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2011年4月

2011年4月30日 (土)

三月をまだ剥がしてはいけません

この4月は、たくさん詠み書きをした。
ようやく一段落して今日は休みなので、夕べは川上弘美さんの新しい文庫「風花」を一気に読んだ。
主人公は、名前からしてはっきりしない「のゆり」さん。はっきりしないことのはっきりした、私の苦手なタイプ。
そういえば、これまでの川上作品に共感した女性がいただろうか?いない気がする。・・・私は、川上さんの文章が好きなのだ。
いや、それから読後の、幼いころの留守番のような懐かしいさみしさが好きなのだ。

今朝、まだ川上さんの水がからだを巡っている。
さっき宅急便で大人ピンクの缶に入ったクッキーが届いた。濃いミルクティーを淹れて、クッキーを齧る。・・・春が逝くって感じ。

2011年4月29日 (金)

ファミレスの固いメニューのオムライス

なにもかも明るすぎるこの場所で、店長の顔だけが重苦しい。
・・・この人のほっとする時間はあるのだろうか?
てらてら光るメニューの中の色とりどりの食べ物は、まるでままごとのごちそうのようで、どのテーブルの家族も“ごっこ”のように笑っている。
私と、もう一人おじいさんだけが、仲間はずれの子のように静かに座っていた。

2011年4月28日 (木)

手前には長い信号 父の家

昨日、去年メールで予約したビアガーデンから、今年も予約開始~とメール。
ところが、送信先のアドレスがオープンに!しかも、ご丁寧に同じメールが2通も届いた。数分後、先ほどのメールは、アドレスがオープンになっていたので削除してくださいと、驚くほど簡単なメールが届く。
今日になって、謹啓ではじまる重々しい謝罪メールが届いたが、クレームが殺到したに違いない。

今夜は、某銀行から、顧客情報が流出したので念のためIDとパスワードを変更してくださいとメール。早速HPにアクセスするも、変更手続きの画面の分かり難いこと!あまりにも不親切!こちらも、きっとクレームの嵐だろう。

顔の見えないやりとりは、見えるやりとり以上に配慮が必要だ・・・。ブログも気をつけねば。

2011年4月27日 (水)

黒電話 男に貌のあったころ

モノクロ映画を観たあとで、今どきの男優をみると、なんだか顔がのっぺりして見える。つるんつるんできれいだけれど、魅力なし。私が歳をとったのかなぁ?

2011年4月26日 (火)

早々と腰を浮かしている桜

はい、おしまい、おしまい~、おひらき!と、仕切ってくれるさくら姉さん。

2011年4月25日 (月)

走り出すちいさく一度ゆれてから

私は、子どもの頃のことをよく覚えていないと思っていた。
川柳や文章を書き始めて、ことばに引っ張られて、古いことがあれこれ浮いてくる・・・決して届かない遠く深いところにあると思っていたものは、沈んでいたのだ。
でもそれは、事実なのだろうか?・・・記憶というか、私を怪しんでいる。

2011年4月24日 (日)

ぶらんこが揺れる いもうと呼んでいる

なつかしい人々に会える句会へ。
川柳の話をしていたら、Kさんが「おふくろが川柳に出会ってたら、よかったのになぁと思う。・・・労働力として嫁いで、働きづめで、なんにも言わなかったけど、言いたいこともいっぱいあったやろなぁと思ってな・・・」
もう・・・胸がいっぱいになった。

2011年4月23日 (土)

また出逢う平均台の真ん中で

蕎麦屋に行く。お昼時で、ひとつだけテーブル席があいていた。
食べかけた頃におばさんが入ってきて、店員さんから、相席いいですか?と聞かれたので、どうぞと言う。
「わ~、こんなきれいな人の前で食べれてうれしいわ~!」と、店中に聞こえる声でおばさんが言うものだから、もちろん、皆が一斉に注目。
恥ずかしすぎて、蕎麦が喉につまった。

2011年4月22日 (金)

