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2010年7月

2010年7月31日 (土)

鳩の日

川柳ジプシー@短歌と俳句の交響
第1部は、佐佐木幸綱氏、宇多喜代子氏による対談。第2部は、短歌、俳句の合評会。
他の短詩系に触れるまたとないチャンス。ラッキーなことに地元開催なので、申し込んでいた。

孔雀と鶯のあつまりに紛れ込む、鳩の気分。鳩臭、いや川柳臭がしないようシャワーを浴び、いつものジーンズではなく、スカートにストッキングまではいて出かける。会場に着いたときには滝の汗、どろどろ・・・。受付で、「短歌ですか?俳句ですか?」と聞かれ、7秒ほど考えて「はいく?」と疑問形で答えてしまう。実に怪しい・・・。

鳩なりにおもしろかった。特に、合評。出席者の短歌47首、俳句176句から、歌人4名、俳人4名が各3首、3句を選び講評。私も選をしたが、かなり重なった。(短歌、俳句の結社カラーが近かったのか?)

・上の句から下の句への飛躍、取り合わせ、展開の意外性がおもしろい。
・やや説明ぽくて残念。
・言い過ぎ。ここまで言わなくても。
・既視感がある。
・常套句
などは、川柳でもよく言われる。

俳句ならでは・・・は、
・季語が生かされている
具象が生きていると近いようにも感じたが・・・。

短歌ならでは・・・は、
・言葉の音律、調べがなめらかできれい
川柳で言われる、リズムがいいとは違う。音読されると分かりやすいが、言葉の流れ方が独特に感じた。

私の出した1句『百日紅かかとが固くなっている』も、歌人2人、俳人3人に選んでいただけた。さらに、BSの大会でお会いした福井の方が、私もあなたの句を選んでいたのよ。と声をかけてくださって、とてもうれしかった。

余談でおもしろかったのは、短歌と俳句で女性のファッションが違うというお話。俳句は木綿(ぱりっと?)で、短歌はやわらかく女性的なのだそうだ。川柳は、それぞればらばら・・・それも川柳らしさか・・・と聞いていた。

2010年7月28日 (水)

のこされたカバン 波の音ばかり

「ゆうゆう夢工房」日替わり川柳に出させていただいた作品。

外に出す作品は、新作にこだわる。なのに時間のあるうちは、なかなかとりかかれないのが常・・・。締め切りぎりぎりのぎりぎりで、ご心配をおかけしてしまった。

お医者さんに行く時は、下着を取り換えて。お月謝は、新札で。・・・“こだわりの新”シリーズは、私なりの敬意・・・。

2010年7月27日 (火)

うつくしい白は人肌よりつめたい

職場も家も、自分以外の人の冷房の設定温度が低すぎて困る。暑さではなくて、冷えでからだがだる~くなる。体感温度の個人差は、なかなかむずかしい問題だ。

アツイ・サムイ、キレイ・キタナイ、ステル・ステナイ・・・人とともに暮らすには、折り合わなければならないことが多い。最近は、結婚までに、キッチン、トイレ、お風呂など共用のシェアハウスで、他人との共同生活を体験学習する人たちもいるのだとか。う~~ん、ひとたび気楽な一人暮らしをすると、戻れなくなるもんなぁ・・・。

2010年7月26日 (月)

割箸がきれいに割れた博多駅

割箸が上手に割れません。
ましてやあの駅弁の割箸は、無残に割れます。

見送られた博多駅・・・
真っ二つにきっぱり割れたのには、意味があるのでしょうか?

2010年7月25日 (日)

夢の音

ある俳句集の後記のことば・・・。
 
 どの川もわが血流れて夢の音

 この句は上五中七までは昭和五十年に出来ていたものであるが、菲才のため下五がつけられず、毎日のように試みていたがやっと今年、平成十年五月「夢の音」とつけたのである。
 これで好いか悪いか判らないが上五中七はおそらくわたしの中で二十三年間毎日呻き続けていたのであろうことを思うと苦笑しないではいられないのである。

                 (句集「夢の音」 太田紫苑)

雷に打たれた。・・・安易にことばを選び、妥協してはいないか・・・。
この夏は、蝉時雨のように、川柳を問い返している・・・暑い。

2010年7月21日 (水)

暗室

細く扉をひらいて覗き見ていたら、どうぞお入りなさいと誘われた。
ちいさな蝋燭がひとつ。
これがあなたのこころ。あなたの想い。
あなたの想いは、このちっぽけな炎で、
あなたに見えるものは、たったこれだけ。

ほら、見えない世界はもっと大きくて深いでしょう。
まだ見たことのないものを、見たいとは思わない?
ことばを手がかりに、引き寄せられるのよ・・・。

暗室で、明が暗に、陽が陰に転換し、
水の中から、風景や顔のあらわれるように
見えないものが、見えるのだろうか?
・・・ことばよ。

2010年7月19日 (月)

たましひをこぼしてほたる川渡る

突然やってきた、Rちゃんとトマト座へ。
あおりいかと青じその和風アーリオ・オーリオ。美味!

