろよ!」「ほれっ!」と、ナマズめがけていくつもパンを投げたが、ナマズはとうとうひとつも食べられなかった。
駅へ向かいながら、ナマズが頭から離れない。思慮深いのか、何も考えていないのか分からないナマズ。年齢不詳のナマズ。・・・私も、「ナマズ~」と呼んでみたい、春なのだ。

2010年4月27日 (火)

甘くなるまでしゃぶりつづけるくすり指

私の中で№1だった、タルトやさんが閉店していた!シャッターの前で、降り出した雨の中しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。
HPには、まだメールフォームが残されていたので、ほんとうに美味しかった。ぜひ再開してください。待ってます!とメールを送っておいた。

坂を下りたら、雨の中、カップルの女の子が号泣していた。「私の誕生日やのに・・・ひどいわ・・・なんでよ・・・」。誕生日を忘れた?ぐらいでは、あんなに泣かないだろう。誕生日なのに、ケーキやさんが閉店していた。・・・誕生日なのに、顔を洗わずに来た。・・・誕生日なのに、お母さんを連れて来た。・・・誕生日なのに、なにがあったのだろう・・・。誕生日なのに・・・。

描いたらきれいなウソになった虹

川柳をつづけていて、いちばん怖いことは、どなたかの発想やことばが自分の記憶となってしまって、ある日無意識に自分の作品としてしまうことだ。
実際、私も句を発表後に、既読の句集に一部同じことばの使われている句を発見して驚愕したこともある。

以前、あるテーマの集まりで、中心となるMさんという活動家の男性に、参加者が言った。「最近、**さん(研究者)が本で書いていることは、ずっとMさんが言ってきたことじゃないですか。あんなのいいんですか?」。それに対してMさんは、「君ね、思想とか言葉は、所有できるものじゃないよ」。きっぱりと言った。私はいたく感銘した。

川柳の盗作問題について、「盗作はいけないが、借景はいい」と言われた人もいた。原句のままはいけないけど、詠まれている内容やことばをヒントに、アレンジはいいよ、ということだと受け取った。そのときやっぱり、もやもやしたものが残った。
それは、ひとえに作句姿勢だと思う。記憶になってしまった風景やことばが、ある日湧き出てきたものは、先に発表されたものがあったとしても、少なくとも私の思いであり、私のことばと言えるだろう。もちろん、同想、類想の指摘を受けたら、潔く引っ込めるべきだ。
けれど、誰かの作品は、その人の思いであり、ことばだ。所有できないからこそ、発想にもことばにも、畏愛の念をもって接したい。

2010年4月25日 (日)

菜の花の一神教に包囲され

おじいちゃんちに自転車で向かう。
前から、夫が自転車でやってくる。「おう!」と手をあげた。近づくと、まるきり別人のおじいさんが、きょとんとしていた。すれ違うときに「すみません・・・」と謝ったが、自分でもおかしくておかしくて、笑いがこらえきれない。
ハンドルがゆらゆらになって、買い物袋から「小桜」という、桜のかたちのかまぼこの真ん中にうずら卵が入っているのが飛び出して、自転車の前輪で轢いてしまった。「パン!」と音がして、袋が破裂。さらにおかしくて、笑いっぱなし。

さ~て今日は、菜の花と飲み会。「そうよね~」「ね~」「ね~」の中で、(え?)(そうかなぁ?)(へぇ~)としずかに飲むことになるだろう・・・。

2010年4月23日 (金)

ぬる

(前略)
「ぬる」は、深みのある容器の底など、出現する。蛇口のまわりにもいるし、排水口のあたりにもいる。ときどきは、玄関のたたきの、床との境の、奥まったところにもいる。ごみばこの、ふたの裏に少しだけいるし、雨ざらしになっている器物の表面には、うじゃうじゃいる。
(中略)
「ぬる」は、性質は温厚だけれど、執念深いところがある。口癖は「閑話休題」。趣味はサラリーマン川柳。肉親の縁にうすく。両親とは早くに死別。兄と妹が一人ずついるけれど、二人とも外国に住んでいる。食べ物の好き嫌いが多い。独楽のコレクションをしている。
コレクションの独楽ごと「ぬる」をこすりとって、流す。
(「ほかに踊りを知らない。」 川上弘美 平凡社)

いた、いた~!蛇口の下に「ぬる」発見。スポンジを手に持つと、「胸よりも前に出るなと腹に言う」と、「ぬる」がぼそっと言った。コレクションの独楽ごとこすりとって、流す。他の「ぬる」への見せしめである。

2010年4月22日 (木)

