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2010年11月

2010年11月29日 (月)

波の泡 あなたが笑うなら笑う

去る人は、泡のように笑った。
私も泡のように笑ってこたえた。
出て行くところは、頭を下げたまま見送った。
見ることができなかった。

2010年11月28日 (日)

確かです わたしのいないことだけが

争いに敗れた人が去っていった。
いや、争ってなどなかった。自分の足をひっぱるものを、引き摺って進む力も、切り捨てる力もなかっただけだ。さいごまで、いい人のままで、深く頭を下げていた。
どうか胸を張ってください。決して、人としての勝ち負けなんかじゃありませんから。

2010年11月27日 (土)

母訪うてきてくつ下のゴムのあと

夫の両親の年賀状を作って届ける。もう年賀状をやめようかとも迷っていたが、ぐっと枚数を減らした。大掃除も、とてもできそうにない。日々の掃除すら、まったく行き届かなくなってきている。

生物学者だった知人のお父さまは、排泄の粗相をしても「君ね、これが老いるということだよ」と悠然と受け止めておられたとか。子の成長のように喜べないにしても、老いをやわらかくしっかり受け止めたいなぁ・・・とおもう。

2010年11月26日 (金)

栓抜き

職場で栓抜きが見当たらず、100円ショップに買いに走った。
栓抜きに、缶切り、ワインのコルク抜き、プルトップや蓋あけなど、何通りもの機能がついているものがあって驚く。よく考えたなぁと感心するし、便利そうだなぁと思うが、なんだか気に入らない。
偏見かもしれないが、道具というのは、ひとつの機能を追及したものの方が使いやすく、うつくしいと思う。それに、多機能だの多目的だのというのは、どうも品がない気がしてならない。
結局、持ち手が木製のシンプルな栓抜きを買った。ほんとうは、ひと昔前に酒屋さんがただでくれた、ビール会社の名前入りの栓抜き、あれが一番よい。飾り気のない職人のように、かっちり仕事をしてくれた。

2010年11月25日 (木)

あたたかな窓から夜は配られる

サントリー伊右衛門のポスターがいい。
もっくんと宮沢りえちゃんは、私好みの男女。
「寒いから、あったかい」のコピーもいい。
りえちゃんの手を包む、もっくんの手がいい。

朝は、そんなことを思いながら、気分よく出勤したのに、
ミスをしてしまった・・・。
こんな日は、なかなか夜が来てくれないのだ。

2010年11月24日 (水)

上顎に魔性はりつくウエハース

いえ、今日はスコーンだったんですが、口中もそもそでいっぱいになって、そのうち固まってくるし・・・。
甘くて、もろくて・・・と思ったら、なかなか手ごわいじゃないの。もそもそ系は苦手です。

2010年11月23日 (火)

海散歩

水の上 よわいいきものだとおもう
くるいだすどこか憶えのある揺れに
深さなど尋ね不安になってくる
掬われるまでは海の色でした
輝きたい水で表に浮いてくる
泣きだした舟の臍の緒切ってやる
ガラス越しの海 しあわせは無味無臭
さいごまで愛しつづけていた入日

2010年11月22日 (月)

編みあげてひとつ余った毛糸玉

センリュウ・トークin名古屋へ。

日常とは、こんなにも豊かなのだと思わせられる句が多かった。もっと目を凝らして、そして、もっとことばを探さなければ・・・と思った。

偶然、古い友人T子さんも名古屋入りしていることが分かり、夜は、「月よみ」という古民家を改築したお店で味噌鍋。T子さんセレクトは、満月(?)の夜にぴったり!翌昼は「いば昇」のひつまぶし。大阪で食べたひつまぶしは、お出しでお茶漬けしたけれど、ここはお煎茶だった。お出しは邪道なのかな?うなぎはとても香ばしくて、さすが本場。どちらのお店も、ビールはサッポロ生黒ラベルで料理によく合った。
句会の懇親会に出られなかったのは残念!分身の術でも使えたらなぁ・・・。

十年に一回くらい、編み物をしたくなる。何かを編むとき、足りなかったら困るので必ずすこし余分に毛糸を買って、たいてい1玉ほど余らせてしまう。色とりどりの余り毛糸は、ビニール袋の中で身を寄せ合っている。