ここからのロールモデルは、やっぱり田辺聖子さんということで落ち着く。
諦観のうえに、花びらを拾いあつめて、日々をいかに機嫌よく過ごすか・・・。

生の閉じ方、たましいの話まで・・・。
あおりいかの透き通るような白、やわらかい白を味わいながら、
遠いのか、近いのかもわからない日のことを語った。

2010年7月17日 (土)

少年の波の出口のラムネ玉

30年ぶりに再会した男子たちは、とても頼もしくなっていた。
落ち着いた振るまい、そつのない会話・・・。

ねぇ、ラムネ玉を覚えてる?まだ持ってる?

2010年7月16日 (金)

句集繰るようにめくっている背中

もっと素直なことばは? 裏側・・・?
やっぱりね、思った通りだった。
カッコ悪くって、こっちの方が好きだよ。

2010年7月15日 (木)

真新しい波配られる会議室

会議が終わってから、今回の波について忌憚のない意見を・・・とメールが届く。
返信を書き終え、数時間寝かせてもう一度読む。いくらなんでも忌憚なさすぎ・・・。語尾を全部修正する。**です→**ではないでしょうか。**られません。→**られないと思います。
川柳では甘甘なのに、言い切れるじゃない、わたし!

2010年7月14日 (水)

百日紅かかとが固くなっている

実家の庭のど真ん中に、百日紅が立っている。
可憐な赤い花を咲かせる割に、どこかおばちゃんぽい木だ。乾いた木肌の感じ、半ばヤケ気味の咲きよう散りようは、まさにアラウンド50。あたしはあたし、人は人。更年期だよ、文句あるかと、まるで伊藤比呂美さん。
去年は、この木がカイガラ虫(?)にやられて、かなりダメージを受けた。
今年はどうだろう?お得意の派手な身振り枝振りで、「ほんま去年はえらいめにおうたわ~」と、しゃべり倒してほしいものだ。なんたって、同世代だもの。

2010年7月13日 (火)

いもうとはかあさん指を吸いつくす

もういいのに、つい・・・。

2010年7月12日 (月)

戻れない場所へ忘れてきた尻尾

現代川柳「夢工房」の日替わり川柳、7月火曜日を担当させていただいます。タイトル句は、6日の句です。

邪魔だなぁ・・・と、ひとは進化の途中で尻尾を捨てたんでしょうね。尻尾があったら・・・選挙演説なんか、もっとおもしろかったのに。恋の駆け引きも・・・。

2010年7月11日 (日)

生と死のあわいへ沙羅のこぼれゆく

「会場は**駅西口を出てすぐ、松屋のあるビルの4階○○屋です。」・・・その松屋が見当たらない。
何度もメールを確認。東口との間を3往復するも、ない。幹事にメールするが、返信がない。お店に電話すると、外国人スタッフが出てまったく話が通じない。新しい薬屋の前にいるのですがというと、「そこそこ」というので4階へ上がってみる。**高校同窓会は?と聞くと、「は?うちじゃないですよ」と呆れたように言われる。
駅前をさまようこと30分。もう、辿りつけない・・・あきらめかけたそのとき、やっと幹事から返信。「ごめん、松屋なくなってた。」はよ、連絡しろ!でも、皆は集まっていた。どうして行けるのだろう?

そういえば、タムラ君は?・・・お前知らんのか、6年前に亡くなった。コニは?・・・もっと早くに・・・。だから、会えるときに会っとこうと思って、今日来た。となりの席のマエが言った。
会場を出て空を見上げる。・・・みんな覚えていたよ。・・・ここにいることの不思議を思っていたら、お前、また道分からんのかと、現世へと腕を引っ張られた。

2010年7月 8日 (木)

一冊から

旅先や通りすがりの町で、ちいさな書店を見つけると、のぞかずにおれない。そこで必ず一冊の本を選び、電車の中やカフェ、宿など、その町で読むことにしている。
後々その一冊から、書店のたたずまい、町の風景、そこで食べたもの、出会った人・・・ジグソーパズルのピースが埋まっていくように思い出すのは、密かなたのしみだ。
娘の下宿の道をはさんだ向かいにも、書店があった。日暮れに散歩がてら、ふらりと寄ってみる。並べられた本に、店主の嗜好が表れていておもしろい。スペースの割には、アートや食べ物、郷土にまつわる本が充実している。
そんな中、ふくよかで憂いのあるさくら色に引き寄せられた。見たこともないうつくしいさくら色の表紙。「白のままでは生きられない」・・・出会ってしまった!即決。染織家、志村ふくみさんの言葉をあつめた本だった。娘の、真新しいベッドに寝転がって読む。

