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2012年10月

2012年10月31日 (水)

十月をのぼって象のすべり台

パワーヨガへ。猫、鰐、コブラ、犬、猿・・・流れるようにポーズをとっていく。
去年、iittaraでおなじみの陶磁器メーカーアラビア社の工場見学をしたとき、初代のデザイナーは元トラックドライバーで、休日に動物園で動物のスケッチばかりしていた人だったと聞いた。どこか柔らかさを感じるカップやお皿のラインは、動物たちのしなやかな輪郭の一部なのだろう。
しなやかさのカケラもない私のヨガは、トド、アシカ、セイウチ、アザラシ、オットセイ・・・転がるようにポーズをつなぐ。見たとこ、ぜんぶあの仲間である。

10月は、蕎麦屋の飲み会で締めくくる。

2012年10月30日 (火)

十月の蝶と呼吸が合ってくる

お花をいただいてから、日直さんのように朝夕花瓶の水を取り替える。
百合は言い尽くした。薔薇は本心を明かしきらない。かすみ草は、しきりに相づちを打つ。名前の分からない花は、きちんと言えないまま黙っている。
時おり、微かに百合が震えている。言い尽くしても、言い切れていないもどかしさのあるように。

2012年10月29日 (月)

となりには風が座ってくれました

選句を終えたら3時だった。ばたんと眠って、夢をみる。

祭壇は、白から深い青へと花が波打っている。祭壇の前へとすすむ列に私も並ぶ。もうすぐ会える。やっと会える・・・と思う。
柩の前に歩をすすめ、のぞく・・・。暗くてなにも見えない。どうして・・・と、目が覚めた。

  死顔の布をめくればまた吹雪  明

石部明さんの句を思い出す。

さて、私は誰とさいごのお別れをしようとしていたのだろう?列にはそうだ、夫、子どもたち、母と妹もいた・・・もしかして、私の葬儀?そんな気がする。

2012年10月28日 (日)

老いた象やすむ私の瞳のなかで

「じゃぁ、また・・・」という言葉に、近ごろ祈りのようなものが混じる。
またお会いできるものと思っていた人に、会えなくなることが増えてきた。
丁寧に見送ればよかった。聞いておけばよかった。・・・後悔ばかり。

昨日は、センリュウトーク@名古屋。
川柳を続けていると、どこかで壁にぶつかる。ひとりの人間が言いたいことは、それほど多くはないし、ひとりの人間の使うことばも、限られている。
皆それぞれに、あたらしい詠み方、ことばの掴み方を模索しながら、川柳をつづけているのだなぁと思う。

昨日の句会で「友情」という題があった。懇親会の席で、選者の方から「8が分からなかった。あの8はなんですか?」と聞かれた。
私は、数字に勝手な性格づけをしていて、出会った人の印象を4の人とか、9の人と思うことがある。句会の句箋番号や、医院の受付番号も、いちいちうれしかったり残念だったりする。それで、8はとても気の合う大好きな番号なのだ。
   親友を呼び出すように8と書く  桐子
句を書き散らす紙の隅っこに、8と書いてみたりする。なんとなく、安心する。

選をしていると、読みきれないけれどとても気になる句がある。気になる句であったことが、とてもうれしかった。
妄想もまた、私の出会った詠み方のひとつ。大事にしようとおもう。

2012年10月27日 (土)

鍵盤という沈黙の守り方

ものを言っては後悔することが多い。
川柳も、できるだけ言わない句を詠みたいと思う。

ここまで書いて、朝アップしたつもりだったのに下書きのままだった。

2012年10月26日 (金)

千枚の角をそろえて水の秋

句稿を重ねては綴じ、綴じては重ね
色づいた紅葉を映す水のように澄み、やわらかな光を放つ紙の束。
身を沈めると、包み込むようなつめたさで背筋を立たせる。
これほど深いのに、溺れさせてはくれない。

2012年10月25日 (木)

