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2013年10月17日 (木)

十月の自転車 尾びれ胸びれ

ある句会の合評で、私が点を投じなかった句について、「分からないところがあっておもしろい句はもちろんあるけれど、この句は分からなさすぎる・・・」というようなことを言った。それについて、「分からなくておもしろいと、分からなくておもしろくないの違いがよく分からない」という意見があり、そのときはうまく答えられなかった。
あれから、選の機会ごとに考えてきた。
分からなくておもしろい句には、分からないなりにヒントがある。色、音、匂い、味、かたち・・・想像をひろげる取っ掛かりみたいなものがある。思いや意味の詠まれていない句でも、句から立ち上がる景なり、空気なり、パワーなりに、何か心を揺らすものがある。そこの違いだと思う。

ただ、具象なりことばなりが、皆に共通の意味やイメージで使われていないときは、引っかかれるかどうか、読み手の感性が大きく左右する。
読み手を信頼できれば、川柳はもっとおもしろくなると思う。

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コメント

桐子さん

わかる
わからないより
おもしろいか
おもしろくないかでいきましょう。

政二さん

ついつい、わかる、わからないと言ってしまいますが、
そうですね、おもしろい、おもしろくない
ひびく、ひびかない、かんじる、かんじられない・・・ですね。

川柳以外の時間が、ますます大事になってきます。

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