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2010年10月

2010年10月31日 (日)

神無月尽

十月は足早に過ぎた。
十一月は小走りになりそう。

雑踏でみかんの匂いの人とすれ違う。
ふいに秋の終わりを告げるように、
からだをひゅうとみかんの匂いが吹き抜けた。

2010年10月30日 (土)

あれっきりぱったり朝の来ない部屋

突然、プリンターの電源が入らなくなってしまった。娘は、パソコンの液晶の故障。
電気屋さんに相談に行くと、修理代金が結構かかるので、どちらも新しいものを購入した方がいいとすすめられる。まだ使えるのに・・・と、納得いかないが、修理にかかる日数やらなにやら考えて購入することにする。

パソコンの性能の違いの説明を聞く。(『 』の合いの手は、娘。)
「A(新機種)とB(古い機種)では、処理能力が格段にちがいます」
「現役バリバリと、リタイアしたおじいちゃんぐらい違いますか?」 『おいっ!』
「いえ、そうではなくて、え~、この中に2人の人が入っているとして、例えば掃除をするとき、Aは2人がかりでやりますが、Bはもう1人が手伝いに来ません」
「あぁ、うちの娘が入ってるんですね」 『おいっ!』
「いや、その・・・」
「手伝いに来ないのは、イラッとしますね」 『ちがうやろ!』

昔の電化製品は、老化のようにちょっとずつ具合が悪くなって、撫でたりさすったり、ときに叩いたりしながら大往生する感じだったのに、近ごろは、突然死が多くて寿命も縮まっている。

2010年10月29日 (金)

神様も清らかな毒もっている

電車で運ばれながら句を作るのが好きなので、早めに家を出て普通電車に乗った。普通電車はいつもがらがらで、窓からの景色もよく見えてとてもいいのだ。
ところが、途中駅で遠足の小学生が乗ってきた。子どもの声は甲高く、先生は絶え間なく注意している。「しずかにっ!」「お茶は飲みません!」「入口のそばに立たない!」「お口チャック!」・・・やれやれ、ついてないな。
次の駅では、ベビーカーの母子が乗ってきた。「はい、席をゆずりなさ~い」の先生の声で、母子は私の前に。子どもに囲まれて興奮しているのか、2歳くらいの女の子は、キーキー声をあげる。お母さんは一心不乱に携帯を打っている。

句はあきらめて、流れてゆく空を眺める。薄墨の濃淡のような曇り空・・・ちいさな傷のような雲の切れ間から、澄んだ水のような光がのぞく。神様の微量の毒のような・・・。

2010年10月28日 (木)

キュート!

宿題で『身近なかわいいもの』について、レポートするねん。ちょっと変化球で『かわいいことば』を考えてるんやけど、なにがかわいいと思う、と娘。
かわいいことば?・・・やっぱりマ行じゃないの? もも、すもも・・・
ももはかわいいな。他は?
う~~ん、もち・・・きなこ、みかん、とろろこぶ、きのこ・・・
食べるもんばっかりやん!
もみじ、かえで、ポンポンダリア・・・
くま、あひる、カピバラ、アルパカ、だんごむし・・・
かわいい動詞ない?
動詞~?・・・まねく、もぐる、むく・・・

みかん剥く熊、とろろ喜ぶだんごむし・・・キュートやん!

2010年10月27日 (水)

神様の立派な杖に蹴つまずく

また、いきなりですね。木枯らし~、寒いのなんの。
秋の徐々に深まる感じが好きなのに・・・。

先日、よその川柳サイトで「しめじご飯」の句をみて、思わず炊きました。香り松茸、味しめじとはよく言ったもので、ほんとしめじご飯は美味しい!まいたけの天ぷらもなかなか美味。しいたけは、焼いて、塩とすだちで。秋のきのこは格別です。

2010年10月25日 (月)

