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2015年6月24日 (水)

はじめての町でいちじく揺らすバス

夕べは、バスで飲みに出かけた。
行きは、仕事帰りと思しき初老の男性と乗り合わせた。おじいさんは、カバンから半分の菓子パンを取り出して、ゆっくりゆっくりちぎって食べた。お昼ごはんの残りではないだろうか。毎日、お昼と帰りのバスで半分ずつのパンを食べていそうな、からだにしみついた動きだった。
途中、セルフうどんのチェーン店前のバス停では、うなぎ丼の写真入りののぼりが目の前ではためいていた。おじいさんは、子どもみたいに窓に顔をつけて、うなぎ丼を見つめていた。(うなぎ、お好きですか?)と聞きたい衝動をこらえた。
それから、高校生が大勢乗ってきて、おじいさんは目を閉じるとあっと言う間に眠ってしまった。それも、決まりのように。
帰りは、とっぷり暮れていた。やっぱりバスは、夜がいい。「とまります」ランプの紫がきれい。一斉に花のように浮かぶ。止まるたびに、人が消え紫が消え…ぽつんとからっぽになるのがたまらなくいい。

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コメント

夕べはバスで飲みに出かけた・・・という始まりが、なんでかなぁ、とってもよいのです。

先日梅田までの電車で座っているとき、すぐそばに年配の男性が立っていました。どうぞって立ちあがりそうになってやめました。明らかに年上。でもその人から見たら私もあまり年齢は変わらない~って思われそう。その方は途中で降車。少しほっと。こんなことを思う年頃になったんだね。公共の乗り物はおもしろいね。

その人のオリジナルがその人の中にあるのではなく
自然とか人間の関係から生まれる。
なんとなくそう思ったりしながら
昔の川柳でこんな書かれ方をしているのに出会うとうれしくなります。

人間の思うこと、ふるまいは時代とともに少しずつ変わりますが
大切なことはなかなか変わらないようです。

そして、作家や俳優などを職業としている人は
このようなリアリティーのための観察は続けているのだと思います。

ミホさん、ありがとう。
Tがね、尼崎の商工会議所へ、ガス溶接(?)の資格取りに行ったから
じゃあ、アマで飲まな!ってなって、バスで行ってきた。
てっちゃん鍋、おいしかったよ。
試験やばい…って心配してたけど、落ちたらまた飲みに来れるやん!て。

公共の乗り物は、ほんまにおもしろい。
この前は、40代の女性かな。
ゲームしてはって、最初は小さなガッツポーズやってんけど、
だんだん力が入ってきて、ポーズも大きくなっていって、
さいごは、「っしゃ〜!!」て叫んでた。

最近、若い人が席をゆずらないね。
私たちくらいの人の方が、ゆずるよね。
そうか、私たちもそろそろ微妙なお年頃なんや(笑)

政二さん、ありがとうございます。

川柳に「意味」を書かないようにするのは、
「意味」を書くより難しいですね。
ただの「ただごと」でない(と思う)「ただごと」が、
はたして読み手にもそう感じてもらえるか…。
意味を書いた句より、わからないです。

あまり観察している意識はないのですが、
外に出ると、ひとり散歩会みたいなことになりがちです。
もはや職業病かもしれません(笑)

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