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2015年10月25日 (日)

真上からのぞく魚のいる瞳

Image1_2 兵庫県立美術館、パウル・クレー展。

クレーは、印刷物と実物の印象のギャップの大きい作品が多かった。
実物は、微妙な色合いや質感から、作家の筆運びや、息づかいまで伝わってきてよかった。深く味わえた。
沈んだ色調の作品が多かったけれど、どこかに必ず僅かな明るい色が置かれていたのにも惹かれた。言葉にすると陳腐になってしまうけど、やっぱり生命力みたいなものを感じた。

美術館は、全館上げて節電に取り組んでいるらしく、トイレのハンドドライヤーも使用中止。エレベーターも1機のみ運行。「節電のため」と大きく書いてあった。ならば、建物の外周のネオンサイン(写真の窓の下赤く光ってるの)、まずあれを切ったらどうかな?ない方がいいと思う。

帰宅後、いつも通りおじいちゃんちへ行ったら、クレーの余韻を吹き飛ばす、おばあちゃんの荒れよう。久方ぶりの、渡る世間は鬼…状態。帰り道、ふと石坂浩二の声、「それはまだほんの序章だと、気づいていない桐子であった…」。今日買ったポストカード、「悲しみ」を見つめている。

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コメント

桐子さん
クレーはいいですね。
画集の解説に、クレーは自分の絵を子供たちの絵の中に入れ
自分の絵が子供たちの絵とわからなくなるのをよろこんでいた
と書かれていたのが印象に残っています。
世界の画家はうまいとかへたを越えているのですね。

政二さん
クレー、よかったです。
うまいへたを越えるって、すごいことですね。
うまく描こうとか、考えるとよくないのでしょうね。

点描、モザイク、キュビズム…
実験的な作品が興味深かったです。
川柳も、まだまだできることがあるような気がしました。

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