2010年11月20日 (土)

公園にあつまる人の丸い肩

「くねる」のご縁で、まったく面識のない方と、半年に一度やりとりをする。
封書が行きかったり、メールをやりとりしたりして、少しずつ距離が縮まってくる感じが、じわじわうれしい。性別だけはかろうじて分かるけれど、年齢も顔かたちも何も知らない。そんなミステリアスな知人もたのしい。

秋の海、秋の公園には、ちょっとさみしい人がやってきてぼんやりしている。

2010年11月19日 (金)

秋の海 はぐれた鳥と私と

大人の遠足シリーズ2010秋は、ヨットで秋の海散歩&豪快蟹料理。川柳の知人のご厚意に甘えて、超セレブな遠足が実現。
気持ちのいい秋晴れで、風もまずまずの遠足日和。

海の広さは気持ちを押しひろげ、波の仕草に心がもみほぐされていく。海の上では、自分の弱さ、小ささも、晴れやかに再確認する。
散歩を満喫して港に戻り、キャビンで蟹料理がはじまる。生きた渡り蟹をいきなりホットプレートにのせ、白ワイン1本をダバダバと惜しげもなく振りかけ蒸し焼きに。逃げ出そうとする蟹を蓋で押さえる。蓋からはみ出した蟹の鋏が、この世を切り刻む・・・。
このあたりから、身の内の水がどうもあやしかった。(船酔いです) でも、蟹は大好物。ビール飲んだら収まるかも。蟹食べたらきっとすっきりする・・・と、蟹を待つ。ついに蒸しあがり、甲羅を開いたら、大当たり!子持ち!旨い!旨い!・・・しかし、ここで身の内の水が逆流しはじめる。あかん・・・限界・・・。
泣く泣く舟を離れ、事務所棟で休む。長椅子に寝転ぶと、水面と平行になる。眺めている波に浮かんでいるかのようにゆらゆら。むこうに連なる山の稜線、雲の輪郭・・・なにもかもがやさしい。夕日が窓から差し込んで、あたたかい・・・。
つらいのに、ゆたかな気持ちになり、自然の偉大さにひとり感動していたら、パスタができたよ~と届けてくれた。蟹エキスたっぷりのワインに香草やトマトを入れて、それは美味しいのだけど、ひと口しか食べられなかった。悔しい!!明日からでんぐり返りをして、三半規管を鍛えると誓う。
食べかけの渡り蟹は、お土産にいただいた。帰宅後、胃を落ち着けてから食べたら絶品!これまで、蟹は毛蟹よと思っていたが、改めます。渡り蟹最高!両手でバキバキムシャムシャ山姥のように食べた。人目を気にせず蟹喰う図はなかなかこわい。

昨日の句は、これからゆっくりまとめよう。

2010年11月17日 (水)

くちびるのこんなところに魔が潜む

自分のことなら我慢できるのに、他人のこととなると黙っていられなくなる。さらに相手が権力者となると、真っ向からぶつかって、引き下がれない。そのときは勇敢なのだが、終えるやへなへな~となる。
今日も、「八上さんカッコイ~」と言われてから、思い切りドアに指をつめたり、電気を消そうとして全部点けたりして、「意外にダメージ受けてますね」と指摘された。
ダメージ大きい。川柳モードになれないよ~。

2010年11月15日 (月)

機嫌のいい犬

作家川上弘美さんの俳句集。
川上さんの句と、福島金一郎さんの挿絵がベストマッチ。句集の紙の色と手触りがとてもいい。本の内側の紙の色(なんていうのかな?)、古代色チックなサーモンピンクも素敵!
好きな句はたくさんあったけれど、中からいかにも川上さんらしい句を10句。

  はっきりしない人ね茄子投げるわよ
  常よりも右に臍ある油照
  くちづけの前どんぐりを拾ひましよ
  いたみやすきものよ春の目玉とは
  草分けておとうと探す春の暮
  春の夜人体模型歩きさう
  行秋のうすく反りたるオブラート
  もの食うて機嫌なほりぬ春の雲
  夏の夜オカリナ吹いてこはくなる
  終点より歩いて十歩冬の海