どこまでも影押していくおばあさん

椅子型の手押し車を、からだを90度に折って押すおばあさん。
朝早くから、ずんずん押して歩いてカフェで食事、またずんずん押して歩いてスーパーの飲食コーナーでたこ焼きを食べ、押して食べ、押して食べ・・・夜遅くまで止まらない。
2、3日見かけないと心配になる。夕べ遅くに見かけて、ほっとした。

何が彼女をそうさせるのかは分からないけど、彼女を見てると生きることは理屈じゃないよねと思う。動いて食べて、力強くわたしを生きて・・・。ご家族は心配されていると思うけど、私は元気をいただいていつも感謝している。

2012年10月24日 (水)

粉々になればなるほど匂う薔薇

昨日は、密度の濃~い一日。すべては夜の飲み会を心置きなくたのしむために、超集中して仕事を仕上げる。7時に選句を返送、友人2人の還暦祝いパーティーへ駆けつける。
還暦の二人とも、六十歳は解放された感があると晴れ晴れと語っていた。そして、真紅がよく似合うのだ、これが・・・。いいなぁ。
飲んで、食べて、しゃべっての合い間に、代わる代わるに臨月のKちゃんのお腹を撫でて・・・いつの間にか日付は変わっていたのであった。
そろそろおいとまを・・・と、Pちゃんの靴がない・・・還暦のM姉さんが履いておりました。整形外科の「靴を間違えないでください」という張り紙を思い出す。間違えるようになるんや、これが・・・。いいさ、いいさ。

2012年10月22日 (月)

太陽の塔の瞳にある祭り

昨日は、ねじまき句会@名古屋。
明け方の4時半に携帯が鳴る。娘から「桐ちゃん、誕生日おめでとう!いい一日を・・・」。目が覚めてしまって、しばらく本を読んでいたら二度寝していた。起きたら8時半!新幹線は9時50分!ぎゃ~っと、出かける。
早めに着いたので、会場近くの大須観音へ寄ってみる。お祭りなのか、すごい人出。大須観音周辺は、なぜか無国籍地帯で、丸鶏をじゃんじゃん焼いているブラジル料理(?)やさん、ネパール、タイ、インドなどの屋台風のお店や、イタリアン、中華・・・なんでも揃っている。和食の店を探すほうが難しいくらい。
やっと見つけたきしめんやさんに入ったら、隣に70代とおぼしき和服姿の老女が7人しずしずと入ってきた。お品書きを見るまでもなく、全員が「味噌カツ定食」をオーダー!さすが名古屋!あのボリューム、完食したのかな?

今日は実家で不快な出来事がありぷんぷんと帰宅したら、神さまの計らいのようなやさしい郵便が2通も届いていた。眉間の皺がほどけてよかった。

2012年10月20日 (土)

ありがとうはきれいな言葉うつむいて串からはずすずり皮つくね

咲くやこの花芸術祭、江戸雪×楠見朋彦「短歌を作るということ」「今日から歌人 短歌ワークショップ」、中之島公会堂へ。
ことばの質感に敏感になる、慣用句などできあがったことばを使わない、31音にするのはひたすら引き算・・・など短詩系の基本は同じだなぁと、納得。
ワークショップでは、最初に虫食い短歌を6首。それから、江戸さんと楠見さんの上の句(5・7・5)に下の句(7・7)をつけてみましょうということで、タイトルの短歌は、江戸さんの上の句「ありがとうはきれいな言葉うつむいて」に、私が下の句をつけてみたもの。ご本人の下の句は、「青い手袋ゆっくりはめる」・・・きれい!楠見さんの上の句につけた一首は、「たそがれの心斎橋に来て思うあの日渡ってしまった橋を」
ほとんどの方が、初心者も含めて歌人のようだった。人生初短歌は私一人ではなかっただろうか?
6時に終了。ビールを飲んでいたら娘からメール。
「桐ちゃん、今なにしてるん?」
「短歌ワークショップ受けて、大衆居酒屋。「お姉さん、チャレンジャーやね。うちみたいな店に一人で」って言われたとこ。」
「お、お姉さん?」
「お姉さんですけど、なにか?」
・・・と、まあそんなこんなの一日。道を間違えた話は、飽きられたと思うので省略。
これから、あとひと仕事。

