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2013年12月

2013年12月30日 (月)

蒼蒼とひと冬分のインク瓶

今年、とうとうお節料理を作るのをやめた。
といっても父母がいるので、お重に詰めるだけのお節セットにちょこっと作り足して、手抜きお節を用意する。餅つきもしていた数年前が、はるか昔のことのよう・・・。
大掃除も手抜きだし、昔ほど新しい年があらたまらなくなってしまった。

そんなこんなで、何となくゆっくりムードの年の瀬。あとは、喪中はがきをいただいた人に、手紙を書くだけ。
日々のちいさな選択の積み重ねが今で、その先にきっと私の死もあるのだなぁ・・・と、そんなことを思う年の瀬。

2013年12月29日 (日)

沈みますあなたがやさしすぎるから  寺岡祐輔

深いかなしみや絶望に襲われたときは、その深さまで一度どっぷり沈んだ方がいい。けれど、溺れてしまうのではないか? もう浮き上がれないのではないか? そんな不安もあって、沈まないようについ踏ん張ってしまう。そんな時寄り添ってくれる人がいると、安心して沈むことができる。「わかった、わかったで・・・」友人に手を握られ、私も子どものように声をあげて泣いた。温かなその手につかまって、かなしみの底に漂うことができた。

昨年9月、神戸新聞「沈む」で特選にいただいた祐輔さんの作品とその日の評。

きのう、祐輔さんが亡くなられました。
祐輔さん、ありがとうございました。
ご冥福をお祈り申し上げます。

2013年12月27日 (金)

本文のインクあの日の海の色

年末恒例の本のかたづけ。
床に積んでいた本を、本棚へ。収まりきるように、古本屋さん行きを選ぶ。
かたづけていたら、あるがうえに買った本が4冊もあった。ユリイカ「川上弘美読本」、石田千「平日」、村上春樹「短編小説案内」、阿部公房「壁」。よく忘れるよなぁ~。読みかけの本は、15冊くらいあった。

そういえば、この家に引越しするときには、「ノルウェイの森」上下が3組も出てきた。赤緑赤緑赤緑を古本屋のカウンターに出したら、店員さんに気持ち悪そうな顔をされた。

それにしても、年々増える句集や柳誌を、皆さんどうされているのだろう??

2013年12月25日 (水)

O脚の膝のすき間に母がいる

今年の選句も選評も終了。残すはおたのしみの原稿1本。
急に、のんびりした気分になった。

「寺田寅彦随筆集」。文学的科学者の観察眼がとてもおもしろい。
例えば、電車の向かいに座った若い夫婦と赤ちゃんを見る。父と母はまったく似ていない。ところが、父と子、母と子それぞれの顔をじっくり見比べてから、もう一度夫婦の顔を見るとどことなく似ているように感じたとか。

夕べのイブは、スーパーの山盛りのチキンを横目に、ぶりのカマ焼き、白和え、水菜の焚いたん、かす汁というメニューにした。娘は、彼とカニすきを食べに行ったらしい。天邪鬼ぶりが似ている。

2013年12月23日 (月)

止まるまで揃わないブランコふたつ

知り合ってからは、10年くらいたつかなぁ?会って話したのは、5回くらいかな?電話もメールもしたことのない、Tさん。でも、どこかつながってるような気がするふしぎな人。
今日、6年ぶりくらいに会って、やっぱりそんな感じがして、なんでかなぁ?って考えた。
Tさんのことばには、嘘がない。ええかっこもしないし、無理に相手に合わしたりもしない。私もTさんには、とてもラクにしゃべることができる。それでかな?

Tさんのお知り合いという方とも少し話した。地域のボランタリーな活動について、「よく続いていますね」と話したときに、「なんでかなぁ?」と考え込んでおられた。続ける理由なんて考えたこともないって感じだった。
川柳をはじめて10年が経って、もう好きなのかおもしろいのかも分からないし、どっちでもよくて、そういうことを超えたところで川柳をしてる気がしている。
きっと理由なんてないようなところに、大事なことがあるんだ。

2013年12月22日 (日)

また一つ冬の活字になる名前

今日は、母の祖父の100回忌法要。
お寺さんが来られて、雑談しながら過去帳を開き・・・固まっておられる。「お亡くなりになったのが・・・、昭和16年・・・100回忌と違いますなぁ」
誰がどこでどう間違えたのか・・・。とにかくお経をあげていただき、おつとめをした。年末の時期でもあるしということで、親戚を呼ばなくてよかった。
母は、「確か私が小学生のときに死んだはずや・・・」って。それから100年経ったら、お母さん長寿日本一やないですか!

