« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »

2013年9月

2013年9月30日 (月)

たんたんと等身大にする床屋

「川柳カード」大会の、俳人の佐藤文香さんと樋口由紀子さんの対談のなかで、句の詠み方の話があった。例えば、電車の窓から「印鑑」の黄色い看板が見えたとしたら、由紀子さんは「印鑑」という言葉から。文香さんは、「黄色が目だってるな」とか、感じたことから広げていくと言われた。
私は、どっちか言うと文香さんに近い。もちろん、ことばから詠むときも、見たままを詠むときもあるけれど、「?」とか「!」とか「・・・」とかを追いかけるのが好きなのだと思う。

例えば、「サイズ」という題。いろいろなサイズを考えるなかで、人の大きさ(S、M、Lではなくて器とかの方)をふと思う。自分を大きく見せたい、大きく見せている人が、等身大に戻る場所ってどこだろう?と思う。無防備な風呂場とか?・・・弱さをさらけ出せる相手の前?・・・問いが生まれ、それを持ち歩く。句会までに答えが見つからないこともよくある。
さてさて、さきほどの問い。買い物帰りに、青と赤の帯がくるくる回るのを見て「おや?」と思う。財布も何も明け渡し、無防備に首を預ける。首筋を滑る剃刀。気持ちのよさにうとうとしながらも、微かな恐怖心があるはず。男性は月に一度、床屋で等身大に誂えられてきた。ヘアサロンじゃダメなんだ。
こんな風に、原稿用紙1~2枚分の発見が一句になるのがおもしろくて、川柳がやめられない。

2013年9月28日 (土)

くちびるがあってよかった!ポッキー

辛党なので、チョコレート、飴は、あまりいただきませんが、三次会くらいでウイスキーロックを飲むときだけはチョコレートを食べる。乾きものといっしょに、ポッキーも出てくるときがある。ポッキーはくちびるで挟んで折るが、チョコとプリッツの境目でよく折れてしまう。

本日の大会、兼題「チョコレート」。選者さんが、ポッキーを知っておられるか?ちょっと迷った。何しろ作務衣にセッタがトレードマークの、チョコレートからは遠そうな方なので。パラソルチョコ、マーブルチョコ、ポッキー、キットカットは○?ゴディバ、ロイズ△。ピエール・マルコリーニは×かな・・・と。
選者さんは、折れたポッキー「!」に気づいてくださっただろうか?

2013年9月27日 (金)

呼べばしばらく水に浮かんでいる名前

長岡京川柳会、谷垣郁郎さんの追悼句会へ。
会場にあふれんばかりに100名近い人が集まり、
心のこもった追悼句会だった。会場のそこここに飾られた郁郎さんのお写真は、はにかむように笑っておられた。
花のおわったあとに、タネだったりちいさな花芽をみるような、やすらかなさみしさを感じた。

終了後は、川柳の先輩方とお茶(ほんとうのお茶。笑)。丁々発止の柳論をお聞かせいただいた。川柳を本気で続けるということは、川柳の山をのぼっていくこと。どんどん視野は広くなるのだなぁ・・・と、感心するばかりだった。

2013年9月26日 (木)

senryu So Vol.4

書いたつもりでいたら、まだでした。
今回は、くんじろうさんをゲストにお招きしています。
読んでいただける方は、句会、大会でお声かけください。


   短編は鰯をあぶる煙から  くんじろう


   双六の「あがり」日向の匂いする  凛


   花火などするから空が淋しがる  街子


   傷ひとつもらって椅子のないピアノ  桐子

2013年9月25日 (水)

たいせつな文字を落としてきた葉書

本日届いた、柳人からのメール。「今日、川柳**の懇親会で、桐子さん再婚の報が入りました。ビックリしました。何はともあれおめでとうございます」
こっちがビックリ!どうしてこう根も葉もない噂が立つのでしょうか?
その方にも返信しましたが、私はまだ離婚もしていませんので(笑)。それなりに仲良くやっておりますので、ご心配くださいませんよう。
心当たりはまったく無いけど、相手に名前があがった方にも迷惑がかかるのではないかと思って「参考までにお相手はどなたですか?」と聞いたら、なんだか意味深な返答でごまかされた。どういうこと?
私も知らない桐子Bがいるようで、驚くばかりです。

2013年9月23日 (月)

