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2011年12月

2011年12月31日 (土)

ありったけでした鍋いっぱいの豆でした

今年も、一年間ありがとうございました。
来年も、ぼちぼち続けていきます。

朝寝坊をして、網走へ帰るかなちゃんの朝ごはんが間に合わなかった!
さて、おせちの仕上げして、ゆっくりとあたらしい年をお迎えしましょう。

2011年12月30日 (金)

まさか

昨日、娘は大阪でインディーズバンドの集結するライブへ。
50分も並んでやっと入場というときに、友人が蒼白になり「チケット忘れた!」と。取りに帰っても、二人の目当てのバンドには間に合わない。一人で入ってと言われたらしいが、ショック状態の友人を置いては行けなかったそうだ

号泣する友人に、メガトン級の失敗としてここは笑おう!と声をかけ、せめて自分の代わりに誰かに楽しんでもらおうと、モバイルで「チケット売ります」と呼びかけたところ、即反応がありチケットを譲ることができた。ダフ屋には売りたくなかったとか。なかなかしっかりしておる。ダメもとで、友人のチケットも「4時に京都駅で渡せます」とアップしたら、途中からでもいいという人が現われこちらもめでたく生かされた。
今日、そのバンドの曲を流しながら「やっぱ、ナマで聞きたかったな」と、ちょっとしょげていた。
とか言う娘も下宿にチケット忘れて、昨日朝から取りに帰ったんだよね~。類トモじゃん。

2011年12月29日 (木)

長男の嫁で月面宙返り

今年最後の宿題を送信、年賀状を仕上げ、おせちの材料を買って、実家の夕飯を整えて帰宅~。
今から忘年会!お友だちの家で一品持ち寄りパーティー。もうムリ。たこ焼き買って行く~!みんな、ゆるして~。
明日は、娘の友だちが泊まりにくる。母は腰痛でキャンセルになったので、掃除は手抜きできた。あとは、おせち料理作るだけ。ふぅ~。

2011年12月28日 (水)

あと四日鯛は尻尾を立てたまま

今年最後の畑仕事で、えんどう豆の畝の草引き。
畑の野菜たちは、寒波にも霜にも負けず健気に伸びていた。
それから、はじめて韓国海苔巻き「キムパプ」をつくる。ほうれん草や、人参、それぞれに下味をつけたり、たまごや肉を焼いたり・・・下ごしらえに時間がかかる。
15本も巻いた、切った。切りながら、端っこを食べていたら、それだけでお腹が大きくなってしまった。
忙しいときに限ってややこしい料理を作りたくなる、魔の法則がある・・・。

新居?!

まだ、落ち着きませんが・・・。
とりあえず、よろしくお願いします。
これまでのコメントは、持って来ることができませんでした(泣)
・・・ごめんなさい。さみしい・・・。

2011年12月26日 (月)

引越し

迂闊!プロバイダーを解約すると、このブログも消滅するのであった。
あわてて調べると、無料のIDを取得してそちらへ引越しすればいいらしい。セーフ、セーフと引越し申請に取りかかるが、何度やり直しても、IDかパスワードが違うと言って受けつけてくれない。間違っていないはずなのに・・・。
メールで問い合わせてみたが、どうだろ?引越しできるかな?消えるかも・・・5年分・・・ほんとにあぶくだわ・・・。

2011年12月25日 (日)

キッチン

  書き終えてレタスをそっと裂いている

  とめどなくさかなのからだからしずく

  鍋底にゆるく抱き合う海と山

  ふいに悔い 激しく肉の焼ける音

  やさしくなれるまでしいたけの傘の中

  青い火とクツクツ笑うひとり鍋

  貝ひらく ちいさな波を手放して

  しんしんと胸にひしめく青葡萄

  もうなんも言わんでいいよ粥の白

  さりげないやさしさでした湯気でした

2011年12月24日 (土)

