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2016年11月11日 (金)

半透明のビニール叔父の高知弁

母と妹が佐賀県へ移り住んで、もう30年近くになる。佐賀弁が板について、すっかり九州の人になっている。お昼のお寿司のお醤油の甘いのが残念というと、二人が「もう慣れたもんね、甘いのやないとおいしくなか…」と声をそろえた。考えてみたら、私はずっとおなじ文化圏に住んでいる。ここを出て暮らすことに、突然あこがれはじめている。

帰るときに、母が「もらいもんばっかりやけど…」と紙袋を持たせてくれた。肩が抜けそうなくらい重いのは缶詰やら瓶詰めで、母というのはいつまでも重いなぁ〜と持ち帰ったら、いくつかは賞味期限切れだった。母がほんとうに老いた。急な秋風が身に沁みるように堪える。

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