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2016年12月

2016年12月30日 (金)

ねむる鳥

不調を訴えていたおじいちゃんがインフルエンザと判明した。予防接種しているので、重症にはならないと思うのだけど…。おじいちゃんとおばあちゃん以外は予防接種していないので、今後どう感染が拡大するか不明。私もあぶない。お正月もどうなることか。

80代は、みんなみごとに自分中心。嵐の過ぎるのを待つような年末。ときどき台風の目のようなところで川柳を考えている。

幼児サイズの白いメンフクロウの夢を見る。絶対にフクロウと思ったけれど、ヒトだったのかな?目をひらいたまま、おふとんに眠っていた。来年は夢日記をつけようかな。

2016年12月28日 (水)

年賀状

ものすご〜く迷いつつ、年賀はがきを買った。今年中にあと一つ連作を書き上げる予定。なのに今日から母がやって来た。来るなり、姪っ子を呼んでいっしょに食事。いいんだけど…時間が…。

年末年始のごあいさつも変わってきている。数年前には、お子さんの結婚式の写真入り喪中はがきが届いた。お父さんが亡くなって日を置かずの結婚式だったそうで、きっと父もよろこんでいるはず…とあった。ご家族がそう思われたのだから、きっとそうなのだろう。ペットの喪中はがきを出した話も聞いた。こちらも、その人にとってはそうなのだろうと思う。
師走は、どうしても仕事がボリュウムアップするので、賀状を丁寧に書けない。SNSとかでやりとりしたり、近況がわかる人も増えたしなぁ…。毎年、ボールペンの直筆で素っ気ない賀状をくれる叔父。来年91歳の叔父とやりとりできる間は続けるか…。

2016年12月27日 (火)

星に捧ぐ

神戸新聞文藝年間賞が発表された。小説の受賞者は、今年2月に急逝された俳人永末恵子さんの夫、高木敏克氏。

受賞のことばより。「神々の丘」は久しぶりの短編です。書かなかった私にこの作品を書かせたのは最愛の妻です。彼女の俳句は比類なく清潔に輝き、私のためにも、俳句のためにも必要な星でした。「神々の丘」はその星に捧げるものです。

永末恵子さんの句集「ゆらのとを」は、葉ね文庫、「葉ねの壁」のリスペクトブックで唯一あげた句集。表彰式でお目にかかるのをたのしみにしている。

   霰降るふっと不思議な笑い方

   永き日の箒は育つものならん

   硯より涼しい森である帰る

   音楽のここからここまで明石鯛

   寸法を測りなおして夕焼けぬ

   春の雪雀むんずとつかみたく

   学校がふくらむ毛虫日和かな

                  「ゆらのとを」 永末恵子 (ふらんす堂)

2016年12月25日 (日)

くりすます

今年は、連休のクリスマス。みんな旅行に出かけたので、一人。チキンもケーキもなく、ひたすら仕事。休憩読書は「死なないでいる理由」鷲田清一。夜半に田中五呂八、川上日車、木村半文銭の作品から選句。…渋っ。

電話が鳴った。Rちゃんからだった。「イブの夜に、チューボーですよ見終わって、なんか眠る前にちょっと声が聞きたくなって…」「恋人か!」。すこししゃべって、年始に会う約束をする。文字もいいけど、声って…耳から沁み込む。

  安心をして三角の底に寝る  田中五呂八

2016年12月24日 (土)

ゆうべ、墨作二郎氏の訃報が舞い込んだ。
とうとうこの日が来てしまったか…。
野武士だったなあ…。その割にさみしがりやだったなあ。

赤い発疹が出る夢。足元から上半身にひろがってきて、二の腕の内側で目が覚めた。

2016年12月17日 (土)

献ギャグ

夕べ大阪環状線で、となりの若い女性二人が、「しまったしまった島倉千代子」「ごめりんこ」「頭の中がチンチラポッポ」「久しぶりぶりブロッコリー」……島木譲二ネタ勝負みたいなことしていて、「町内会ではバンビちゃん言われとんねん」と参戦しそうになりながら、何のゲーム?と思っていたら、亡くなられたのですね。まあでも、何よりの供養じゃないでしょうか。

去年も書いたと思うけれど、新年詠が苦手。新年をそう意識しなくてもいいのだと思うけれど、あかるい句がどうも詠めない。勢いへんな力が入って、毎年おかしなことになっている。困った困ったこまどり姉妹。