誰かに出会うのか、誰かではなく、まだ見知らぬ自分に出会うのかもしれない。けれどそれは手をかしてくれない。最後のいちばん崩れやすいところを身を軽くして登りきらなければならないだろう。
(志村ふくみの言葉 「白のままでは生きられない」 求龍堂)

・・・このベッドで、この娘は何度泣くだろう。もう私は手をかせない。ここからは自分で登りきるしかないのだな・・・。そのとき、このさくら色のように、きっとみたこともない自分の色になっているのだろう・・・。長い髪を切ったときのような、うれしさとさみしさのないまぜになった軽やかさを感じていた。
いつかこの本を手にとると、ちいさな葵書房、どしゃぶりの引越し、収まらない米びつ、やっと一息ついたロールケーキ・・・そして、固いベッドの上で、娘がふわぁと離れたことを・・・、きっと思い出せるだろう。



 

2010年7月 7日 (水)

両肩に光をのせて動けない

夫の母が、「ほしいもんあらへん・・・」と、カタログギフトを2冊もくれた。これは、たなぼた。今日は、たなばた。

七夕になると思い出す。娘は、「♪ささのは、さ~らさら~・・・・・・お星さまき~らきら~、きん、ぎん、ふたご~」と、うたっていた。彼女が保育園児のころは、100歳の双子姉妹、きんさん、ぎんさんの全盛期だった。

2010年7月 6日 (火)

私の穴へと赤が流れ込む

散歩会@ボストン美術館展へ。
朝方、散歩会の夢を見ていた。作句しながら、S二さんが鼻歌を歌っていた。それが松田聖子の「赤いスイトピー」だった。・・・何の暗示だろう?とあまりに気になって行くことにした。
モネの翳りある青に心は惹かれるのに、赤い色ばかりが私に流れ込んできた。・・・単に暗示にかかりやすいだけかもしれない。
そして、確かに詠んだはずの句が、清記用紙に見つからなかった・・・あの肖像画の男に抜きとられたかもしれない・・・。

2010年7月 5日 (月)

宿移り

全身筋肉痛。疲労困憊。・・・娘の引越しが終わった。私は、こう見えて案外過保護かもわからない。買い物に、荷造り、荷解き、片付け・・・ぜんぶ手伝った。階段で3階への往復はさすがに堪えた。足、尻、首まで痛い。家具の組み立ても重労働だった。朝、両手指がむくんでいた。
そこまでで終了と思っていたら、浴衣を忘れたから取りに帰ると言い出して、いっしょに帰宅。さらに、足りないものの買い物・・・別れ際のずるずるは苦手だよ~。

わが家は、本棚もCD棚もクローゼットも、そこここに娘の穴があいている。HAWAIIANAのやさしいウクレレで穴を埋めながら、超熟成プレミアムエビスでおつかれさん。と、娘から電話。なんか留学のときよりさみしい・・・って。はぁ~、緊張感がないんじゃないのか。

こちらは、ここんとこまったく川柳モードになれず。今日、切り替えを試みたけれど、うまくいかなかった。言葉の回線がつながっていない感じ。明日は散歩会だけど、こんな状態で行ってどうなるのかな?リハビリに行こうか?リカバリーにあてるべきか・・・。
引越しがなくても、超低迷している気もしている。いや・・・自句のつまらなさがようやく分かるようになったのかもしれない。よろこばしく苦しいことだ。

2010年7月 1日 (木)

たぶん雨 あなたの声がやわらかい

家のそばを電車が走っている。いかにも鉄の塊という電車の音が、ふやけたようにふくらんで間近に聞こえると、雨になる。雨を運ぶ電車は、やさしい。
雨を聴きながら、本を読むのが好きなのだが、たいてい数ページで眠気におそわれる。雨の子守唄は、これまたやさしい。
眠くなると潔く本を閉じて、目も閉じる。私はくよくよ体質なので、寝入りばなは反省が多い。お腹が空いて不機嫌になるなんて大人げなかったなとか、今日もろくな句ができなかった…など、とりとめもなく思い煩う。
ところがBGMに雨音が流れていると、思えど思えど、しとしとざぁざぁと流れていき、とてもこころ穏やかに眠りにつける。
最後の眠りにつくときも、どうか雨が降っていますように…と願っている…。
            (川柳 洋子の部屋 「ゲストの椅子」転載)

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