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2015年5月

2015年5月31日 (日)

山崎夫美子句集 「葉桜の坂」

  野に春の言葉溢れて手をつなぐ

  悲しみは分け隔てなく宵桜

  葉桜の坂なら君達の手を離す

  双塔のどちらに傾く雪の夜は

  夕闇も店もたたんで鳥を抱く

  神木の倒れるまでを冬鹿と

  月蝕を待って仏の眼を入れる

  合わせ鏡に蝶閉じ込めている輪廻

  紅葉の激しさひとり溶け残る

  埴輪の眼その空洞に火を焚こう

奈良にお住まいの作者が、日常風景のなかで詠まれた作品。仏師が木から仏を彫り出すように、日常からことばで詩を書き出す。熟練の技を惜しみなく注ぎ、丁寧に磨き上げられた句は、読み返すほどに心に沁み入る。お墓参りの帰り、夕暮れの電車に揺られながら、ふいに「夕闇も店もたたんで鳥を抱く」が胸に落ちた。私は、まぼろしの鳥を抱き、たしかにそのあたたかさを感じていた。わすれられない一句になった。 (新葉館出版)

2015年5月28日 (木)

おじいちゃんの夢

おじいちゃんは入退院を繰り返しながらも、地域活動、畑…どれも手放そうとしない。当然、自力ではこなせないので人手を必要とする。しかし、そこは昭和一桁。決して頼まない。命令形、エラソー。しかも、自分のタイミング、やり方を押し付けるので、息子たちは、とっくにそっぽを向いてしまった。私も少しばかりは手伝うが、そうそうおじいちゃんにかまってもいられない。

そんな状況を見かねた娘(おじいちゃんからは孫、この春学生に戻った)が、畑を手伝ってくれはじめた。「明日、水やらなあかへんで」と言われても、「ほーい」と返す。二親等というのは、不思議にうまくいくものだ。

さて、おじいちゃんには夢があった。「もう一回、舞鶴で釣りがしたい」と度々口にした。行けなくなって3〜4年経つし、介添えが必要だ。海釣り公園くらいなら…と提案しても、舞鶴じゃなきゃ意味がないと言う。さすがにムリだろ…と思っていたら、娘がBFと叶えてくれた。
それがもう、想像を絶するサバイバルフィッシングだったらしい。まだ夜も明けやらぬ午前4時出発、約3時間で到着。釣り仲間の所有するボートが、ちょっとした原生林の中に置かれていて、茂みをかきわけて取りに行くところからはじまる。そんなこととは知らないK君は、Tシャツにクロックス。おまけに、おじいちゃんが持っていた南京錠の鍵が合わず、繋がれていた木の枝を折ってボートを取り出すはめに。釣りまでに傷だらけ。ボートは土まみれで、ムカデや蜘蛛や、見たこともない虫がわさわさ出てくる。それらとともに、海へ漕ぎ出したという。虫全般ダメな娘が、よく乗っていたと思う。海へ出ると、おじいちゃんは張り切ってボートを漕ぎたおし、入り江を塗りつぶすように移動しながら、アジやキスを釣り上げたのだとか。
夜遅く、無事帰宅。「舞鶴はもうあきらめかけてたけど、Kさんのおかげで夢が叶った。ほんとうにありがとう…」。おじいちゃんが、深々と頭を下げた。
今夜は、アジの南蛮漬けに、キスの天ぷら。食卓に、叶った願いがのる。

2015年5月25日 (月)

それはもう祠かなまだ肋かな

ねじまき句会題詠「肋」。

自分の肋に触りながら考えていた。そしたら、ビー玉みたいなものが指先に触れた。すごい“見つけ”だ!ネットで検索したら、こわいものではなさそうだけれど、念のため専門医に受診することに。
近所で評判の医院は、患者の不安を取り除くため、カフェのような待合室、ログハウスのような処置室…と聞いていた。一度行ってみたかった。
なるほど…大小の木製テーブル、大きな柱時計やステンドグラスのランプなどシックな調度品。ほんとうに落ち着いたカフェみたい。
椅子にかけてふと天井を見上げる。中途半端に豪華なシャンデリア…ちぐはぐ。小さく流れている音楽が耳に入る…♪チャラッチャ、チャッチャチャッチャ…ゴーストバスターズ!…ちぐはぐ。少々、困惑。
先生は評判通り。「こんなの見つけたら驚いたでしょう」、患者の気持ちにすっと寄り添ってくれる。すぐに結果が分かるのもうれしい。検診結果は、シロ。水が溜まっているらしい。
娘にメールで報告したら、「酒?」って。私はラクダか!

