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2016年7月23日 (土)

青鷺 置き去りの青やけに青

せめて週1の更新。

今週は、つづきの会があった。今月は、唯一の川柳の会。
京都では、土用にあんころ餅を食べると夏負けしないとの謂れがあるとか。持って来てくださった方があり、皆でいただく。
合評のときの、柊馬さんの「そんなこと思わせるて、ことばってすごいな、…う〜ん、ことばってすごいな」、きくこさんの「時間が生まれるやなんて、ええことばやなあ…」。座の中のことばからも、土用餅みたいに元気をいただいた。

「少年の名はジルベール」竹宮恵子(小学館)…、これがまた勇気をくれる。
今でこそのBLだけれど、まったく受け入れられなかった70年代から、10年がかりで「風と木の詩」を世に出すまでの闘い。新しいテーマ、新しい書き方をつかみ取る苦しみ。同居もしていた同級生で早くから評価された萩尾望都に対する憧れと嫉妬…、デビューからの半世紀が語られている。 「少女マンガを変えようよ。マンガで革命を起こそうよ」…描き始めて間もない頃に言い合ったという。少女マンガを変え、BLというジャンルまで生み出したんだなあ…。
今は、京都精華大学でマンガを教え、学長でもある竹宮先生。学生たちに、描くうえで重要なことの一つに、「アーティストインプレッション」をあげる。
マンガの芸術性と言えば、単純に幾通りものペンワークのうまさ、すなわち絵の部分だと思われがちだが、本当は違う。「伝わること」「伝えること」が、マンガのパワーであるのなら、これこそが技術。大切なのは、目に見えないものを読者に「伝える」力、「伝わる」力のことだ。(中略)
あなたに、「つらい」という感情があったときに、「大丈夫?どうしたの?元気出して」と誰かあなたの友だちが励ましてくれたとしよう。気にしてくれたのは嬉しい、でも何かが違うと感じないだろうか。その少ないやりとりには含まれない、もやもやとした大きなものが心のどこかにあって、むしろこちらの方が大きいという落差に気が付く瞬間。そもそも私は「つらい」のだろうか……そこさえも疑い、のみ込んでいるいる状態かもしれない。しかし、このもやもやを突き止めない限り、なんだか一歩も前へ進めない……。その霧のような塊のベールをはぐように、絵にしたり、文字にしたり、セリフにしたりといった作業が創作の原動力の一つなのではないか。はぎとってみて、目の前にその形が見えるものとして現れたときに、作ったのは自分なのに、自分で驚いてしまったり、ショックを受けてしまったり、不思議と癒されたり、全然違うと思ったり。めんどくさいといえば、非常にめんどくさい作業だ。でもこれをしないと心が前に向かない。そして、その私にとってのもやもやの正体が、読者にとっても、突き止めたかった感情の大きな部分であったということもあるのだろう。たぶんそれが、「伝わる」ということなのかもしれない。

これなんだなあ…。簡単にことばにしてしまったのでは、自分の水脈を掘り当てることはできないのだと思う。

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