飄々淡々としたさみしさ、怖さ、妖しさ、うれしさが魅力。
川柳では、“想い”の共感性ということが言われる。その場合、怒、哀は、喜、楽に比べ、想いの強度が強く、さらに想いが強く激しいほど共感性も高まる。著名な柳人の代表句と言われる句にも、そういった句が多いように思う。
しかしながら、川上さんの句のような、何気ない日常の刹那によぎる、薄いさみしさやこわさ、ちいさなよろこび、たのしさを飴玉を転がすように、じんわり味わうのもいいものだ。ドロップの缶からガラガラと取りだすように、あの句、この句・・・。この先、機嫌よく暮らせそうな気がする。

  徹頭徹尾機嫌のいい犬さくらそう  川上弘美

2010年11月14日 (日)

瓶の口吹いてひとりをひびかせる

来年のダイアリーを買いに行く。
もう一日の細かい予定を把握する必要もなく、マンスリースケジュールのみでいい。川柳用のノートは別に持つので、メモページもいらない。
表紙はなるたけシンプルで、見開きでA5サイズ。黄味がかったやさしい風合いの紙で、書き込み欄大きめ。月曜はじまり。・・・探しに探したが見つからなかった。かなり惜しかったのはあったが、日曜はじまりだった。そこは譲れない。
百均に、表紙と紙の風合いが好みでないものがあった。娘が表紙の紙だけ入れ替えればいいというので妥協した。
ペールグリーンの紙を買って、入れ替えた。なかなかいい。小さく「2011」とシルバーで入れたら、言うことないんだけどな。プリンターで挑戦してみよう。しめて142円なり。

娘の一人暮らしを垣間見てきてた。
自力で生活をはじめると、彼女なりのこだわりが表出してきておもしろい。私(母親)のまったくしなかった習慣がちらほら。流しのごみ受けにフィルターをかけたり、臭いとりのスプレーを、そこらじゅうにシュッシュと振りかける。洗濯物のたたみ方も違う。
朝、帰るとき、寝ている娘に声をかけたら、「わし・・・」という「わし?」「はい、最後の仕上げは和紙を貼って・・・」・・・夢の中も、課題に追われているらしい。

2010年11月13日 (土)

夜舞

高瀬川の川の中ほどに舞台は設えられていた。
踊りも音楽もすべて即興で、それぞれが思いおもいのようで、確かにひびきあっていた。
ふと、ことばのなかったころ、人はこんな風にあいしあったかもしれないと思った。

ミカさんは、三日月の光を握りつぶしたかと思うと、取り憑かれたようにそこに漂うて、倒れ、叫んだ。
たましいが口から漏れていくようだった。

2010年11月12日 (金)

夢占い

おかしな夢をみた翌朝は、ネットの夢占いで読み解きをたのしむ。
夕べの夢では、ピンク色の馬が、草原に横たわっていた。「横になっていますが、この馬は大丈夫なのですか?」と、私は誰かに問うていた。

夢占い、キーワード「馬」で検索する。
『性的な欲求が高まっているようです。また、どんなことに対しても意欲に満ちパワー全開の状態で、何をしてもうまくいきそうです。あなたが馬に乗る夢なら、恋愛面で幸運をもたらすでしょう』

爆笑!!ピンクの馬が横たわるって、どれだけ高まった状態でおわってるんでしょう。パワー全開でうまくいきそうなのに、停止状態・・・あぁ・・・。

2010年11月11日 (木)

包丁を咥えて放さないかぼちゃ

かぼちゃを切るとき、思い切りが足りないのか、いつもガシッと咥えられてしまう。朴訥としたかぼちゃの抵抗にうろたえる。

包丁というと、向田邦子さんの「大根の月」を思い出す。
ドラマ化されたのを二度観た。一度目は、母親役を田中裕子が、二度目は萬田久子が演じていた。
決して豊かとは言えない家庭のドラマなのに、萬田久子はあまりにおしゃれで嘘っぽかった。俎に手を伸ばした息子の指を、誤って切り落としてしまい病院へ走るシーンも、キメキメの髪型に上質のコートを羽織っていた。どんな役でもスタイリッシュな自分を通したいなら、もっと役を選ばなきゃ・・・と思ったものだ。最近は、50代のファッションリーダーとして活躍中で、こちらははまり役。

