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2011年7月

2011年7月31日 (日)

バラバラにされて七月運ばれる

お祭りは、あまり得意でない。でも、夕べは復興屋台村へ出かけた。
友人夫婦に会えて、少し飲んでおしゃべり・・・話しているうちにどんどんゆるんでくる。さらさらきらきらと川のような二人は、ほんとに素敵なカップル!
それから、お久しぶりの人、大きくなった人、お疲れさんの人・・・ちょこちょこと話をして、あぁこれがお祭りなのねと納得。

帰宅すると、やさしいメールも届いていた。
七月が終わる。アイスキャンディーを食べ終えるように・・・。

2011年7月30日 (土)

手を浸す水の記憶のあいまいに

母を連れて、嵐山の奥の清滝へ。
街中から30分ほどで、こんなに美しい川があるとは!

澄んだ川の流れをみていると、これまでの出来事も
川底の石のように、まあるく白くなってゆく。
また行きたい。
今度は、お弁当持って行きたい。

2011年7月29日 (金)

九本の指が自由になりたがる

指から目が離せなかなった。
精悍で清潔な、確信に満ちた指・・・。
この一年に300もの骨盤をひらき、
骨を取り出し、金属を埋めたという。
10匹の生き物のように、
白い指先は嬉々と動いていた。

2011年7月28日 (木)

この夏を蝉もしずかに啼いている

ようやく蝉の鳴き声が聞こえはじめたが、例年になく小さめ。
関東以北の方のブログでも、蝉が鳴かない・・・と書かれている。

夕べの句会で
 牛だけじゃないこと政府は知っている (選句中につき作者名非公開) という句が出された。
みんな思っている。牛だけじゃないはず・・・と。

2011年7月25日 (月)

やってくる一番ずるい角度から

パソコンの壊れた友人から、はがきが届く。なんだか新鮮。

最近は電話もあまり使わなくなり、もっぱらメールになってしまった。
娘になると、メール、mixi、facebook、twitter、skype・・・とあれこれ使いこなしているが、twitterには、対個人のやりとりを公開するようなところがあって、なんで個人メールで言わないの?と違和感を覚えるらしい。
さらに自分の仲間内しか見ないだろうと、無防備な書き込みも多く、サッカーの熊谷選手の騒動などもさもありなんと言っていた。
どなたが言ったか、「話す=離す」だなぁと、実感。
そもそもtwitterって、何がおもしろいのかなぁ?ほんとうに大事なことは、簡単に離さないでしょう・・・。

2011年7月24日 (日)

短夜の娘と分ける瓶ビール

桐ちゃんの絶対好きそうな店見つけたから行こうと、娘に誘われた。
お隣さんに自転車を借りて、日の暮れから出かける。
すっ飛ばす娘を追いかける。時おり娘の背中が自転車ごと闇に溶けて、不安になる。あ~、むかしは娘が私の背中を追っていたのに・・・。
30分ほど走っただろうか。神社の鳥居の前に、よしずで囲われた一角。ここだと言う。
中をのぞくと、真ん中で焼き鳥を焼いているお兄さんがいて、簡易なテーブルと椅子が周りに並びほぼ満席。軽トラの荷台がキッチン代わり。どうやら露天屋台らしい。
おかあさん、おとうさん、お兄さんの親子3人で切り盛りしているが、3人とも静かに愛想良く、居心地がいい。
食材も冷凍などでなく、焼きものは焦げたところをキッチンバサミで落としながら丁寧に焼かれていた。焼き鳥、おでん、水キムチ、スジ煮込み・・・どれも美味しく、二人で中瓶を5本飲む。私とほぼ同じペースで飲む娘・・・こわい。
隣の席では初老の男性3人が仏教論で盛り上がり、むこうの席では、店で出会った浴衣の男女が乾杯し、メールアドレスを交換して盛り上がっている。なんとなく京都ぽい。
帰りは、鴨川の川風にあたりながら帰った。娘の背を、必死で追いかけて。

2011年7月23日 (土)

たっぷりとガガを聞かせたトマトです

ここで仕事をするのはキツイなぁ~と、毎度思う場所がある。
神戸そごう地下のピロシキ屋さん。チャイコフスキーの「花のワルツ」が、ずっと流れている。ワルツに合わせてスウィングしながら包まれ、揚げられていくピロシキ。チャイコフスキーを聞かせたピロシキは、まろやかなお味になるのだとか。
同じ音楽を繰り返し繰り返し聞いていると、頭から抜けず脳のBGMになってしまう。考え事をしていても、誰かと話をしていても、常にバックで流れている。ここで仕事をしたら、思考もまろやかになるかもしれないが、たまらんなぁと思う。

