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2015年1月

2015年1月31日 (土)

辛夷咲くように忘れてゆきました

昨年末から母が来て、お正月をいっしょに過ごした。
母は痩せて、かくんと老いていた。支配的な言動は10分の1程度になり、私の緊張感もずいぶん和らいだ。母に訊いてみたかったこと…さいごのチャンスに思えた 。ね、お母さん、憶えてる?…子どもの頃の出来事をいくつか問うてみた。
母が憶えていたのは、妹だけを連れて家を出たこと、それだけだった。あれもこれも、きれいさっぱり忘れたのか、母の中では記憶に残すほどの事ではなかったのか…。へぇ、そうやった?わすれたわ〜と、笑っていた。私もいっしょに笑った。
新大阪駅で母を見送った。新幹線がホームに入ってきたとき、母が私の手にお札を押し込んだ。返そうとしたら、「お年玉、あげる」と乗り込んで行った。
母の新幹線が出て、ベンチでお札をひらいた。古い1万円札が3枚。母は、お稽古事の月謝でも必ず新札を用意した。お年玉もしかり。これは、予定していなかったお年玉だ。
笑っていたけど、気にしたのかな?やっぱり訊かなきゃよかったかな?
母からのお年玉で、お酒を飲んだ。3軒はしごして、ぜ〜んぶ呑んだ。ビールも熱燗も、冷やも呑んだ。頭の、スイカで言うと内側の白いところはゆるゆるしてくるのに、芯は冴え冴えとしたおかしなお酒だった。

2015年1月28日 (水)

父がいて画鋲の穴が増えていく

父がまた入院。父の代理で、某社のオーナー会へ。欠席しても何の問題もないが、そういうことができない性分なのだ、父は。

午前中は、経営状況などDVD中心の報告。つづいて昼食会。
いや〜、営業のプロフェッショナル集結。あふれんばかりのホスピタリティ体験であった。オーナーは高齢者が多いのだが、とにかく声をかける。話を聴く。「来ていただけるくらい元気になりはって、よかったですわ〜」「まだまだお元気でいてもらわんと…」、相手の言ってほしいことを言う。上着に手をかければ、脱ぐのを手伝う。こぼしたら、さっとおしぼりで拭く。おじいさん、おばあさんの気持ち良さそうなこと。
そして、宴のメインイベント(?)抽選会へ突入。私の番号は「119」!おっとー、「いい句」は進さんと真理子さんの誕生日。何か起こりそうな予感…。「それでは3等の抽選からはじめます…下一桁9番!…上二桁11番!…119番の方、おめでとうございます!」「はい、はい、はい、はい!!!」と飛び上がったのは、父の担当のH田さん。テーブル毎の担当さんが、抽選番号をコールしたり、歓声をあげて盛り上げるのであった。川柳の申し子パワーで、布団用掃除機ゲット。ありがとうございます。ちなみに1等は10万円分の商品券。
入れ替わり立ち代わり人が来て、どんどんビールを注いでくれるのでどんどん飲んだ。いちいち「ノンアルコールもありますがよろしいですか?」と聞かれるのだけが面倒だった。あ〜、もう晩ご飯作るのめんどくさ〜。

2015年1月27日 (火)

小次郎

「バガボンド」では、佐々木小次郎は幼少期から耳が聞こえないという設定になっている。

言葉にした途端になにか違和感をおぼえる、そういうことがある。
人の感情とは、言葉で過不足なく表せるもののほうがじつは少ないのかもしれない。
形のない感情を形のないままに伝えられないものか。
そんなことを考えているうちに、言葉のやりとりを用いないキャラクターが生まれた。(井上雄彦「バガボンド」16巻)

浜辺での決闘の最中、小次郎が「あ〜〜、う〜〜」と歌うように声をあげる。それは波音。からだの感じる音を、からだで発していた。…ことばを、急ぎすぎてはいけないかもしれない。

2015年1月26日 (月)

バガボンド

井上雄彦が宮本武蔵の生涯を描く漫画「バガボンド」37巻が一挙にきた。娘が友だちに借りてくれたのだ。
夜中まで読みふけった。いま14巻。…人が人の命を奪う、ほんとうの敵は何なのだろう?

夢を見た。
髪の毛が一本、落ちてゆく。見える!髪の動きが完全に見える!うしろのタイルの一枚一枚まで見える!(武蔵か!)
朝起きて、水を使ったら左の薬指に染みた。
見れば爪の下から第一関節の下まで、うっすら切り傷。戦っていたのか?修行していたのか?今度会ったとき殺気立ってたら、そういうことなのでよろしく。

2015年1月22日 (木)

くらげ越しに見てる震災二十年

あの日、同じ住宅に住んでいた友人は地震の揺れで陣痛が始まってしまい、予定日より2ヶ月早くユキちゃんが生まれた。預かったおねえちゃんのアキちゃんは、キティちゃんの薬袋を握りしめてずっと泣いていた。

ユキちゃんは、助産師の勉強中。向いていると思うのだけど、超問題児で進級が危ぶまれている。成績は43人中41番だと言うので、「おー、後ろに2人もいるやん」と言ったら、「1人辞めて、1人休学中」だって。まったく勉強しないのに、男性性器のところのみ完全制覇。「おばちゃん、問題出したろか?」「いらんわ」「じゃあ、お母さん…」「お母さんも、いらん!」。…よう育ったねえと思う。

あれからの1月17日は、みんながすこしやさしくなる日だ。

2015年1月17日 (土)

一、一七まぶたの透けてゆく

2015年1月15日 (木)