神さまを踏まないように行く枯野

昨日に引きつづき『千野帽子さんによる、俳句のススメ』より。

「自分の言葉で表現しろ」はしばしば誤解を生む言い方だ。言葉は本来他人のものであり、それを借りて使うには、言葉の使用法にたいして謙虚でなければならない。規則や慣習に従ったくらいで損なわれる「自分」など、もともとひ弱な、表現に値しない「自分」だ。
俳人は路上でギターを弾き語りするソングライターではなく「季語」と「それ以外」という2枚のディスクを選んでつなげるDJだ。DJの「心」は知識と選曲センスと接続技術にしかない。技術の否定イコール俳句の否定。言葉を自己都合で使う人はギターを持って路上に出たまえ。

霧雨の今朝は、Sさんの誕生日・・・。どんなディスクつなげる?
ジョージ・ウィンストンの「オータム」に、中島みゆきの「糸」かな・・・選曲センスどうなん?ぜんぜん句できないし・・・・・・ギター持って阪急高架下に出ます。

2010年10月24日 (日)

頭から落ちたら生まれてしまった

友人が、おもしろかったよと見せてくれたのが、京都精華大学のフリーペーパー。
その中に、『千野帽子さんによる、俳句のススメ』というコーナーがあった。俳句というと「お~いお茶」と思っているような大学生に、かなりハイレベルな入門指南だ。

人間の「言いたいこと」には5~8種類しかない。それを17音に入れたら「私を見て」1種類になる。
いっぽう「言いたいこと以外のこと」は無限だ。俳句は自分の意図ではなく言葉に従って作るから自分で思いつかない表現が出てくる。自分の発想の外側に着陸することができる。(中略)
「自分」なんて全員同じだが「言葉」は無限だと思える人は、俳句か川柳に向いてます。「私」には表現に値するなにかがあるもん、だってオンリーワンだし、という人には俳句以外の方法がいくらでもある。言いたいことは17音で言わずふつうの文章で言うものだ。

読みたい俳句の例として、あげられていたのが、
 じゃんけんで負けて螢にうまれたの 池田澄子
 路地裏を夜汽車と思ふ金魚かな   摂津幸彦
 バレリーナ鼻血鼻血と二度叫ぶ   前島篤志

他にも、はぁ~、ほぉ~、ふぇ~と思うことがいっぱい書かれていたが、学生向きの活字のちっちゃいこと!パソコンに写そうと思うと、眼鏡をかけたり外したり難儀なことで・・・。

そして、どうやら私は、今やっとスタート地点らしい・・・。これまでの6年が、スタート地点までの歩みだったとは・・・。感慨深い。

2010年10月23日 (土)

石の神木の神プラスチックの神

あたらしくTさんを迎えて、2回目のくらげ句会。マンネリ気味だった句会に、まさに新風を吹き込み、活気づけてくれている。
夕べは、兼題「神」の選をしてもらった。「私は神を肯定して詠んだんですが、そうではない神が多くて新鮮でした」と、さっそく川柳の本質に迫るコメントをされていた。
句会後の飲み会でも、「あっ!」とつぶやいては大学ノートを取り出し、45度上方一点を見つめ句を練っている。・・・川柳との蜜月だ・・・あぁ懐かしい。

Tさんを紹介してくれた人から、「桐ちゃんと干支も星座も血液型もいっしょ」と聞き、てっきりひと回り年下だと思い込んでいた。その割には、濃い情念句、深い官能句を詠みはるなぁと感心して、「お若いのに・・・」と言ったら同い年だった!大きな声で、子どもみたいに天真爛漫に笑うところが、何ともかわいい4*歳・・・、そして酒豪。なぜか酒好きの集まるくらげ句会である・・・。その昔、清酒発祥の地という磁場なんだろうか???

2010年10月22日 (金)

さみしさをひろげるように胸さする

母はクセで、胸をしきりにさする。
母のさみしさが、全身にひろがるようで、私の胸も痛んでくる。

2010年10月21日 (木)

裏口にだれの届けてくれた月

今夜の月がいい。
くっきりと、それでいてしっとりしていて
切りたての断面のようで、みずみずしくて、香しい。
誰かからの贈り物のようで、うれしい。

2010年10月20日 (水)

こおろぎもはだかで泣いているるるる

「あのとき、その先の運命を知らなかった」 オノ・ヨーコ
ベット上、洋服を着たオノ・ヨーコに裸のジョン・レノンがしがみつくような、あのポートレイトを撮影したときのこと。いちばん愛し合っていたときで、ヨーコは自然にほほ笑んだそうだ。