少し前、ワコールが「スースーブラ」を発売したときのCMソングは、「スーダラ節」の替え歌「スーブラ節」。売り場では、♪・・・スースースーブラブラ ムレムレスースースー・・・がエンドレスで流れていた。退社後、まっすぐには帰れそうにない。

2011年7月22日 (金)

わたしだけの痛みのように咲いている

作家江國香織さんの飼犬の名は「雨」。
女優小泉今日子さんの飼猫は「小雨」。
やっぱり違うなぁ・・・。
犬「ゆず」、猫「ロク」→「ナナ」→「ハチ」ではなぁ・・・。
そうそう、村上春樹さんの猫の「コロッケ」もあったぞ。
確か呼ぶたびに食べたくなったとか。
・・・「エビス」と言う名のえびす顔の犬なんていいなぁ。

しかし私、ヒマだよな。

2011年7月21日 (木)

土用波うすむらさきにひらく貝

暑かった。京都も、大阪も、丹波篠山も。けど、暑さが微妙に違う。
京都の暑さは、独特のいけずな感じでじんわりジリジリ~ときてダメージが残る。大阪の暑さは、人前で見境のないカップルのようにベチャベチャでべとつく。篠山の暑さは、スイカ、麦藁帽子、蚊帳、かき氷を思い出す懐かしい暑さ。
風景やら、行き先にもよるかもしれませんが・・・。

ところで、土用の丑の日って今日だったんですか?
昨日、スーパーに特設コーナーができていたので、てっきり昨日だと思って、うなぎちらしと蜆汁しましたよ。
おじいちゃんが「土用の丑の日は今日や。NHKが言うとるから間違いない」って。まったくNHKは余計なことを・・・ニュースにするほどのことちゃうやろ・・・と八つ当たり!

2011年7月20日 (水)

流れたい空と 抱きたい水と

増水した川には、いろいろなものが流れてくる。
今日は、四角く切り取られた青い空のようなものが流れていた。
よく見ると、畳くらいの大きさのまっ青のパネル(?)だった。

2011年7月17日 (日)

切る髪を川に濡らして乾かして

川柳句集の句評会なるものへはじめて参加。
どんな風に参加していいのかも分からず、対象となる2冊の句集を読み、10句選ぶことにした。
ところが、2冊ともこれまで読んできた川柳とはまったく異なり、歯が立たない。噛み切れず、味わいきれないままに、飲み込み、飲み込み・・・。お腹に石を詰められた狼の状態で、よろよろ会場へ。

「魚命魚辞」 渡辺隆夫
  ブリューゲル父が大魚の腹を裂く
  夏は京鱧の骨切るアルバイト
  高熱の小夜子ヤマグチ夏の月
  ずぶ濡れのスカート絞る大夏野
  花冷や女の服にないポケット
  秋は奈良仁王つれ出しウンコもさせ
  妹の背に人魚のころの銛の跡
  皿々と春のうどんが流れくる
  暖冬や富士山頂に波の音
  百済観音の右手にレモン置いて来た

ウンコやら阿呆ぼけやらポンポン飛び出すが、下品ではなく、生きすれて生きすれて純真になったオジサンという印象を受けた。
渡辺隆夫さんという方は面識がなく、声のでかい油ギッシュなオヤジ風をイメージしていたら、実物はとてもシャイな紳士でオッタマゲタ。読後の印象も、あながち外れてはいなかったのだ。

「水牛の余波」 小池正博
  鳥寄せのために誤解を貯めておく
  勾玉のあらゆる耳は相似形
  内臓を見せあっている県境
  練乳の沼から上がるヌートリア
  オマキザルあげる今度の土曜日に
  廃線の枕木たちのアルタイ語
  ブランコが腐りはじめるおもしろさ
  帽子から出ている耳のようなもの
  弔辞読むとき蛇の美しさ
  黒豆の笑いやむまで煮つづける

こちらは、森に迷い込んだような句集だった。
「入口が見つからない」と評した方がいらっしゃったが、出口はもっと見つからなかった。
遠くに射す光を目指したり、木の実を拾いながら、水音を辿りながら・・・すすむのだけれど、洞窟に入ったり、戻って来れなくなったりした。それは決して不快ではなく、むしろ心地よい不安にも似て意外にたのしめた。

