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2011年8月

2011年8月25日 (木)

うつくしく見えるところへ離れます

小中学生の子どもがいたら、怒号の飛び交う8月の終わりです。(うちだけ?)
今はもう、ねぇほら雲が秋っぽいよな~んてのんびりしたものです。

明日から、娘と旅に出るのでしばらく留守にします。
どんな風景と、どんな人たちと出会えるのでしょうか?
娘となかよくやれるのでしょうか?

また、9月にお話しますね・・・では、では~。

2011年8月24日 (水)

あたらしい朝をいちまい差し上げる

やっと運転免許を取得した娘。
ナンバープレートに使われていないひらがなが4つあるの知ってる?と、自慢気に訊いてくる。教科書には、除外された理由も明記されているとのこと。
「ん」・・・○!発音が難しいから。
「し」・・・○!死を連想するから。(日本的だね)
ここから苦戦、まぎらわしそうな「ぬ」「ね」「ろ」「ら」などあげるが×。まぎらわしいのはあっている・・・。
「お」・・・○!「あ」とまぎらわしく、発音は「を」と似ているから。
最後の1つはギブアップ。なんと!
「へ」・・・屁を連想するから。(ほんまかい!「へくそかづら」に失礼やないか!)

2011年8月23日 (火)

髪に風挿してアコーディオン弾き

葉ずれの音は、伴奏かもしれない。
鳥や虫の歌声を誘うように、しずめるように・・・。
わたしも、歌っていいですか?

2011年8月22日 (月)

濡れる木を見ながら手紙書いてます

フェリックス・ホフマン展へ
「おおかみと七ひきのこやぎ」「ねむりひめ」・・・などの絵本は、病気の子どもを元気づけるために書かれた絵本。読み終えて“あんしん”の残る絵本は、子どもたちへの愛がある。

ホフマンの家族に送った手紙のさいごに、
「じゃね、お父さんからのキス。順番に、サビーネ、クリステリ、スザンヌ、そしてディーターへ」
子どもの頃、こういうよその国のお父さんに、どれほど憧れただろう・・・。

2011年8月21日 (日)

ゆうらんと母をむかえにゆくけむり

新子先生のお墓参りへ。

雨を待ちわびていた緑が、顔をあげて洗われている。
お線香の煙の仕草があまりにやさしくて、麻酔にかかっていくよう。

 うららかな死よその節はありがとう 新子

うららかな死・・・今日やっとわかった気がした。

2011年8月20日 (土)

ファスナーも夏のおわりを噛みしめる

ひぐらしの声を聞いたような・・・。
おいてけぼりをくったような、夏のおわり。

ふとんやら、羽織るものやら
ぬくもりのふと恋しくなる、
この季節の変わり目は、すき。

2011年8月19日 (金)

握ったら人形の手のぬくくなる

雨? 蝉? 風?
耳から目ざめた今朝。
ひさしぶりの雨でした。

近ごろの雨は激しい。
雷一家のお父さんが星一徹で、ちゃぶ台ひっくり返したみたいな雨。明子さん(飛雄馬の姉)のように、カーテンの陰から見つめていた。

2011年8月18日 (木)

どこからも見えない場所に咲いている

ふと見ると、山茶花の葉に白い虫(?)がびっしり。
去年は、百日紅だった。心なしか紅葉も南天も、なんだか元気がない。
父も母も庭仕事はあまり好きでないらしく、おばあちゃんが亡くなってからは荒れてきている。木々と会話するように鋏を鳴らした庭師のおじいさんも、数年前に亡くなってしまった。
さみしさに病んでいるのかもしれない。紅い花から順に。

忘れもしない、娘のお喰い初めの日のこと。
何を思ったか、朝から父が槙の木の先を斬り落としてしまった。首を刎ねられたような無残な槙の姿に、祖母と母は泣いた。
行事を終え、座敷から庭を向いてみんなで記念写真を撮ったが、くだんの槙の木は目の前。誰も笑えるはずもなく、お祝いなのか弔いなのかわからない写真が残った。

2011年8月17日 (水)

いちじくのにほひ 乳白の真昼

匂いに立ち止まった。
見上げると、大きないちじくの木。

そうだ、この匂い・・・
この匂いの下で、妹を泣かした。

2011年8月16日 (火)

ほどかれて息を漏らしたロールパン

暑いので、すこしでも涼しいことばで句ができないか考える。
涼風、清流、滝壷、水辺、夕立・・・
朝もやの、もやの字があやふやで辞書を引く。
「靄」・・・なんか暑くなる。

2011年8月15日 (月)