そのあとはつめたい青い実のひとつ

久しぶりに就活に気合を入れている。
履歴書の写真も、もうちょっとマシなものを・・・と、日ごろは使ったことのない、アイライナーとマスカラを購入。いつも3分で終わるメイクを7分かけて目元を太線にして、美容院にまで行きそのまま写真屋さんに直行した。
写真屋さん、私の顔にかかる前髪をいたく気にする。そこがポイントとも言えず言われるままに、ヘアピンで留めて撮影。出来上がった写真は、樹木希林さんにそっくりだった伯母に似ていた。どうもあまり仕事ができそうに見えない。・・・1,580円
眼鏡をかけた方がシャープな感じでいいかも・・・と、もう少し安い写真屋さんへ。確かに引き締まった感じにはなったが、背景が青過ぎて何となく品がない。・・・800円
セルフ写真へ。カラーで撮ってみる。自分が思っている自分より5歳くらい老けている。・・・700円
モノクロで撮ってみる。大差なし・・・700円。
写真代に3,780円もかけてしまった。書類選考で落ちたら、わやくちゃである。

2011年4月21日 (木)

ハナミズキ雨の重さを知っている

花びらのように見えるのは総包片と呼ばれるもので、ちいさな花がその中に咲くのだそうです。最初は緑色、やがて白、そしてはにかむようにほんのり紅く染まるのだとか。
今年は、じっくり観察します。花言葉は「わたしの思いを受けてください」

今日中に書き終えたいものがあるのだけど、選挙がほんとにウルサイ!

2011年4月20日 (水)

風船に捕まえられた木の芽どき

ゆらゆら揺れる赤い風船に、連れ去られるように歩くちいさい人。
と、風船がゆら~んと空へ。
ちいさい人は、手を空へ伸ばして大泣き。
よかったよ、連れて行かれないで。その手をぎゅっと握る。

2011年4月19日 (火)

あいされていびつな点になっている

電車の中で、ごぶさた続きのA子ちゃんからメール受信。
A子ちゃんはシングルマザーで、そういえばT君はそろそろ中学生?
「T君は中学生ですね?元気ですか?」と返信すると、
「Tがおちんちんのことで悩んでいたので、大丈夫!お母さんはいろいろ見てきたけど、機能はみんな一緒やったと言ってやりました!」
ぎゃっ!私、電車の中でかなり挙動不審になりました。

2011年4月18日 (月)

おしまいに近い高まりがつづく

ほんとうに好きだっていうことはね
生きているとか死んでいるとかいうことを
のりこえることだよ。
(「アポロの歌」 手塚治虫)

こころはたましいにあるのですね。

2011年4月17日 (日)

花は葉にまだ手つかずの小論文

またしても駅でもめごと。
今度は30歳前後の男性と、また登山者風おじいさん。今回は電車を待つ間に、ほぼ全容がつかめた。
男性の言い分は、駅の売店のレジ前にしゃがんで商品をみていたところ、おじいさんが後を通りすがりざまに足を蹴ったと言う。おじいさんは、故意ではなく当たってしまっただけで、謝罪もしたと言っている。しかし男性は、普通に通ってあんな勢いで当たるはずがない。しかも、軽く謝って逃げようとしたと言い張る。若い駅員が二人いるのだが、「私たちはどうこう言える立場でない」の一点張りで、暴力沙汰にならないように見守るのみで一切仲裁しない。
おじいさんが、コンビニの防犯ビデオを見せてもらって確認してほしいと言っても、男性はそんなことまでして欲しいわけじゃないと言う。じゃぁ、どうすればいいんですか?私は何度も謝ったじゃないですか?!と言うと、加害者が逆ギレするな!と言う。私は加害者じゃない、もう近くの交番に行きましょうと言っても、だからそこまでして欲しいと思ってないと言う。
私が客観的に見ても、若い男性はどうして欲しいのか全く分からなかった。もしかして慰謝料とか、そういうものが欲しいのか?とも思った。駅員さんも、駅務室でお茶でも出して落ち着かせて、双方の主張と要望の整理くらいできないのかな?
とにかく、ねちねちと稀にみるしつこさ。山おじいさん受難の春である。気をつけて!

