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2016年5月

2016年5月27日 (金)

モザイク

Img_0501 1930年(昭和5年)に建った、ホテルのBARの床。なんておしゃれ!このタイル、実は試し焼きのテストピースで、中には裏向けに貼ってあるものも!

フランク・ロイド・ライトの愛弟子、遠藤新の手がけた旧甲子園ホテル。現在は、武庫川女子大学の建築学科のキャンパス、オープカレッジとして使われている。

このタイルだけでも、見飽きないが、ホテルの外観、細部の意匠、採光デザイン…と、最上級の遊び心に触れられる。

2016年5月26日 (木)

街角のカラスタイル

カラスが巻き寿司を食べていた。
もちろん道端。自転車のカゴからこぼれ落ちたのかな?一本まるごと。きちんと一切れずつとって、子どもみたいに真ん中の具から食べていた。
カラスと巻き寿司…、実に絵になる。黒×黒で、渋いのなんの!写真を撮りたかったけど、「やだ、食べるとこなんか写さないで〜」って、あっちを向かれてしまった。
あきらめて買い物してもう一度戻ったら、すでに完食。あまりにおいしそうに食べていたので、思わず巻き寿司を買ったのでありました。ヘヘヘ。

2016年5月25日 (水)

火付けしてまわる鳩の目擦りつけて

川柳フリマで、歌人の山田消児さんと川柳人小池正博さんによる、「短歌の虚構、川柳の虚構」というテーマで対談があった。内容については、川柳スープレックスに江口ちかるさんのレポートがアップされていたので、まずそちらをお読みください。

虚構を調べると、以下のように書かれている。
1、事実でないことを、事実らしくつくりあげること。つくりごと。2、文芸作品などで、作者の想像力によって、人物・出来事・場面などを現実であるかのように組み立てること。フィクション。仮構。
虚を否定されたら、私は川柳が書けない。タイトル句にしても、私は放火もしないし、ましてや鳩の目で火がつくはずがない。一句全体がイメージでしかない。まあ、この句のような一読作りごとと分かる句は、虚構とは言わないのだろうけど…。
日常生活での現実の私って、私のほんの一部じゃないのかな?果たしてそれが本当の私かと問われたらそれも怪しい。もしかしたら、虚の方が本当かもしれないし…(放火魔か)。それを知りたくて川柳を書いているところもあると思う。

ただ、人の死に関しての、安易な虚については不快感を覚える。私は、基本的に句の中の、亡父、亡母、亡夫、亡子などの、「亡」はいらなくて、なくても表現できると思っている。「亡」は説明だ。ましてや、亡くなったことにした方が、情に働きかけると思って付けられたとしたら、その虚は受け入れがたい。こころの中の事実となるくらいの、動機なり模擬的体験なりをもっての創作であればありだと思う。

2016年5月23日 (月)

おにぎりは温めますかお箸は、あ

1週間という歌がありましたが…。

15日:俳句短歌ライブ@ことば蔵 
短歌、俳句ワークショップ。①お題「ことば」から連想したものを書き出す→②俳句は季語を、短歌は心に浮かんだものを書き出す→①と②のどれかとどれかを組み合わせて定型にまとめる。という作句(歌)方法を学ぶ。これって、一般的な書き方なのでしょうか?
16日:そら豆収穫中に大雨に降られる。
17日:つづきの会
表現しよう、表現しよう…と思うと、かえって狭いところにはまり込んでしまう気もするこの頃。表現を捨てたらどうなるのか?ピカソになれるんじゃないか?けれど、それには高度なデッサン力あってのこと。そうだ柊馬さん!柊馬さんが、やってくれないかな…。
18日:美容院。
30代くらいのママ友が2人で来店。ゆるふわカールに仕上がったママに。「いーや、めっちゃかわいー!あんた今日、ひじきなんか炊かへんやろ。ローストビーフやんな!」関西やわー。
19日:エッセーの締切が担当の方の都合で伸びた。書き上がっていたのに、まったく別の内容で書いてみる。他にも宿題があるのに…。青に見せたら、どっちでもいいと言われ、結局、最初に書いた方を送る。
20日:捻挫が牛歩戦術のようによくなっている。
21日:小学校の同窓会
嫌な予感はしたが、座敷だった。捻挫が悪化。昨年、再婚したY君が結婚式の写真を見せてくれる。「出たかった?」と聞かれたので、「次んとき呼んで」と頼んでおく。
22日:川柳フリマ
ねじまき句会で、凛さんと店番。よそのお店は、露天のようだったり、しっかり本屋さんだったりと、とっても賑やか。「ねじまき#2」のみをしょぼく積み上げ、「これだけですか?」「これだけです」と、愛想もしょぼい。試食ならぬ、試読…つまようじに1句刺して配るとか。「手前ここに取りいだしたるは名古屋名物ねじまき#2。ねじまきと申してもただのねじまきとねじまきが違う…」とやるとか…次は考えないとな。
虚構の話とか(そっちが大事)は、また後日。
懇親宴は、予感なしに座敷。捻挫が悪化。

