« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

2014年9月30日 (火)

ありふれた奇跡 馬の目と出逢う

仲間と、童話から句を詠むという試みをしている。
吟行や印象吟と違って、言葉にそのまま引っ張られている句が多くて、一からやり直すことに。情景なり印象なりを言葉に置き換え、その言葉をもう一度イメージに戻して、再度言葉にする。私の辿りついた方法。

川柳の小さな勉強会「つづきの会」のブログ。勉強会のあと、メンバーが思い思いに書きます。今月のきくこ作品必見! コメント歓迎です。

2014年9月27日 (土)

川柳と老い

甲南大学「カフェ・タナトロジー」(専門家と市民がいっしょに死生観について学び合う場)で、「川柳と老い」のテーマでワークショップをさせていただきました。

ワークの資料に、老いの詠まれた句を集めてみたら…これがなかなかおもしろくて、女性が老いを自然に受け止めポジティブなのに対し、男性はやや心細かったです。
そんななか、小野多加延さんが、とてもしなやかに老いていらっしゃった。

 とうがらし 

 おぼろ月人に隠れて跳ねてみる

 魔法瓶ほどよく熱い孤独かな

 ためらうな回転ドアに映る老い

 真っ白な下着に替えて老い新た

 正直に笑える頃に歯が欠ける

 食べ物の旨い季節に人が死ぬ

 思い出の駅の出口を間違える

 ポケットから去年の飴がポロリ出る

 メガネ屋が電話をくれる誕生日

 間違って乗った電車が川を超す

 今吊った棚が傾くああ夫婦

 住む町に羊羹屋あり老いていく

      (小野多加延句集より)

2014年9月25日 (木)

立ち止まりたくなる九月のくるぶし

立ち止まってはいられない、九月のくるぶしであります。

締め切りが今日も、明日も、あさっても。
こんなときに、娘の客人が来ます。あ〜〜れ〜〜と、掃除中。

2014年9月21日 (日)

すれ違う鈴を鳴らしている熊と

ねじまき句会。題詠「熊」に出さなかった方の句。

今日は、中日新聞の方が取材に来られていて、終了後「かなり厳しい意見が飛び交って、聞いててドキドキしたんですが、皆さん大丈夫なのですか?」と訊かれた。「そのために来ているので大丈夫です」と答えたけれど、お風呂で自分の発言を振り返って、あれもこれも言い過ぎじゃないか?とドキドキしてきた。私は明らかに言ってる方だ。そら、おみゃあはでゃーじょーぶやで!と、記者さん内心突っ込んでくれたかな…。
お昼の、うなぎのせいだと思う・・・。次回は、きしめんで出席します。

2014年9月20日 (土)

濡れた靴あつまってくる集会所

住宅の管理組合の臨時理事会。
来月の総会でようやくお役放免。今年は、防災避難訓練も親睦会も見送り、何もしていないのに大変だった。今日も最後に、驚くクレームが一件報告される。おばさんたちが急に身を乗り出して、活発に発言していた。

近ごろ、横になって本を読むとき、寝落ち寸前に勝手にストーリーを作って読んでることがある。眼を開けて読み直すと、あれ、この人死んでないやん…というようなことが何度か。その時はちゃんと活字を追って読んでいるのに、おかしいのだ。

堤防の葉桜のてっぺんが、僅かに色づきはじめている。

2014年9月19日 (金)

『々』はもともと

例えば、柳本々々(ヤギモトモトモト)さまと書くとき、「オナジ」「オナジ」と打って「々々」と出していた。
ほんとは何と読むのだろ?と思っていたら、「随想『々』の話。」を見つけた。
『々』を何と読むのでしょうか?と質問された行政書士の方が、『々』について調査されたお話。
結論から言うと、『々』には固有の読みがなく、佐々木、山々など上の文字を繰り返す符号の一つであるということ。写植業界では、「ノマ」や「ノマテン」(書き順から)と呼ばれ、ワープロでは「ノマ」、WINは「どう」、Macは「じおくり」で変換する人が多いそうだ。
作者は、『々』という記号を、繰り返し記号「ノマ」と呼びたいが、スマートな呼び名を作ることにも賛成だとか。 (日本エッセイスト・クラブ編/'02年版ベスト・エッセイ集)

柳本々々さんを、フルネームで呼んでしまうのも納得できた。一目見た時から素敵な名前だなあと思っていたけれど、一木造の像のような一体感に魅かれる。

2014年9月18日 (木)

リフレイン

「生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死のおわりに冥し」・・・空海もリフレインを多用しておった。詩であり、まじないであり…広告コピーのようでもある。

2014年9月15日 (月)

赤い魚白い魚とひるがえり

先日、横断歩道でいただいたチラシ。

この世には、無数の声と、無数の身体。
つかの間、結び合えたらと思う。
舞踏公演「うたを踊る」がおもしろそうで、京都へ出かけてきた。

「千本上立売」というバス停から5分とある。例によって、5分以上歩いても上立売通が見つからない。バス停に戻って、スーパーの警備員さんに尋ねる。「この道をまっすぐ、6つ目の信号を右…」。おかしいじゃないの。バス停から5分なのに、なんで信号6つも…と全く信用せず、ちょっと先の自転車屋さんに訊く。同じことをおっしゃる。バスの系統によって、同じ名前のバス停が2つあるのか?と、歩く。
それからさらに、おじいさん、おばあさん、鰻屋、米屋と尋ねたおして、なんとか到着。どうも私が降りたバス停は、「千本中立売」だったらしい。中と上があったのね。さすが京都。それにしても、自分が間違えておいて親切な地元民を疑うとは酷いもんです。

