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2016年9月

2016年9月29日 (木)

濡らしたら縮んでしまいそうな夜

雨は嫌いじゃないけど、こう続くとね…。

私は方向オンチだし、地図も読めないのに、夫はなぜか車にナビをつけない。なにがなんでもつけない。最近は、スマホが矢印で教えてくれるから、私か青が見ながらガイド。音声案内はうるさいのでオフ。で、ガイドが遅かったり、間違えたときは、声色であそぶ。たとえば、小池ゆりこナビ。「言っておりません。言ったとしたら申し訳ございません」。松岡修造ナビ。「ミスは悪いことじゃない!後悔するな!」とか。何を言っているのか聞こえない中森明菜ナビ。ほぼまんまで上沼恵美子ナビも。へへ。
ほんもののナビも、好きな声が選べたらいいのにね。(あるのかな?)オダジョーナビとか。この世の果てまで行きたくなりそう。

2016年9月26日 (月)

だれ?

4年ぶりくらいの人から電話。「あの時、私がもらった名刺入れ。気に入らなかったから、あなたにあげたでしょ」と言われる。全く覚えがない。家にはそんなものはない。でも、あげたと、もらったでは、あげた記憶の方が確かな気がして、「もらってない」と言えなかった。

1年ぶりくらいの人から手紙。「栗ようかんがお好きでしたね」とある。そんなブームは来たことがない。栗もようかんも、好きでも嫌いでもない。
誰なんだ、私は。私であることに、自信がなくなってきている。

2016年9月25日 (日)

重ねてみました 守宮のつめたさを

ねじまき句会、題詠「宮」。

「宮」は、広がりがないので難しい。「守宮」は、比較的料理しやすい。守宮だけは詠むまいと思っていたのに、他の出来がよくなかった。で、守宮は5、6匹出てくるだろうと覚悟して投句した。みんな同じことを考えて守宮を外したらしく、1匹きりだった。その場合、守宮だけはとりたくない!守宮はとらんぞ!と意識が働くようで、厳しい視線にさらされる守宮であった。投句一覧のいちばん端っこ、まるで窓に張りつくように守宮はいた。愛らしい指先で必死にとどまっていた。結果は、もうすぐ「月刊・ねじまき」にアップされる。

2016年9月24日 (土)

しずかな人と

中くらいの残念なことが、二つ。まだ大きさの分からないやっかいなことが、一つ。ふらふら、図書館へ。

美術のところで、舟越桂とばったり。ひらくと、途方に暮れた人が次々現れる。
舟越桂の彫刻は、彫刻なのに、人とおなじたましいを持っているような…。ぜったいに目の合わない人と、しずかな時間を過ごす。

舟越桂って、ことばもいいんだ。
たった17文字だからこそ生まれる宇宙 そのせまいワクから宇宙が生まれるのなら、カセをはめることを恐れるな。
題名のつけ方 含まれていて描かれていないこと。
違和感のあるものが美。 私の中に盲腸があるような調和。
死は誰のものか?どこに属するのか。死んで行く者だけのものとは思えないところがある。

2016年9月22日 (木)

からだしかなくて鯨の夜になる

ねじまき句会、雑詠。

ずっとずっとずっと欲しかった、正岡豊さんの歌集「四月の魚」をやっと手に入れて読んだ。好きすぎて、おやすみ前にお気に入りの絵本を読む子どもみたいに、毎夜、最初から最後まで読んだ。そんななかに、ねじまきの締切があった。

合評のときに、なかはらさんが、「なんか、正岡さんの歌思い出したのよね。『まぼろしの鯨が沖にみえるから男の声で泣きだすおとこ』『ねえ、きみが雪をつつんだその夜に国境を鯱は越えただろうか』…」。鳥肌が立った。うれしかった。

2016年9月21日 (水)

瞬間

よく分からないけれど惹かれる作品を、あまり躊躇せずに選べるようになってきた。選評や鑑賞を書く機会の増えたおかげだと思う。あ〜、またこんな難しい句を選んでしまった…と、毎度のように悩みながら、どこがどういいのか、何に惹かれたのか、書けなかった作品はなかった。書くうちに何かしら発見があって、読むことのよろこびにつながってきた。