2016年5月16日 (月)

おとこたち

今朝のワイドショーで、81歳の男性がお隣りの防犯アラームに腹を立てて怒鳴り込み、録音しようとしたボイスレコーダーを壊して逮捕されたニュースをやっていた。おつれあいが施設入所したあたりから、様子がおかしくなったと近所の人が言っていた。「『おとこたち』や…」と青。

おととい観た、ハイバイ「おとこたち」。4人の男たちの最後の一人が卒業してから80代までの半生のイベントが綴られる。酒に足もとをすくわれ、女におぼれ、仕事で心身を壊し、企業戦士となり…それぞれにたどり着いた老後…居場所のない家、社会的存在すら疎まれ、衰えるからだ、うしなわれゆく記憶・・・懸命に生きてきて、こんなはずでは、こんなはずではなかったとなすすべもない。前半から笑い飛ばしていたのが、どんどん笑えなくなる。私の前後の男性は、泣いていた。
ばあさんは徐々にばあさんになるのに対して、じいさんは名刺を取り上げれて、準備のないままにじいさんにされるので適応できにくいのかも…。芝居を観に来て泣いていた男性は乗り切れるタイプだろう。たいていの予備軍は、自分は大丈夫と思っているふしがある。

2016年5月15日 (日)

せんぱい

京都の蕎麦屋にて。

となりには、男性2人。社会人になりたてと、10歳くらい年上か。年長の男は、やたら先輩風をふかして、蕎麦の蘊蓄を語り、仕事へのアドバイスをしていた。
蕎麦屋で飲む日本酒がうまいのだと、後輩にすすめる。後輩は、体質的に飲めないのでと遠慮がちに断るも強引に注文。「母親がまったく飲めなくて、アサリの酒蒸しを作ってて、蒸気で急性アルコール中毒になったくらいなんです。僕は、そっちの体質受け継いで…」って、説得力抜群のエピソードまで披露したのに、蕎麦猪口サイズの冷酒が運ばれてきた。ひと口飲んだだけで、爪の先まで真っ赤。先輩が席を外したとたんに「すみません。お水ください」と、一気に飲んでおかわりしていた。かわいそう…。(残りおばちゃんが飲んだろか)と、喉まで出かかる。
となりが帰ってから、ひどかったねーと盛り上がる。だいたい蕎麦屋の日本酒は、蕎麦の前に焼き味噌とかだし巻きとか板わさで食べるんだよねー。「…いつか言ってやろうと思ってたんだ…」って、なにあれ、京都タワーの上からもの言うてたでー。と、やんや、やんやでありました。

2016年5月12日 (木)

とおい声

ある日、同僚のOさんが膝から下、血まみれで出勤してきた。駅のエスカレーターを正座のかたちで落ちたと言う。いつも、レッツ・ポジティブなOさんは、「私、運動神経がいいから、これくらいで済んだのよ!」と言っていた。

捻挫は腫れも引いて、思っていたより早くよくなってきた。私だから、これくらいで済んだんじゃないか…と思って、(いやいや、フツー落ちません)…あの日のOさんへの心の声が再生された。

2016年5月10日 (火)

宇宙を描いているつもりです

宇宙を描くちゅうことは、
目の前の一匹のアリを見とる
ということと同じなんですね。
その一匹のアリの中に、
そのアリの生活の中に、
形の中に、色の中に、
大きなすべてがが含まれとる……。
     (「絵をかいていちんち」 まどみちお100歳の画集 新潮社)