句評会のパネラーの方々の評は、それぞれに明快で、お腹の石が幾分軽くなった。もう一度、2冊の句集をゆっくり読み返したいと思う。

言葉だって自由になりたくて、人を選ぶ・・・渡辺さん、小池さんは、言葉に選ばれた人だ。

2011年7月16日 (土)

「赤とんぼ」歌い終えると痛み出す

懐かしい顔ぶれの、懐かしい歌。歌っている間は、ただただ懐かしさに浸る。
“現在”の入り込む隙を空けないように、少しでも遠ざけるために次々と歌う。
氷が溶けてゆく。泡は消え、コップはぬるくなってゆく。

2011年7月15日 (金)

青い実コンと柿からか姉からか

蝉の声がまだ聞こえない。おかしいなぁ~。

クーラーつけずにがんばっています。かなり限界。
扇風機の風をランダムにしていると、風の音が、波音のようにも聞こえて素敵。
扇風機には、アロマを拡散させる機能がついている。食欲抑制の効果があると言われているグレープフルーツの香りにしてみたが、これしきで減退するやわな食欲ではなかった。

2011年7月14日 (木)

七月を剥くとやっぱりあふれだす

先日の、あんざい果樹園のあんざいしんやさんの手紙を読み返していると、ふいに思い出した歌があった。

「いつも何度でも」
http://www.youtube.com/watch?v=X0tXr24PEoo&feature=fvst

そして、この曲を聞くと思い出す女性。友人の親友、ありこさんが亡くなったとき、映画「千と千尋の神かくし」でこの曲と出会った。生ききって、亡くなってからも、人と人をつないでいる不思議な力をもった人。
生きている不思議。
死んでいく不思議・・・。

こちらもすばらしい!
http://www.youtube.com/watch?v=xQJog0rs7Eg&NR=1&feature=fvwp

悲しみの数を言い尽くすより
同じくちびるでそっと歌おう

2011年7月13日 (水)

梨を剥く りえちゃんわたしこわいのかな

「剥く」の選の軸(自句)吟。
選をさせていただくときは、軸吟を披講しなくていいときも、必ず自分もその題で詠むようにしている。題とできるだけ親密になっておきたい。
「剥く」は、納得のいく句ができていなかったせいか、数学のテストで赤点をとった夢を見た。おまけに校舎の非常用はしごを下りながら、途中でスリッパが脱げた。・・・はじごの途中で目が覚めたら、まだ5時。
明け方の鳥の声は透明で、鳥の朝は毎朝あたらしいのだわと森の白雪姫の気分で聴きながら(おいっ!)、そのまま寝床でできた一句。

2011年7月12日 (火)

夏の一角 焦がすサルビア

サルビアは、いもうとの花。
いもうとが蜜を吸った赤い花が、夏に散らばっている。

2011年7月11日 (月)

麻酔から覚めて夜明けの鳥の声

鳥は今朝も、まっさらな声で呼ぶ。

2011年7月10日 (日)

暮れてゆく声がちいさくなってゆく

「みつばちの羽音と地球の回転」上映会場で紹介された、福島のあんざい果樹園さんからの手紙。

3月11日、僕は東京神保町にいました。
仕事でたまたま来ていて、奥さんと、携帯で話していた時でした。
ビルがゆらゆらと大きく揺れていました。
逃げ場なんてありませんでした。
僕の大切な人達が電話越しに悲鳴を上げていました。
僕はただそれを聞く事しかできませんでした。
その後連絡が途絶え、メールで二人の子供と皆の無事を確認しました。

12日明方に葉山の友人宅へ避難しました。
テレビを見ると、数日前に子供達と行った仙台、
その時に乗ったピンクの観覧車、飲み込んでゆく黒い津波。
皆さんも、いやと言う程観たと思います。

そしてさらに追い討ちをかけるように、
一番起きて欲しくないことが起きてしまいました。

僕は、福島で果樹農家の4代目です。
曾爺ちゃんが植えてくれた樹を、代々守り生きてきました。
100歳を超える樹もあります。
福島市は、冬は氷点下、夏は37度にもなり、
寒暖の差が激しく美味しい果物が取れる地域で、果樹栽培が盛んです。
夏は桃、秋には和梨、洋ナシ、晩秋にはリンゴ、蜜入りの富士りんご、その他ラズベリー、ブルーベリー、プルーンなどをつくり、暮らしていました。