神戸新聞文藝川柳壇 題「リボン」

遠方の方から、神戸新聞川柳壇を読んでみたいとのお声をいただきました。特選句と評のみですが紹介させていただきます。

 ほどけてしまった 家族というリボン  岸本きよの

リボンですね、家族って…。信じられないくらい、するっとほどけてしまう時もあります。掲句はドキッとさせますが、絶望的でないのは、やはりリボンだから。結び直そうという気持ちがあって、結び直せると信じれば、何度でもやり直せるのでしょう。子どもの時ちょうちょ結びが上手くできなくて、練習でよれよれになったリボン。あの臙脂のビロードのリボンは、家族の練習だったのかもしれません。

2015年1月14日 (水)

散歩する水には映らない人と

おかじょうき川柳社の杉野十佐一賞が発表になった。大賞は、

 死ぬときはびわこになると思います  本多洋子

たっぷりの水へ還ってゆくのだなあ…。たっぷりの水を「びわこ」とされることで、自然へ還るイメージが強まっている。さらに作者は「びわこになる」と言っている。からだから解き放たれた、たましいの大きさ、深さをおもう。私もそのときまで、この句を唱えていようと思う。

タイトルは私の句。水際の想いということで、洋子さんの句と通じるところがあるようにも思う。驚いたことに、賞品のホタテをいただけることになりました 。ありがとうございます。ホタテの配達日を見て、真っ先に「おじいちゃんの入院に間に合う」と思った。このところ暴走老人化した父には、ほとほと手を焼いているのに…なんでしょうねぇ。

さて、昨年議論の巻き起こった短歌研究新人賞受賞作の虚構問題。意見は出尽くしたかと思われたが、京都大学の東郷雄二さんが虚構と作品の表現強度というあたらしい視点で書かれていました。問題の経緯も、とても分かりやすくまとめられています。

http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/tanka/tanka/kanran157.html

2015年1月12日 (月)

センセイ

「センセイの鞄」(川上弘美)を読書中の娘。映画でセンセイ役をした柄本明がちらついて物語に入り込めないよ〜と嘆く。確かに、イメージ違いすぎ。ついでに、ツキコさんのキョンキョンは悪くはないけど、深津絵里の方がよかったねと意見は一致。

さらに同じく川上作品の、ニシノユキヒコも竹野内豊じゃないよね〜、まだ西島秀俊の方が近いかな?と勝手なことを言い合う。

で、センセイって誰かな?と二人して考える。元国語の先生だけど、武田鉄矢は…無理、無理!桐ちゃんの好きな児玉清さんは?…ダメ、ダメ、ダンディすぎ。最初から好きになっちゃうよ。あの話は、絶対に恋にならないはずだったのが、いつの間にか越えちゃってたとこがポイントなんだから…。高倉健も緒形拳も違うし…三国連太郎、仲代達矢…山崎努、あ〜違う、違う…。
「あ〜、牧浦完次さん!」「誰それ??」「川柳のおじいさん」「知らんがな!」「ひと回り若くした完次さんだわ」……え〜、川柳の皆々様、ご賛同いただけます?

2015年1月10日 (土)

その奥へ導く顔のないマント

昨日は、初ジム、初図書館。少しずつ平常を取り戻しつつある。

図書館では「殺し屋キリコの約束」という本を見つけ、思わず手に取ったら「癒し屋キリコの約束」だった。「癒し」という言葉は何となく苦手。癒し屋は、殺し屋より向いていない気がして棚に戻した。

夕暮れ時、桜並木にしばらく見とれた。裸の並木がこれほど美しいとは…。
「裸になったとき、ほんとうのその人が見えるのよ」と言ったのは、T子さん。裸の桜はとても繊細。お寺の枝垂れは念が満ちている。欅は、誠実そのもの。

桜の枝先まで見つめながら、ふと私はどこへ行きたいのだろう?と思う。川柳もその他も。わからない。ここじゃないどこかへ行きたいと思っているのに、よくわからない。わからないんだ、これが。

2015年1月 7日 (水)

散歩会@国立国際美術館「フィオナ・タンまなざしの詩学」

初句会は、散歩会から。

映像の断片から作句する感じで、映像作品をゆっくり鑑賞することはできなかった。
たとえば、ぶら下がる人の二本の足だけ、眠る人の指だけ…景の一部だけを切り取るとまったく違う意味を発する。そこは川柳の切り取り方と同じだ。音、声や光に誘われて別世界へ入って行くような、会場デザイン、展示の構成もおもしろかった。

  近づいて来なさい目だと分かるまで

  転がって行くよ言葉を振りきって

  おかしくもないのに笑ったままの石

  空が近くなる風船割れるたび

  どこかさみしい母という曲線

  透きとおるいのち広口瓶の中

2015年1月 3日 (土)

朝明けの薄刃包丁濡れている

初読書は、「夜明けのラジオ」石田千。でも、ちっとも読みすすめない。

夫の父と母と、私の母と。今年のお正月は、デイサービスのヘルパー状態。話したい人、遊んでほしい人、体調の悪い人…三度の食事。崩れてすかすかの重箱のような、本日のわたし。活字でも詰め込まなくては…。

2015年1月 1日 (木)

よろこびのよろこびだけの鏡餅

あけましておめでとうございます!

うたを うたう とき 
           まど みちお

うたを うたう とき
わたしは からだを ぬぎすてます

からだを ぬぎすてて
こころ ひとつに なります 

こころ ひとつに なって
かるがる とんでいくのです 

うたが いきたい ところへ
うたよりも はやく

そして
あとから たどりつく うたを
やさしく むかえてあげるのです

…今年は、こんな風に川柳を詠みたい。

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