2011年4月16日 (土)

矢印をつける すいすい流れ出す

被災地や原発について情報発信されているもののなかで、厳しい現状を伝えながらも気持ちを落ち着かせ、しゃんとさせてくれるのは、医師かまたみのるさんのブログ。
批判よりなにより、今いちばん苦しい方々のためにできることを粛々と実行する。
闘いにも美しさは大切だと、この度は強く感じる。

2011年4月15日 (金)

赤や黄に塗り分けられている桜

美しい町や村が、「汚染地域」と呼ばれるなんて・・・。

2011年4月14日 (木)

花びらを掃いて夕刊来てしまう

つれあいのおばあちゃんの実家は筍どころで、おばあちゃんが生きていた間は毎年どっさり届けてくれた。
はじめて私が筍ご飯を炊いたとき、おばあちゃんがこれは筍ご飯じゃないという。私は、炊き込みご飯の要領で、お米の上に出し昆布、刻んだ筍、薄あげを入れて、酒とお醤油、みりん少々で炊いていた。翌日、おばあちゃんが筍ご飯を作った。刻んだ筍をばら寿司の具のように炊いて、寿司飯とあわせる・・・私から言わせると筍寿司だった。
それからは毎年どちらの筍ご飯も登場し、筍が届かなくなっても、スーパーで筍を見ると買わずにおれなくなってしまった。
というわけで、今日は筍ご飯・寿司バージョンです。

2011年4月13日 (水)

青も黄も白もうるんでいる四月

駅のホームで、若い女性とおじいさんがもめていた。
間に立った駅員に向かって、女性はおじいさんを指差して大声でまくし立てている。おじいさんは、女性が何か言うたびに「おぉっ!」「おぉっ!」とオットセイのように叫ぶばかりだった。おじいさんは、リュックを背負って山登りをするような格好で、悪い人には見えないのだが・・・。
気になったけれど、仕事に行かなければならず、ぎりぎりの牛歩で改札へ。

2011年4月12日 (火)

北からの切手の鳥が濡れている

050ではじまる見覚えのない電話番号から、携帯に電話がかかる。気持ち悪いので出なかったら、その後時間を置いて3回もかかってきた。家族の誰かが、事情があってどなたかに電話を借りてかけてきたのかも?・・・などと思い、恐るおそるかけてみた。

「**旅館です」(えっ?)
「あの・・・お電話をいただいたようなんですが・・・」
「ご予約のお客様ですか?」
「いいえ」
「お調べしますので、お電話番号頂戴できますか?」
「**********です」
「少しお待ち下さい(カチャカチャと入力して調べている様子)・・・ご予約はいただいてないようですね」(だから、予約なんかしないって言ったじゃん)
「3回も着信があったから電話したんです」
「お調べしますので、もう少々お待ちいただけますか?」
「あ、あ、あの~一旦切ってもいいでしょうか?」
「あ~、分かりました」

ここまでのやりとり、80円。
30分ほどたって、今度は男性から電話。
「お客様の番号を間違えて電話していたようです。以後このようなことのないように気をつけますので、申し訳ございませんでした」
いや、よくあることだと思う。でも、間違い電話の料金を負担させられたのがどうも納得いかない。私なら、すぐに調べて折り返しますと言うと思う。そこまで配慮してくれたら、旅館に泊まりに行きたいと思ったかもしれない。
たかが80円だけど・・・80円あれば、手紙も送れるし、御座候も1個買えるんだよ~。・・・と思ったら、食べたくなって買っちゃったじゃないの。ダイエット中なのに。どうしてくれよう!

2011年4月11日 (月)

火傷した舌につめたき名をのせる

焼き鳥三桝のシメは、必ず「かしわスープ」。
熱い、おいしい、必ず火傷する。
夕べは、三桝もお客さんが少なかった。

帰り道に夜桜を見上げる。
桜は夜行性かもと思う・・・。
今にもどこかへ行ってしまいそうだった。

2011年4月10日 (日)

人馴れて鹿の瞳の浅くなり

「鹿」という題があった。
人以外の生き物の題は難しい。そのものに自分がなりきってみるのも一つの方法と聞くが、どうも苦手。私は、そのものの何か1点に注目することが多い。今回は、鹿の目に注目した。
人里はなれた山や森の鹿の目は、くもりのない漆黒・・・その中に森の神様が棲んでいる。奈良公園界隈で、鹿せんべいをねだる鹿の目とはおおいに違う。

