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2014年2月

2014年2月27日 (木)

うらうらとらをもて遊ぶ駅の鳩

「点鐘の会」勉強会へ初参加。
前半、墨作二郎氏のお話を聞く。岸本水府さんの「水府」は、煙草の名前。家業が煙草屋であった話など、川柳豆知識から、六大家をはじめ古い柳人との交流を通した川柳観、人物像など、川柳の歴史の一端に触れる。驚異の記憶力!声なり、文字なりで、残しておかなければと思うが・・・、どうしたものか。

後半は、即吟と互選。1題約5分、出句無制限。互選では、逆選(×の句)1句も選ばなければいけない。佳句から秀句に絞り込むことはあっても、ボツ句からボツ句中のボツを選んだことはない。しかも、ボツ句などないような中から。この句はやや平凡か?と×をつけようとすると、裏に深い意味が隠されている気がしてきて迷いに迷う。
吹っ切ってくれたのが、「×は勲章やもん。もらわな!」の声。そうか、思い切って書き、思い切って選をするトレーニングなんだと肩の力が抜けた。

題2ラウンドの題は、「か」と「ら」。ひらがな1文字!タイトル句は、「ら」の句。清記のコピーが配られ、こんな書き方もあるのか!と驚くやら感心するやら。これはリベンジしなければ・・・と密かに誓う。

私も勲章もらいました。しかも作二郎先生から(自慢!) 題「硝子」(○2、×1)
   一行を加えて硝子切り落とす 

2014年2月25日 (火)

寒椿落下基礎点技術点

ねじまき句会「点」に出した句。
欠席選句を待つうちに五輪が終わってしまい、おもしろみも半減してしまった。

一輪の椿も、気象条件や見る人の感性・・・、あらゆる瞬間の重なりで物語を生むこともある。

2014年2月24日 (月)

パートナー

去年からはじまった川柳の仕事がたのしい。
担当はアヤパン似(美人!)の若い女性で、最初は少々不安に思ったのだけれど、どっこい素晴らしく仕事がしやすい。
選評を送ると、素直にうれしくなる感想がひと言ふた言添えられてくる。ときには「見つけ」って何でしょう?と、初心者目線で表現の指摘もしてくれる。仕事が早く丁寧で、彼女の仕事ぶりに学ぶことはとても多い。
投句も増え、読者の反応も好評で、新企画も進行中。メールのやりとりながら、ともに作り、ともに育て・・・こんな歌あったな。♪ともに歩き ともに探し、ともに笑い ともに誓い、ともに感じ ともに選び、ともに泣き ともに背負い、ともに抱き ともに迷い、ともに築き ともに願い、そんな日々を描きながら~、「永久にともに」(コブクロ)な仕事をさせていただいている。

管理人さんには、感謝もことばも足りなかったことを詫びた。
「プロ野球に例えたら、管理会社はフロント、私が監督兼プレイヤーなんです。全てを掌握して、判断できるのは私しかいないんです。そこを分かっておいてください」ということを、懇々と諭された。ちょっと違うと思うけど、過去の理事長も面倒だから任せてきたのだと思う。とり立てて、生み育てたいものもないし。もういいや。

2014年2月23日 (日)

つづきのつづきのつづき

句の批評を重ねるうちに、自句に対する同じことばに出会う。
「うつくしい系」「ゆるい」「無欲」。このあたりが私の個性だろう。
「厚かましさが足りない」「ここから跳ぶ」。そこが課題。

読み手との共感性にもたれて書くところから抜け切れない。
繰り返し繰り返しプリントされてきた、他者と共有しやすい強い記憶でなく、
埋もれてしまっている、ぼんやりした私だけの記憶・・・。
今、感じたことへ、そっちを取り出して書けるようになったらなあ・・・。

つづきの会の復習をしながら考えたこと。
つづきの会のブログが引越ししています。
何のおもてなしもできませんが、お立ち寄りください。
→ http://tuzukinokai.cocolog-nifty.com/blog/

2014年2月22日 (土)

ほとり

 
 ある日とうとうひとり来た水辺

 北風がじゃれるさみしい子のように

 レシートの裏の水鳥たちの声

 私よりやわらかい石ぬくい水

 そこなのに声届くのに水の向こう

 てぶくろの犬の匂いを嗅いでいる

 立ち上がるきっかけのない冬ベンチ

 たっぷりと影を薄めてくれた水

 うらうらと死はひらがなになる水面

 極めれば退屈もひかるひかる

2014年2月21日 (金)

しっぱい?