冷えた骨盤と和解する背骨

昨日は大阪の桃谷というディープな界隈のギャラリーで、スミレ座の舞踏公演。
例のごとく地図をぐるぐる回転させながら歩いていると、「おんなじとこ行きますわ~」と同じ地図を持った男性に声をかけられる。ビールの匂いがぷんぷん。飲んで来てはる・・・3時半ですけど。
会場に着くと、車椅子の男性が入って来た。さっきの男性にお~と挨拶し、膝に乗せた黒いバックをひらくとアサヒのロング缶が2本出てきた。舞踏も濃いが観客も濃い~。
舞台の床板のすきまに突き刺していく細い棒が卒塔婆のみえて、この世とあの世のあいだの墓場で黒い蝶が舞っているようだった。
エンディングは入り口を出て道路上。どこからか廃品回収車の「♪ゆうやけこやけで日がくれて~」も流れてきて、この世に舞い戻った。
帰りに、ギャラリーの案内板を見たら、前回の催しが川柳人Kんじろうさんの絵手紙展だった。なんか、納得・・・。

2011年12月22日 (木)

だらしなく夕日のもたれかかる肩

週明けの電話回線工事用のブツが届いた。
回線の変更を勧めるセールス電話、いつもはさっさと断るのだが、森本レオみたいな声と白髭(しらひげ)さんという名前が気に入って、ゆっくり聞いてしまった。
月々の基本料金やプロバイダー料が安くなるのと、キャッシュバックやら工事代無料やらもろもろの特典がついていて、ついOKしてしまった。
アドレスは変えたくなかったのだが、アドレス変更しないと1万6,000円のキャッシュバックが10,000円になるという。目先の6,000円に目がくらんで、それもOKしてしまった。
考えたら、面倒だなぁ・・・。アドレス変更の連絡。あちこちの会員登録の変更。この師走の終盤に。
というわけで、週明けにアドレス変わります。決まったら、追々連絡します。来年になるかもです。

2011年12月21日 (水)

おばちゃんの派閥豹柄無地フリル

はじめての子が、よちよちしかけた頃だったか。公園デビューした。
そこには、ミキハウス系、ファミリア系、コムサ系・・・と、親子のファッションの似通ったいくつかのグループがあり、どのグループもたのしそうにおしゃべりしていた。
恐るおそる入っていったが、世間話というものについていけなかった。どのグループをのぞいても同じだった。挫折である。この世界では生きていけないとさえ思い、泣いた。
最近、スポーツジムに通っているが、アニマル・迷彩系、アスリート系、ダンサー系・・・とやはり同じだった。グループごとにボスのいることも。女のサル山現象はどこまでも続く。さすがに私も泣きはしない。離れザルにも、離れザル仲間ができる!

ねじまき句会 題詠「閥」

2011年12月20日 (火)

痛み

朝方の夢。
靴屋さんを出て5分ばかり歩いたところで、どうも歩きづらいと思ったら、試着した靴を履いたまま出てきている。それがまたありえないくらいの靴底の高さで、レディガガか!と突っ込みの入りそうな靴。
あ~、店に戻らないと・・・でも、こんなに外を歩いたら買い取れと言われないかしらと不安になってくる。
すごくとぼとぼ歩いていると、ずんずん足が痛くなってくる。ふいに、夕べの句のキーワードは「痛み」だと気づく。そこから書き出せばきっとなんとかなる。覚えておこう・・・痛みだよ、痛み・・・。
そうです、選評に行き詰って寝てしまったのです。そしてこんな夢を見るのです。実に小物です。はやく書かねば・・・。

2011年12月18日 (日)

らしさ

ねじまき句会@名古屋

今日も、一句、一句、選んだ理由、選ばなかった理由を話し合う。
「川柳で言わなくてもいいんじゃないか」
「とても川柳らしくていい」
という意見に、「なにを川柳と言うのか?」という疑問が投げかけられた。
これまで、安易に「川柳らしい句」だとか使っていたなと思う。
「女らしさ」なんていうのには、随分抵抗してきたのに・・・。
枠をつくると、その分不自由になるので気をつけたい。

