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2010年12月

2010年12月31日 (金)

ありがとうごめんね 除夜の鐘沁みる

大掃除、おせち作りと荒れた手に、「ありがとう」「ごめんね」が残りました。
ゆく年に、あの人へ、この人へ、深く一礼をします。
除夜の鐘が、あれもこれも遠ざけてゆきます。深い夜へ・・・。

今年も、ありがとうございました。

2010年12月30日 (木)

ペシャンペシャンとくすりやの紙ふうせん

父は夕べ、今年最後の忘年会の帰りに自転車で転び、右手首が腫れあがっていた。骨にヒビが入ったか、捻挫か?相変わらず病院は拒否して、湿布薬一枚で痛みに耐えている。
父が猫好きなのは分かる。猫はからだの傷もこころの傷も、自分で舐めて始末をつける。今日は、一日猫のように丸くなって寝ていた。

母と台所仕事をしていると、いちいち私と妹を比べる。「Mちゃんは、もっと薄く切るよ。もっと手早いし・・・」「あんたは、葉野菜を丁寧に洗うんやね~」といった調子。むっとしたり、へっと思ったり、反応してしまうたびに遺憾。

数年前、うちに居候状態になっていた息子の友人が、新潟に出張に行ってましたとお酒を届けてくれる。
・・・悲喜こもごもの晦。

2010年12月29日 (水)

なきながら笑いつづけている炎

母を連れて、夫の実家へ。
着くなりトイレを借りた母。水を流すやトイレがあふれ、慌てふためいている。
夫の両親も、集まってくる。
「あら、お父さんどうもご無沙汰しています。・・・水が止まらなくて、どうしましょう・・・」
「あ、お母さんお元気そうで、どうもどうも・・・あの水が・・・いや、もうどうしましょう・・・」
私は、ひとり爆笑!なんちゅう挨拶!
原因は、夫の母が落としたカイロだった。そういえば去年もあった。落としたのが、分からないらしい。
母は来るとき、「どこで乗り換えするんやった?」と聞いてきた。「塚口」と言ったのに、「塚本」で降りてしもた・・・と電話。駅も違うけど、電車も違う。それはJR。うちは阪急。
夫の父は、出かけるのに車の鍵がないと家捜し。

高齢者が3人いると、ハプニングばかり。年末年始、どこまで笑えるか・・・。

2010年12月28日 (火)

火がついてそれからずっと揺れている

今日は仕事納め。明日は母が来て、あさって娘が帰ってくる。
就活は不調に終わった。娘がとても上手になぐさめてくれて、成長を感じた。あたらしい年に、気持ちを切り替えよう。

蝋燭の炎には、見入ってしまう。真ん中の澄んだ水のような鏡のようなところに、何か映りそうで覗いていると吸い込まれそうになる。ゆわんゆわんと揺れる炎のまわりの薄ぼんやりしたところは、なつかしいような恋しいような気持ちにさせてくれる。眠る前のほんのわずかのキャンドルタイムに、ちょっとはまっている。

2010年12月27日 (月)

封印をめくってしまう舌の先

舌が荒れている。ビタミンB2不足かな?ストレスかな?・・・飲みすぎ、やな。

来年はうさぎ年。
幼いころに読み聞かされたお話には、うさぎがよく出てきました。だれかを騙したり、出し抜いたり悪役ばかり。その刷り込みのせいか、無垢でやさしげなうさぎを見ても、油断しちゃいけない気になります。
最近のうさぎは、ミッフィーちゃん、ピーターラビット、うさこちゃん・・・すっかりアイドル系ですが、私にはどこか狡猾に見えたりするのです。

2010年12月26日 (日)

ろうそくの芯はつめたいまま燃える

風邪もひいてませんよ~。二日酔いでもありませ~ん。
こんな年の瀬に、就活に勤しんでおりました。
事務処理能力テストにタイピングテスト、グループ面接に集団討論。
脳内の日ごろ使わない部分を急激に使いすぎて、脳の筋肉痛のような後遺症から、川柳も文章にも支障をきたしております。

ケーキもチキンもなく、かろうじてアロマキャンドルを灯してクリスマスは終了。

2010年12月23日 (木)

心中もありかと毛玉とりながら

都心の駅で、ものすごく暗い表情の若いカップルを見かける。
とってつけたようにそこらじゅうキラキラになるこの時期、先の見えない男女はいちばん投げやりになる気がする。
おばちゃんは心配になる。あったかい缶コーヒーでも買うてあげたくなる。