箪笥長持ちたっぷり甘いたまご焼き

せっかくなので、「たっぷり甘い」使ってみました。

夫の家は古~い家で、私が結婚するときは、まだ「荷入れ」という行事がありました。♪た~んす、ながもち、どの子がほしい・・・というわらべ歌の、「ながもち」というのが、布団箪笥だということを、そのときはじめて知りました。箪笥は長持ちするという意味だと思っていました。

水ほどの甘さで水ほどあいされる

また雨・・・。
夢の中もどしゃぶりだった。制服のスカートの襞がとれてしまって、重たくて・・・つまり高校生なのです。体操服を忘れたことに気づいて家に取りに戻って、遅刻だなぁ、行きたくないなぁ・・・とぐずぐずしている。そうだ、父に送ってもらおうと、工場をのぞく。「おとうさ~ん」と呼んで、父が振り向いたところで目が覚めた。

今朝の夢は、まだストーリーがまとも。
昨日は、「これが鯨の稚魚だよ」と、漫才の大助・花子の大助さんみたいな顔の魚を見せられる夢鯨ってこんな顔だっけ?と真剣に考えていた。(鯨の稚魚ってないだろ!)
おとといは、窓からカマキリを逃がそうとするのだけど、どうしても入ってきて手を焼いている夢。
・・・私の脳は、ぜんぶ私の脳なのだろうか・・・?

2010年4月21日 (水)

さくらさくら母のご飯はやわらかく

今日の句の母は、夫の母で、紛らわしいのだけど、義母の「義」という字にどうしても違和感があって、私は使わない。実の親子のように親密な関係というわけではなくて、実母との距離も似たようなもの・・・という感覚。

さて、夫の母は、やわらかくご飯を炊く。私は、やや固めのご飯が好き。
夫の実家へ行ったとき、少し前までは、容赦なく私好みに炊いていた。ところが・・・、こんなことはあまり明かしたくないのだけれど、最近針に糸が通らなくなった。ほんとうに老眼になるんだ!とショックだった。老いた眼ですって!ひゃあ~。
そのうち、固めのご飯が胃にもたれ、沢庵が噛めなくなる・・・ということが、わたくしごととして身に迫ってきた。
それでこの間から、ご飯をやわらかく炊いている。「ちょうどええわぁ」と、しみじみよろこんでくれる。
さぁ、老眼鏡を作りに行かねば・・・。

2010年4月20日 (火)

うたいながら髪を洗っているさくら

今年は雨の多い春で、桜には気の毒・・・と思っていたら、まんざらでもない桜も。
実家の近くに、5年ほど前にできた道路に並ぶ八重桜は、まだ女子高生くらい。雨が降っても、霙が降っても、きゃぁきゃぁ言いながらはしゃいでいる。いいな、いいな。
・・・でも、桜の句ができない・・・。

2010年4月19日 (月)

花びらのすき間に闇を詰めている

コーヒーフィルターを買い忘れて、夕食後散歩がてら閉店間際のスーパーへ。
帰りは回り道して、名残りの夜桜をしばらく見上げる。
ふと思い出して、Milli Vernonの「Spring is here」を聴く。春の宵にぴったり!でも、向田邦子さんのエッセイの刷り込みで、水ようかんが食べたくなる。ないものは仕方がないので、奈良のお酒「春鹿」超辛口にしておく。この組み合わせもなかなかいい。すごく大人になった気分。(いくつやねん!)

2010年4月18日 (日)

靴音に脈の乱れてくるさくら

先日のバックストローク大会で、一番「参りました!」と思った作品は、題「鉛」の

 薄墨桜は鉛をみごもったんだね  原田否可立

「鉛」という題は、ほんとうに難しかった。
桜の薄桃色のなかに、かすかな鉛色は私も感じた。生のなかにある、確かな老いであり、死でもあるような。かなり格闘したけれど、一句にまでは、とうとうまとまらなかった。

花を終えた薄墨桜は、鉛をみごもる。そうして春に、鉛の息を吐きながら、いのちの花を咲かせる。うっすらと血を滲ませて。

2010年4月16日 (金)

電車で前に座った男性の足元に、砂が零れていた。細かな白い砂だった。ズボンにも靴にも砂はついていない。前の人が残した砂だろうか?
次の駅に着いて、となりの端っこの席が空くと、その人は中腰で異動した。そのとき、ズボンの裾からさらさらと砂が零れた。電車が揺れるたびに、砂が零れる。そうして間もなく、その人は眠りはじめた。
どんどん砂が零れて、洋服だけになったらどうしよう・・・。足元をはらはら見つめるうちに、私の駅に着いてしまった。・・・電車は砂を零しながら、海辺の町へとゆっくり走り出した。

2010年4月15日 (木)