2015年5月24日 (日)

川柳フリマ

朝起きたら声が出ない。寝起きの椿鬼奴みたい。娘から「とうとう酒ヤケ?」と言われる。それ以外、心当たりがない。

さて、先週の「川柳ヒストリア+川柳フリマ」。
川柳界は小さい。ほとんどの柳人がその小さい世界の中の、さらに小さい場で川柳をしている。交流もなければ、テリトリー外の川柳句集や柳誌、フリーペーパーなどを手にする機会もほとんどない。
小池正博さんの呼びかけに、大勢集まったらいいなと思った。句会、大会以外に川柳人が集まるのかな?と、正直ちょっと心配していた。集まった!すごいと思った。もっとすごいことに、若い(!)俳人や歌人の方も来られた。大げさじゃなく目を疑った。会場の隅で、これは画期的な出来事だ…と思った。

川柳フリマが、毎年とは言わないけれど定期的に開催されるとしたら、フリーペーパーなども、もっと発行されるのではないかと思う。どうやって作るの?費用はどのくらいかかるの?そんな、情報交換の場にもなる。川柳作品は、短詩系の中でも最も短命。作品鮮度の高いうちに届ける意味でも、手軽な印刷物は有効だ。

小池さんと歌人天野慶さんの対談「川柳をどう配信するか」では、ソーシャルメディアの活用や、イベントなど具体的な事例を交え、ヒントをたくさんいただいた。川柳人は、若い人が来ない来ないと言うばかりで、何もしていないことがよく分かった。終了後、早速何ができるか…という話をされている方もあり、川柳もたのしくなりそうだ〜。

2015年5月21日 (木)

反対の電車 出る気のない電話

本日、原稿締め切り。こう見えて(?)、締め切りと字数は守るのだ。
おとといは、娘からのメールでホルモンの誘惑に勝てず途中下車。ホルモンとワインで深酒をして、1行も書けなかった。昨日は、案じていた友人に光明が差した報告。乾杯してほしいというので新大阪へ。3時から黒ビール&ハイボール、何しろ長時間。深夜、2時間もかかって1枚だけ書いたけど、見るのがこわい。
お願いだから、今日は誘わないでほしい。

2015年5月17日 (日)

くせ

吉川英治のエッセイに、川上三太郎が登場した。
「私の友人でユウモア作家の川上三太郎は、右の耳の疣を、弄ぶ癖がある。初めは、耳朶の端にできた小さな疣だったが、常住坐臥、原稿を書き、恋を語るまも、それをいじるのが、癖となってー、イヤ趣味なり快味と迄なって、疣の年経ること十数年、今では、乾葡萄のような色と大きさに育ってしまい、頗るグロテスクな耳環をぶら下げている。」
川柳作家ではなくて、ユウモア作家なんだ…。

2015年5月15日 (金)

ピンチ

先日の句会の席題「ピンチ」。

なかなかできなかった。出句時間も迫って、今際の際へ辿りついた。そういえば…と、母の電話を思い出す。「気を失うって、ものすごく気持ちいいのよ!死ぬってね、いい気持ちかもしれんよ」。それを思いつつ、あーでもない、こーでもないと書いた。

  目に映るものすべてがうつくしい  桐子

秀句が読み上げられた瞬間、やられた!と思った。

  紫の花の浮かんでいるピンチ  德永政二  (表記は違うかもしれません)

いいなあ…。題が外れても、力がある。私の句は、題がなければ立たない。
さっき作句メモを見たら、「むらさきの夢」が残っていた。もしかしたら、近いところを思っていたのかも…。終了後も、大いに話題になった一句。

2015年5月14日 (木)

金魚の水換えて暦に夏が来て

昨日は久しぶりの句会で、耳で川柳を味わうのを新鮮に感じた。活字で読む時以上に、言葉をイメージに変換するせいか、句語の順が妙に気になった。

終了後は、美味しい料理とお酒の隠れ家のようなお店へ。鱧に鮎に白魚…と、ぜいたくに初物をいただいて三年は寿命を伸ばした気分。あ、ごいっしょした皆さま。思い出せなかった賀茂鶴を愛した作家は、尾崎士郎でありました。
そうそう店内には、森繁久彌さんの書も。やわらかな味のある、どこか淋し気な字だった。

まだ日の高いうちから、ちょこっと歩いてお店に向かう。小さくテーブルを囲んで、みんなとおしゃべりしながら飲んで、日の落ちる頃には店を出る。灯が灯って、すっかり夜の顔になった路地を抜けて帰る…。いいお酒には、余韻がある。

2015年5月10日 (日)

締め切り日

「自分のなかに、何かあるのかな……何もないよ。自分のなかに何かがあるなら、それはいつか、からっぽになっちゃうじゃない。自分って、そんな、身のつまった袋なのかな。日本語のほうが、自分より大きいよ。わたしはそう思ってる。その大きな日本語のなかから、ぴったりの言葉を選び出すんだ。書くことって、だから、その袋のなかから言葉を選ぶことなんだよ。あれでもない、これでもないって、考えるの。ずーっと考えるの。やり続けるの。そうすると、ぽこっと出てくることがあるよ。わたしの場合は」 (「わたしたちはまだ、その場所を知らない」小池昌代 河出書房新社)

苦吟中、たびたび本&あんこに逃避。

2015年5月 9日 (土)