2011年12月17日 (土)

春日若宮おん祭

  鹿に喰われて哲学になる半紙

  群がっている鹿も鴉も人間も

  お旅所でヒートテックに履き替える

  アスファルトに蹄 歴史をわらう音

  汚れたら崩れてしまう足袋の白

  かじかんだ指がいもうと思い出す

  風呂敷にふるい祭はつつまれる

  眼裏といういちばん遠いところ

  答えなどいらない十二月の青

2011年12月15日 (木)

なぞ

三日坊主に終わらずジム通いが続いている。
なかで、ちょっと笑えるプログラムにボクササイズがある。
バレエやズンバなどダンス系の場合、インストラクターをよく見て、首や、腕、足の角度などを修正するとそれなりに格好がつく。
ところが、ボクササイズだけはどう真似てもおかしいのだ。基本のパンチは、どう直しても猫パンチ。ヘンにかわいい。アッパーに至っては、サビを熱唱する五木ひろしにしか見えない。脇を締めても、目力を入れてもダメ。どこが違うのか???

2011年12月14日 (水)

ややこしい人から順にかたづける

今年中にしなければならないことを書き出して、残りの日数を数えてドキドキする。
焦りすぎて句がまったくできなくなり、発作的に髪を切った。シャープな感じのボブをオーダーするのに、仕上がりがいつもちびまるこちゃんになるのは、顔立ちの問題か?

2011年12月12日 (月)

脱ぐように

ことばを放してゆく
身に着けたものを
一枚一枚脱ぐように

はだかのことばが
震えている
泣いている
光っている

2011年12月10日 (土)

身も心も

本棚を整理して、ようやく古い本が読みやすくなった。
吉野弘詩集をひらいたら、一編の詩に引き込まれた。

  身も心も

  身体は
  心と一緒なので
  心のゆくところについてゆく。

  心が愛する人にゆくとき
  身体も 愛する人にゆく。
  身も心も。

  清い心にはげまされ
  身体が 初めての愛のしぐさに
  みちびかれたとき
  心が すべをもはや知らないのを
  身体は驚きをもってみた。

  おずおずとした ためらいを脱ぎ
  身体が強く強くなるのを
  心は仰いだ しもべのように。

  強い身体が 心をはげまし
  愛のしぐさをくりかえすとき
  心がおくれ ためらうのを
  身体は驚きをもってみた。

  心は
  身体と一緒なので
  身体のゆくところについてゆく。

  身体が 愛する人にゆくとき
  心も 愛する人にゆく。

  身も心も?

近ごろは、ほぼ毎日ジムに通っている。
スタジオでエアロやダンス系のレッスンに入るとき、男性のそばを避ける。申し訳ないが男性は、リズムに合わせられない人が多く、視界に入ると調子が狂うのだ。
今日は、後から入って来た男性が私の前に立った。案の定、手足がいっしょになったり、全部逆になったりしてはちゃめちゃだった。足が左、手が右で・・・と、あまりにも一つひとつ考えながら動いている様子。つくづく男の人は、頭で暮らしているのだなぁと思う。我が身のすべては頭が支配していると思っているんじゃないかなぁ?
身体に心がついていくこともあるって、知ってるかな?・・・と、この詩を読んでふと思った。

2011年12月 9日 (金)