2010年11月10日 (水)

くねる

川柳根無し草(結社、柳社に所属していない)4人が、年に2回、忘れたころに発行するミニコミ誌「くねる」。川柳あり、エッセイあり、落語あり・・・ちょっとずついろいろな味のたのしめる、幕の内弁当(決して松花堂弁当と言えない)のような小冊子です。

   懐かしいかたちになって光る雲  街子

   致死量の甘さとかしたチョコレート  よしこ

   星流るやさしいものにかこまれる  凛

   よごれてもよい手と足で旅に出る  桐子

ゲスト作品も(が)魅力的!

   話しかけやすい夜明けの淡い月  真紀子

   頬杖をつくとほとりになっている  ふでこ

読んでみたい方は、kunerist@yahoo.co.jp へお申し込みください。
いつもお送りしている皆さまへは、そろそろ届くかと思います。ストップ!と言うまで、わんこ蕎麦のように届きますのでご了承ください。

  

2010年11月 9日 (火)

土竜(もぐら)

大会に「土竜(もぐら)」という題が出た。
選者の方が「誰しも人生で、一度はもぐらのときがあると思う。皆さんのもぐらのときを詠んでいただきたいと思った」というようなことをおっしゃった。

そうでしたか・・・なるほど、もぐらのとき・・・
私がもぐらだったとき、妹はおくらだった・・・(そら、松鶴家千とせやないか!)

  空色のボタン欲しいと泣くもぐら  桐子

もぐらの坊やは、おやすみ前に絵本を読んでもらいます。
なかでも、空のお話しは大のお気に入り。空の絵本を読んでもらった夜は、見たこともない空の夢をみるのです。
ある日坊やは、上着のボタンをなくしてきました。母さんもぐらが新しいボタンを探していると、「空色のボタンが欲しいよ~」と坊やは泣きました。
母さんもぐらは、あっちを掘り、こっちを掘りして、ジャノヒゲの青い実をやっと見つけました。
坊やの胸には、朝起きて眠るまでちいさな空があります。

2010年11月 8日 (月)

波音を追う旅でした恋でした

昨日は、国民文化祭 京都井手町「川柳の祭典」プレ大会に参加。
こんな大きな大会ははじめて。ほんとうに晴れやかな“祭典”なので、びっくり。会場は井手中学校の体育館(講堂と言って、今どき講堂言うか~と年上の人から突っ込まれた。)地元の方々による民謡アトラクションあり、お昼は運動場のテントで、ちらし寿司に豚汁やうどん、焼きそばも。行ったり来たりして挙動不審だったのは、ビールなどないかしらと探しておりました。(アルコールなしの健全な大会でした。)

会場のすぐとなりは、平成の名水百選にも選ばれた、井手の玉川。コンクリートで固められていない昔のままの川には、小さな木の橋もかかっていたりしてタイムスリップしたよう!桜、山吹のころは、どんなにかすばらしいでしょう。

タイトル句は、ふるさと課題「旅」に出した句。入選句には、地元特産品のお味噌や柿の副賞つきということで、呼名にも力が入り盛り上がった。(私もお味噌いただきました!)
井手町の皆さん、地元川柳会の皆さんのおもてなしに感激しました。ありがとうございました。

タイトル句ですが、サントリーオールドのCMにいかがでしょう?秋の海岸。ダンダンディンダディシュビダディン・・・の口笛をBGMに寄せ返す波・・・「波音を追う旅でした恋でした」は宮沢りえちゃんの声で。

2010年11月 7日 (日)

起きたころでしょう 忘れたころでしょう

「とりあえず寝よ」というのが好きで、とりあえず寝られる性質である。
そうして起きたら、忘れたことにして、ゴミを出してお隣に笑顔で挨拶もする。洗濯をし、仕事をこなし・・・一日が暮れる。そんな日を重ねて、なんとかやり過ごしている・・・だろう、あの人も。

