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2014年10月28日 (火)

ほのぼのとみかんのひかりほどわらう

このブログで、父、母と書いているのは、たいてい夫の父母のこと。義父、義母…「義」をつけるのには、何となく抵抗があった。義理の関係ってことを、いちいち確認するのがイヤだったのかな? 実の親子の気持ちでいるとかでは決してなくて、間違いなく夫の両親なのだけど…。

今、BSでやっているドラマ、「昨夜のカレー、明日のパン」では、夫を亡くしたテツコが義父と二人暮らしを続けていて、「ギフさん」と呼んでいる。木皿泉の原作を読んだときから、いいなあ〜と思った。カタカナにすること、声に出すことで、「オカン」「オヤジ」に近い呼称になっている。義理が含む、しがらみも距離感も取っ払って、あたらしい関係性が生まれている。こういう柔軟さ、憧れるな〜。

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コメント

桐子さん
僕は句を書くときは「亡父」「亡母」と「亡」を入れたことがありません。
前後の言葉からわかるときもありますが、わかりにくいときも
父や母のことを書くのには要らないと思っています。

「義父」や「義母」の「義」はなおさらです。
父と母で通しています。
なぜと言われても困りますが、僕にとっては自然です。
「義」を意識するようなことは書かない、句にしないと
いうこともありますが。

政二さん
私も「亡」はいらないと思います。
初期の句にはあると思いますが、最近は使っていません。

父と母からは、私は「嫁」です。義理でも娘じゃあないんですよね。
これは動きません。その年代の人ですから仕方ないですけどね。
娘のBFは、私のことを「桐子さん」と呼んでくれます。
ちょっと気に入っています。

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