飲み屋でとなり合わせた若い女性は、別れた彼が新しい彼女を紹介してもらうらしい情報を耳にして荒れだした。「腹たつぅ、うまくいかんかったらええのに・・・腹立つぅ・・・」と腹立つぅを連射。
それから「どう思いますぅ?」と、私に訊く。「今でも好きなんですか?」「ぜ~んぜん、どうでもいい男」「どうでもいい男やったら、どうでもいいやないですか」「え~、そうですか、そうかぁ・・・」
彼女は、この季節にひとりはさみしいというようなことも言っていた。若いなぁ・・・。

2010年12月21日 (火)

ローマ

Cabh8ut1_3 あまりの疲労困憊で、食べ物を買わず花を一輪買って帰った。
「ローマ」という花。

朝は「おかあさん」と呼ぶ声で目ざめる。ここにはいない娘が私を呼んだのかとドキッとしたが、私の声だったかもしれない。大丈夫か?わたし。

2010年12月20日 (月)

よく冷えたくちびるが好き冬の月

今夜の満ちた月は、とおくでさみしげな色をしていた。

2010年12月19日 (日)

猫柄

実家にハチ(猫)が来て以来、猫が目につくようになってきた。
よその猫は、シマでもブチでも、それなりにバランスがとれていたり、味があったりする。
ハチは、どうみてもデザイン的に残念だ・・・。
Cazfuqul 全体的にはグレイ、濃茶のキジトラ、足は白い靴下を履いているようなのだが、4本全部長さが違う。ローソックス、普通のくつ下、ハイソックス、オーバーニーとばらばら。

尻尾はちぎれたらしく10センチくらいしかなくて、濃茶の毛がわっと開いてまるで瓶を洗うたわし。
そして、なんと言っても小鼻の両側、鼻からコーヒー牛乳を吹いてしまったかのような薄茶の模様が猫相を悪くしている。さらに、左の鼻に鼻くそのような黒いシミまで。
何回見てもおかしくて、つい笑ってしまうが、ハチは、「なにがおかしいねん・・・」と憮然とする。・・・ごめんね。

2010年12月18日 (土)

HELP!

大掃除の途中。やっと風呂、トイレ、洗面所が終わった。
洗面所とトイレの天井の換気口のフタに埃が溜まっている。去年は、フタを取り外して洗った記憶があるのだが、どうしても外れない。簡単に外れた気がするのだが・・・おかしいなぁ。指が痛いよ~。

あ~、娘の友達の男子とかが助けてくれないかな~?「おばさん、僕がやりますよ」って。桜井くんみたいな子、来てくれないかなぁ・・・。妄想劇場してる場合じゃない!戻ります。

2010年12月16日 (木)

私を崩すうつくしい箸さばき

昨日は、月一度仕事で顔を合わせるメンバーで忘年会。今年いちばんゴージャスな、会席のコース料理をいただいた。
コース終盤にさしかかったとき、神戸牛のステーキが出て、お肉の下に大葉が敷かれていた。食べ終えてビールを飲んだその時、真向かいの人のお箸がすいっと出てきて、私のお皿から大葉をつまんでいった。
いや、どうしても食べたかったわけではない。でも、それほど親しい間柄でもないのに、黙って持っていくって・・・。大葉一枚のことで、そのあと何となく胃が重くなった。食べつけないステーキ肉のせいかもしれないけど。

今朝、通勤電車の中でも、大葉が飛ぶようにお皿からなくなるシーンが再生されて、またいや~な気持ちになった。電車の窓から流れる冬空を眺めていたら、ずっと前のいや~な気持ちを思い出した。
父が、意に沿わぬ転居から、若年痴呆の症状が出始めた頃だった。子どものようにいじましくなった父は、隠れてご飯やおやつを食べ、食事中も平気で人のお皿のものを食べた。ちゃんと隙を狙ってさっと奪って口に入れる早業は、日常の動作とは別人のように敏捷で、誰もまだ父が病気だと認められなかった。
私は、だいたい好きなものを後に残すほうなので、それをとられては本気で怒っていた。どうしてあの父が、こんないじましいことをするのかという情けなさ。いつか自分もそうなるのではないかという恐怖。それらがないまぜになった、あのいや~な感じを、からだは先に思い出していたようだ。
あの頃父は、食べても食べても埋まらない空洞をかかえていたのだろう。詰め込まずにはおれなかったのだろう・・・。

2010年12月15日 (水)

冬ぬくし時実新子から雪崩

うちには本棚がなく、本はジャンルごとに壁にそって積み上げられている。引越し以来、気に入った書棚が見つからないまま、今に至ってしまった。川柳の山は着々高くなり、そびえ立っている。どの山も麓の方の本を取り出すのは大仕事だ。そろそろ何とかしなければ・・・。