2012年10月19日 (金)

薬屋の角で祭りとすれ違う

お届けものをします・・・とメールしたら、句会にどうぞと言われて奈良へ。
兼題「祭り」を考える。生まれる前と死後の、気の遠くなるようなしずかな時間。生きている今は、はかない祭りのようなもの・・・と思う。同じアホなら踊らにゃソン、ソンだわ。

週末は、実家の氏神様のお祭り。毎年、赤飯を蒸すのだけど、今年は忙しくてはじめてパス。毎年のことをしないって、なんだか落ち着かない。

2012年10月18日 (木)

負けて勝つのよとピンクの薔薇わらう

子どもの頃の庭に、淡いピンクの薔薇のアーチがあった。5年生のときの担任のM先生が、「この薔薇大好き」と言ってくれたのがうれしくて、何度も切って持って行った。
その薔薇を思い出す、薔薇が届いた。見守ってくれているような薔薇・・・。

受け取ったやさしいバトンを、次に回さなければ・・・。

2012年10月17日 (水)

トロ函に青青と死のひしめいて

80歳のおじいちゃんが、一人で舞鶴へ釣に出かける。朝5時に出発。方道3時間くらい?向こうに小さな舟を置いていて、沖へ出て釣っているらしい。
元気なのはいいのだけど、つい先日も、うちの近所で90歳のおじいちゃんの車が店舗に突っ込んでいた。物損事故で済んだのが不幸中の幸い。現場検証の途中で、疲れて座り込んではりました。そろそろ、免許証を返上して欲しいとも思うのですが・・・。
いつもは鯛やら小鯵やら大漁なのに、昨日はボウズ。
「えさ代で買うた方がマシや」とうっかり突っ込んだおばあちゃん。100倍くらい言い返されて「あんたなんかと結婚せえへんかったらよかった!」と捨て台詞。・・・米寿パワー炸裂!

2012年10月16日 (火)

明日と云う法衣まとった鳥の来て

Kさんのブログで、その鳥が「チドリ」だと知る。
結局、その翌日は普段と変わらない一日だった。
でも、私の預かり知らないところで、何かがはじまっているのかもしれない。
あの日から・・・。

2012年10月14日 (日)

神さまに返すまっすぐ横たえて

雨が近いのか、鳥の声が大きい。
耳をふさいでみたら、息を吸うわたしの音だけになる。
目も閉じてみたら、赤がふくらんだり、弾けたり。
ただの肉のひと塊になって、しばらく転がっていた。

2012年10月13日 (土)

ねむそうに生まれねむそうに生きる牛

小学5年生の自然学校のお手伝いに派遣された娘。まったく子ども向きではないのに、諸事情があってのことらしい。
他の大学からも、A君はじめ数名参加。小学校の教師を目指しているA君は、自己紹介から「みなさん!こ・ん・に・ち・は~~!!」と、体操のお兄さんのようなハイテンションで小学生も引き気味だったとか。
なんとか3泊をつつがなく子どもたちと過ごし、帰る日のこと。つかつかと近づいてきた女子から「ねぇ、どうしてそんなに暗いの?」と言われたそうだ。3日間、精一杯明るく振まってきたのに、小学生に見抜かれていたなんて~~!と、ショックを受けていた。
ちなみに、A君はその女子から「張り切りすぎ~!」と言われていたと爆笑していた。小学生を見くびってはいけません。

2012年10月12日 (金)

レコードの終わりのようにいなくなる

昼すぎに、すごくうれしい葉書が届き、誰よりも亡きYさんに伝えたいなぁ思った。そのとき、今日はYさんの誕生日だったことを思い出す。あわてて窓を全開にして「誕生日おめでとう」と言ったら涙がこぼれた。近ごろ、涙腺弱すぎ。

夕方、大事な人を亡くしたFさんが気になり、買い物の帰りに顔をみにいく。「一杯行こか」と誘われ、そのまま立ち飲み屋へ。こういうとき、正統派立ち飲み屋は、やかましすぎず、深刻になりすぎずいい。「大丈夫なん?」「しゃあないもんなぁ・・・」。ほんま、しゃあないねんけど・・・。でも、出会いに恵まれた私たちはしあわせやね。

2012年10月11日 (木)

返信は不要と雲は遠ざかる

帰宅すると留守番電話がピカピカしている。
再生を押す。快活なRさんの声が流れる。録音時間いっぱいレポーターのようによどみなく話す。最後に「え~これは八上桐子さんの電話ですよね。違っていたら、え~大変です」。笑った!

