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2010年6月

2010年6月30日 (水)

抜け殻になって宇宙を抱いている

今年も半分が過ぎました。
家族にとっては、変化の大きな節目の年だと思います。
思いがけない方向に進みましたが、明るい景色のところに出ています。

うつくしい抜け殻のなかは、とてもしずかです。

2010年6月27日 (日)

ぜんぶイヤ

ひとり暮らしをはじめる娘の、生活用品を準備している。
もちろんワンルームで、最低限のものなのでそう大した買い物ではない・・・・・・はずだった。
色やかたち、質感・・・デザインにおそろしくこだわるのだ。決して高級なものを欲しがるわけではなくて、自分の納得したものと暮らしたいらしいが、それがおいそれとは見つからない。
先週は、テーブルと椅子に、まる1日を費やして、椅子しか買えなかった。私など、椅子はテーブルとセットで買うものと思っていたので、まず椅子だけに違和感。さらに椅子の腰掛けの部分を、色違いで2脚買った。そういう選択もあるのか・・・と目からウロコ、いやコンタクトが落ちそうだった。
昨日は、電化製品。品数の多いところがよかろうと、一番大きな電気やさんへ連れて行った。冷蔵庫、掃除機、洗濯機、電子レンジと見てまわる。・・・「ぜんぶイヤ。欲しいものがひとつもない」・・・「えぇ~っ!ここになかったら、もうどこにもないよ」・・・「探す!」。
探すことまる一日。キッチン用品のお店で掃除機が、別の電気やさんで、やっと妥協できる冷蔵庫がみつかる。
その間に、魚のかたちのガラス瓶、砂時計、エッフェル塔の置物など、暮らしのアクセントと称するものたちは、着々と増えていく。「かわい~!」は危険信号。聞こえなかったふりをして足早に去らねばならない。立ち止まったら負けである。
今日もこれから、カーテン探して三千里の旅へと出発・・・。

2010年6月25日 (金)

暗がりへ転がってゆく昼の桃

睡眠不足に弱い。(空腹にはもっと弱い。)
いつか大人になったら、体質も変わるだろうと思いながら今に至る。

桃も眠たがりだと思う。
柿やみかんは、目も覚めるような色だが、うぶ毛をふしゃふしゃさせ、ぼんやりした色をしている。とろ~んとした果肉、甘く芯のない匂い・・・すべて眠い。ももという名も眠い。
・・・私の一番好きな果物だ。

2010年6月24日 (木)

水無月へゆっくりすべりだす湯舟

たのしみに読んでいた、いくつかのブログが更新されなくなっている。おやすみ宣言されたところもあれば、ぷつんと途切れたままになっているところも。
ご病気かな?なにか事情がおありなのかな?・・・それとも・・・、読者となにかあった?顔の見えない相手との行き違いは、疲弊する。しずかになるのを待つのも、ひとつの手立てだと思う。

ものを書く、発信するということは、何らかのリスクを背負うということは、実感している。私も、何度か痛い目をみた。それでも、書くことをやめられない・・・。

今日は更新されているかもしれないと、ブログをひらく。見慣れたページを読んで、そっと閉じる。・・・しずかに待っている。

2010年6月23日 (水)

転んだら小学生の匂いする

土の道で転んだときの匂い。れんげ畑で転んだときの匂い。アスファルトで転んだときの匂い。学校の廊下で転んだときの匂い。運動場で転んだときの匂い。河原で転んだときの匂い。
手のひらの小石の匂い。膝から流れる血の匂い。保健室の匂い。オキシドールの匂い。赤チンの匂い。
あのころの匂いは、鼻の奥の骨が覚えている。なにかの拍子に、匂いが転んだ記憶を呼び覚ます。そのとき膝の上のあたりが、きゅっと縮む。

2010年6月21日 (月)

おぼろげにたしかにのこるぬくもりと

おじいちゃんが野菜をとってきてくれる。
茄子、きゅうり、トマト・・・陽のぬくもりを抱いたままの野菜たち。
夏野菜は、太陽が大好きだ。

2010年6月20日 (日)