昨日のつづきの会でも、そんな句と出会った。会のルール上、ここに句を引くことはできないが、日常のほんの一瞬のささやかな幸福感と私は読んだ。ただ、それが「死」ということばで表現されていた。よく考えると、死はすべてからの解放だ。私からも解放される瞬間。そんな瞬間が、日々の中に確かにある。私にとっての「死」が、一句で更新された。川柳っていいなあとしみじみ。

目下、作品鑑賞苦戦中(笑) 

2016年9月19日 (月)

再会

昨日は、ねじまき句会。

その前夜、句会の夢をみた。Mさんが会場に入ってきた。初出席の人がいるって、Mさんだったのか。なんだ言ってくれたらいいのに…。Mさん、少し痩せられたけど、お元気になられた様子。「お元気そうじゃないですか」と声をかけたら、はにかんだように笑っておられた。

Mさんは、亡くなられて四年。お元気そうでよかった。
近ごろ、先の世の方と夢で再会を果たすことが多い。遠い人は、何も言ってくれない。声は聞けない。目が覚めると穴みたいなものが残って、珈琲がぼやける。

2016年9月17日 (土)

アート日和

昨日は、仕事休みの青と藤田嗣治展へ。青は前夜、おかまバーのトイレにiPhoneを落とし痛飲。電車の揺れで酔い戻したのか、青白い顔でウィスキーの息を吐くので帰宅をすすめたが、駅のトイレで吐いて「もう大丈夫」と。若い。

藤田嗣治は会期が迫っていることもあり、なかなかの人出。
音声ガイドがオダギリジョーだったので、初めて借りてみた。オダジョーの声、いい。甘さ+ゆらぎ。

藤田作品は、ノーブル。なのに、どこかマンガチック。突き放さない美、なんだなぁ。

同時に開催されていた「美術の中のかたちー手で見る造形」というのも体験した。アイマスクをつけて、ロープを伝って作品まで行き、音声解説を聴きながら作品に触れて鑑賞するというもの。アイマスクを付けて、目を開いているのに見えない方が気持ち悪くて、ずっと目を閉じていた。てのひらのとらえたかたちを、ひとつの像にする…わたしの作品ができあがってゆく。

ついでと言っては何だけれど、BBプラザ美術館にも寄って「辰野登恵子展」へ。川柳で、具象が動く、動かないというけれど、辰野さんの作品では、動かない色を感じた。形と色のゆるぎない関係を感じさせる。

おかじょうき川柳社の十佐一賞「線」が頭の隅にあるので、今日は何を見ても線がとても気になる…と言ったら、「どんだけホタテ欲しいねん!」と青。ホタテ目当てじゃないっつうの。

2016年9月15日 (木)

十五夜

選評を書き終えて、いまやっとお月さまを見にベランダへ。

黒猫がゆっくりまばたきするみたいに、雲からひかりがのぞく。
Rちゃんも、月見たかな?

2016年9月12日 (月)

やさしさの大きさ

「これ、いかにも桐ちゃんのやさしさぽい」
キンパの残りのたくあんを、おじいちゃん用に刻んだ小鉢を手に青が言う。
「どういうこと?中途半端ってこと」
「そう、もう半分に切ってあげればいいのに、歯ごたえのないたくあんなんてたくあんちゃうって主張してる」
……そうなんかなあ。娘はきびしいなあ。

そのあと、海老の背わた取りを頼んだら、竹串ですーっといかず苦戦。
いきなり肩まで両手を挙げて、
「ダメだ。オペ!メス!」
包丁を渡すと、背を切り開いて取り除いていた。
「見て見て、フリリーでかわいくない?」
……背中びらびらの海老のかわいさって。なんですかそれ。

朝の秋

おとなりの目覚まし時計が、5時30分に鳴る。それから10分おきに鳴る。10分おきに目が覚めて、とうとう6時30分に起きた。7時現在、おとなりはまだ鳴っている。

朝の空気は、秋。
 立秋や金銀パールプレゼント  なかはられいこ
空気中に花粉サイズの、金銀がとけ込んでいる。金の楽器、銀の楽器の音のない音かもしれない。
さ、お弁当つくろ。

2016年9月10日 (土)