見えますか 目をひらいても見えますか

あまりに話題なので、「半沢直樹」をはじめて観たら最終回だった。
2割増しの演技。劇画タッチのドラマなんですね。
特にアップが多いのだけど、顔力がすごい。香川照之さんなんか、顔の筋トレしてるよねと思うくらいそこここを動かし顔で語る。さらには台詞の力。「やられたらやり返す、倍返しだ!」「あんたには、百倍返しだ!」。水戸黄門の印籠みたいに、出てくるのを待つんですね。
半沢君は、勝負に勝って試合に負けたような結末だったけど、つづくってことでしょう。

ここ3日ほど、選句ばかりしていた。読み手に立ち止まらせる句の力にもいろいろある。景や思い、言葉、仕立て、リズム・・・。そんな中で、例えば目新しい言葉や、なぞなぞのような仕立て・・・それがほんとうに一句の、作者の力なのか?立ち止まらせただけなのか?今回は、かなり考えました。

2013年9月21日 (土)

月光が重くて海月沈みます

やっと下宿に戻ったはずの娘が、また帰ってきた。
先日買ったコミックと本を目ざとく見つけ、「え~、なんでこんな本買ったん?」と訊く。

「あ・・・、川柳の勉強会で袋叩きにあって(川柳的表現ですのでおゆるしを)、本屋に寄ったら思わず買ってしまった」。
あらすじのところを読んでいる。「心と言葉。あまりに密接な関係。バレリーナを目指す澄(さやか)はライバルたちの言葉に、動揺する日々を送っている。メンタルを克服しなくては、夢をつかめない・・・なるほどな。ギャハハ・・・」。これは、山岸涼子先生の「言霊」。(ちなみにこのマンガは小中学生向きと思います)
もう一冊は、松尾スズキの「人生に座右の銘はいらない」。松尾スズキが50年間に舐めたすべての辛酸を根拠に他人の悩みと本気で向き合った、初めての人生相談本。・・・はい、そういうことです。
いや、なかなか貴重な体験でした。タイトル句です。「重くて沈むのは当たり前やしぃ~」バシッ!「ほんまやなぁ」ドスッ!「『ます』てまた、安易やなあ」ボスッ!・・・京言葉で繰り出される、キレの鋭いパンチ。決まる、決まる。川柳にもからだで覚えるというのが、あるやもしれぬと思いました。来月は、「私はドM!」と自分に思い込ませて行きます!

娘と蝉の話になって、聞きかじった知識をエラソーに披露した。「蝉が7年とか13年、どうして土の中にいるか知ってる?天敵を増やさないためだよ。毎年だと天敵も増えるから・・・」。「ちょっと待ってよ。蝉は毎年おんねんで。7年毎しか鳴かへんのちゃうやん。おかしいやんか」・・・・・・・「えっ?それは・・・」「なんでそこに気づかんかな?桐ちゃんさ、ものごとにツッコミが甘すぎるねん」。傷に塩刷り込まれた。熟慮しているつもりで、浅い。分かったつもりで、本質がつかめていない。そこらしい。問題は根深い。

凡庸な若者が生き残るには「成長する苦痛」を受け入れるしかありません。-松尾スズキ

2013年9月18日 (水)

洗ったら縮む木綿もかあさんも

敬老の日、「徹子の部屋」に102歳の俳人、金原まさ子さんが出ておられた。
徹子さんが好きな句として紹介された3句。おもしろい!

   ああ暗い煮詰まっているぎゅうとねぎ

   別々の夢みて貝柱と貝は

   鶏頭たち深い話をしておるか

自分の中にいる、夫に献身的に尽くす貞淑な妻A子と、自由奔放なB子。73歳で夫を亡くしてから、B子で生きられるようになった。坂本龍一の大ファンで、最近は栗原類のネガティブ発言が大好き。宝くじが当たったら、102歳がどこまで変れるか整形したい。プチじゃダメ。寝ている間に死ぬのが理想。起きてこなかったら、よろこんでほしい。・・・別のところでは、ご自身を「不良」と表現されていたけど、何とも上品でかわいい不良。
いっしょに観ていた娘も、「カッコいいおばあちゃん!」と感動していた。「いいなぁ。私もB子で生きたいなぁ・・・」と呟いたら、「A子を見たことないんですけど!」と突っ込まれた。

2013年9月17日 (火)