昨日は、書店の佐野洋子追悼コーナーで、絵本「さかな1ぴき なまのまま」を買って帰った。
友だちを探しに出た猫は、血統書つきの猫姉妹に軽くあしらわれます。そのあとの描写がいい。

「うたわない」ねこは のろのろと たちあがりました。
でも ねこの こころは まだ じめんに へばりついているようでした。
ねこは また しゃがみこんで こころと からだを いっしょにしました。

・・・さぁて、ねこに友だちはできたのでしょうか・・・?
     (佐野洋子「さかな1ぴき なまのまま」フレーベル館)

2010年12月14日 (火)

眼裏の駅をなんども出る列車

朝のウォーキングコース。
八ツ手の花の、まち針の頭のような一つひとつに、夕べの雨の水滴がついてキラキラしていた。雨上がりに、うつくしい花。

駅では、「K駅で急病人が出たため、ただいま運転を見合わせていますっ!」のアナウンス。緊急事態に興奮気味なのか、まくしたてるような口調。何度もアナウンスで経過を知らせてくれるのは有り難いが、あのトーンは乗客を不安にさせる。もう少し落ち着いて話してもらえないだろうか?あまり落ち着き払っても、何を悠長に・・・と怒りをかったりするのだろうか?

出張先に、あろうことか句のメモ帳を忘れてきてしまった。・・・喉の奥で鈴の鳴る、やさしい声を取り出す、マジシャンにあいされた鳩・・・・・・何を書きつけているのかと驚いただろう。次から私を見る目が変わるかもしれない。いや、やっぱり変人と納得されるかな。

2010年12月13日 (月)

母という黒い袋になっている

師走の貴重な休日に、娘から電話。
親身になって相談にのっていたのに、横柄な態度をとったので、いくら親でも失礼だよと言ったら泣き出した。電話は長引き、予定していた用事はかたづかず、大掃除も手つかず・・・。私も泣きたいわ。

2010年12月11日 (土)

ひとりでに鳴る夜もある笙の笛

本法寺に展示されていた笙の笛。
説明書きを読まずで、いつの年代のものか定かでないが、相当古いものだと思う。(江戸時代とか?)ところが、その吹き口は銀色の金属製で、ずっと使いつづけられているかのようにきれいだった。くちびるの形の吹き口は、自ら息を吸って吐いて時おり自身の声を確かめているようだ。
静まり返った闇の床を笙の音が這うとき、等伯の涅槃図からも人や獣の嗚咽やら、慟哭やらが漏れる。

そんなことばかり考えて、いっこう句ができない。吟行には向かないかもしらん。

2010年12月10日 (金)

涅槃図の月は湿ったままでした

怒涛の忘年会ウィークの締めくくりは、散歩会(京都)から忘年会(神戸)という無謀なスケジュール。句は低調、胃は快調であった。

朝、ふっと「昭和枯れすすき」を耳にした。あまりに懐かしくて聞き入ってしまったものだから、吟行中も油断すると耳の中で鳴りはじめ、気がついたら口ずさんでいたり・・・。川柳の邪魔、邪魔!吟行の朝は、音楽を聞くべからずである。

2010年12月 9日 (木)

舞台からはみだしている海老のヒゲ

昨日は投句ばかりで失礼している句会の、今年さいごの会になんとか出席。

懇親会では、隠れファン(隠れなくてもいいが…)の一筒(イートン)さんと、はじめてお話しできて感激!発想が斬新でときにシュールで、いつかこそっと頭の中をのぞいてみたいと思っていた。夕べも干支の話になって、「イートンさんは?」とお聞きしたら、即座に「ざりがに」と指をチョキチョキさせて真顔で答えられた。
頬を引っ掻く仕草をしながら、「引っ掻いたら血の出るような句を詠みたい」とおっしゃったのには、グッときました。
しかし、海老蔵ファンて多いですね~。一筒さんの方がずっと素敵なのに・・・。

   耳たぶは成層圏を突き抜ける  一筒
 
  

2010年12月 8日 (水)

夜が来るうしろの髪の伸びそうな

おとといは2人、昨日は3人で女子会。
ともに、およそ女子会とはほど遠い店で飲む。灰皿とか持ち出さない程度に、適量飲んでその日のうちに帰宅。

ほろ酔いで川柳を詠むという方もおられたが、私はできないなぁ。ひとつの言葉がぐるぐるまわるばかりで、他のことばにつながっていかない。
お酒を飲んだ夜に髪を梳かすと、すぃと伸びる気がする。