枯れる

近ごろ、立ち枯れている草花によく見入る。私もなるべく自然に任せて、枯れるように死を迎えたいと思う。

「人間の死に方 医者だった父の、多くを望まない最期」久坂部羊(幻冬社新書)は、とてもよかった。医師である筆者の実体験をもとに、医学的な知識も交えながら冷静な筆致で綴られている。老い、死を受け入れることにも、知識や情報、経験が必要だ。「自然死」「平穏死」を望まれる方には、おすすめ。

2016年9月 9日 (金)

今朝

川の中にいた。人の頭くらいの丸い石につかまっていたら、ぐらぐら動き出した。水の色が暗い緑色になってくる。そろそろ上がりましょうと水を出た。水中より冷たい…秋だなとおもう。着替えたら入口のとこで…と言って、小屋のようなところへ。川に匂いのするそこは、中に入ると意外と会社のロッカー室みたいで、パウダールームなんかもある。髪も乾かして、入口へ。Tさんはまだだった。バスを3台見送った。Tさんは出て来ない。もうすぐ最終のバスが出る。乗らないと帰れない。乗ろう…。目が覚めた。窓からの風で、からだが冷えていた。

Tさんは、この夏に旅立った。まさかもう会えないとは思っていなかった。深くはないけれど、長いつきあいの人だった。葬儀はお身内だけで、その後、仲間でご自宅へお参りさせていただく日に、私だけ都合がつかなかった。起きながら、もう、Tさん!と思って、Tさんの口ぐせ「えらいすんまへん」を思い出して涙が出た。

2016年9月 7日 (水)

ムラサキシキブ

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私の誕生花。
丈夫でやや湿り気のあるところを好み、半日陰でも育つ(笑)

2016年9月 6日 (火)

見える、見た、見えない

朝起きてリビングのドアをひらくと、ソファに置かれている青の黒リュックが人に見えて驚く。毎朝驚くことに、毎朝驚く。

近所の角を曲がったそのとき、おじいさんが道に落ちているゴミを拾い上げ、真ん前の家の塀の中に投げ入れるのが目に入った。咄嗟に、隠れた。見てしまったことを、知られたくなったのだと思う。犯罪を目撃したくらい動揺した。よくお孫さんと手をつないで歩いている、やさしそうなおじいさんが…。

10月から、NHKカルチャー神戸で川柳の教室がはじまります。今度の教室は、その場で書いて、読んでをメインに、たのしくやろうと思っています。それで案内しようと思ってHPを探したのだけれど、見つからない…早くも中止?とドキドキ。問い合わせたら、原因不明で私の講座だけアップされてなかったのだとか…。はじまるのだろうか…。

2016年9月 5日 (月)

夏のおわりの怪

夫の母は、ひと月ほど前から、新しい健康補助食品を飲みはじめた。

白い粉を水で溶いたどろどろのものを、1日3回食後に飲む。全体に肥満気味であったが、みるみる体重が落ちた。何しろ85歳である。日ごと、楳図かずお先生が筆を入れるかのように、劇的に皺が刻まれてゆく。ダイエット効果で、腰、膝への負担が軽減されたせいか元気そうではある。
補助食品は、ご近所のお嬢さんから買っている。母に断れるはずがない。白い錠剤、緑の錠剤…なぞのボトルが増えてゆく。
どろどろをかき混ぜながら、楳図かずおタッチの母が言う。「これ飲んで、死にかけの犬が6年生きたんやって…」
思わず、息をのんだ。となりで、青も固まった。
「おばあちゃん、こわかったんやけど…あれって、もはやドーピングに近くない」
「犬の1年は、人間の4年とか言うよね」
「死にかけの犬やで…」
「……」

2016年9月 4日 (日)

9月

9月です。ちいさい秋み〜つけた…という歌がありますが、秋はかすかな気配からやって来ます。この気配が、とても好きです。

作品20句をほぼ書き下ろし。そして、ほぼ書き直しました。書き直しながら、どんどん自分から逃げていくようでした。

電車だと2駅先のパン屋さん「グルニエ パン」。ちょっと難しい場所にあるので心配していましたが、もうすぐ1周年。もう大丈夫かな。ハード系が中心だけど、あんパンもスコーンも絶品!もう少し近ければ、毎朝通いたいお店。

さて、「THANATOS 石部明2/4」ができ上がりました。昨年、お申込いただいた方には、来週中くらいにお送りいたしますので、少々お待ちください。

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