ユメちゃん

先月から、私の通うジムにユメちゃん入会。ユメちゃんは、ここ10年ほど活動休状態の「白ブリーフ被害者の会」というただの飲み会仲間。
出会った当初の彼女は、カルチャーセンターのシェイプボクシングから、もっと本気でやりたい!と、確か有名な老トレーナーについてボクサーになった。さらに、いつの間にかプロの大道芸人にもなっていた。今も、ボクシング、大道芸は継続、幼児園と老人施設の体操指導、ズンバ教室のインストラクターもこなしているらしい。
ジムの、パワーヨガとズンバのクラスでいっしょになるのだが、身のこなしが別格。腕立て伏せなんて、床から3センチのとこで鉄板のように静止しているし、炒りごまみたいに、跳ねる、跳ねる、跳ねる。
彼女の笑顔がまた実によくて、レッスン前に「オッ!」とにっこりされるだけで気分上々。おまけに、前々回は「パンツ忘れた!」、前回は「家で踊りの練習してたら、自分で踏んだ」と真っ青な足指を見せて笑わせてくれる。
昨日は、最近入ったHIPHOP系のダンスサークルの話題に。「発表会があんのはちょっと誤算やった。衣装揃えなあかんやん。…それが、大阪のおばちゃん好みいうかなあ…」「よそで着られへんようなやつなん?」「着られへんなんてもんちゃう…黒地のTシャツとサルエルパンツなんやけどな…」、模様の位置をてのひらで押さえながら、「(右肩)ツタンカーメン!(左肩)ツタンカーメン!(背中)ツタンカーメン!(股間)ツタンカーメン!」…爆笑!ツタンカーメン、股間て…ファラオの呪いとか大丈夫なん?とにかく何としても、発表会へ行かねば。

2015年5月 7日 (木)

盲点

「向田邦子の読まれ方には、一つの欠陥、あるいは盲点があるのではないか。それは彼女を<時代>の中に置いて見ないことだ。読者は向田邦子の輝かしい個性は見るが、その背景にある時代を見ようとしない。彼女の中には、戦争中から戦後何十年を経た日本の<時代>が層になって判然とある。」 (「名文探偵、向田邦子の謎を解く」鴨下信一 いそっぷ社)

ああ、時実新子もだ。新子も時代の中に置いて見ないといけない。何か大きなところを見落としている気がしたのは、きっとそこだ。

人ごみが苦手なので、GWは衣替えやちょっと丁寧な掃除に明け暮れた。今夜は、娘と梅田で待ち合わせ。センベロ(千円でベロベロになれる店、なれないけど)をはしごして、最後は老舗のBARへ。お隣の方に、職場の上司と部下?と聞かれた。トイレ掃除の話してたのにな…。

2015年5月 5日 (火)

王女

王女様のお名前は、シャーロット・エリザベス・ダイアナ。なんかあれ、三菱東京UFJ銀行みたい。なんとなく、です。

朝の情報番組で女性のコメンテーターが、「こんなに美しい赤ちゃんを見たのは初めてです。生まれたての赤ちゃんを見せられると、どこをどう褒めたらいいのか、いつも困るんですよね…」って、身内とか近所とか友人の心当たりのある人は、うへ〜でしょう。
でも、そんなにとびきり美しかったかなあ?
「まあ、下受けのええお臍してはるわ〜」と臍を褒められたうちの長男、「ちょうど出ごろいう感じやね」「赤ちゃんらしい赤ちゃんね」と何を褒められたのかすら分からないうちの長女と、そう変わりないように思ったけど。今だけはね。

2015年5月 2日 (土)

「ア」

昨日の散歩会は、参加者がやや少なめな上に、出句数上位3名の欠席により、通常の句会は早々と終了。 第2ラウンド席題までこなした。

題が、「カ」、「ア」、「サ」って、どやさ…。私は、「ア」の選をさせていただく。 おもしろい句が多くて、ボツには惜しい句がいっぱいでした。

「カ」

 カンタンに畳まれている股関節

 カクカクと父を操る豆の蔓

「サ」

 サクサクのところを先に食べなさい

「ア」

 軸吟  くちびるからくるぶしまでにアが三つ

 秀句  穴よりも大きなアアが残される  北村幸子

 

2015年5月 1日 (金)

散歩会@チューリヒ美術館展

日本とスイスの国交樹立150年記念ということで、モネ、シャガール、ホドラー、クレー、マティス、ピカソ、ミロ…オールスターの代表作集結。絵から流れ出る冷気、熱気。絵のもたらす浮遊感、沈静感。花疲れにも似た状態で、作句、選句。

 

  咲いているあたりはぬるいモネの水

  つま先が冷えてムンクの夜になる

  生き返らないように水を含ませる

  歌声で大きな骨を切り刻む

  正面からおとうと見ると泣けてくる

  細くて長くて兄弟愛でした

  大阪都構想蛍光色の月

  黒猫を産んでけむりは消えました

 

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