あのころのわたしがきらいさくらんぼ

約束の相手が発熱で、死守した休日がぽかんとあいてしまった。
朝から、近場の温泉に行って、漫画を買い込み、昼寝のあと、漫画三昧。

「きのう何食べた?」 よしながふみ 3巻
ゲイカップルの淡々とした、おだやかな日常。こういう“平熱”で描かれたものが、近ごろ好き。読後、かならずおいしいものを作って、食べたくなる。

「おひとり様物語」 谷川史子 1巻
おひとり様は、こうでなくっちゃ。年代の違いはあるにしても、上野千鶴子のおひとり様は、高級すぎます。

「プライド」 一条ゆかり 12巻
まさかの最終巻。ここにきて早送りのように、強引なラスト。何故に?ここまでおもしろかったのに・・・、残念。

「駅から5分」 くらもちふさこ 1巻
相変わらず深い。いくつかの物語を交錯させる構成も、おみごと。ものすごく漫画顔なのに、表情が豊かで、不自然に感じないところもすごい。

「リアル・クローズ」 槇村さとる 8巻、9巻
あ~、仕事がしたい!と思う。おしゃれがしたい!とは思わない。おわっとる、私。

あと、「グラン・トリノ」を観たかったが、発作的に衣替えをして一日が終了。

2010年6月19日 (土)

追いかける 岐阜提灯の川超えて

家族と叔父、叔母、いとこたちと、川あそびに出かけたことがあった。
水はひざ下くらいだったと思う。流れは早く感じた。むこう岸の広い河原へ、大きな石、小さな石を飛びながら順に渡っていく。
母は、妹を抱いて、ぴょんぴょんと身軽に飛んだ。と、川の中ほどで、母の身がひるがえったかと思うと、大きな水しぶきがあがった。それは、きれいだった。
次の瞬間、しっかりと妹を抱いた母が、川の中に立っていた。妹は泣き叫び、母はすこし間を置いて笑い出した。向こう岸のみんなも大笑いしていた。私だけが、こちら側で途方に暮れていた。
あれから長いこと、川を見ると、渡りたい衝動にかられた。水しぶきの中から、何ものかが現われそうな気がするのは、今もつづいている。

2010年6月17日 (木)

ぜんぶ好き

道にも迷わず、所用もさくさくかたづいて、2時間ほど時間が余ったので献血することにした。
そこの商店街の入口では、いつもプラカードを持った人が献血を呼びかけている。若い男性と若い女性と、おじさんが交替で立っているが、おじさんの呼びかけが妙に心に響くのだ。
スポーツ刈りで、がっちりした柔道一直線のようなおじさんは、やや哀願調で、手術用の輸血が足りないので、どうかお願いできませんかと、まっすぐに訴える。私はなぜかいつも目が合ってしまい、目でも念押しされる。今日は時間がありませんが、いつか必ず・・・と、毎度心の中で約束してしまう。やっと、約束を果たせる日が来た!

献血ルームで手続きをしていると、若い女性が入ってきた。献血したら倒れそうなマッチ棒ギャルは、常連のお客様(?)らしく、受付の人たちと親しげに話している。
彼女は成分献血希望だが、締め切り時間を過ぎてしまっていて、ひどく落胆していた。
「えぇ~、めっちゃ残念。とってくれたらいいのに~!」
「ほんとに献血がお好きなんですね」
「献血ていうかぁ、注射が好きなんです」
「めずらしいですね~。チクッとするのがですか?」
「チクッとするのも、注射器も、注射みるのも、もう注射ぜんぶぜんぶ好き!この前、久しぶりにできたとき、嬉しすぎて脈が122になって、落ち着いてからしてもらってん!あぁもう・・・私、ここで働きたいしぃ・・・」

・・・はぁ、えらいもん好きな人がいるんや・・・と聞きながら、献血前の血液検査を受けていたら、「あ~、ちょっと軽いですね」言われる。一瞬、性格のことかと思ったら、血液の重さだった。基準に満たなくて、献血できず・・・約束は果たせないまま、ミニクロワッサンを2ついただいて、身を縮めて帰った。