なつかしいつめたさ春は母に似て

春の風は、首から胸にすうっ~と通り抜ける。
つめたく感じるのは私だけ?
春なのに、つめたいな・・・。

今日は、書家の方のお話が聞けた。
川柳は、紙と鉛筆があれば、いつでもどこでもできるけれど、「書」はそういうわけにはいかない。
書きたい!と思って墨を磨っているうちに気持がそれてしまったり、ノリにのってきたところで墨がおしまいになったり、作品を広げる場所がなくなったりするのだとか。
川柳も、いつでもどこでもできるとは言うものの、五感を覚まし、自分の内をひらく・・・墨を磨る時間に似たものはある・・・と、あとで思った。
私は、電車やバスに揺られながら、川面を眺めながら・・・こころの墨を磨るのが好き。

2010年4月14日 (水)

桜とはいつも気分が合わなくて

仕事で、老舗の飴屋さんを訪ねた。気になっていた商品がないので尋ねると「実は・・・5月で閉店するんです。それでもう、商品がそろってないんですわ・・・」とおっしゃる。
私が子どものときからあるお店だ。
「残念です。長くやっていらしたのに・・・」
「去年で100年でした」
「そんなに・・・」
「母が亡くなって、私には跡とりもおりませんので、閉めることにしました・・・」
やっと聞き取れる声で、淡々と語られる。100年の暖簾をたたむのは、どれほどの辛い決断だっただろう・・・私の方が涙ぐんでしまった。
「長い間、ありがとうございました」と店を出る。
店頭にならぶ、色とりどりのあどけない飴。飴には聞かせたくなかっただろう・・・。商店街を抜けると、最後の桜が舞っていた。

2010年4月13日 (火)

梟の声になるまで泣きなさい

洗濯ものを干し終えて部屋に入るや、背後で、「カアァ~、カアァ~」とカラスの大声。・・・なんか、近くないか・・・。振り向くと、ベランダの柵にとまっているカラスと目が合った。窓は全開。カラス、大きい!くちばしが太い!
ここは友好的におひきとりいただこう・・・「お、おはようございます」と軽く会釈してみる。カラスは、戸惑ったように首を左右に振って、「アァ~」とひと鳴きして飛び去った。
カラス、何がいけないって、声がいけないわ。甲高い。・・・Gacktの声になったら、毎朝来てくれてもいいけどなぁ・・・。

2010年4月12日 (月)

死後のやくそく ガラス越しのさくら

約束なんて、いらなかったね。
ほんとうに出会ったら、
あのひとひらとひとひらのように、
たましひは寄り添うから。

2010年4月11日 (日)

もっとこう恥かしそうに咲けないか

はじめてバックストローク川柳大会へ。

F子さんに誘われて行くと決めた日から、“バックストローク養成ギプス”がはめられて、まったく自分の句が詠めなくなってしまった。よくない「欲」があるのだろうな・・・。

噂に違わず刺激的な句会だった。本わさび、黒七味、コチュジャン、柚子胡椒・・・これでもかと出てくる。あまりに喉が渇いて、申し込んでいなかった懇親会にふらふらついて行ってしまった。で、私、会費を払い忘れている!初参加でなんちゅう大胆なことを!・・・ブラックリストにのるだろう・・・。ほんとに恥かしい。

2010年4月 9日 (金)

人呑んで影吐き出して鯉の口

毘沙門堂に展示されていた、圓山応挙の鯉がおそろしくすばらしかった。
その目で獲物を捉え、目で押さえつけたまま、ゆっくり呑みこむ。
吐き出す影で、口のまわりは黒ずんでいた。

2010年4月 8日 (木)

訂正「くねる」4号

昨日、できたてほやほやの「くねる」をお受け取りいただきました皆さま。
2箇所、訂正をお願いいたします。

5ページ たねだよしこ 1首目の短歌
 (誤)傲慢
 (正)驕慢
 正しくは  「驕慢な春をグラスに閉じ込めて苺パフェの似合う少女よ」

20ページ 17行目
 (誤)ここまでは水ここからが私です   徳永政二 
 (正)ここまでは水でここから私です  徳永政二 
  *お借りした句を間違えてしまって、大変失礼いたしました

お送りしている皆さまには、これから訂正して発送いたしますので、もうしばらくお待ちください。
読んでみたい、もういらない・・・などは、kunerist@yahoo.co.jp までどうぞ。

2010年4月 7日 (水)