一度、留守電に知らないおばあさんからメッセージが入っていた。「エミちゃん、昨日はありがとう。ほんまにうれしかったわ。(涙声になり)もう会えないと思うけど・・・エミちゃん元気でいてな。ほんまにありがとう」。電話番号表示が残ってなかったので、間違いを伝えてあげることもできず途方にくれた。

2012年10月10日 (水)

秋晴れのたい焼きも右向け右ピッ

近所の商店街の入口に、たい焼き屋さんがある。あん、カスタード、チョコレート、栗あん・・・いつも左向きに整列してる。
先日、運動会の空だ・・・と思いながら買い物に出た日、整列するたい焼きが小学生のように見えた。カスタードはかけっこ速そう。チョコはダンス、ノリノリ。粒あんは、綱引き選手。栗あんは・・・大玉転がしかな?心のなかで、右むけ右と号令をかけた。
毎日のように見る風景が、ある日川柳になる・・・それがうれしかった一句。句会ではボツだったけどいいのだ。

2012年10月 9日 (火)

冷えながらだいこん鰤を受け入れる

詩人の谷川俊太郎さんは、一日一食だそうです。晩ご飯の時間が待ちきれない、その空腹感が生きる幸せに通じるのだとか・・・。
ムリ!!生きるたのしみが三分の一になるなんて・・・想像しただけで気分が落ち込んだ。

2012年10月 8日 (月)

恋人にしたしクラリス、ハルシオン

薬って魅惑的な名前が多い。

川柳「凛」誌を読む。
前号で発表のあった誌上句会の、特選受賞者のコメント、徳永政二さんの「誌上句会によせて」の文章、投句者による好きな一句と、誌上句会後夜祭のような企画がよかった。
リアルの句会も誌上句会も、抜けた抜けなかったでおしまいのところが多いなか、句会そのものも、寄せられた一句、一句も大事にされていて、やっぱり「凛」だなぁと思った。
私も、もう一度発表誌を読み返した。参加してよかったな・・・と思った。

2012年10月 7日 (日)

薄暗い方にたいていある出口

あたらしい図書館へ。帰ろうとしたら、出入り口のまん前にあったはずの駐輪場の入口がない!ここはどこ?状態になり、しばらく固まる。もう一度、建物内に戻ってやり直す。出口を間違えていた。
それから、はじめての眼科へ。会計も済んで「ありがとうございました」と帰りかけたら、「あ、出口はそっちですよ~」と言われる。
どうしてこうも、出口を見失うのか・・・。前世は、帰巣本能のない生き物だったに違いない。
参考までに、巣を作らない生き物を検索してみたら、「アシダカグモ」が出てきた。実家は古い家で、この蜘蛛を何度か目撃した。手のひらくらいの大きさでゴキブリを食べてくれるらしいが、とにかく不気味でいつも跳んで逃げる。アイツも出口を探しているのかも・・・。

2012年10月 5日 (金)

風鈴が鳴って村人Bが来る

音というのは不思議なもので、耳に入る音をすべて聴いているわけではない。大勢の雑談のなかでも聞きたい人の声を拾おうとするし、工事の音の気にならない日もあれば、日ごろは気にしない風鈴の音が耳につくときもある。
夫の父は、始終音を出す人だ。「FU」と「UN」の間のような、「FUFUFU・・・」とも「UNUNUN・・・」ともつかない音をずっと発している。父に対して腹の立つときは、この音が耳障りで仕方がない。負けないようにするには、心の中で絶唱するしかない。最近、効果的な歌を発見した。♪飾りじゃないのよ涙はHA HAN、好きだと言ってるじゃないの HO HO ・・・・HO HO HO、HO HO HO・・・。音には音で。