王道

平山郁夫美術館(瀬戸田)。
色、線、かたち・・・原風景の人に与えるものの大きさを感じた。中学生での被爆体験が生涯のくるしみであり、創作の力=テーマにもなったことに、巡り合わせといったこともしみじみ思う。
画家としては、王道を歩んだ方という印象。描き方も早い時期に完成されている。芸術全般で、自分の型、作風といったものを早くに完成させて書き(描き)切るタイプと、壊しては新しいものを模索するタイプがあると思う。どちらが良い悪いではなく、境涯や嗜好・・・さまざまの要素で選びとるのだろう。私はどっちかというと後者に近いかな。壊す以前に常に未完・・・なんかまだ違うんだよ・・・とうろうろし続ける感じ。
年表の中で、妻の美智子さんが東京美術学校の学友で、主席で卒業された方だと知る。しかし、結婚と同時に筆を折られた。確か、司馬遼太郎さんの妻も、同じ新聞記者で司馬さんより文章も上手く優秀だったのに、結婚で筆を折られた。そういう時代だったとはいえ、同じ女性として残念!!

2011年12月 8日 (木)

午後、神戸で川柳友だちのRちゃんに会った。
用事はすぐ終わり3時半だというのに、「一杯だけね~」と駅前の居酒屋へ入る。スジのどて煮、ホルモン焼き・・・どれだけオッサンやねん!
昼ビールの勢いを借りて、このところふつふつと湧いていた疑問を思い切ってRちゃんにぶつけてみた。
「最近いただく手紙やメールに『影ながら応援しています』っていう、影ながら率がすごく高いんだけど・・・どうして影ながらなのかなぁ?」
「あはははは!影が似合うからだよ~!」
あはは・・・、これはなかなかの名回答である。そういうことにしておこう。
結局、2杯飲んで5時半に店を出た。
せっかくなのでジュンク堂書店に寄って、政二さんのフォト句集「カーブ」を確認。POPもついて目立っている。知っている人の本が並んでいるのを見るのは、知っている人が出ているテレビを見るときの恥ずかしさに似ていた。
それから電車に乗って、寝過ごして十三まで行ってしまった。まだ6時半だった。

2011年12月 7日 (水)

畑日和

父の野良仕事アシスタントで、ほうれん草にビニールのトンネルをかぶせる。
畑の杭で太ももを強打した拍子に、畦に足をとられて転んだ。杖の放せない父にとって、畑の畦は箱根の山。その天下の剣を、杖も放ぽり出してすっ飛んできたのには驚いた。
畑の上には、飛行機雲が3本も畝のように伸びていた。「飛行機雲があるから、明日は雨や」と父が言った。お百姓さんは、雲や土を読めるのだ。

2011年12月 6日 (火)

たましい

「60年前のロールスロイスじゃ」と、青いつなぎを着たおじさんが教えてくれた。「オイルを入れてな、沁みこむのを待っとるんじゃ」。メンテナンス中らしい。
ボンネットをガバッと外されて、開腹手術中のような姿だ。「もう金属疲労で、かなりきとるんじゃけどな・・・」と、脈でもとるようにドアの取っ手にそっと触れていた。
「なんだか仏像の修復みたいなお仕事ですねぇ」と言うと、「ええこと言うなぁ」とおじさんは顔をくしゃくしゃにして笑った。
大切にされたものには、たましいが宿る。

2011年12月 5日 (月)

わかるまでくりかえしくりかえし 波

一泊二日とは思えない、盛りだくさんかつ濃い旅だった。
福山のRちゃんと長崎のAちゃんは、女性管理職として日々男社会と闘っている。「おチ×チ×が生えそうじゃ」「もう生えとるけん」。ケンケン、ジャジャと飛び交う長崎弁と福山弁に、相づちすら挟めないのであった。
体質、気質(風・火・土・水)に合ったハーブのブレンドティーを淹れてくれるというカフェで、チェックシートに記入する。それぞれの自己予想は、Aちゃんは、自分は火以外考えられない。Rちゃんは、土でありたいがおそらく火。私は水。結果、2人はみごとに火。私は風だった。なるほど~!私に2人を消すことはできない。私を呑みこんでどんどん燃え盛る。まさに、まさに!
旅の最後に、Aちゃんから「桐子さんは、自分が幸せになることを自分に許可してないと思います」と言われる。自己啓発マニアで、セミナーやワークを受けまくっている彼女には、私の言動からはっきり読み取れるのだそうだ。そしてRちゃんからは、その解決にふさわしいというヒーリング手法を紹介された。二人の友情と思う。
帰りの新幹線で、缶ビールを飲みながらゆっくり考える。私は、いま自分が不しあわせだと思っていない。そもそも、しあわせってなんなの?たぶん火には火の、風には風のしあわせがあるんじゃないのかなぁ?