友人のAさんは、出先で大きな虹をうっとりと見つめていた間に、自宅に空き巣が入りカードを盗まれていた。

ある日私は、中之島から梅田に歩いていた。日暮れ時で、空が淡い茜色から鳩の首の色・・・葡萄色へと移り変わる。誰かが、グラデーションになっている空の幕を、するする引っ張っているかようにおもしろくて、気づいたら梅田を通り越して、次の駅まで歩いてしまった。その間に、自宅へは重い封書が届けられていた。

なにかが少しでもずれていたら、会わずに済んだふしあわせ、会えたしあわせ。どうしたって、避けて通れないふしあわせ、ぜったいに待っていてくれるしあわせ・・・。
この先は、わからないから、やっぱり今を大切にしなくちゃ。

2010年10月19日 (火)

レンズを通してみる人生

暗殺数時間前のジョンとヨーコのあのベットのポートレイトや、デミ・ムーアの妊婦ヌードなど、センセーショナルな作品を世に送り出した写真家、アニー・リーボヴィッツのドキュメンタリーを観た。
「写真家の人生とは?」という質問に「レンズを通してみる人生」と答えていた。

被写体に入り込む、被写体の一部になる、空気のような存在になれば自由に写真が撮れる。仕事を先輩に見てもらうのはいい。選択の理由を考え、それが分かれば成長する。・・・川柳の先輩も、同じようなことを言われた。

あるとき、反核をテーマにした写真で、白い壁の前に有名人を並べた写真で信頼するプロデューサーに酷評され、そこから、コンセプトと小道具に力を入れるようになる。映画「ローズ」のベット・ミドラーを真紅の薔薇の上に寝かせるために、1,000本の薔薇の棘をとったとか。

愛するパートナーのスーザンが亡くなったときも、彼女は記録し続けた。写真をもって、喪失を詩に変えたという言葉が特に印象的だった。

「レンズ」を「言葉」に、「写真」を「川柳」に置き換えながら観た。

2010年10月18日 (月)

北側に匂いのちがう部屋ひとつ

やっぱりカエルは、冬眠ではなかった。
公園の楓の木の下に、白いバラと眠った。
娘は、「水と緑」というお香を選んで、届けたらしい。

2010年10月17日 (日)

炉端焼

夕べは、仕事が終わってから娘と待ち合わせて、娘の掛け布団を買いに行く約束になっていた。いつもは私鉄を利用しているが、JRへダッシュ。
電車に乗るときにメールを入れたが、返信がない。・・・嫌な予感がして、途中の駅で電話。「ごめん寝てた。買い物無理。布団なんでもいいから、桐ちゃん買っといて」はぁ~?!「知らん!」と電話を切る。
怒るでしかし!である。そのままA駅で下車。ビールへ走る。
前の職場へは、JRを利用していたので、途中駅にはいくつかお気に入りの店がある。そうそうA駅には、炉端焼きがあったではないか!店の真ん中に炭火の炉があって、焼き専門のおじさんが焼いてくれる店。・・・なんとレディースデーで、ドリンク1杯無料だった。はや機嫌が直る。

おじさんの焼きものは、職人技である。厚揚げが、どうしたらこんなに美味しく焼けるのかというくらい美味しい。椅子に浅く腰をかけ背筋をのばし、網に食材を載せては返し、皿にとり、焼き終わったら網をブラシでささっとこする・・・繰り返される動作の、その動きの線がまたうつくしい。特に、おしまいの丁寧さは書家の終筆のようでもある。
さらに、もの靜かである。「よろこんで~!」などと、声を張り上げたりしない。「厚揚げお願いします」「6番さん、おあいそお願いします」と、スタッフにだけ届く声で語るように言う。
締め切り前の川柳でも考えればいいものを、おじさんを何に例えるか、考えながら飲む・・・アイロンがけした綿100%のTシャツ・・・かな。

落ち着いたので、閉店ぎりぎりのお店で布団を買って帰宅した。ご機嫌に任せ、タルトまで買った。おやじである。

2010年10月16日 (土)