堕ちてゆくときも男は眼をひらく

船団俳句フォーラム。
講演 「女たちの俳句ー現状と未来」 神野沙希
シンポジウム「坪内稔典『女たちの俳句史』を読む」 中原幸子ほか
江戸時代、俳句は男性のものだった →大正時代「ホトトギス」に女性限定「台所俳句欄 →久女からの4T(汀女、多佳子、鷹女、立子)の出現 →戦後女性俳人が俳誌主宰 →高度背経済成長期のカルチャーブームで俳句に女性急増
現在は、俳句の内容、読み方において性差は薄れてきている。性を押し出す俳句も少ない。男は仕事、女は家事、育児の性別役割分業が解かれてきたことで、感覚的なものに性差が少なくなってきている。
今後は、絶対的な労働力人口不足から、女性も仕事は必至であり、男女はますますフラットになる。今後、女性ならではの感覚の俳句がなくなるのもさみしい。新しい女性らしさ(?)に期待したい。

とまあ、大まかすぎるメモだけれど、川柳も流れとしては近いと思う。ただ、川柳には若い世代(10代~30代)がほとんどいないので、現状では変化が見えにくい。
私たち世代は、女は、妻は、嫁は、母は
こうあるべきというような、旧来からの女性観と戦ってきたところがあるけれど、確かに娘たちにはそういう感覚が希薄。
シンポジウムでも、夫婦で家事、子育て中という一番若い(30代?)パネラーの女性が、「うちも主人が・・・」とさらっと言った。対等ゆえに違和感なく「主人」と口に出せる世代がきているんだなぁ。
今現在、最も性別こだわって性を発揮しているのは、セクシャル・マイノリティ(同性愛者やトランスジェンダー)と呼ばれる人たちではないだろうか?
パネリストのどなたかの発言にもあったけれど、俳句(川柳)を詠むときに性別はあえて意識しない。個々人の作品を振り返ったときに、その時代の「女性」が浮き上がってくるのだろう。

2013年9月16日 (月)

尾頭つき鯛の損益分岐点

夏休みで帰ってきていた娘が、ようやく今夜下宿に戻る。
ここ数日は、自分の赤ちゃんのときの写真から、父母、祖父母の古い写真も引っ張り出して遺伝子の流れの解明に精を出していた。少し前、友人の赤ちゃんが徳光さんに似てる~!と爆笑してたが、自分の写真を見るなり「ガッツ石松や~~~!」と倒れていた。

実家の大家族の現状と課題も、大人の目で分析する。「桐ちゃんは、おじいちゃんとおばあちゃんの言うこと、もっと聞き流さなあかんわ。いちいちまじめに聞くから、顔色変わるねん」と言われる。「そうや、ローラになったらいいねん!そっかー。わかったー。んー、わかんなーい。って」「あはは、そっかー、おっけー、やってみるー」。今夜、最後のリクエストは、炊き込みご飯と焼き魚。和食で〆るのだとか。

2013年9月14日 (土)

昼寝覚めしばしこの世にひとりきり

夕べ、自転車で実家からの帰り、路地を飛び出してきた小学生の自転車と衝突。どちらも派手に転んだ。「大丈夫です」という子を念のため自宅まで送って、おじいちゃんに状況を説明して帰宅。私の方は目立った外傷はなかったのだけど、朝起きたら右足は上から下まで青あざ。足の指の付け根、首が痛い。何より、左腕が上がらない。相手の子に怪我がなくて、ほんとによかったけど。

ダメージチェックをしていたら、来阪中の友人から「急だけど予定が変更になって、いっしょにモーニングできませんか?」とメール。彼女と私の午後の予定からして、十三で会うのがよかろうと阪急十三駅を待ち合わせ場所に指定。
「桐子さんのモーニングって、立ち飲みかと思ったわ~」と現れる。確かに、モーニングには向いてなかった。駅前にカフェがない。商店街を歩いて、やっと古い喫茶店を見つける。
しかし、この選択あながちハズレでなかった。モーニングにふさわしくない新恋人の話題(もちろん彼女の)・・・今日の名言、「セックスはファンタジーの共有だから」。ゆで玉子コンコンしながら。レトロなカフェエプロンのレディに「ちょっと照明を落として」と頼みそうになった。いやはや、濃いわ~。痛いわ~。

2013年9月13日 (金)

予感的中石榴が口を割っている

二兎社公演「兄帰る」へ。
永井愛さんのお芝居は、さあ、あなただったらどうしますか?と突きつけられて終るものが多いけれど、この度のお芝居が一番痛かった。
草刈民代さん演じる次男の妻は、筋を通さないと気が済まず、家族からは「正論を吐く怪獣」と呼ばれている。・・・いるいる、こういう人・・・私です。それじゃあ世の中うまく渡れないということは分かってる、分かってるけど・・・。

