« 正しいかどうかぺろんと舐めてみる | トップページ | ふくらんで割れて二月の痛痒さ »

2012年2月 7日 (火)

おかえり

子を授かってすぐ難病に罹り、長いながい闘病の末に妻が逝った。
元気になったら小さなお菓子やさんを開きたいと、夢を語っていたことがあった。その資金にと貯めていたのだろうか?鏡台のスツールから、貯金通帳が出てきた。どうやりくりしてこんなに残したのかと思うほどの大金だった。
札束を財布にねじ込み、夜の街へ出て使い切った。途中から記憶はない。金をどぶに捨てた・・・空しさだけが残った。
それなのに夜になると、足はネオン街へ向かう。自分の穴へ墜ちてゆく自分・・・どうしようもなかった。
ある夜、白いあたたかい手を握ったら握り返された。離すことができなくなった。まるで昇ってゆくように、女性といっしょに墜ちていった。老いた父、息子や親戚が止めようとしたが、誰にも止めることなどできなかった。
亡妻の残したお金が底をつき、やっと穴の底に降り立った。また、ひとりになっていた。
飲まないと寝られないと思っていた酒を、飲まずに寝てみたらぐっすり眠れた。それっきり酒をやめた。何年ぶりかで、ご飯を食べるようになった。
今年の正月は、90歳の親父と二人で祝った。「おまえ、酒は?」と親父。「やめた」と言うと、「えらいな」とわらった。

海をのぞむ宿で、男の淡々とした告白を聴いた。次々と運ばれる海の幸にも似て、しょっぱくて
苦くて深かった。すすり泣くような風の音が、一晩中ガラス窓にすがっては流れた。
朝の海は、気の済んだようにしずかに横たわっていた。そうか、海の泣き声だったのか・・・。
おかえり、海。おかえり・・・。

« 正しいかどうかぺろんと舐めてみる | トップページ | ふくらんで割れて二月の痛痒さ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 正しいかどうかぺろんと舐めてみる | トップページ | ふくらんで割れて二月の痛痒さ »

無料ブログはココログ