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2014年8月

2014年8月31日 (日)

墓地にぼんやり端っこのない時間

京都番傘85年記念大会へ。

ひと言で言えば、「組織力」を感じた大会でした。積み重ねてきた大会運営のノウハウが生かされ、すべてに細やかに行き届いていました。
昨年急逝された、谷垣郁郎さんとの選者のお約束が果たせてほっとしました。

森中恵美子さんの「京番と水府を語る」では、恵美子さんが水府さんに連れられて初めて京番の句会へ出たのが、昭和31年、25歳のときだったとか。当時は、20代の柳人が大勢いたそうで、どこでどうなって、こうなったのか…。本日、京番三人娘さんの年齢を合わせたらいくつでしょう?クイズがあったが、なんと271歳であった。いや、元気ハツラツで、すばらしかったのですよ!

伝統川柳系で気になった句が何句かあったのだけど、きちんとメモしていないので、発表誌が届いてからにします。

2014年8月27日 (水)

柳俳合同誌上句会

発表をチラッと見て、旅へ。

http://weekly-haiku.blogspot.jp

夕べ、方々でコメントや絵川柳やらを見つけ、うれしい、気恥ずかしいの極致です。

やさしい皆々さまはそっとしておいてくれましたが、私の無点句。ものの見事に季語が二つ入っちゃってます。それだけが問題の句ではありませんが、いかにもなボケぶりを発揮。発表直前に気づいて(遅っ!)赤面しました。
俳人5名、柳人5名という以外、まったく誰が参加しているかも分からない句会。見えない座の力を感じた句会でした。

旅は、鳥取の「植田正治写真美術館」〜倉敷「大原美術館」へ。
鳥取では、伯備線のその名も「根雨(ねう)」駅で、線路の冠水で電車がストップ。タクシー会社に電話したら、予約がいっぱいでいつ向かえるか分からないとのこと。ひゃ〜!と電話を切ったら、隣に立っていた男性が「米子へ行くタクシー呼びましたから、いっしょにどうぞ」と言ってくださる。わざわざ美術館まで迂回して、運賃も固辞され、「いい旅をー」と走り去った。美術館を出る時も大雨。職員の方が、職員用通用口の方が駐車場に近いからと、そちらにタクシーを回してくれた。…鳥取県で斯様に親切にされ、好感度大幅アップ!思い出深い旅になりました。

2014年8月24日 (日)

雨漏りのどれほど聴きたかった声

今夜は、地元の花火大会。ベランダからちょこっと見た。
花火の終わったしずかな闇に、リリリリ…キリトリ線のような声。

三日ばかり出かけます。

 バスを待つ秋は遅れているらしく    西田雅子

雅子さんのフォト句集「ペルソナの塔」を読んで(見て)いたら、旅に出たくなった!

2014年8月23日 (土)

ゆうべのお酒

とても久しぶりに日本酒の会へ。

懐石料理をより美味しく食べるために、お昼に何を食べるか考えあぐね、結局、たこやきをつまむ。それから、自転車で図書館やらクリーニング店やら回って、腹ごなし。シャワーを浴びて、胃の粘膜保護のためにミルクたっぷりの紅茶を飲み出発。
今夜のお酒は、長野の「九郎衛門」特別純米酒。やや甘口ながら、軽い口当たりで美味。
ところが、板前さんが変わっていた。前の板さん、老舗旅館に引き抜かれたらしく、まだ20代(?)の若手を思い切って起用したのだとか。
それは結構なのだけど、さしみはカルパッチョだし、ごま豆腐のジンジャーソース、スズキのハーブ焼き、なんちゃらのトマトソース・・・・〆は松茸のリゾット。創作和食じゃなくて、完全なイタリアン。
日本酒には微妙・・・、やっぱり塩や醤油や、甘辛いのが合う。ちょっと、いやかなり残念だった。

私も知っている自由奔放、かつ毒舌の88歳おばあさまが、91歳の現役テニスボーイのダンディなおじいさまを前にして、可愛くなった話がおかしかった。

2014年8月22日 (金)

芙蓉来て空気を薄くして帰る

つづきの会、雑詠に提出。

互選のとき、「『夜行バスたましいうすくして帰る』(表記不明)という、清水かおりさんの句があって、この句はとれませんでした」と言われた方があった。
その句は、知らなかった。知っていたらとれないな、と納得した。

選における「既視感」は、言葉やイメージが独自のものであればあるほど、それを越えなければ評価できない。慣用句に近い方が、許容できたりする。

2014年8月20日 (水)

父がよく見える間接照明で

ねじまき句会、題「照」。

9名の方に選んでいただいた。ただ、読みがほぼ一方向。まあ、そうだよなあ。
希望としては、どこかに説明できないものの残る句を詠みたいのだけど…。

終了後は、近所の上海料理店。
なかはらさんがアルコールに弱いことは知っていた。
そのうえ辛いものも弱いことをこの日、知った。
猫パンチ炸裂!
ギャップ萌えしそうで、ずるい、ずるいわ、とひそかに思うのだった。

2014年8月19日 (火)

まだまだ ねじまき #1 

びっくり! ねじまきから、こんなストーリーが!