箱に入れると同じ背中になってゆく

高校のとき、同級生のM君がバイクの事故で亡くなった。
葬儀の翌日、K君から「あのアリスのレコードな、Mに又貸ししててん・・・ごめんな」と言われた。もちろん、そのままになった。
以来、お金やモノを借りると不安で仕方がない。私に万一のことがあったとき、借用証のあるような大きな借金ならともかく、「実は、呑み代を立て替えていました」とは、遺された家族になかなか言えるものではない。
特に旅行前ともなると不安はピークに達し、部屋の掃除、ゴミの始末とともに、お借りしたものをすべて返すよう心がけている。
それでも、うっかりお返しし忘れているものがありそうで、心もとないこの頃だ。もし忘れていたら、どうか遠慮なく請求いただきたい。

2011年8月14日 (日)

白百合は白百合と目を合わさない

お隣の駐車場の隅に咲く白百合。
小学5年生くらいの背丈で、5本並んでいる。
うつむき加減の花はそれぞれの方向を向き、
邪魔し合わないように咲いている。


2011年8月13日 (土)

合わす手のかたち 折鶴のかたち

たましいとたましいが出逢う
たましいとたましいが触れ合う
たましいとたましいが溶け合う

たましいがふるえる

2011年8月12日 (金)

顔洗ういつでも旅に発てるよう

娘から「見極めテストで、みごとに脱輪した!」と電話。卒業予定は20日。26日から旅に出る。少々卒業が遅れても間に合うとみていたのだが、大丈夫なのだろうか?

私は、就職してから自動車学校に通ったので、ほとんど夜間教習だった。
今でもやるのだろうか?まずボンネットを開いて、ブレーキオイルがあるか針金のようなものを差し込み点検する。そのときに懐中電灯を使う。
ある日、懐中電灯のスイッチが見つからず、くるくるひっくり返して探していたら、「それは発炎筒や!」と教官が走ってきた。
その日から卒業するまで、私は「発炎筒」と呼ばれた。この母にして、この娘・・・か?

2011年8月11日 (木)

わたしにもわかりませんと蓮ひらく

花は問いかけに、しずかに答えてくれる。

2011年8月10日 (水)

素麺の束はあれだね男だね

運転免許合宿に出かけた娘から、生ゴミを出しそびれたので句会に来たついでに捨ててほしいと頼まれる。
句会後、ぶ~らぶら買い物をしていたらあまりに喉が渇いて、立ち飲みやに入ってしまう。カウンターをつめてもらって端っこにおさまるや、大歓声の拍手喝采!サッカーで、ジャパンが得点したらしい。「お姉さん、女神や!」と、おじさんたちからハイタッチされる。ほどなく、また追加得点。サッカー知らんけど、ハイタッチされる。女神は惜しまれつつ、生2杯で店を出る。試合はどうなったのか?

娘は朝が弱いことから、いつの間にか目覚まし時計コレクターになり、狭い部屋にいくつも時計がある。その音が耳についてねむれない。
やっとうとうとしかけたら、金縛り。えっ、母(生霊?)・・・。「宅急便でジュースが届いたわ」って、真夜中です!
そこからまた時計の音・・・まったくねむれず。ながいながい夜であった。

2011年8月 9日 (火)

家(うち)までの帰りの道は選べない

NHKドラマ「胡桃の部屋」をたのしみにしている。
竹下景子さん、蟹江敬三さんがいい。

私ってなんだろう?ほんとうの私って?
どこにいても、だれといても、
みつけられないのが、私かもしれない。

2011年8月 8日 (月)

聞き飽きてきたので声を裏返す

市の障害福祉課へ、父の障害者手帳用の書類をもらいに行く。
「診断書の用紙をいただけますか?」
「どちらの?」
「はい、市民病院です」
「そうじゃなくて、からだのどこですか?」
「あ、はい・・・」(川柳にまで詠んだのに、股関節が出てこない・・・)
「ココ、ココ・・・」(足の付け根を両手で指し示す、ほとんどタケシのコマネチ!)
「・・・・・・」(必死で笑いを堪える職員)
「ココ、コ、コカンセツです!」(声が裏返る)
朝から大汗。

2011年8月 7日 (日)

しゃぼん玉の先にだれも急がない村

ちいさなお祭りで、娘の保育所でお世話になったN先生に再会した。
娘は保育所の玄関で、3ヶ月あまりも毎朝泣いた。ようやく慣れかけた頃に、何かで先生に強く叱られて、また大泣きのふりだしに戻った。
保育士になりたての若い熱心なN先生は、「まだ慣れないTちゃんの気持ちも考えずに、私が感情的になってしまってすみませんでした」、そんな素直な手紙をくれた。
先生が丁寧に子どもをみてくれていることはよく分っていたので、親の私にもそんなときがあります。先生のことは信頼しています、と返した。
N先生も、今や2児の母。笑顔にも余裕が生まれていた。先生が保育の仕事を続けてくださっていてうれしいです・・・、思ったままを伝えた。