管理人さんから管理組合長名で、掲示したいという書面を預かった。A4横書き、小さめの文字で5行に渡るひとつながりの文章。読みにくいと思って、文章を3つに切って改行も入れて作り直し、「ちょっと、私の文章に直させていただきました」と渡した。
「元、××記者の文章直されたん初めてや」と、明らかに不服そうだった。(短期ながらマスコミ関係に就いたことがあるらしい)
そのとき同時に、別件の文書についても、理事会の決定事項と内容が違うので修正したい旨を伝え、そのときは了承された。

夕方、電話があり、過去の経緯も含め一番よく分かっている私が、住民のことを第一に考えて最良と思うやり方を示唆しているのに、どうしてそのように進めないのか?今日も、管理人室で座って話しましょうと言ったのに、立ち話ですませたのはどうしてか?なぜ私の話をゆっくり聞かないのか?など、40分も問いただされる。
すべては理事会の場でオープンに話し合いたいという私に、理事会以前に私からの情報とアドバイスを元に方向性を決めておくべきだと言い張る。これまではずっとそのやり方でスムーズに流れてきたのに、おかしいと。
話の折り合うところが見出せなくなって、「もう、おかしくていいです」と言ったら、キレられてしまった。

文章の添削が、男のプライドを粉々にしてしまったんだな・・・。
任せておけばいいものを、これも私の「ガチ」な性格が災いしているのかな?

2014年2月17日 (月)

欲しい

新聞柳壇、題「欲しい」の選句中。
ご高齢の方の投句が多い。外に出たい。歩きたい。話したい。笑いたい・・・切実な欲しいが白いはがきにある。
伊藤比呂美さんの「父の生きる」のお父さまのことばを思い出す。「来るときは、前もって言わないで急に来て欲しい。待つのが長いんだ」「今死んだら死因は『退屈』だね」「犬の触れているところだけがあたたかい」。
目が湿って、喉の下がふくらんできて、小休止。まだ7分の1だというのに・・・。

2014年2月16日 (日)

しびれる

吉岡実『「死児」という絵』(1980年版)を、2,000円で入手した。
闇夜の藤のような色の布張りで、手にするだけで首筋の伸びる気がする品のよい本。
文章もまた、「・・・私のような者の孤独は精神の孤独だが、釣をするこの男の孤独は、肉体の孤独をも合併した充実した姿に思われた。魚とはなにより淋しい生き物。骨も肉も血、そして形態も幻想的だから。」・・・深遠にして格調高くうっとりする。

明治から昭和初期生まれの文人の文章が好き。「失敬」「心いぶせき」「家移り」「「不来方」・・・このような言葉に胸がきゅんきゅんする。

2014年2月14日 (金)

雪をみている。
さっきまで、絵本のような雪が降っていた。
今は、もう少しちいさな雪。大人の雪。
雪のせいか、待っている郵便が届かない。

朝、役所で定例の会議。メンバーは、男性3人、女性3人。
私以外の女性が、男性にチョコを用意していた。
このテの儀礼に無頓着な私も私だけど、必要なのか?
傘に降る雪が、ちいさな声をあげた。

2014年2月12日 (水)

「父の生きる」

詩人、伊藤比呂美さんがカリフォルニアから、ひとりになった熊本の父を超、超遠距離介護した4年間を綴った一冊。内容についても、また書きたいけれど、今日はタイトル。

「父の生きる」・・・「父の」?・・・日本語としては、ちょっと不自然さを感じる。
例えば、「父は」「父が」にすると、一般的な主語、述語の関係になる。
「父の」とすることで、父と生きるは並列。父が、いのちになっている。
本を読めば「父の」に深く納得する。ここは「の」以外にない。
川柳でも、この小さな助詞で一句のニュアンスは大きく変わる。たった一文字のこと。

2014年2月10日 (月)

ラブレター

「鑑賞ってラブレターですよね~~。一方通行の」。
そう書かれたファックスが届いた。

ラブレターか・・・。
自分が受け取る側なら、どんなのがいい?
それは、やっぱり正直な手紙だとおもう。
過剰な演出も、借りてきたことばもいらない。自己陶酔はごめん。
素直に想いの綴られたもの・・・かな。

虚飾がないか、推敲している。

2014年2月 9日 (日)