●「いつだって最終回」 御前田あなたさん

2014年8月18日 (月)

ねじまき #1

ねじまき本を、あちらこちらで 目にする日々です。きゃ〜!と手で目を覆って指の隙間からじっくり読んでいます。うれしいです。ありがとうございます。

●「あとがき全集。」柳本々々さん

●週刊俳句「金曜日の川柳」 樋口由紀子さん

●「俳句的日常」西原天気さん

もしかしてだけど〜、もしかしてだけど〜、まだまだほかにもあるんじゃないの?(浮かれるな!)

2014年8月15日 (金)

うっ・・・

めずらしく娘がいて、ごろごろしている。

TVで阿寒湖のマリモが、外来種のザリガニに食べられているというニュースをやっていた。中央に大きく穴のあいた痛々しいマリモ。「真ん中を食べるんや…」と呟いたら、「マリモはどこ食べても真ん中や」と突っ込まれた。そやね、球体やから。マリモも真ん中が美味しいのかと思ったのだよ。しかし娘はきびしい。

2014年8月14日 (木)

甲虫の交尾 賛美歌聴き終える

選評を書き上げて、特選と平抜きの句を入れ替えようかと迷う。
選評書きながらの発見でポイントアップしたのか? 選評に労力を費やした分思い入れが深くなったのか?……ひとまず、一晩寝かせることにする。明日、もう一度あたらしい目で読むとする。

昨日届いたメールマガジンに、「カラヤンはコンサート会場の特定の誰か(たぶん美しい女性)に、その日の演奏を捧げた」とあった。
新子先生は、「句は誰か一人に向けて詠みなさい」と言われた。みんなに分かってもらおうとすると、キャッチコピーやスローガンのような句になってしまうということだろう。
では、誰か一人とは誰に向けて詠むのか?だけれど、それは、師でも選者でもなくて、もう一人の私であるべきだと思ってきた。(ここ二年ほど)。けれど、思えばカラヤンのような詠み方もあるにはある。通りすがりの人や花や、あらゆるものへ、たった一人、一つにむけて捧げるように詠む句もあって、かなり好きかもしれない。

2014年8月10日 (日)

ローソクを吹き消すように呼んでいる

狭くて急な階段を上ると、穴蔵のようなRecord Bar。はじめてのお店。

いい感じに力の抜けたマスターが、リクエストありますか?と聞いてくれる。思いつかないので、「あ」から考えて、アン・バートンをお願いする。
「うわ〜、誰もリクエストしてくれへんから、久しぶりに聞くわ〜」と、壁一面のレコード棚の右下をごそごそして、魔法のようにアルバムを取り出した。
「好きやったなあ…。若かった…大人になりたかった頃や。聴きながら、大人になりたいと思ってたわ〜」「今も、大人になりたいですよ。私は」「乾杯しょうか?」「何に?」「そうやなあ、今に」
今か…。今ね…。
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2014年8月 6日 (水)

散歩会@京都市美術館「バルテュス展」

NHK日曜美術館では官能的な少女が描かれているように見えたが、実際の絵からエロティシズムは感じられなかった。川柳の眼で見ているのもあると思うが、構図のためと思われるからだの不自然さも含め、バルテュスの追求する少女の美しさのみがそこにあった。妻である節子さんをモデルにした絵は、鉢巻きであったり、ずるずるの腰紐だったり、言いようのない違和感が残る。バルテュスの捉えた「和」のイメージとのズレだろうか?
印象的だったのは、絵の中の赤い色の分量とトーン。視線をうまく誘導し、生々しくなりすぎず、それでいて体温や熱情を感じさせる絶妙の配分だった。

   描きかけの駅であなたを待っている

   濡れている金魚は夜の水の中

   らんちうになる真上から見下ろされ

2014年8月 2日 (土)

白線のこっちとむこう

よくわからないけれど惹かれる句、わからないでおわる句、この違いは何だろう?について、今日、ふっと思ったこと。

もともと意味(想い)のないことを、書かれた句は、句材自体が余程おもしろくないと、作者ほど読み手はおもしろさを感じないものが多いように思う。
意味(想い)を十分に咀嚼するなり、洗い流すなりして、可能な限り余分な意味を抜いた句は、米の甘さのような、木綿の肌触りのような…五感に響くものが残されている。

   むこうから白線引きがやって来る    樋口由紀子

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