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2014年1月

2014年1月31日 (金)

一月尽

今日締め切りの作品をやっと送信。
題詠の作品は、題をとっかかりに想像をひろげていけるのだけど、自由吟、それも10句とかになると、書き始めるまでに一苦労。
ネットを徘徊して、古本買ったりなんかして、小説やら漫画やら絵本やら読んで、餃子とかクリームコロッケとかわざわざ手間のかかる料理を作って、自己嫌悪に陥って、やっと二言三言書きつけて、それでまたふらふらして、急にトイレ掃除したりして・・・二言三言をちょっとひろげて・・・を繰り返す。
1月はそんなことばかりして、句会へもほとんど行けず妙に長かった。
2月は鑑賞や書評がつづく。今年は、これまでとはちょっと違う川柳活動になりそう。それが、どう影響するのか・・・。たのしみにしよう。

2014年1月27日 (月)

青年団公演「もう風も吹かない」

パンフレットより。「202X年、架空の青年海外協力隊第四訓練所。この年日本政府の財政は破綻寸前となり、全ての海外支援活動の停止が決定される。最後の派遣隊員となる青年たちの訓練生活の、その寂しく切ない悲喜劇を通して人間が人間を助けることの可能性と本質を探る青春群像劇。 作・演出 平田オリザ

継続支援もできないのに行く意味があるのか?自分が本当に役に立てるのか?揺れる隊員。辞めていく隊員。妊娠の発覚する隊員。・・・本当の支援ってなに?人を助けるために、何を犠牲にできるのか?次々と問われるお芝居だった。
余韻に浸っていたかったけれど、私には「何でもええからわしらを助けてくれ~」と言う、じいちゃん、ばあちゃんが待っている。ホール向かいのスーパーで、はたはたやら茄子やらしめじやら買って、急いで人道支援に向かった。
支援隊員の一人に、ルワンダに派遣される俳句隊員がいた(もちろんフィクション)。ときどき俳句をひねるのだけど、ちびまるこのおじいちゃんの心の俳句なみで、個人的なツボだった。

2014年1月26日 (日)

神戸新聞文藝年間賞表彰式

エッセイで受賞された方は、お父様が短歌をなさっていたそうだ。病院のベッドでも歌を詠まれ、おつれあいがはがきに清書して新聞に投稿。さいごの歌は、四十九日も終えてから特選で掲載され、仏壇に新聞が供えられたのだとか。そのことがきっかけで、自分も何か書いてみよう・・・とエッセイを書き始めたと話されていた。

式後に歓談していると、海から山裾へ大きな虹。みるみる空に溶け入るように消えた。それからまたしばらくすると、さっきより大きな虹。
一編の文章や一首、一句は、だれかとだれかや、だれかとなにかを、この虹のようにつなぐのね・・・と思った。

2014年1月25日 (土)

目を閉じるあなたを零さないように

名古屋の父から、インフルに用心コメントをいただいた翌日・・・ノロか?の症状。胃腸の風邪か更年期か?ってことで、大事には至らず。けれど異常にねむくて、おかしな夢ばかり見続ける。
「金魚」の句を考える夢(どこにもそんな題ないんですけど)。ベランダのエアコン室外機が盗まれる夢。船から落ちかけて柵に掴まったままなんとか岸にたどり着く夢。笑ったのは、家に向かって来る男に、2階の窓から「サイテー!」と叫ぶ夢。男は、私が別れを告げた直後に、妹とつきあいはじめたFだった。別れたのだからと言い聞かせても、それはイヤだったのだ。それにしても30年以上も前のこと。どうでもよすぎるではないか。しかし、胃が軽くなっておる(笑)
ああ・・・夢に費やした二日分を取り戻さねばならない。

2014年1月22日 (水)

つづきの会吟行@京都文化博物館

花人、川瀬敏郎さんの生花とその写真のブースでほとんどの時間を過ごす。
出句は7~10句。紙に手書きで並べた句を、そのままコピーして選句。作者の分かる選もはじめてだった。皆さん10句出されたが、私は8句のみ。

いつもの花の句とは趣が異なる。人の手で生かされた花、さらに写真として完成された花を見て書くとこうなるのか・・・。

   花びらのゆるくみだれている浄土

   杜若に匿う式守伊之助

   床の間に飾ったうつくしいかかと

   白菊は耳を冷しておきなさい

   白椿ぽとん 前髪ぱっつん

2014年1月20日 (月)