皆去ってさくらの下が濡れている

散歩会で山科毘沙門堂へ。

桜は満開。薄墨のような空を背景に、薄ももの闇はしずかに人々を吸い込み、ふくらんでいた。

本堂の隅の文机に、大学ノートが開かれていた。拝観に来た人々が、自由に想いを書き記してよいらしい。
「今年も家族揃って来ることができました。桜に間に合ってよかったです」「お天気もよくて最高です。ここに来るとこころが落ち着きます」・・・森のペンション風のものから、「・・・も自分のことだけでなく、すこしは人のことを思ってほしいものです・・・」・・・人生相談もあり。
さらには、「ナゴヤから来た」とだけ、どうしても言い残したかった系や、「私には毘沙門さまがついていると言われ、あわてて来ました」という告白系(?)も!読み始めると止まらい。

私も書こうかと迷った。境内のトイレをお借りしたのだが、カギがなかった。どこをどう探しても見つからない。仕方がないので、ドアノブをずっと片手で引っ張りながら用を足した。どうしても両手を要するときには、水を流したり、咳払いをして、入っていますアピール。誰も開けませんようにと、ひたすらご不浄の神さまに祈った。どうかトイレにカギをつけてください・・・と、お客さまの声系コメントを残そうかと。・・・ふと左手の真っ白な句箋が目に入り、こんなことをしている場合ではない!と、ようやく腰をあげた。

そんなこんなで句は・・・あぁ・・・。

2010年4月 6日 (火)

盆梅

「盆梅」が苦手だった。「盆梅」のように育てられた思いが強くて、見ていると息苦しさを覚え、ちがう、ちがう自由に伸びたいのよ、咲きたいのよと、叫びたくなるのだ。
ところが先日、盆梅師の方のインタビューに、側頭部を殴られた思いがした。梅の花の咲くのは、せいぜい2ヶ月。花の終わった瞬間から、次の花のために一日として欠かせない手入れがはじまる。土づくり、植え替え、肥料やり、害虫対策、紗かけ、芽つみ・・・まさに梅に仕える日々なのだと。愛情なしにはできないと・・・。
来年は、盆梅を見に行こうと思う。どんな声が沸きあがってくるか、聴きたいとおもう。

2010年4月 4日 (日)

花おぼろ宮本喇叭製作所

突然のお誘いで、夜桜の下でビール。
宮本喇叭製作所は、豆腐やさんのパ~プ~という喇叭を作っていた工場。今はもう廃業されている。
先日、京都の路地裏で、あの喇叭の音を聞いた。
それから、田辺聖子さんがごひいきにされていたBARへ。さすが、大人なBARであった。

最後、バナナをどちらから剥くかの話になった。多数は、柄状のところを折って剥くという。でも、バナナで人を転ばせるいたづらなどの漫画は、柄が残されてバナナが剥かれている。私はそちら派。誰かが、それは猿といっしょだといった。いや、柄から剥くのが日本だけじゃないのか?

2010年4月 3日 (土)

だから好きちゃんとさみしくしてくれる

納戸の奥にしゃぼん玉セットを見つけた。
娘はちいさいころ、よくベランダに座り込んで、柵のすき間からしゃぼん玉を飛ばして遊んでいた。あまりに好きなので、しゃぼん玉液をボトル買いしたほどだ。
少し前に、大掃除をしていたけれど、しゃぼん玉は捨てられなかったのだろう。
私が、さみしい小説を読むようなものなんだろうな・・・。

2010年4月 1日 (木)

笹舟を浮かべるように別れます

お医者さんへ行く。
先生は、同い年の聡子さん。初めてかかったとき、待合に額入りで掲げられていた医師免許で、名前と生年月日が分かった。
なんとなく親しみを感じて診察室に入ると、その名の通りいかにも聡明そうな、5つばかり年上にみえる美しい先生が振り向いた。カルテを読む先生の目が、私の誕生日をしっかり見た。喉をみながら、ついでにお肌をチェックされている気がする。妙な緊張は伴うが、病気の見立ても、お薬も信頼できるので、かかりつけの医院にしようと決めた。
さて、通院はかれこれ5年ぶりだろうか。私は、当時より体重が5kgも増え、体型は崩壊の一途。聡子さんに会うのだし、多少なりとも補修を試みようと、寄せたり上げたりできる下着を新調した。聡子さんは、5年前とちっとも変わらず、私が追い抜いて年上になったようだった。
聴診器を当てられる。応急的補修でセーフ…とほっとしたのもつかの間、ベットに横になってくださいという。想定外の展開である。足を立てて…と、聡子さんの手が腹部を押さえる。やや気まずい空気が流れた。
ベットから下りると、聡子さんは簡潔に病状と薬の説明をし、「あまり無理をされないで…お大事に」と言ってくれた。ぎゅっと手を握り合うように視線が重なり、同級生の連帯感のようなものが生まれた。
待合で、例の医師免許を見ると、なぜか生年月日のところに紙が貼られていた。隠した?いえ、年齢になんてとらわれない、エイジレスですね、聡子さん。

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