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2013年8月30日 (金)

ありったけのいのちが寝息たてている

ゆずは立てるときもあれば、腰が持ち上がらないことも。
眼差しに光があったり、なかったり。

先日、動物愛護センターに行った。
里親を探している仔犬や仔猫・・・、いのちのかたまりが転げまわっていた。
ゆずも、こんな日があったと思うと見ていられなかった。

そうだ、むかしの散歩コースに連れて行ってあげよう。
川音、鳥の声、草のにおい・・・いっしょに思い出そう。

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コメント

つらいですね。
息子が幼稚園のとき、生まれたばかりのワンちゃんを貰ってきて、大事に育てていました。
「チビ」と名付けられたそのワンちゃん。14歳のとき、半ば老衰(獣医の診立てでは肺炎)で亡くなりました。大学生になって東京にいた息子がちょうど帰省していて、家族みんなで見送ることができました。おばあちゃんも息子も泣いていました。

先のコメント、縁起でもないことを書いてすみません。
もうひとつ忘れられない光景。チビの晩年、おばあちゃんとずっと一緒でした。ある日、隣家との間にある石段に、おばあちゃんは腰掛けて、チビは忠犬ハチ公のスタイルで寄り添って、二人で遠くの景色を眺めていました。後ろからそれを見た家内曰く「老人と犬」。おばあちゃんも亡くなりましたが、秋の夕暮れには懐かしく思い出す光景です。

完司さん、とんでもないです。
いいお話をありがとうございます。
ご家族に見守られてよかったですね。
本屋さんで詩人の伊藤比呂美さんの
「犬心(いぬごころ)」を見つけて読みました。
愛犬の老いと看取り・・・離れて住む(カリフォルニアと熊本)
ご両親の老いと看取りも重ね、生と死が綴られ、
泣きながら2度も詠みました。
そのときのショックを少しでもやわらげようとしているのだと思います。
長年いっしょに暮らすと、家族ですもんね。

いつも寄り添ってくれたゆずに、みんなで寄り添ってやります。

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