ウガンダ

メールをひらいて爆笑した。↓

桐子さんの1月27日ブログに
 「ルワンダに派遣される俳句隊員がいた・・・」というくだり、
実は私、2年前にルワンダへ行ったのです。
「川柳の普及に・・・」ではないのですが、とにかく行ったのです。
そのことを友人達に話すと
次に会った時に言われるのは「ウガンダの話聞かせて・・・」となります。
10人中8人位の割です。
そんなことも忘れていたのですが、
2月8日の桐子さんのブログ見て思い出しました。
ルワンダがウガンダになる法則。
(注:訂正したけれど「ウガンダ」になっていた)
論文書けそうな発見です。

昔、バンクーバーから帰ってきたときに、
おじいちゃんから「ラングーンはどうやった?」
と聞かれたのを思い出しました。
カタカナ語のあやしい年代に突入しておる。

これからも、皆さまからのツッコミをお待ちしています!

2014年2月 8日 (土)

白い炎

ブログを休みがちになったら、何を書けばいいのか分からなくなってしまった。
え~、とにかく寒い。

おじいちゃんちに出勤しているので、時間がこま切れで、筆ののってきた頃に中断しなければならない。夜、つづきを書いたら、微妙に空気が変わっていたりする。スーパーで「こまぎれ」肉のパックを手に、「ほんまに」とわけの分からんことをつぶやく50代女を見かけたら私です。
なのにである。なのに、おばあちゃん「あんた、こんな寒い日によう来るなあ」ってか。誰のために来てるんですか~~~!もう、ルワンダへ川柳隊員で行くぞ!(シニア海外協力隊ね)と、白い炎を吐いたのであった。

そして、管理人さんとの意思疎通がうまくいきません。立ち話や、電話や連絡ノート・・・と、過剰なまでの充分すぎる報告、連絡、相談がありながら、今日も一番大事なところが押さえられておらず問題発生。さらに、彼自身の運動歴、職歴から、特技などプライベート情報はいらん。と、言いたい!どういう言い方をすべきか考えながら、今日のところは白い炎を吐いた。人間ポンプか。

久しぶりに書いたら、やっぱりなんかおかしいな。

2014年2月 5日 (水)

散歩会@生國魂神社

陽の光は春なのに、雪が舞う。
冬と春は、互いをもう少し感じ合いたいみたい。
からだが冷えてくると、さみしい言葉が出てくるのですね。
冷えは大敵。悲観的になるかも。


   水仙の喉の深さに春はある

   神さまのことばは白く結ばれる

   こんなはずじゃなかった空は青かった

   ぬけがらになった えいえいんになった

   春はまだ浅くて溺れられない

   口紅のべちゃっとついている名前

   そんなんじゃなくてからみつくうどん

   オフレコの話をつつむ蕎麦の湯気

   かなしみにぬくもることもあるそば湯

2014年2月 1日 (土)

よく笑う毀れはじめているらしい 

動物園のゲートの前は、すぐに横断歩道。いっしょに出てきた子ども会の団体であふれ、一瞬母を見失った。

母は妹の手を引いて、横断歩道を渡り終えようとしている。大慌てで追っかけた。

さっきも猛禽類のところで白い梟に見入ってしまい、母とはぐれて叱られたばかりだった。

迷子になるのは、いつも私。母は妹と手をつなぎ、その手を絶対に離さない。

横断歩道の信号は、母が渡り終えるときに赤に変わっていた。飛び出した私は、二人乗りのバイクに撥ねられた。

母が私の名を叫ぶ。ひっくり返ったバイクのタイヤが回っている。大人や子どもが集まってくる。母が私を抱き起こす。だらんと垂れた頭から血が滴る。破れた白いタイツが真っ赤に染まる。

サイレンが近づく。「救急車が来た!」の声。「お姉ちゃんの靴持って、ついて来なさい!」母が妹に怒鳴った。

私が母に抱かれて、妹がついてくるなんて初めてだ。妹が叱られるのも初めてだ・・・。

そんなことを思いながら、取り囲む群衆の少し上から眺めていたような記憶がある。

40年ぶりの小学校の同窓会。向かいに住んでいた西田君が話しかけてきた。「俺さ、ずっと不思議に思ってたんだけど・・・」、あの事故のことだった。

「頭から血流して、おばちゃんに抱かれてさぁ、おまえ、なんか笑ってるみたいに見えた・・・」。

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