スクリーンの裏にもぐったゲンゴロウ

気になっていた、cinema cafe & barへ。
路地裏の古びたビルの2階。木の重々しい扉を押しひらくのには、すこし勇気がいったので昼間にした。
古い映画のポスターや、これまた年代ものの「VOGUE」「LIFE」誌が壁いっぱいに飾られている。LPレコードから流れていたのは、アン・バートン。とても長い時間が詰まっているような空間・・・。
映画好きのお客さんが3人、マスターと話している。私の知らない映画のタイトルや俳優の名前ばかりでてきた。
「最近のスクリーンは小さくて、目で追うだけですんでしまう。昔は左右にからだで追いかけた・・・」
「映画がはじまる前に、緞帳が左右にひらいんたんよ。シャ~という音、あの音がよかったなぁ・・・」
次は、夜に行ってみよう。

朝方、冷えて目が覚めた。冬布団を出さなくちゃ・・・と思いながら、!!!!!もしかして、カエルは冬眠してたんじゃないの?と思った。そうだ!冬眠かも・・・。

2010年10月15日 (金)

ひとつだけ沈む 金魚のつぶやき

おとといは、夜中の2時に娘から電話。何ごと?!と思ったら、「ちょっと文章おかしくないか聞いて」。結局、修正した文章をもう一度聞いたりで、眠りがブツ切れになってしまった。
夕べは、「夜中に電話しないでね」とメールを送って、布団に入ったのに、寝入りばなにまた電話!
「S先輩が、カエル飼ってるって言ってたやん。帰ったら死んでたって、泣きながら電話があって。すごく取り乱してはって、今から行くねんけど、私になにができるやろ?」
「そんなときは、そばにいるだけでいいから。・・・白いハンカチ持って行ってカエルにかけてあげ。それから、お香か・・・キャンドルはない?お線香、蝋燭のかわりに」
「たぶんない。それにSさん、韓国人やねんけど」
「なに人でも宗教的な気持ちになれるよ、きっと・・・コンビニにも線香あるかも」
・・・電話を切ってから、白いハンカチをかぶせられたカエルを思い描く。
それから、子どもたちが小さかった頃に、飼っていた生き物が死んだときのことを順に思い出す。金魚、かぶと虫、やどかり、カナリヤ、雀、猫・・・たいていは、木や花の下に埋めた。
スコップで土を掘る。浅すぎてはいけないので、深めに掘る・・・吸い込まれるように穴に落ちて眠った。

2010年10月14日 (木)

あなたはだあれ?

Ca61jox0_3 連句のあとの懇親会の折に、遠くから参加していた方からいただいたお人形。親指の第一関節くらいの大きさで、厄災を食べてくれるのだそうだ。
それが・・・どこから来られたのかも、人形の名前も忘れてしまった。(中部地方だったような?豆なんとかだったような?)
どなたかご存知ないですか?
この小さなお口で、ややこしいものを食べて、いつも満足げな表情・・・こんなに愛らしくてとても頼もしい。
・・・ありがとうございました。大事にしますね。

2010年10月13日 (水)

つぶやいてこぼれて萩は女だね

秋だというのに暑いこと・・・と思っていたら、
秋という字には火がくっついてる。
なんの火だろ?

2010年10月12日 (火)

なんで?

なぜかよく、道やら何やらを尋ねられる。
今日は、陽気な外国人女性の二人連れ。ガイドブックを手に、パン屋を2軒指差して、どっちがお勧めかと訊く。
パンは得意分野なので、「こっち!」と自信満々で指差した。
と、一人が「ナンデ?」と訊く。
「なんで?」って、なんでそこ日本語。しかも大阪弁なん?発音も正しいし。
「なんでって・・・」と困ったら、「サンキュ、アリガト」と去っていった。一瞬、ドッキリカメラかと思った。(ふるっ!)