2010年6月16日 (水)

びっしりと水草いまさらの手紙

わけあって、娘の友人にお弁当を届けている。
元気出してね。きっとまた、いいこともあるからね。
短い手紙を書くように・・・。

2010年6月14日 (月)

うっとり

電車で、ななめ前に座っている30代くらいのサラリーマン風の男性が、二人で一冊の本をのぞいていた。
ページをめくるたびに、二人しておぉっ!というリアクションをする。一人が指差したページでは、しばしうっとり眺めていた。何を見ているんだろう?エッチな本にしては、清らかな空気に包まれている。なに?なに?・・・興味を抑えきれず、少しずつにじりよってしまうが、本の角度でうまく見えない。
駅について、立ち上がる時に本が閉じられた。・・・「武将・剣豪と日本刀」!

スーパーでは、40代の後半の女性。梅干のパックをひっくり返して、賞味期限をチェック。「10月18日!郷ひろみの誕生日や!これにしよっ!」と、梅干パックをきゅっと抱きしめた。梅干も瞳もハート型になった!

ミスドでは50代の女性。ヨン様のハンドタオルを、撫でたりさすったりしている。タオルの両端を持って自分の顔の前まで持ち上げ、白い歯を見せて笑うヨン様とじっと見つめ合う。世界は二人のためにの世界に突入し、ついに唇を寄せてチュッとした!

陶酔というのは、しあわせそうに見えるが、たいへん気はずかしいものである。

2010年6月13日 (日)

母はもう渇いて底をみせている

人も乾くと、底があらわれる。

水の夢を見ると死期が近いのだとか・・・。
さいごにもう一度、きよらかな水を満たすのかな・・・。
なんだかすくわれる・・・。
いま、雨が降り出した・・・。

2010年6月12日 (土)

歌ってよ 骨を鳴らしてあげるから

夕べは、今年初ビアガーデン。夜風にあたりながら飲むビールも格別。
女子4名だったので、2軒めのお店へは「セックス・アンド・ザ・シティです~」と入る。
ママさんから、どちらがどなたかしら?と聞かれ、「キャリーです」と、M子さん。いかにも!あとの3人も、M子さんが割りふる。私は・・・「シャーロット」。やっぱり・・・。セクシーダイナマイト「サマンサ」、密かに狙ってたんだけどなぁ。ダメかぁ・・・。
それぞれのキャラで選曲。シャーロットは、もちろんロマンチックたっぷり!

2010年6月11日 (金)

点点で終わったメール梅雨に入る

・・・だらけのメールを送った。
つづきから雨になりそう。

今年も梅酒を浸ける。
青い梅は、強いお酒に浸かってどんな気持ちなんだろう。
まだ、わが身になにが起こったのか分からないでしょうね・・・。
これからゆっくりゆっくり溶ける氷砂糖のやさしさに、少しずつこころひらいて、その甘さも酸っぱさも苦さも、安心して出していいんだよ。
ほうら、ゆうらりゆうらり揺らしてあげる・・・夢心地でいてね・・・。

2010年6月10日 (木)

かさぶたのはりついている空の裏

弱さをさらけ出せることも、ひとつの強さだなぁとつくづく思う。
傷もかさぶたも隠している青い空は、痛々しい。

友人と4人で市内のバラ公園へ。色とりどりの薔薇が咲き乱れ、まさに花園。
途中、Mさんが「みんな、自分の好きなバラを選んで写真を撮ろう」と言う。テーマを与えられると、急に花の見方が変わる。花の大きさ、色、花びらの数・・・、蕾から、咲ききって散るまでの花のありよう・・・つぶさに観察する。
公園を一周して、発表タイム。確固たる自分を持つ言いだしっぺのMさんは、純白の小ぶりの薔薇(意外!)。理知的なSさんと、おっとりした菩薩のようなYさんは、ビビッドな黄色の薔薇(意外!)。そして私は、淡い淡いサーモンピンクの薔薇を選び、みんなから「意外!」と言われた。いちばん深紅の薔薇が似合うのに・・と。驚き!