少し前に読んだ娘の作文には、岸田衿子さんの詩「だれも いそがない村」を引用して、保育所時代のことが書かれていた。
大きくなってから、どうして毎朝保育所で泣いたのかと聞かれたが、自分でもよく分からなかったこと。実は泣かずに行けるようになってからも、保育所へは行きたくなかったことなどが書かれていた。
毎日給食の時間内に食べ終えることができず、お絵かきも書き上げられない。みんなの寝息を聞きながら寝付けず、夢の真っ最中に起こされる・・・自分の時計だけが、ゆっくり時を刻んでいるようだったと・・・。
あの頃、好きだったしゃぼん玉を吹いていたくちびるで、煙草の煙を吐き出す歳になって、ようやく自分がわかりかけてきたらしい・・・

  だれも いそがない村

 あの丸木橋をわたると

 だれもいそがない 村がある

 まめのつるに まめのはな

 こうしのつのに とまる雲

 そのままで そのままで

 かげぼうしになる 村のはなし

  北の大臣と南の酋長が

  一日おきに けんかするって

  ほんとですか

 あの丸木橋をわたると

 だれもいそがない 村がある

 まるい木の実に やすむかぜ

 じゃんけんしてる こどもたち

 そのままで そのままで

 かげぼうしになる 村のはなし

  西でトラックが 東でかもつせんが

  一日三かい しょうとつするって

  ほんとですか

2011年8月 6日 (土)

家ねむる真白き埃つもらせて

父のベッドを入れるために、寝室をかたづける。
何年も家具など動かしていないので、箪笥の裏には真綿のような埃。
繭につつまれるように、老夫婦の家は眠りかけている。

2011年8月 5日 (金)

「昼めしは食べたか」酸素マスク越し

父の手術日。
11時に病室に行くと、麻酔の点滴を受けながら、父が母に尋問中。「ガスの元栓は閉めたか?」「扇風機は切ったか?」「西の窓も鍵をかけたか?」・・・際限なくつづく・・・。
父は、たいへん几帳面で家のあれこれを隅々まで管理している。母は、何度言われても、ガスの元栓を閉めないし、扇風機もつけっぱなしの名コンビである。
そして尋問は、ペットたちの世話編へ。「にゃんこちゃんにエサはやったか?」「コロは?」「ゆずは?」「ゆずに水を入れてやったか?」・・・ここでついに過失発覚!水をやり忘れたと。
これだけできれば、母にしては上出来だと思ったのだが、父はゆるさない。父は自分ができないときも、自分のやり方、タイミングを人にまで押し付けるという大いなる難点がある。
一度帰ってやってこい!と、母を帰した。バスを乗り継いで、片道40分はかかる。その上、母はバスの中に荷物を忘れ、受け取りに行ったとかで、手術が終わるまでに戻って来られなかった。
手術は無事終わり、戻ってきた父に声をかけたら、朦朧としながらも「昼めしは食べたんか?」と訊く。じ~んとくる。
しばらくして母が戻ってきたら、「ガス使てないやろな?」と訊いていた。もう、どこまでも夫婦!夫婦万歳!である。

2011年8月 4日 (木)

一枚のカードは古い夜でした

舞踏×川柳 という試みです。

舞踏家スミレさんからのお話をいただき、ポーの詩「ユーラルーム」から川柳を詠みました。
これまでの川柳の中からも選んでいただき、シナリオが完成したとのこと。
とってもあやしげ・・・たのしみです。

「風の受胎」公演案内はコチラ↓
http://sumireza.web.officelive.com/noticeboard.aspx

2011年8月 3日 (水)

ふるさとにあふれる善意スイカ割り

子どもの頃の夏休みは、親戚の家とよく行き来した。川あそび、虫捕り、花火・・・大人も子どももいっしょに遊んだ夏だった。
ひとつだけ気乗りのしない遊びがあった。
スイカ割り・・・まかり間違って、私が割ってしまったらどうしよう・・・と気が気でない。私では盛り上がらず、皆の期待を裏切ることは充分承知していた。
目隠しをして、ぐるぐると3回ほど回される。スイカには届かないであろうあたりで、棒を振り下ろす。こつっと地面を叩く音にほっとした。
アイドル的存在の妹や、従兄弟のK君が登場すると、周囲の声かけも熱を帯びる。・・・スイカが割られ、赤い実の飛び出すのも苦手だった。

2011年8月 2日 (火)

袖口を濡らして捜す父の顔

友人に勧められた映画「海洋天堂」を観た。

http://kaiyoutendo.com/

自閉症のひとり息子と二人で生きてきた父親のワン(ジェット・リー)は、癌で余命いくばくもないと宣告される。
息子がしあわせに生きられるように・・・渾身の愛で父が伝えること・・・。
映像も音楽も美しく、素直に泣けた。

2011年8月 1日 (月)

火ばさみの先の八月焼けた肌

今年も八月が巡ってきました。
節電のおかげで、昭和の面影をそこここにみる八月です。

5年ぶりに、車の運転を練習することになりました。
四谷怪談よりこわい、とも言われています。
みんなをひんやりさせてあげましょう。

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