昨日は、老人会の忘年会。2台のマイクロバスで、近場の温泉へ。
集合に遅れた人を乗せて、やっとバスが出発。なんと、その人を探していた父と役員2名の3名が積み残された。もう、笑うでしかし!(横山やすしさんのお声をお借りしました)な日々であります。

2013年12月20日 (金)

父はまだ直立不動のままの海

まったくの個人的印象ですが、韓国ぽいなぁと感じたこと。
釜山水族館で、たとえばペンギン舎に、よ~く見ると動かないのがところどころにいる。本物と見分けがつかないような精巧な人形なのだ。食事に必ずついてくるキムチなどのサービスと同じく、おまけ精神からかなあ?
大水槽では「鮫の餌付けショー」があった。潜水夫が、鮫やエイ、クエの口に、エサを入れていくのだが、ショーの前にモニターでショートムービーが流れる。アクション映画のような大音響BGMに、潜水夫が戦隊モノのヒーロー仕立てで紹介される。超、カッケー!日本だと、歌のお姉さん、体操のお兄さんぽい人が出てくるところだ。
アマゾンの川からはじまって、ヒトデや貝に触れられるタッチプールがあるところなど、全体的な造りが京都水族館に似ていたけれど、随所に滲み出るお国柄がなかなか興味深かった。

2013年12月19日 (木)

魚でした水をキライになるまでは

釜山初日は、カニ屋さんが軒を連ねる市場へ。
とにかく大きな水槽にあふれんばかりのカニ・カニ・カニ。商店街の両側にずら~っと並ぶ。どこまでもカニ。通路の真ん中では、露天商のおばちゃんが盥や桶でイカやタラ、あわびなどの魚介をこれまた山盛り売っている。いったいどこのだれがこんなに消費するのか?
水槽を這い出て隣りの水槽へ移るカニ。盥からびょんびょん跳ね上がるイカ。だんだんとお腹の底から笑いが込み上げてくる。
ファーマーズマーケットも屋台街も同じく。都心にもとにかく飲食店が多い。おそるべき韓国の胃袋である。
覚えた韓国語は「メクチュ」=ビールのみ。言葉がまったく分からないというのは、逆に目の動き、心の動きがよく見える。友好的だなとか、ちょっとバカにされているなとか分かる。
ちなみにいちばん美味しかったのは、朝食に食べたアワビ粥。アワビのあのややこしい緑色のところが入っていて、ごま油風味で、お粥でビールが飲めた。

2013年12月17日 (火)

死にあかるさがあるとするなら銀杏の黄

夕べ、釜山食い倒れツアーから無事帰国。あ、つれあいも何とか行けました。
いや、韓国のエネルギッシュなこと!書きたいことはいっぱいあるのですが、締め切りが押し寄せてきているので、また後ほど。

そして、今日は句会。ハードスケジュール!
言われてみれば、私の句は叩いたら埃の舞うような古くさい句ばかりだった。
韓国の青年は、60年代のマッシュルームカットみたいなのに、黒縁めがねがわんさか。本人たちは最先端のつもりだが、私たちからみればレトロ。そのズレに近いものが、今日の私の川柳にあったような・・・。

2013年12月13日 (金)

噎せるほど笑って母の咳が出る

「川柳 宙」句会&忘年会へ。
部屋に入ったら挨拶をする間もなく、兼題、席題(印象吟)の投句、選、披講、雑詠の共選、合評、トイレ休憩挟んで、句報前号の鑑賞・・・。頭から尻尾の先の先まで餡子のぎっしりつまった鯛焼きのような句会であった。さすが大阪。コスパがはんぱない。さらに、お約束のツッコミが全方向から飛び交い、笑いも絶えない。
いい会だなぁと思った。川柳は、その短かさのせいか、油断すると楽しいだけのぐずぐずなあなあの句会になる危険がある。和気藹々とやりながらも緊張感を維持するのは、年月を重ねれば重ねるほどに難しいことだと思う。