農作業は親父と、親戚のおばちゃん、若い研修生や旅の途中の外国人など、割と楽しくやっていました。
母は、古い母屋で、陶器のギャラリーをしています。
陶芸家さんが個展をして、寝食を共に楽しんだり。
妻は、小さなカフェで、果樹園で取れた果物とギャラリーの器で、あんざい家の結晶を作ってあそんでいました。

農家でしたので、朝昼晩いつも顔を合わせご飯を食べて、
お茶して、笑って、喧嘩して、その繰り返しです。
つまらなくもあり、楽しくもある、自然の残酷さと、自然のやさしさの中に、日々なんとなく暮らしていました。

しあわせでしたよ。

そんな日々が一瞬でなくなりました。
あの瞬間までまさかこんなときが来るなんて思ってもいなかった
まるでパニック映画のように。

本当に、夢のようです。
だって僕は、ずっとあそこで農業をして、将来は全部を自然栽培にシフトして、喜び喜ばれ、何の嘘もなく、幸せに、命が尽きるまで家族と仲間たちで楽しく暮らしてゆく・・・
なんて思っていたから。

でも今は、前が夢だったのかなと思います。

エネルギーや、農薬、薬、食、政治、経済、生き方、価値観それらが全て311の前から自分の中で激しく揺れていました。
もういい加減、変えたかった。
そして、木村さんとの出会いもあり、去年から無農薬無肥料でのリンゴの栽培を始めて、初めて、真っ黒なリンゴと、綺麗な真っ赤なりんごを手にしました。
その経験が僕の心の支えとなっています。

福島から離れて3ヶ月が経ち長くも短くもなんだか不思議に感じます。
今は、札幌に暮らしています。
こうしてここで暮らしていると時々何もなかったかのような錯覚に陥ることがあります。
北海道はそのくらい普通です。

最近良くいろいろな方と話をします。
原発をどうしたら止められるのかという話のときも
次世代エネルギーの話をしているときも
政府や東京電力の対応のことを話しているときも
福島の除染や将来について考えているときも
日本や世界の経済について考えてるときも
これからの生き方を考えてる時も

僕たち大人が考えているそれらすべて、
うだうだしている時間のあいだに。

福島に居る、両親や兄家族、友人たちの子どもたち、そして多くの未来あるコドモタチが
寝ても覚めても、テレビを見てても、親子でじゃれ合っていても、何してでも一瞬一瞬、内からも外からも、大量にヒバクしている事実が重くのしかかってきます。
日に日に届く子供達の深刻な状況、頻繁に鼻血を出す幼児、幼い子供を抱え避難してくる母親、避難したいと思っても、周りに居る両親や親戚、パートナーからも理解してもらえず引き裂かれてゆくきずな。

世界でもあまり前例のない原発事故。
そもそも起こってはいけないことだし、起こることを想定さえしていなかった事故…。
今や世界でも最悪の事故として、全世界でFUKUSHIMAと言われる大きな問題となっています。

チェルノブイリとまったく同じことが起こるとは思いません。
それは、広島・長崎を訪問して、そこに生きる人たちを見たときに、日本の食、風土、医療、技術、日本特有のものに可能性を感じたからです。
しかし、それらをするにしても、現実的に時間がかかるでしょう。
それまでの間に被曝を少しでも減すようにしてほしい。

福島の今の日常は本当に異常です・・・・。
そしてこの異常なことが起きている地域が、一見普通な日本にあるということを少しでも多くの方に実感して欲しいと思います。                                                         
毎日、何かできないのか、何とかならないか考える日々です。
確実に311以前にはもう戻れないし、絶対にもどりたくもない。
戻ってはいけないと思う。
新しく創造していきたいし、皆と直に繋がって生きたいと心より思っています。

そして、子供達が愛に一刻でも早く包まれる日を心より祈っています。

あんざい しんや

2011年7月 9日 (土)

仕立て屋か蛍かまっさかさまに闇

山奥へ、ヒメボタルを見に行った。
ヒメボタルは米粒ほどの大きさで、瞬くように光る。
飛んでいるのはオス。チカチカと求愛のサインを送り、メスのOKが出ると急直下して結ばれる。女性に決定権があるのは、人間と同じらしい。ロマンチックな瞬きも、オスの必死の婚活と知ると、思わず「がんばれ~」と声援を送る。
まっすぐに草叢に落ちる光を見た。映画「仕立て屋の恋」を思い出した。