勝ちたくも負けたくもないウエハース

ブログをお休みしていたら、「大丈夫~?」とメールをいただいた。
ありがとうございます。元気にしております。うろうろするついでに、パン屋巡りもしていました。

1,17は、ちょうど神戸で用があり、センター街で白いストックを献花することができた。
最近、神戸でお気に入りのパン屋さんは、北野の「サ・マーシュ」。特にハード系のパンが美味しいと思ったら、「コム・シノワ」の姉妹店(?)らしい。

土曜日は、京都。所用を済ませ、北山通りを散歩。「マリーフランス」のパンは、安くておいしい!店内で、「ピシピチッ、ピチピシッ・・・」ちいさな声。何かと思ったら、焼きたてフランスパン。鳴くフランスパンはおいしいのだとか。

地元伊丹は「komachi pan」。パンの種類が豊富で、かわいいパン屋さん。

俳句、川柳、短歌、詩の、分解されたことばを読んだ。それに習って、自分の句のことばも分解してみたら、ものすごく弱いというか貧相。ことばのツメが甘すぎる・・・かなりショックだった。もうブログに句をあげられないくらいのショックだった、実は。

2014年1月15日 (水)

火事を見ている 狼になりながら

お寺の角を曲がるときに、塀の内側から焚き火の匂いがした。
むかしは冬になると、あちこちで焚き火をしていたけれど、今は消防署に届けないとできない。
父が田んぼで藁を焼いていたら、巡査さんがやってきて、近所の喘息の方から通報があったのですぐにやめるよう注意されたそうだ。これは農家の仕事で、消防署にきちんと届けもしている。ならばその方の留守にするので、連絡先を教えて欲しいと言うと、匿名の電話だし、分かっていてもプライバシー保護云々で教えられないという。とにかく今日は今すぐやめてくれ、それはおかしいの押し問答を続けるうちに藁は焼けてしまったのだとか。
むずかしいなぁ・・・。直接話せたら、解決法もあるのに。

今日はどんど焼きだった。大きな火を見たいと思いながら、行きそびれてしまった。

2014年1月13日 (月)

海岸線ほどく 青い文字ほどく

先日の新年会で、職場の親睦旅行の思い出話が出た。
むかしは部署ごとに積み立てをして、年一回は親睦旅行に出かけた。部署以外にも、同期や学閥やサークルやあれこれあった。
30年ほど前に、職場の旅行へマイカーで行きたいという若者が出始めた。旅行には参加するけれど、団体行動はしたくないと。それから数年後には、「これ(親睦旅行)は仕事ですか?」「参加は強制ですか?」と聞く若者が現れ、泊りが日帰りになり、宴会になり、そんな文化も廃れてしまったそうだ。

私も当時、それがたのしかったかと問われると疑問だ。でも、不思議なもので、今になるとものすごく懐かしい。
忘れもしない淡路島の民宿に、課で旅行に行ったとき。前夜へべれけに酔った係長が、朝から青い顔をしてお腹の具合が悪いと言う。下っ端の私は「ちょっと浣腸もろてきて」と頼まれた。うら若き乙女に浣腸て・・・。宿のおばさんに小声で尋ねる。「あの~・・・浣腸ってありますか?」「はぁ、カンチョーな。今日は5時半くらいやな」「・・・・・・あ・・・、あのそっちの干潮じゃなくて、あの、そのお尻に・・・」。
とまあ、思い出話には事欠かない。いい悪いは別にして、人に触れた気はする。

2014年1月12日 (日)

しょうもないこと覚えているね花八つ手

まとまった作品を書かないといけないので、一人吟行へ。
神社を抜けて遊歩道へ向かっていると、前から満面の笑みを浮かべた男性が来る。阪急伊丹線とKスーパー駅前店では有名な、女性と話したいおじさんだ。スーパーのレジ係の女性たちは慣れたもので上手にあしらっておられるが、電車のなかでは気味悪がって席を立つ人を何度か見かけたし、「あっち行け!」と怒鳴った女性もいた。話しかけてくるだけなのだけど、私も日ごろは避けている。
「おねえさん、この前会ったね」で、目が合ってしまった。曖昧な会釈をしながら歩くスピードを落とさず、すれ違う。そのとき「気をつけてね」に、思わず「ありがとう」と返した。背中から声がする。「また来てね」「は~い」「また会ってね」「は~い」・・・。あ~、むかし地域にはこういう人もいて、みんな心得てつきあっていたなぁと思う。

30分ばかり歩いて公園の古池へ。ここは囲いも何もない昔ながらの池。寒くてほとんど人はいない。水辺のベンチに腰掛けると、水面がやさしくはね返す光がよく見える。やがて鳥の羽音や落ち葉が水に落ちる音も聴こえてくる。水鳥のくちばしの先の雫も輝いている。ねむ~くなるくらい、静かな時間のなかにいる。夕暮れまでいたいけど、ご飯の支度をしないといけない。
それから池のまわりをゆっくり2周して、近くの天満宮にもお参りして帰った。あたらしいパン屋さんも見つけたので、今年の長い散歩コースにしよう。