金銭がらみのトラブルを起こして消息不明だった兄が突然帰ってきたところから、冷蔵庫が故障して水漏れがはじまるのが、家族の揺らぎの象徴として効果的だった。命を支えるものが腐敗していく・・・一家族内の処世と正論の対立は、社会の日本の問題でもある。
あと、気になった台詞は「文章は嘘つきか正直が上手い。真ん中はダメなのよ」。あ~、そうかも。

2013年9月11日 (水)

こんな日に相田みつをの喫茶店

はじめましての「京都番傘」へ。
ふた月ほど前に、谷垣郁郎さんから電話をいただいてお約束した今日。その郁郎さんが8日に急逝され、一昨日通夜、昨日告別式とは・・・。皆さん、さすがにお疲れのご様子ながら、懸命に句会をされていました。
郁郎さんからは、「いつも通りでいいから」と言われたけれど、選は難しかったです。そんなお話もしたかったなぁ・・・と思いながら帰宅。さみしいことです。

2013年9月 7日 (土)

逆立ちで正しい位置に戻す臍

ひょろんと白長いうどんのようなオジサンが、直立不動で文庫を立ち読みしている。
ん?脇にハタキ。ん?**書店のエプロン。ここの店員さんだ。
平積みの本を直しかけて、ちら見したらやめられなくなったのだろう。しばらく真剣に読んでいたが、ふいに我に返ったように閉じるや手早く山に戻して立ち去った。
いったに何に心奪われたのか・・・関心を抑えることができず見てしまう。「男が20歳若返る食べ方」・・・!

2013年9月 4日 (水)

散歩会@戒壇院、依水園

秋雨の奈良は、しっとり心に沁みて、吟行には不便だけれどとてもよかった。
でも、全国各地では今日も大雨や竜巻の被害が出た様子・・・皆さま、大丈夫でしょうか?

昼食のレストランの待ち時間にさらさら書いた句が抜けて、吟行中に言葉を選んで、時間をかけて書いた句がボツだった。そうか、そうだったのかと・・・今さら。


   九月の雨は鏡の裏に降っている

   去年いた人が蜻蛉になっている

   しあわせはすこしねむたい蓮の花

   神さまは明るすぎても見えません

   神さまのここにも青いポリバケツ

   なつかしいはさみしいね羽黒蜻蛉

   濡れて乾いて濡れて乾いてほとけさま

   蜘蛛の巣に蜘蛛いてすこし立ち止まる

   順番に呼ばれるカタカナで呼ばれる

   遠くへ行きそうな傘のなかの顔

   ずっと遠くの遠くの雨の降るところ


帰りは、娘と鶴橋で待ち合わせて焼肉を食べた。眼鏡屋に寄ってるとかで、駅で小一時間待たされる。あの、匂いだけでもご飯が食べられそうな匂いのなかで、ひたすら待つ。鼻先にエサを置かれ、「待て」をさせられる犬の気持ちがよくわかった。

2013年9月 3日 (火)

私に九月の青を足しておく

朝吹真理子「きことわ」。芥川賞の選考で、私の大好きな某委員が一人だけ大反対したそうだ。文体が似ているから?とも言われていたので、これは読まねば!と文庫になるのを待っていた。
まだ3分の2くらいしか読んでいないのだけど、文体は似ていない。雰囲気は多少似ているかな?どちらもひらがなが多めだし。でも、朝吹さんは、一文が長くてすらすら読めない。ものすごくつっかかる。しんどい・・・。
さらに、妙にくねくねした明朝体がうるさい・・・。新潮文庫さん、再考されたし。
今のところ平板なストーリーが、ここからどう展開するのかな?と思うので、最後までは読んでみよう。


久しぶりの、空の青が雲間からのぞく。
ここ数日、雨に囲まれて溺れる話を書いていたので、ふやけ気味。今日は、ぱりっと乾かそう。

2013年9月 1日 (日)

ふっと来てうしろ姿になる九月

ゴロゴロ・・・っと、雷鳴とともに九月がやってきました。

ブログをいつから始めたかしら?と確かめると、2007年9月8日からでした。(いかにも思いつきな、中途半端な日から!) もうすぐ、丸6年・・・。
所属していた結社がなくなり、川柳を続けられるだろうか?と思っていたころ。川柳以外の友人が読んでくれていました。
おかげで川柳は続き、いつの間にかラジオ体操的存在になり、更新しないと妙に気持ちが悪くなり、つまらぬことを書き綴ってきました。
ここ一年くらいでしょうか?終り方を考えるようになってきています。「潮時」ということばが浮かびます。

九月一日が、雨糸にぐるぐる巻きにされてゆきます。

« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »

無料ブログはココログ