2011年12月 3日 (土)

島へ

12月に入って、急にブログのスタイルが変わってしまった。
11月は句をまとめて出す、連作のものをいくつか作った。以前は、それをバラしてタイトルに使ったりしていたのだけど、10句なら10句まとまってこその世界だとあらためて思った。
中元商品解体セールみたいな、さみしいことはやめよう!と、思ったわけで。ついでに、ブログのために句を絞り出すようなこともやめて、もっと自由にやろうと思った。ま、同じスタイルで4年?5年?続けてきたので、飽きてきたというのもある。意識的になにかを変えることで、連鎖反応的に変わるものに期待もしている。
・・・冬のくらげも、冬のくらげなりに考え動いているのだ。

今日から、島へ行く。何もない島だが、パワースポットらしい。でも、パワーを吸い取られそうな友人といっしょだ。せめて差引ゼロで帰ってきたい。

2011年12月 2日 (金)

考えオチ

絵本画家の長新太さんの講演DVDを観る。意外に饒舌な方だった。
長さんは、もともと「一枚漫画」を書いておられたが、一枚漫画は、読者も絵から読み解く知的参加が必要で、日本ではあまり受けなかったそうだ。落語も昔は「考えオチ」と言って、一瞬考えて笑わせるオチが粋とされていたのに、今は分りやすいオチが主流だそう。

川柳もひとたび「考えオチ」のおもしろさを知ると、分りやすいものはもの足りなく感じると思うのだけど・・・。一句から、妄想は渦巻くわ、封印していた記憶は呼び覚ますわ・・・やめられませんよ~。

2011年12月 1日 (木)

赤い実

いい夜だった。
若い夫婦のはじめたちいさなイタリアンレストランは、素材の味を大事にしたやさしい味わい。石釜焼きのピザ、おいしかったなぁ~。何より、お店を持ったよろこびと、一品一品を、一人一人を大事にしようという気持ちがあふれていて素敵だった。
安心して話せる二人の姉(心の)とのおしゃべりは尽きない。店を出て、夜道を歩きながら、いちばん重い話を話す。立ち止まって話したり、遠回りしたり・・・恋人のように別れを惜しみつつも、大きい姉の家に着いてしまう。
「ちょっと待って」と、姉が玄関脇の実を摘んでくれた。「**って言うのよ」。私は、**を3回もゆっくり繰り返した。なのに家に着いたら、きれいに忘れていた。
プチトマトサイズの、赤いヨーヨーみたいな実がふたつ。たのしかった夜の証のように、テーブルにある。
Dscn1949 イタリアンレストラン
 「ポンテルンゴ」はこちら
 http://ponte-lungo.com/index.html
 
 
 
 

朝いちばんにカーテンをひらき、空を眺めるのが日課。
空の色、雲のかたち・・・毎朝違って、毎朝うつくしい。
空の移ろいはゆるやかにみえて、思いのほか激しい。
多くの命を抱く海よりも、空はさみしいのだろう。

 雲はいつもいつも「なぜ」というかたち

 動かない雲とベッドの上の父 

 骨になるまでを流れている雲

 もう一度呼べばまだ間に合いますか

 なくした言葉か 渡り鳥の群れか

 もうそれはそれでいいのよ夜の雲 

 のこされてしまうさんざんあいされて

         (川柳 洋子の部屋「ゲストの椅子」)

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