忘年会で聞いたことば、「川柳はやむにやまれん気持ちで詠まなあかんと思う」。
からだの芯まで響いてきた。これから時間をかけて、しっかり感じ取りたいと思う。

いっしょに旅行に行くはずの夫が、仕事で事故があり徹夜になるらしい。行けるのか?私一人になるのかな?海を越えるので、やや不安。

2013年12月12日 (木)

わたしにもてのひらというあかるさ

あさって土曜日から2泊で家を離れる。
旅の誘いがあったときに、師走のど真ん中か・・・と迷ったが、まぁ何とかなるやろと決めた。
明日は句会、忘年会。まだ他に、投句もしなければならぬ。選句もしなければならぬ。おばあちゃんちのご飯も作り置かねばならぬ。

昨日の句会の席題「明るい」
苦吟して、ふと手をひらくとほの白くある。・・・ぢっとみつめる。(啄木か)
左手は皺が多くて複雑。右手の方がさっぱりしておる。あまり似ていない姉妹のようだ。

というわけで、川柳に戻らねばならぬ。

2013年12月 9日 (月)

無意識と意識を揺れる象の鼻

昨日は、管理組合理事会。どどどど~っと疲れて、気分転換に市立美術館の「ベン・シャーン」展へ。
さすが「線の魔術師」。すべての線に表情なり意思がある。
見たものをそのまま写すのではなく、どこかを拡大したり、縮小したり、歪ませたり、消す。そうすることで、よりそのものを伝えるのは、川柳にも通じる。
どこかさびしげな、切なく感じる作品を見てきて、ゆずの耳掃除に手に取った綿棒・・・その輪郭が仏さまに見えた。

今日も忘年会。忘年会の日は、おばあちゃんちに行けないので、前日に作りおきしてくる。カレー、おでん、クリームシチュー、豚汁、煮込みハンバーグ、南蛮漬け・・・そろそろネタが尽きてきた。

2013年12月 7日 (土)

母性愛でしょ食パンの青い黴

先日の忘年会は、新鋭の創作和食店に案内していただいた。
吟味された素材、器。目先の変った料理は、運ばれてくる度に「はぁ~」と声が漏れる。
なかでも一番驚いたのは、牡蠣と林檎のみぞれ煮。牡蠣と一口大の林檎が大根おろしをたっぷり入れた出汁で煮てあった。
正直に言って、驚きはあったけれど、美味しいかどうかよく分からなかった。
数日たった今、もう一度食べたいかと問われると、牡蠣も林檎も他の調理法で食べたいと思う。誰かに食べさせたいとも思わない。

川柳もたくさん句を書き、読んでくると、つい新しいものを求めてしまう。新しさに飛びついてしまうところがある。
何度も読み返して味わいたい句か?誰かに教えたい句か?驚き以外のものもよく味わいたい。
そんなことを思いながら、牡蠣フライを作った。泡立てた卵白で衣をつけると美味しいと聞いたので試した。やっぱりひと手間加えただけのことはある!ふわサクッとジューシー!こういう新しさもある。

2013年12月 6日 (金)

思い出しすぎないように伏せておく

赤ちゃんのウンチの匂いが漂ってきた。
まだおっぱいしか飲んでいない、黄色いウンチの匂い。
なんで?と思ったら、ご飯の炊き上がる匂いだった。

急に思い立って母に電話した。さらに元気になっていた。

2013年12月 4日 (水)

散歩会@二条城

今年最後の散歩会。
がらんとした桜の園を抜けて、しばらく大銀杏の下に。
はらはらと舞う葉にやさしくされているようで、動けなくなる。
晩秋の光に照らされた落ち葉があまりにうつくしくて、
胸の内から何かが溶け出すようだった。

  一日の縦に縮んでくる師走

  ぴんと水引っ張り合って冬支度

  葉を落とし冬のこころになる桜

  くすくすと無邪気の刺さるピラカンサ

  紅葉に染まる昨日の恥ずかしい私

  大銀杏「ところで」と言ったきり

「特定秘密保護法案」に反対する表現人の会

「特定秘密保護法案」に反対する表現人の会、声明に賛同いたします。

http://anti-secrecy.jimdo.com/

2013年12月 3日 (火)

やさしくてとびきりむごい笑顔です

夕べは、忘年会。出かける仕度をしていたら娘からメール。
「今日何かある?」「北新地で忘年会」
「何時に出るん?」「もうすぐ出るよ」
「すごい勢いやな!」
ん?と送信メールを見たら、「猛すぐ出るよ」。
気合い入りすぎ~!