2010年12月 6日 (月)

でたらめな呪文でひらく十二月

ええもう何でも開きます!
「ルミナリエ」でも「ヒツマブシ」でも「キクラゲ」でもひらきます。
「立ち止まらずに前にお進みくださ~い」と、ダァ~と流されます。

どうして、十二月はこんなに慌しいのですか?
ゆっくり今年を惜しみたいのに・・・。

2010年12月 5日 (日)

鍋のなか木綿豆腐が笑わない

くらげ句会の会場を、I酒店で予約する。
今日は、「え~、きくらげさん」と言われた。
ついに「きくらげ」になっちゃった。
一日中、何回も思い出して笑えた。
お風呂につかったら、ふにょ~となりそうな気がした。

2010年12月 4日 (土)

だぼだぼの秋を羽織って父が来る

娘と、絵本のなかの男の子、女の子、お父さん、お母さんの話になる。

私がいちばん好きな、絵本のなかのお父さんは、マリー・ホール・エッツ「また もりへ」のお父さん。
坊やは、森の中で動物たちの一芸大会に招かれます。サルは木にぶら下がったり、あひるは水に浮いたり・・・。象は逆立ちをして鼻でピーナッツをつまみました。坊やも真似をしようとしてピーナツを落として笑うと、笑ったのがいちばんいい!と褒められます。鳥も獣も森の動物は笑うことができないと。
坊やはそのことを、お父さんに話します。「お父さんだって、ほかになにもできなくていいから、おまえのように笑っていたいよ」・・・子どもの世界をありのまま受け止める、森のようなお父さん。

2010年12月 3日 (金)

みなさ~ん!

本日(3日)、神戸新聞夕刊に、「くねる」の凛ちゃんの川柳が載りま~す!『コラボレート★ショー』のコーナーです。駅売店に走りましょう。

話題の半熟カステラを、お土産にいただいた。
食べながら、F子さんが「半熟カステラは、川柳でいう中八のような・・・」と言っていたのを思い出した。さすがF子さん!いやまさに、中八です!ちょっとなんかもた~として、もやもや・・・。
で、あたためた方がおいしいかも?!と思い、レンジでチンしたら、中まで火が通って普通のぬくいカステラになってしまいました。おいしかったです。中7にまとまった感じ。

2010年12月 2日 (木)

父は傾く腰にタオルをぶら下げて

つれあいの父の畑の、最後の小芋をコロッケにした。
来年米寿を迎える父は、職を離れて二十年近く畑仕事を日課にしてきた。その父の右肩が下がり始めたのは、いつからだったろう。
原因は腰と股関節にあるらしいが、大の医者嫌いでろくに治療もせず、騙しだましやり過ごしてきた。ところが昨年あたりから加速度的に悪くなり、あれよあれよと言う間に足を引き摺りはじめ、とうとう家の中でも杖が手放せなくなってしまった。
それでも畑に出て、野良仕事をする父の姿を見たのだろう。畑を借家にしませんかと熱心な業者が通って来るようになり、ついに父を口説き落とした。
話が決まるや、急きたてられてことは運ぶ。すぐさま畑を更地に…と言われ、まだ短いほうれん草、小松菜が引き抜かれ、ひょろひょろの金時人参と小芋も掘られた。
父の好物の小芋のコロッケ。食べながら、つい「さみしいね」と言いかけて、「おいし~!」と声をあげたら、父も「うまいな」とだけ言った。
          (川柳 洋子の部屋「ゲストの椅子」転載)

2010年12月 1日 (水)

空にした受信トレイが濡れている

昨日は、ねじまき句会へ。
題詠と雑詠の合評。どうして選んだか、また選ばなかったかを話しあう。川柳の勉強というと、「詠む」ことが中心になりがちだが、この句会に参加して「読む」ことの大切さがよく分かった。そして詠む力より、読む力をつけることの方が、難しいと思う。毎回、皆さんの、多角的な評に唸ってしまう。読む力は、当然詠む力になる。

かなり遠慮なく言い合うが、笑いの絶えないのはメンバーのキャラかな?聞くところによると、昔はもっとバッサリ言いあったそうで、1回で来なくなる人も多かったとか。
1句のことと分かってはいても、句を否定されるのは最初は堪える。ある程度は慣れです、慣れ。だんだん快感に・・・それはなりません。句会後は、飲みたくなります。(え?いつもって?)

タイトル句は、題詠「信」に出さなかった句。出来上がってから、どこかで見たような気がして、引っ込めた。あったかなぁ?

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