2010年10月11日 (月)

滾滾とひとはどこまでかなしめる

商店街の入口に人だかりがして、バンドが演奏していた。
「岬めぐり」・・・「あのすばらしい愛をもう一度」
観衆のいちばん端っこで、にこやかに手拍子をしていた中年の女が、白いハンカチを取り出して目を押さえた。・・・泣いている?
ボーカルも気づいたようだ。何度か女に視線を送っている。
曲が終わり、メンバー紹介になった。女はもうアーケードを出て、横断歩道を渡っている。
背筋を伸ばし大またで、白い線だけを踏んで行く。
あわてて女を追いかけて、女の身にするりと戻った。

2010年10月10日 (日)

あえいうえおあお 水音になるまで

ぶつけてみたかった選者の方に、とっていただけた「水」
私の水を両手に掬い、口に含み、
「・・・人生はそんなものかもしれない」と言ってくださった。

いつかほんとうに、水音になれそう・・・。

2010年10月 9日 (土)

つめたい糸が空と地をつなぐように、秋の雨は降る。
黙って手を引くように、秋の風は吹く。
木々は、ゆっくり育てた葉っぱや実を、こともなげに手放す。
秋はいつも、泣けるだけ泣いたあとのように、がらんとあかるい。

「自分から逃げなあかん」・・・墨作二郎さんから言われた。
ひとり鬼ごっこか・・・。
秋なら、逃げるられるかもしれない。こんな秋なら。

2010年10月 8日 (金)

やる気

「やりはじめないと、やる気は出ません」
のだそうです。脳は。

2010年10月 7日 (木)

秋に入るひとつも釦ない服で

ゆるい服を着て、この秋へ。
もうすこし、私から離れてみたいと思う。
秋が、手招きをしてくれている。

2010年10月 6日 (水)

銀河系くぐりお手洗いさがす

散歩会@大阪市立科学博物館

プラネタリウムは、10年ぶりぐらいだろうか?
スクリーンには、大阪の夜。今から街の灯を落とすので、目を閉じてくださいと言われる。「さあ、目をあけてください」と言われて、ゆっくり目をひらくと、満天の星!なぜだか涙がこぼれてしまった。

プラネタリウムの1時間は、真っ暗でメモもとれない。覚えておこうと思っていても、きっちり忘れる。作句する時間もなくて、句は過去最低。こころの中には、まだいろいろ残ってるのだが・・・。

いま、私から見える空には、星がひとつ。ひとつを、見つめている。

2010年10月 4日 (月)

古傷の痛むページを見てしまう

三年前のいま時分だったと思う。酔っ払って、キャベツを刻もうとして、左手の人差し指をかなり深く切った。そのときの傷あとが、なぜか最近になって痛む。二年前に捻挫した右足首も、近ごろ痛む。

こころの傷もしかり。いつまでも引きずっちゃダメよ、とか、もう済んだことでしょう、忘れなさいと言われても、痛むときは、痛むんだもの。そんなときもあるんだもの・・・。

2010年10月 2日 (土)

怒らない父さん スッポンのせなか

阪急伊丹線の線路沿い、塚口駅の手前に、「遠山」というスッポン料理店がある。田辺聖子さんが、かもかのおっちゃんと贔屓にされていたお店だ。看板に緑色のスッポンが首を伸ばしている。そのスッポンを目にするたび、亡父を思い出す。
父は、小さな町工場を営んでいた。職人気質というのか気が短くて、工場では若い工員さんを怒鳴りつけ、棟続きの自宅では家族に声を荒げた。
そんな父が、晩年、意に沿わぬ転居から心を病んだ。家族に向けた背に、すべてをすっこめて一切を閉じ、もう怒鳴ることも、声を発することすらなくなくなってしまった。
その背のあまりに頼りなげな、さみしい丸みが、いつからだろうか…スッポンの冷たげな甲羅と重なった。スッポンは食べたことがない。おそらくこの先も、口にすることはないだろう。
            (川柳 洋子の部屋「ゲストの椅子」転載)

2010年10月 1日 (金)

飛ぶように発音してねキリコって

海月句会という、ちいさな川柳の勉強会をしている。
会場の施設の管理は、古い酒屋さんがされている。
今月の予約に行ったら、「あ、くらげさん」と呼ばれた。
エヘ・・・「くらげさん」なんだ、私。

『くらげだって生き甲斐はある』って言ったのは、「ライムライト」だったね。
あるんだよ~、生きがいちゅうか、なんちゅうか・・・。

10月です。軽やかに、いきましょう。

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