迷いに迷って引き受けた仕事の件で友人からメール。
「引き受けてくださったと聞きました。ありがとうございます」
「ハルカスから飛び降りる気持ちでお受けしました」
「ハルカスは、まだ展望台ができていません」
まだかい~!

2013年12月 2日 (月)

火気厳禁かあさん乾ききっている

10日締め切りの句を、早々と昨日送った。
手放してしまわないと、次の宿題に集中できない気がしたのだ。
案の定、夜になって一文字変えたくなり、修正のメールを送る。そして、今朝また別の句を直したくなる。さすがに、連日の修正は気が憚られ、カレンダーの8日に、**の句修正メールと入れる。

夕べ、父の好きな大根の漬物を作ろうとしたら、酢が足りない。大根漬のためなら、よっしゃよっしゃと父がおつかいに。
しかし、買ってきたのは「寿司酢」であった。夫にこっそり、買い直しを頼む。最近、酢はいろいろあってややこしいから、くれぐれも間違えないようにと念を押す。「小学生のつかいちゃうぞ!酢やろ酢」と出かける。
買ってきたのは、「カンタンいろいろ使えま酢」という合わせ酢。だ・か・ら!!(どいつもこいつも)・・・と結局、自分で買いに行く。
お肉をおいしくする酢から、らっきょう、かに、南蛮漬け、ドレッシング、マリネ・・・酢が増殖しておる。酢は酢で足りるのに・・・。寿司もピクルスも作らなあかん。

2013年12月 1日 (日)

屋上の鳥の飛ぶのを待っている

迷っているうちに、師走に突入。
一つ躓きがあったせいで、いろいろなことの決心がにぶり、結論を出すのに時間がかかってしまった。簡単に言えば、自信がなくなっていた。
ええいっ!と一つ心を決めて、やっとこさあれもこれも片付けた。これが今の精一杯やから、しゃあないやん、私・・・とようやくのこと。

「川柳 洋子の部屋」ゲストの椅子の怪しい文章は、あたらしく「川柳百物語」のカテゴリーに入れました。「短歌百物語」の思い切りパクリです(笑)
月1編で100編までは10年ほどか・・・、それまで洋子の部屋を続けていただかないと・・・。

ひとつぶの青い雫になる小鳥

ある朝、ベランダの物干し竿に止まっていた、青い鳥。そっと両手で包むと、簡単に捕まった。

ペットの鳥が逃げ出して、餌がとれずに弱ってしまったのだろう。随分前だが、十姉妹を飼ったことがある。古い鳥かごを引っぱり出してきてそっと放すと、鳥は古巣に戻ったかのように止まり木に止まった。

 1週間ほどたっただろうか?何気なく「おはよう」と声をかけると、「オハヨウ」と返ってきた。しゃべれるんだ!
 他の言葉も知っているに違いない。それからは、たくさん話しかけた。

「いい天気だね」「ダネ」「ごはんだよ」「ダヨ」「おやすみ」「オヤスミ」・・・小首を傾げる仕草が、言葉を必死に思い出すようでおかしい。時にはオウム返しではなく、「タシカニ」などと新しい言葉を口にして驚かせた。

 ランチのパスタに水菜を洗っていたときだった。「シノウカ」という声がした。

 そうだ、あの日も私はここに立っていた。ソファに座っていたあの人が、独り言のように「死のうか」と言った。水音で聞こえないふりをして、「雨止んだ?」と聞いた。あの日も、雨が降っていた。

 それからというもの、雨の日に水を使うと「シノウカ」と呟くのだった。

 「シノウカ」・・・「そんな気もないくせに!」、とうとうあの日言えなかった言葉を叫んでいた。鳥の青が、さっと深くなる。「ごめんね」「ゴメン」。それから鳥は、一言もしゃべらなかった。

 翌朝、鳥は首を捻ったようにして、鳥かごの底で冷たくなっていた。

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