2014年1月11日 (土)

亡き人のくちびる 一月の花片

Img_7455 先日、下関の「海峡ゆめタワー」に上った。

いちばん興味を引かれたのは、高杉晋作(中央に座っている人)の奇兵隊写真。
左から2番目の人は、懐中時計をカメラに向けている。左端の人は、真剣を立ててモデル立ち。ヤンキー座りの原型とも言える高杉晋作の足の開きといい、それぞれに強い男を表現したキメポーズである。

 おもしろきこともなき世をおもしろく

晋作の辞世の句は沁みる。

2014年1月10日 (金)

餅を搗く意味をなくしてしまうまで

初ジムにて初エアロ、初ズンバ。
ズンバのjunko先生、年頭から「ついに彼氏ができました~!」と、キレキレのダンス。恋の力ってすばらしいなぁ~。
お正月以来、やっとほんとうにお腹が空いた。これまた初お餅。焼いて食べたけれど、なんか昔のお餅とは違う。水くさいというか、お餅の味がしない。
夜は、大昔の職場の先輩方と新年会。血圧、血糖値にγGTPに・・・脊椎菅狭窄や動脈瘤や・・・と、医院の待合室のような会話。そして古きよき、ある意味はちゃめちゃだった職場の思い出話。私の話題はお酒の武勇伝ばかりであった。みんなを駅へ送り届けながら、この会が長くつづきますようにと思う。

さてこれから、この前選をさせていただ時のボツ句を見直す。なかなかドキドキするのですよ、これが。

2014年1月 9日 (木)

歳月というやさしさのあり綿ぼこり

昨日、遅ればせながらの初句会。京都は「草原」へ。句会がつづくので帰ろうと思っていたら、お久しぶりの方々に「ちょっと行こ」と声をかけていただく。「じゃ、1杯だけ」とひょいひょいついて行って、1+1+1杯になったところで娘からメール。京都にいるなら、会いに来るという。一昨日、下宿に返したばかりなんですけど・・・。
腹ペコ娘と焼き鳥やへ。私は、お腹もいっぱいなのでほとんど食べていないのに、お勘定がやけに高い。レシートをよく見ると、お通しが450円×2人。お通しって、なすびの炊いたんが2切れと、大根おろしになめこがちょこっとのってただけなのに・・・高っ!焼き鳥の値段で手頃な店とばかり思っていたら、ビールも高かった。値段も見ずに注文していた(笑)
ところで、お通しって断れるんですって。夫の友人は、お店に入るなり「お通しいりません」と言うらしい。それで、すんなり通るそうです。

そして今日、京都は「たけのこ」の勉強会へ。昨年、カリスマ的指導者が突然亡くなられて、周囲が会の存続を危ぶむなか、会員の方々はいかに続けるかしか考えておられなかった様子。着々と新体制を築き、勉強会のあり方も模索しておられる。今、いちばん熱い句会かも・・・と感じた。
「川柳を教えることはできても、情熱は教えられない」。師、時実新子のことば。教われないものであり、受け継ぐものなのだろう。
会員のA子さんは、なんと92歳!一人暮らしのスーパーグランマ。一回り以上若くみえる。帰りに駅までごいっしょすることができた。最近こころに残ったという堀口大学の詩や、仏教の教えを諳んじ、戦後、嫁入りの着物を米と交換して(新品1枚が米3升だったとか)3人のお子さまを育てた話を語ってくださった。どのお話もからからと明るくて、やわらかくて力強いお餅のようなパワーをいただいた。川柳界の金原まさ子現る。なんだか、とてもいい日だった。

2014年1月 7日 (火)

あたらしき闇におかがみふくらはぎ

佐賀の母を迎えに行って、大分は日田温泉へ。完全復活に近い回復ぶりで、いきいきと闘病を語っていた。
翌日は、下関のふぐの宿でもう一泊。息子や娘から、私の子育てについて、本音を聴くことができた。自分の受けた子育てに反発するも、どうも反対へ振り切ってしまっていたようだ。結局は、自分の受けた子育てしかよく知らないわけで、振り子のように子育ては連鎖してしまうのだなぁ・・・。子という私、親という私を考えるとき、私は限りなくちいさくなってゆく。よく見えなくなる。
「お母さんは、ガチ(マジメ)すぎ。気楽さが足りない」とも言われた。そうなんだろう。気楽さは、きっと包容力であり、やさしさだろう。的を得た指摘だと思う。気楽さ・・・ほしいな。ガチで気楽さを追求しよう(笑)
そして昨日、帰宅。夜に急な来客を迎えることになり、旅行の荷物を解く間もなくバタバタと家をかたづけ。客人を送ったあと、娘を送り出し、長いお正月やすみが終了。