正確に覚えていないが、鹿の瞳を男の一生と詠まれた句があった。なるほど・・・こちらもあまりに世慣れてしまうとつまらないものだ。

2011年4月 9日 (土)

花守の指の匂ひを嗅いでいる

つれあいが被災地へ赴いて支援活動中だというのに、句会に行っていいものか・・・すこし迷った。でも、行ってよかった。行けてよかった。

今年の桜が今年きりなように、今年のバックストローク大会も今日しかない。
今の私が、今年の桜におもうこと。今の私がバックストローク大会でおもうこと・・・。
浮かれた花見でなく真に桜を愛おしむように、人とことばに出会えた大会であったと思う。

2011年4月 8日 (金)

蛍烏賊いつもあなたが先に酔う

蛍烏賊をどう読まれるかですな・・・ふふ。
私の中では動かないのですが・・・。

2011年4月 7日 (木)

さくらさくら死ぬのがすこし惜しくなる

公園のさくらをしばらくひとり占めする。
来年のさくらを私はどんな気持ちで見上げるのだろう・・・などと思う。

2011年4月 6日 (水)

かなしみをもって生まれてさくら色

散歩会@奈良氷室神社、依水園
あたたかな春の一日。
氷室神社の樹齢百年のしだれ桜は、妖艶にして気品に満ちて人々を魅了していた。
さくらという花は、毎年何句も何句も尽きることなく詠まれる。人々の心を映し、心の中に深く入り込んでくる。

2011年4月 5日 (火)

いくつもの耳落ちている花の下

さくらを見上げていると、なんにも聴こえなくなってくる。
そのうち、なつかしいような遠い声が私を呼ぶ。
私を遠くで待ってくれている人がいる・・・。

2011年4月 4日 (月)

子に足を長めに描かれ春の象

のびやかな春を見て、ふと心がなごむ。
けれどすぐに、被災地を思う。原発を思う。
こわかったり、不安だったりすると眠くなる体質なので、
眠っても眠っても、眠い・・・。

2011年4月 3日 (日)

さみしいさみしい さくらの輪唱

駅までの道の途中に、1箇所だけ不快な場所がある。
集合住宅1階の健康機器、食品販売会場だ。だいたい2ヶ月くらいで店じまいし、ひと月ほどしたら、また同種の別会社がやってくる。
私の通る9時半ごろは、ちょうどおじいさん、おばあさんが大勢並んでいる。気持ち悪いくらい愛想のいい販売員の男が、一人ひとりと会話し大げさに驚いたり笑ったりしながら、手を握っていく。正確に言うと両手で、相手の手を包む。
今朝、目撃したおばあさんは、「私の手、つめたいよ~」と、目がハートになる喜びようだった。その男の背に必死で話し続けるおばあさんもいた。
犯罪の傍観者のようで、足早に通り過ぎる。

「若いときはわからんと思うけど、歳とったらさみしくなるねんで・・・」母のことばを思い出す。・・・どうしてさみしくなるのだろう。どうしたらさみしさとうまくやっていけるのだろう。・・・さみしさって・・・?

2011年4月 2日 (土)

浴びているうすい花びらうすい毒

「すべてのエッセイは自慢話である。食、家族、暮らし・・・世に氾濫するあらゆるテーマのエッセイが、つまるところは自慢に尽き、いかに貧乏したかも裏を返せば苦労自慢である。」
この一文と出会ったその日に、エッセイ依頼のメールが届いた。

ど、ど、どうしよう・・・。娘に相談すると、「桐ちゃんて、なに自慢するの?」と返された。うぬぬぬぬ・・・心配はいらぬか・・・。
というわけで、WEBサイト 現代川柳ゆうゆう夢工房「おはようエッセイ」4月の日曜日を担当させていただきます。明日、3日からはじまります。

2011年4月 1日 (金)

ただちには影響はない花曇り

 日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも 
                              塚本邦雄                         

この短歌の詠まれたのは、1959年。私が出会ったのは、もっと後でバブルの頃だったと思う。そのときは、現実とかけ離れた幻想の世界で詠われていると思った。
今読むと、生々しくて危機感が迫りくる。

 さみだれにみだるるみどり原子力発電所は首都の中心に置け
                                塚本邦雄

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