2010年6月 8日 (火)

ここにいるみんな何かを失って

木彫りの仏像群は、頭や手足、目、鼻、耳など、みなどこかを欠いて、やすらかにあった。
仏と向き合う人々もまた、大切な何かをひとつ、ふたつ失ってここにきた。

  顔のない仏と見つめ合っている  桐子

2010年6月 7日 (月)

崩れきる力のなくて立っている

散歩会@唐招提寺。
朝から、地下鉄御堂筋線が事故で、駅にも入れない。急いでJRに走ると、JRも遅れている。やっとこさ近鉄にたどり着いたら、信号の故障で遅れ。・・・こんなことがあるのだ。
何とか間に合ったけれど、気持ちがちぐはぐなまま、見聞きするものをことばが上滑りするばかり・・・まあ、こんな日もあるだろう。

2010年6月 5日 (土)

虹消えてしばらく空も濡れている

「虹になったことがあるのよ」と、雫が言った。
「それで、どんな気持ちだった?」
「なんだかさみしかった・・・虹になるとき、み~んな置いていってしまうの」
「ふぅん・・・空も海も、山も?」
「うん、今までつながってきたものなにもかも・・・
わたしが雫ってことだって、一瞬忘れてしまったの」
「・・・そう・・・おかえり、雫」

2010年6月 4日 (金)

虹消える 髪はほどいて結いなおす

神戸新聞の第1金曜日の夕刊に、「コラボレート・ショー」というコーナーがあります。
『絵や写真など視覚芸術のアーティストと、詩歌や散文の作家が、新聞紙上を舞台にコラボレート(共同制作)します。兵庫にゆかりの新鮮な二つの才能が出会い、生み出す表現世界をお楽しみください』という画期的な企画は、この4月から始まりました。
俳句×イラスト、短歌×イラスト・・・ときて、6月は、川柳×書。そうです、無謀にも、書家の金子祥代さんと、コラボレートさせていただきました。
打ち合わせで、テーマについて話したとき、6月なので「雨」とか「水」「傘」などが出たあと、金子さんから「虹」が出てきました。「書」はモノクロの世界・・・七色でない虹・・・おもしろい!と思いました。

そして本日、「菅首相 誕生へ」の裏に、モノクロの虹が架かりました。はかなくも深い深い虹の世界へ・・・ひととき迷い込んでいただけたでしょうか?金子さんの書画がすばらしい!・・・お見せできないのが残念!

2010年6月 3日 (木)

肉体のどこか崩れている砂丘

Cayrvhlxそれはある日、
砂浜に忽然と現われた。
どこへ続く階段なのだろう?

下りていくなら今のうち。
雨が降れば消えてしまう。

いいえ、
水底からだれかが
現われるのかも・・・。

2010年6月 2日 (水)

途中までいっしょに浮いていた男雛

あれ、どこいった?

2010年6月 1日 (火)

いただいたたった二文字の根づく胸

おやっと思う句集をいただいた。文字色がやや薄い。墨色ではなくて、80%くらいの灰色で印刷してあるのかと思ったが、よく見ると文字に濃淡がある。
活版印刷のようだが、活版印刷ならではの凹凸はない。活版文字で版下を作って、印刷したのだろうか?
ほんの僅かに文字がずれたり、ところどころかすれたりもしている。それが、作者の思いの揺らぎや息遣いのように感じられ、一句一句が迫ってくる。
膨大な文字のなかから、文字を一つずつ拾い集め、組んで印刷する活版印刷…。記号のような文字の組み合わせで、言葉が生まれ、言葉の組み合わせで、詩が、物語が生まれる。星をつないで、星座が生まれ、星座をつないで宇宙が生まれるように。
印刷を終えた鉛の文字は、ばらばらにして、インクを落としてかたづけられる。活版印刷のように、私もまた常に真新しい言葉として、言葉を拾いあげ、大事につないでいきたいと思う。
          (川柳 洋子の部屋 「ゲストの椅子」転載) 

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