今朝、ふとんから日常に出てきた。きれいな空。いつものコーヒーの匂い。・・・さ、気楽にに気楽に。

2014年1月 3日 (金)

父を素通りする朝昼夜朝

川の水も夜空の星も、透き通ってみえた一月一日。

毎年のことだけれど、この日をゆったり過ごすのはむずかしい。お節をつつきながらお酒を飲んで、みんなはいい気分でTVを見たり、うたた寝したり。その間に台所をかたづけ、お節を詰め直し、夕飯の準備。ぜいたくな話だけれど、子どもたちはお節を食べないので、他のごちそうを用意する。リクエストがあると、つい張り切ってしまう。
今年は、韓国海苔巻きだった。具材をあれこれ準備して、さあ巻くぞ!と思ったら、巻き簾がない?!この前使ったのに・・・。実家は、とにかくモノがなくなる。自分に必要のないものを捨てたり仕舞いこむ人が多いのだ。あったはずのモノがない事件には慣れているけれど、元旦からか・・・と気が滅入る。
そこらじゅうひっくり返し、すったもんだの挙句に、元旦からご近所に拝借(笑)。そして、食べて、またかたづけて・・・お正月が過ぎる。

昨日は、娘の買い物のおつきあい。ものすごい人、人、人。休憩したくても、カフェもレストランも人、人、人。トイレも人、人、人。そんな中、妥協を許さずブーツ探して三千里。デパートの閉店間際にやっと決めたらサイズがない。そして今朝、そのブランドの取り扱い店を調べて、デパートに電話をかけまくる。明日から九州だからと、博多阪急、博多大丸にまで電話(爆)。遂に千里阪急という、穴場中の穴場に在庫あり。お父さんをアッシーにして、買いに出かけた。これだけの執念を他に生かせないものか・・・。

明日から、母に会いに九州へ。年末年始にたくさん届いた柳誌を携えて行ってきます。

2014年1月 2日 (木)

折り返すもう戻れないところから

箱根駅伝を、静かに静かに見る。
忘れもしない去年のスタート時点、TVに向かって「C大(夫の母校)、N大(妹のつれあいの母校)には負けるな!!」と、ビールを飲み干して激を飛ばした。
と、ととととと、なんとN大30年ぶりの優勝。C大は低体温と脱水で初めての棄権!!!
私のつまらん対抗意識への懲らしめに、神さまがあのような結末にされたのでは・・・と、一年間反省してきたのでありました。
「みんなガンバレ~!」と、応援しております。

植物園の半券に似た終わり

新しいメールアドレスに、明らかに私宛てのものでないメールが届く。よその大学の連絡、メンズショップのDM・・・。名前をもじったこのアドレスを、先に使っていた人がいるのだろうか?
 
と、今度はやけに親しげなメールが入った。どうやら友だちらしい。宛先が違うこと。他にも届いているメールを、本人に転送したいことを返信した。
 
ほどなくご本人からメール。名前に同じ文字を持つ、3つ年下の大学生だった。 
 
一度、会いませんか?と誘ったのは私。親友に恋人を奪われ、ショックから仕事のミスが続いて、バイトはクビに。断ち切りたいものがありすぎて、アドレスも変えたのだ。こんな私と共通点のある人が、しあわせかどうか確かめてみたかった。
 
秋晴れの当日、現れたのはどこにでもいるような大学生。拍子抜けしたと同時に、どこかで会ったことがあるような気がした。
 
落ち葉の積もる自然林をしずかに案内してくれる。クシャ、サクッ・・・カサカサの私の毀れる音がする・・・。強く強く踏みしめて歩いた。会話は途切れがちだったけれど、ふしぎと気にならなかった。
 
彼はしあわせそうでも、ふしあわせそうでもなく、ときめく対象でもなかった。ただ、懐かしいような穏やかさに満たされた。落ち葉の匂いのせいだろうか?
 
翌朝、屑かごの中の植物園の半券が目に入った。なんとなく拾って、なんとなく庭に埋めた。
 
あれから半年あまり。あの場所、そう半券を埋めた場所に、見慣れない草が生えている。彼とはあれきりだ。そういえば・・・・・・私には生まれなかった弟がいた。たしかそう母から聞いた。

2014年1月 1日 (水)

鐘の音の生まれる前へ還りゆく

おだやかな気持ちで、鐘の音を聴いています。
あたらしい年、笑っていきましょう。

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