公演は、プロとアマチュアの混成でうたを踊り、それぞれが風に、石に、くだける波にもなった。文章や語りも音楽を感じさせる人がいるけれど、動作、呼吸が音楽な人たちを通して、うたを見た。
会場は、むかし西陣織の工場だったらしく、ステージは土間、剥がれた白壁…、ブリューゲルの「農民の踊り」を思い出す。京都の人と話していると、ちょっと前のことのように江戸や明治が出てくる。時間の目盛りが小さいと思う。

音楽の一つに、林光「赤い魚と白い魚」があって、思わず本歌取りしてしまいました。

今日踊ってた人、見つけた!右から2番目のかわいい人。

2014年9月13日 (土)

オリジナリティー

響一のモノローグのなかで、「ボクはコンビニで働いています。だから、先生の描いている漫画雑誌は、どこの棚にあって、定価はいくらか、月に何冊出るのか、そんなことは、とてもよく知っています。でも、内容は正直、読んだことはありませんでした。読まなくてもわかると思っていたのです。まぁ、表紙を見れば、内容なんて似たり寄ったりだと思っていたのです。でも、先生の漫画は、そんなボクを根底から打ち砕くものでした。ボクは実は何もわかっていなかったのです。今、ボクのやりたいことは、世の中のことをちゃんと知ることです。名前だけじゃなくて、値段だけじゃなくて、その中身を知るということ。ひょっとしたら、そこには思いも知れない喜びがあるかもしれないということ。先生の漫画を読んで、そのことを知りました」というのがありますが、私が考えているオリジナリティーというのが、ここに集約されているような気がします。 (「木皿食堂」 木皿泉 双葉社)


熊、熊…と「熊」(川柳の題)を考えているうちに、スガシカオは本名なのかどうか気になって検索した。本名!!しかも止戈男!孔子の著わした本より、争いを止める男という願いを込めて名付けられたのだとか。驚いて娘に教える。「スガシカオってどんなんだっけ?」というので一節歌う。「それ、山崎まさよしですけど!」。
里に出た熊が後悔して森に戻るように、「熊」に戻る。

2014年9月10日 (水)

戸袋のどこかで秋が生まれている

夕べ、夜道を帰りながらお月さまを見た。
横断歩道のところで、裸眼で見たらどうなるのかしら?と眼鏡をはずしたら、ぶわっと5倍くらいにふくれた。冬瓜みたいだった。
その横断歩道で、いただいたチラシには、こんなことばが…。

この世には、無数の声と、無数の身体
つかの間、結び合えたらと思う。

帰ったら、声と文字だけでつながっている人から留守電。

2014年9月 9日 (火)

恋みくじ

女子会の前に、六甲八幡神社の恋みくじを引こうという話になり、いざ。

私は、21番。
Ts3g0115
なんで?
Rちゃんは、「愛は速攻」
Y子さんは、「悪いけど この恋は にがさん」
私だけ恋以前の問題ですか?

2014年9月 4日 (木)

散歩会@鶴橋、コリアンタウン

鶴橋駅につながる商店街は、水曜定休のお店が多くてまばらの営業。そこから15分ほど歩いてコリアンタウンへ。鮮やかな色彩、香ばしい匂い、元気な呼び声…ただただお腹が空いてくるのだった。
終了後のお茶の時間、戦後の川柳人に触れての墨作二郎さんのことば。「川柳いうのは、どこかみすぼらしさがあるように思うんや」。感覚的に、あるかもと思った。みすぼらしさは自虐性にも通じて、確かに川柳らしさの一つだと思う。

     鳥居くぐって風は風のこと忘れ

     とうがらしみんなどこかが痛くって

     転職を考えている青バナナ   

     魚の頭のそろって海を向いている

     怖くないようにバラバラにしてあげる

2014年9月 1日 (月)

花の名のしりとり母のねむるまで

九月の予定を確認。川柳の宿題もカレンダーに入れる。「馬」「熊」…「鹿」でなくてよかった。

八月にしばらく滞在予定だった母が、具合が悪くなって来れなかった。その辺りに、重たい締め切りが重なっていて、実はちょっとほっとしてしまった。よくなってきたようで、今月は行けるかも?と電話。早めに、あれこれ済ませておかないと…。いや、自然体で受け入れたらいいのだけどね。

立て続けに、写真家の方の文章を読む。鬼海弘雄、石内都、森山大道。まったくタイプは違うけれど、自他への深い洞察、それが正確に書き起こされて・・・文章にも写真のようなリアリティを感じた。ことばで表現している者の方が、つい盛っちゃったり、デコったりしがちであると…反省。

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

無料ブログはココログ