2011年7月 8日 (金)

朝の蝶 父の人工股関節

川柳臭がすると言われた「股関節」だが、
父が手術することになり、レントゲン写真を見た。

写真から、傷ついた白い蝶が舞い去った。

2011年7月 7日 (木)

蔓青くはずかしいほど絡みつく

七月の緑は、攻撃的なまでに生命力にあふれ、
ちいさな林の入口で怖気づいてしまった。

2011年7月 6日 (水)

まっとうな作法で西瓜切り分ける

今夜は「くねる」の、終刊号打ち上げ。
これまで冊子の完成日はあやしくても、打ち上げの日だけは早々と決まっていたのに、さみしさも手伝ってか延期されていた。そんなところに、思いがけず「くねる」をお買い求めくださる方があり、その売上もあって打ち上げが実現。
そこそこに皆元気で安心したが、よしこが私のことを3回も「りん」と呼ぶ。帰りには、りんちゃんに「桐子」と話しかけていた。う~~~ん、大丈夫か。

2011年7月 5日 (火)

男言葉を使ってみたかった槿

散歩会@今城塚古墳

広大な古墳公園には、家や人、動物の形象埴輪が200あまり並び、ハニワ祭りが再現されている。ハニワは総じて寂しげなやさしい顔をしているが、中にたのしげなのやぶすっとしたのもちらほら。
敷地内の古代歴史館では、埴輪作りの体験もできるらしい。ゆず(飼い犬)の埴輪作りたいな。

一時期、母は古墳の出土品復元のアルバイトをしていた。欠片と欠片がぴったりと合わさったとき「カチッ」と小さな音がすると、うれしそうに話していたことを思い出した。

2011年7月 4日 (月)

石を積む夜が崩れてこないよう

日付の変わりそうな時間に娘から電話。
Dちゃん(学校の友人)が交通事故で搬送された病院から、至急ご親族に連絡をとりたいが連絡先がわからないかと電話がかかってきたという。
Dちゃんは、韓国からの留学生。実家の連絡先までは知らない。学校に電話しても、警備員さんが出て、職員も先生もいないのですぐには分らないとのこと。
八方手を尽くして、1時半ごろにやっとお母さんと連絡がつく。
その間に、必要あらば私も病院へ走ることになるかも・・・と、ネットで病院の場所を調べる。いざとなったら韓国語の堪能なMさんにもいっしょに行ってもらおう・・・と、どんどん先走る。

とりあえず命には別条なかったが、韓国のお母さんは胸が潰れそうだろう。長く長く夜がのびていくようだった。

2011年7月 3日 (日)

なみなみと闇 恍惚の金盥

朝っぱらから大笑いして、なんか泣いてしまいました。

おかんメール http://irohabless.com/okan_mail/

2011年7月 2日 (土)

あじさいの記憶されたいうすみどり

ベランダの水道栓にホースをつないで、ゴミ箱などを洗うのだが、毎回つなぎかたを間違えて水が噴き出す。昨日も、びしゃびしゃになった。濡れついでに足やら、手にも水をかけてしばらくあそぶ。子どもの頃は、唇が紫色になるまで遊んでよく叱られた。
網戸を濡らしたら、少しでも風が涼しくなるのでは・・・と試したが、効果なし。
夏のうちに大掃除を・・・と思うけれど、1日1箇所が限界。

2011年7月 1日 (金)

未確認飛行物体涅槃経

「昨日の夜、友だちが車で走っててUFOを見たらしいです」と、Nちゃん。
「未知との遭遇」のマザーシップを思い浮かべながら、「どこで?」と聞くと、「尼崎で」。「えっ、アマ?」(尼崎のことを、近隣住民は親しみを込めて「アマ」と呼びます)。
瞬時に画像が入れ替わり、「ET」の自転車になる。扇風機の羽根にむかって「ワレワレハウチュウジンダ・・・」と宇宙人声を出す、ランニングシャツ少年の吹き替え付き。アマ・・・喚起してくれるわぁ。

昨日はアルバイトの最終出勤日だった。しんみりする余裕もないほど最後の最後までバタバタして、やれやれおしまいというときに、お休みの人まで集まって丁寧に送り出していただき感激。職場の大掃除にも一度も出たことのない、Mさんまで来てくれたのにはビックリ!真っ白なあじさいの花束は、私のイメージ?・・・ここは突っ込みなしで。
2011年の後半、白いあじさいのはじまり・・・。

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