「しゃあない、飲もか」「まぁ、食べよ」・・・も、なかなかいい。

2010年11月 5日 (金)

ちょんまげをつけてもらったマンホール

吟行ならではの句。

近松公園周辺のみ、地域限定デザインのマンホールは、尼崎の小文字の「a」を頭に見立てて、上にちょんまげがついています。
踏まれても、蹴られても、誇り高きマンホールです。

2010年11月 4日 (木)

鳥の声になるまで水を見てなさい

公園の木の下に座る。
呼吸が深くゆっくりになってくると、鳥の声が聴こえはじめる。
耳を抜けるたびに、頭の中が澄んでいくような光のような声。
どうしたら鳥の声になれるのだろう・・・。
最初、「鳥の声になるまで空を見てなさい」と詠んだ。
それからしばらく空を見つめたけれど、ちがうと思った。
大きな木に凭れてみたり、木の下で深呼吸したり・・・
いろいろしてみたけれど、鳥には近づけそうになかった。
水辺に腰を下ろして、流れる水を眺めた。
木の葉といっしょに、なにもかも流れていくようだった。
もっとずっと見ていたら、鳥の声になれそうな気がした。

それはそうと、近ごろ命令調の句が多くないか?
もしや女王様キャラ?・・・ピシッ、ピシッ(鞭の音)

2010年11月 3日 (水)

黒い猫ひらり 抜け道あります

駅までのウォーキングコースに、いくつか気になる看板や張り紙がある。

「予約と発毛のできる散髪屋」・・・何気なく並列されている「予約」と「発毛」。予約はほとんどの人がありがたいかもしれないが、発毛をオーダーしたい人は、いったい顧客の何割いるのだろう?美容院のチラシでは、**コンテスト・カット部門1位などと書かれているのを見るが、発毛技術があるというのは、散髪技術の信頼につながるのだろうか?そもそも、どうやって発毛させるんだろう?・・・ナゾなのだ。

「食べられない寿司握ります」・・・これは、小さな黒板に手書きされている。実は上に、「廻転寿司では」と書かれているのだが、あまりに達筆で読めない。通るたびに、食べられない寿司って、何を握るんだろう?と考えていた。1年余りもたって、先日やっと判読した。

「短期バイト募集 *明るい人 *土日入れる人、長くつづけてくれる人歓迎」・・・長くつづける短期というのは、どのくらいの長さなのだろう?それとも役所のアルバイトのように、1ヶ月の休みをはさんでは、1年更新するのだろうか?いつも問い合わせたい衝動に駆られる。

ぼやぼや歩けない、悩ましい道なのだ。

2010年11月 2日 (火)

受け止めるつめたさになる秋の水

散歩会@近松記念館、近松公園。

おとなりの街なのに、はじめて訪ねた。
記念館も公園も、そこだけ時間が伸びてあるような、おいてけぼりになっているような素敵な一角。近松のお墓は、小ぶりな丸みのある石で、苔むしたモチの木に守られるようにあって、それもまた好ましかった。

雀の決闘。賽銭箱からお賽銭を取り出す小坊主さん。飛び跳ねるあめんぼう。人形の腕の傷・・・いろいろめずらしいものと出会えた。

2010年11月 1日 (月)

まあるくなるまでこたつの部屋に置く

そろそろおばあちゃんちに、こたつの出るころだ。
年季の入ったこたつで、土台の裏に「つくし つくし」と、黒のサインペンで子どもの落書きがある。夫か夫の弟が小さいころに、もぐって書いたのだろう。
こたつの部屋は片づかない。新聞、みかん、洗濯物、耳かき…皆があれやこれや持ち寄っていっぱいになる。それが嫌なのと、一旦入ると出るのが億劫になり家事がはかどらないので、我が家には置かずにきた。
そうか…子どもたちには、こたつの記憶がない。こっそり落書きしたくなるような、あの秘密めいた真っ赤な空間。皆が足をうじゃうじゃと突っ込み、譲りあいながら、ふれあいながら過ごす冬のひととき…。今さらちょっと後悔している。
           (川柳 洋子の部屋「ゲストの椅子」転載)

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