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2014年11月25日 (火)

白椿礼儀正しく落ちてゆく

「残り福」句会は、席題で天の句の作者が、翌月の席題選者という決まり。先月、柳歴の浅い方が天をとられ、生まれて初めての選をされた。よりによってというか、昨日は100名を越える参加者。2句出しの45句選。選句時間50分。大変だったと思う。会場の雰囲気があたたかくてよかった。みんな、初めての時の緊張感を思い出したのかも。題は「落ちる」。タイトルは、その方(お名前失念)のとってくださった私の句。

選句も、場や座によって変わる。
先日の勉強会では、「勉強会なので説明しやすいように、減点法で減点の少ない句を選んだ」という方がいらっしゃって、なるほど…と思った。私は、逆だな。勉強会は、加点法。加点法だと好みの句を選びがちなので、違う視点や評価軸で見直すのもいいかもしれない。勉強会は選句の勉強の場でもあるから、選も実験可能。

新聞の選は、パーソナルベストを大事にしている。作者のホームラン、ヒットを見逃さないよう、名前と句を一致させながら選に当たる。そこは、句会の選とは決定的に違う。他の方は、どうなのだろう?新聞の選をされている方と意見交換してみたい。そんな機会はないものだろうか?

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コメント

桐子さん
人の心に触れるとき、よく思うのが
「へたはうまいより境地が上」という言葉です。
うまい人がどうだうまいだろうと思う心より
へたですが、わたしの一生懸命です。
へたなのでうまくなりたいと思います。
その心の方が境地が上ということです。
思いあたることのあるいい言葉だと思います。

新聞の選は場によって違うと思いますが
常連さんがいて、その人たちに選者がどう対応するかの
問題があると思います。
ある程度書ける人がそこで止まってくり返している人か
これではだめだと思いながら努力している人かはわかりますので
そこを見逃さないようにすること。
また、はじめて間もない人の感性を大事にすること
続けているうちに身に付いてしまう技術を基準にしないこと。
現実になるとなかなかむずかしいことですが
とにかく、これからの人を幅を持って迎えること
その人たちの良さを見逃さないようにすることかなと思います。
これは何も新聞に限らないかもしれませんが。

政二さん
「へたはうまいより境地が上」
しみじみいいですね。

新聞投句、うれしいことに毎月、初投句の方が何名かおられます。
もちろん、ベテランの方も大勢おられて、
選評も、できるだけ、いろいろな書き方をするようにしているのですが、
どこへ向けて書くか、悩ましいところです。

>身に付いてしまう技術を基準にしない。
川柳のむずかしさは、技巧の習得が必ずしもプラスに働かないことかもしれませんね。
そこのところ、十分に気をつけたいと思います。

好きな句が年々増えてきて、選がむずかしくなってきます。
つらい仕事ですよね。

わたくしは朝日新聞の京都欄で内田真理子さんとともに選を担当しています。
好きな句が増えてくることと、選が難しくなるということ、よく分かります。
それは、選者として成長しているということだと良いように解釈しています。
どこへ向けて書くかというのは、新聞の読者へ向けて選をし、選評も書いています。
新聞柳檀が川柳作家の登竜門だというような考えは、読者に失礼だとも思っています。
プレッシャーは年々大きくなりますが、快感でもあります。
本当のところは、川柳がだんだんわからなくなってきています。
またどこかでお会いできたら、いろいろ教えてください。

秋声さま
思いがけず、コメントをいただけてうれしいです。
川柳をはじめたきっかけが、新聞柳壇という方が意外に多くて驚きます。
最初から入選は、なかなか難しいですね。
句会ならいろいろフォローもできますが、新聞はそういうわけにもいかないので、
あきらめないで、続けてくださいますように…といつも思います。
それで選評にも、たまには初心者の方に向けたメッセージを入れたりしています。
私はまだまだプレッシャーばかり。こちらこそいろいろ教えてください。

こんなところで何ですが、私は秋声さんの句が好きです。
たとえば、京番大会のときの句
 せんべいへお辞儀する鹿しない鹿  
 飴あげる時がこわばらないように 
伝統の川柳味を感じます。

俳句や短歌のように、川柳も伝統の流れは太くあってほしいです。
時に決壊して新しい流れも生まれるくらい、豊かであってほしいとほんとうに思います。
無所属が勝手なことを言ってすみません。
今後とも、よろしくお願いいたします。

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