大事な人を思うとき、部屋のどこかでカタカタと音が鳴ると言ってた人もいた。耳は、頭で考えるよりも先に何かを捉えている。

2012年10月 4日 (木)

まっすぐに縺れてしまう曼珠沙華

朝の電車で、隣りのボックス席に年配の女性4人組。久しぶりなのか近況報告にはじまり、話はそれぞれの一番語りたいことへ。次第に熱がこもり声が大きくなってくる。黒い帽子は、嫁への不満。花柄のジャケットは、夫とその兄弟の不仲。ターコイズブルーのイヤリングは母親、刺し子のバッグは夫との折り合いの悪さ・・・。
どれもこれも「確執」であります。ほんと、かかとがガサガサでやだわ~。それは「角質!」1時間1,000円~、句会もできます。それは「貸室!」。「確執」であります。互いに譲れず不仲になる「確執!」。ピーリングジェルだの、軽石で擦ってもポロポロ取れはしない、確執。「渡る世間は鬼ばかり」は、このように皆身に覚えがあるからおもしろかったのだ。
と、草むらに密集して咲く、曼珠沙華。赤く絡み合う花びらが確執を思わせる。近すぎるのだわ。離れたら少しはラクになると思うのだけど・・・。「そうかて、そうもいかへんがな!」と、おばちゃんたちのツッコミ。

2012年10月 3日 (水)

散歩会@京都府立植物園

植物園の地図を見て、迷わず森へ。奥へ奥へとすすむと、わくわくしてきて句どころでなくなってくる。もしも私が「森番」だったら、夜回りはまず水車小屋へ。月明かりで小屋の鍵を確認。それから半木神社のお社の蝶番も確認。はす池に月を浮かべ、そこに一句したためる。水琴窟の響きを竹筒で聴いたら、きっと森の胎内にいる気分・・・。ベンチで夢想していたら、どんぐりが頭にコツンと。今日はたのしかった。

  ほどけゆく悦び縄は朽ちながら

  森番の指の匂いの蝶番

2012年10月 2日 (火)

老いの家

  実家の近所のおばあさんたち(80歳前後)は、真っ黒に白髪染めをする。皺やら、背格好は立派なおばあさんなのに、髪だけが寿司海苔を貼り付けたように黒々としていて、どうも不自然。白髪の方が自然に馴染んでいいと思うんだけど・・・。枯れることの美しさって、あるのにな~。

   汁椀の淵に佇む老夫婦

   母から母こぼれ座布団濡れている

   叱られて猫に抱かれるおばあちゃん

   ぐらぐらの積み木歯科外科神経科

   目鼻の消える市民病院談話室

   みしみしと母行く みしみしと痛む

   まだふいに老母にもひらく曼珠沙華

        (川柳 洋子の部屋「ゲストの椅子」)

2012年10月 1日 (月)

蝶の羽ちぎって叶う願いごと

9月のおしまいは、句会中止で歯の抜けたあとのような1日。
午前中はかたづけをして、午後ジムに行こうとビニール傘で家を出たとたんに、一瞬で傘が複雑骨折。前にすすめないくらいの風で断念。
届いていたDVD「麦の穂を揺らす風」を観る。独立戦争から内戦へといたる1920年代のアイルランドの物語。アイルランドの輝くようにうつくしい草木の緑を背景に、ケン・ローチはあくまでも静かに悲劇を描く。美化も誇張もされていなくて、ずしんと重い・・・。おわったときに、「あぁ・・・」と思わず声がもれた。救いがない。被災地のお年寄りが「津波も恐いが、戦争に比べたら・・・あれはもっと辛かった」と仰ったのを思い出した。
それから、ひと月前に仕上げた作品を全面的に手直し。エッセイも1本。歯の穴を舌で探るように思いを確かめながら、なんどもことばを詰め替えてみる。嵐の日ならではの、創作かも。

さあ、10月。今年の秋は、枯れゆく姿をじっくり見てみたい。

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