52歳からしばらく熱中したという、まどさんの抽象画。その中から、35作品を選び、語っている。「自分がこれを描いたちゅうことは、なにか理由があるから描いたんだけど、その理由がわからんことがあるんですね。わからんことがある方が、なおさら自分にとっては魅力的なんです。何だろう、何だろうって感じでね・・」。
100歳を過ぎて、介護付きの病院に入られたのを機に、ふたたび描きはじめられたそうだ。最近の作品には、日付と短いことばが入っている。「フフフ」「へへへ」が多くて、たのしい。まどさんのこころは、きよらかな水が流れているように常にあたらしい。

2016年5月 8日 (日)

母の日

何歳になっても、子のことは心配。はらはらと娘のことを見守っていた友人が、夕べ、とうとう思いの丈をぶちまけたらしい。どんなにしあわせを願っているか話しながら泣いたと言う。

そして今日、娘さんからのLINEには、お母さんへの感謝のことばとともに、「大丈夫だから、母親として自身を持ってください」と書かれていた。私までうるうる…「自信の字、間違ってるけどな…」「ほんまそれ、大丈夫ちゃうし…」…すてきな母の日。

2016年5月 7日 (土)

また、ことば

地下に人を訪ねる。

うれしすぎて、階段を三段踏み外した。
足を引きずって、お目にかかる。
話に夢中で、痛みも忘れていた。

ダンスも、ことばから作るのだとか。
ことばが決まれば、からだが動きはじめる。
ことばが、からだを解放し、からだは自在になってゆく。

帰宅して靴下を脱いだら、足首が倍になっていた。
うれしくてふくらんでいると思えば……ムリ、痛いわ。

2016年5月 6日 (金)

ことば

カフェで人を待っていた。私の席から見える6人がけのテーブルには、5人の大学生くらいの男子。めいめいスマホを覗いて、まったくしゃべらない。小一時間そのまま過ごして出て行った。

コミュニケーションは、話しことばから、書きことばに移行している。ネットも含め、ことばによる表現の領域は拡大しているし、その意味で、短詩系にはチャンスかもしれない。

以前、グラフィックデザイナーの方が、写真もデザインも裾野が広がることで、ジャンルの底上げにはなったが、ほんとうにクオリティの高いものを評価することが難しくなったと言われた。…そんな悩みが、20年後くらい、川柳にも来ないものかな…。私はもういないけど。

2016年5月 5日 (木)

立夏

立夏と聞いて、ふと。

 おそるべき君等の乳房夏来る  西東三鬼

やっぱり薄着になって、思わず目を奪われたか…。
「おそるべき」は、女性に対する畏怖の念?それとも、ただのおやじ目線?
どちらにしても「おそるべき」は、やや大げさで川柳ぽい。

2016年5月 4日 (水)

みどりの日

山から下りてきたら、日帰り客、泊まり客とつづき、本日やっと日常を取り戻す。留守電を聞き、郵便をひらき…、お礼状その他を後回しにして、映画「標的の村」を観に行った。オスプレイ配備、ヘリパット建設に反対する沖縄県東村、高江の住民の姿を追ったドキュメンタリー。2012年9月の配備前夜、普天間ゲート前に集結し座り込む住民と排除する警察、ウチナンチュー同士の攻防は痛ましい。そして、この様子は全国に報道されなかった。沖縄のことは、知らないことが多すぎる。

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畑は、えんどうとそら豆がわんさか。食卓は、みどりみどりのまめ祭。

2016年5月 1日 (日)

天使のはしご

山の上で、5月を迎えた。

Img_0472 日暮れのすこし前、厚い雲から天使のはしごが何本も下りてきた。
写真を撮っていたら、青の電話が鳴って、採用の連絡。運命を感じてしまうタイミング。
帰宅したら、水耕栽培中のアボカドの種から芽が出ていた。想定外の真っ赤に驚く。
もうすこし伸びたら、畑に植えてみるつもり。びわ、ゆず、みかん、柿…実のなる木をいっぱい植えるのはどうかな…と考え中。

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