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2013年8月20日 (火)

下りてきて麓近くの山羊の白

昨日は、ことごとく判断ミスが重なって、約束の時間に30分余りも遅刻するはめに。自分を立て直すことができないまま帰宅。と、白山羊さんのようなお手紙が届いていた。ありがたいことです。
この夏の旅で、いちばんこころ奪われたのは山羊。私は何度も、山羊の目に寝そべった。

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コメント


下りてきて麓近くの山羊の白

 ところで、この句は「俳句のようだ」と思ったし、そういう意見もあるだろう。
 私はなにをしているのか?私は俳句もようわからんし、もちろん川柳なんてわからんし、考えないことにしている。ただ、極小の言葉で何かを表現しようとしているではなかろうかと思っている。空虚も含めてのことであるが。
 私にとって、この句の魅力は作者の無欲な質感であった。この形式が俳句的であろうと私にはまったく問題ないのだ。無垢な感動だけが伝わってくる。こういう詩を見ると、わざとらしい句を作ったりすることや、技術にこだわろうとするときの自分を恥ずかしく思う。
 このたび、初めて「クラゲ」を拝見するにあたり、大いに不思議あり。
これらの多くは、「作品」として興味深く味わえるものになっている。上の山羊の句とは別の、何度も反芻したくなるような、そして一部が整然と心に整理できないという、何かがひっかっかるような魅力的な世界をなしている。同じ作者ということが、とてもうれしい。
 

環さん、おつかれさまでした。
山羊の句について、ありがとうございます。
この句に、無欲さが出ているとしたら、
それは、山羊のおかげかなと思います。
自分では、もちろん川柳と思っているのですが、
どこが俳句か聞けばよかったなぁ・・・と帰りに思いました。

また、いろいろ言っていただけるとうれしいです。
どうぞよろしくお願いします。

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