2016年12月15日 (木)

ウエット注意報

夕べは何度も、おめでとう、おかえり、おつかれ…と乾杯。久しぶりに浮かれた。
今日になってしみじみと、おめでとうまでの6年。おかえりまでの…何年かな?おつかれまでの30年を思う。まったく、つづけることも才能と思う。
あと、旅立った人の話になって、フツーにぼろくそ言われて、笑われていて、愛を感じた。ほんとうの親しみがないと、言えないもの。

訃報つづきで、水分が頭部に集まっていてちょっとした刺激で漏れてしまう。お手紙にじゅわ〜。手記にじゅわじゅわ。電話にぼろぼろ…。

2016年12月11日 (日)

めざせ休憩

今日は計画が消化できていないので、まだ休憩がとれない。
あと1句できたら、「コンビニ人間」を読む予定。
もうこれは外に出て詠もうと思ったら、寒いのなんの。おいしいお豆腐買って帰ってきた。湯豆腐食べてもうひと頑張りする。

昨日の、山下澄人「しんせかい」には、「率直に言って覚えていないのだ、あの晩、実際に自殺をしたのかどうか」という短編も収録されている。
主人公は歌舞伎町に行こうとして、ホテルのフロントで道を訊ねる。右へ曲がって大きな道路と言われた道路は、果たしてこの道路で合っているのか?左へ曲がる道と言われたが、斜めに曲がっているこの道でいいのか?ホテルに戻って確かめたり、地図を描いてもらったりをくり返すうちに、途方に暮れて突発的に死にたくなる。
そんなアホなと思われるかもしれないが、私は分かる。私も、訊いても、地図をもらっても迷ってしまう方だ。前に、友人の家に行くときに、電話をして訊ねたら小さな川を超えて…と教えられた。次の目標物が出て来なくてうろうろして、また電話をしたら、家の人が迎えに来てくれた。私が小さな川と判断したのは、大きめの溝だった。
そういえば、この前の散歩会の「漢字ミュージアム」も迷って、交番で訊いたら若い巡査は固まって、となりの年配の巡査に「……となり」と言われた。「オゥ、アリガト…」とちょっと外国人ぽく礼を言っておいた。

2016年12月10日 (土)

やっと休憩

予定より、原稿に時間がかかってしまった。余裕をみていたのに…。

ミックスベリーティーで休憩に、山下澄人「しんせかい」を一気読み。この人は、思いや感情をほとんど書かない。現実と記憶とを淡々と綴る。それで、充分に痛いも怖いも伝わる。痛い、怖いと書かれるより感じる。文章は、巧い下手を超えた独特の持ち味。「しんせかい」くらいの量がちょうどよかった。あれより長いと、ちょっともたれる。

2016年12月 9日 (金)

また、休憩

少し前のこと、ある国際的なコンテストの作品展を観た。
展示があまりに雑。予算も人手も無いにしても、もうちょっとやりようがあるだろうに…。作品が気の毒。大賞、準賞受賞者は海外の人だったが、受賞コメントの日本語がこれまたヘン。もしかしてGoogle翻訳?なんだかなあ…。

毎年目にする、他ジャンルの年間賞がある。
この選評がまたすごい。青に見せたら、「やばいな、私でも書ける」。ど素人に書けると言わしめるほど、選の評のない選評。なんだかなあ…。

文章はヘタでもいいから、“作品ファースト”しっかり向き合う!!ピシッ!(顔叩き) さ、仕事に戻ろう。

2016年12月 6日 (火)

休憩

書きあぐねている。ちょっと小休止。

さて私は、2007年に所属していた川柳大学が終刊となり、以来どこにも所属せずにきた。どこかに入った方がいいとか、句集を出しなさいとか、ありがたい助言をいただきながら、ぐずぐず年月が過ぎてしまった。
と、ここにきて、いっそどこにも入るな、一生句集を出すな、出すとしても、もはやそれは句集なのか?というようなものにしろとか、それはそれで悩ましい助言をいただくようになった。句集じゃない句集って…、と考えはじめるときりがないので、そろそろ戻ろう。

2016年12月 2日 (金)

散歩会@漢字ミュージアム

漢字の人偏と手編を読み間違えていた特選句の選評を、校閲さんが気づいてくださって、選び直し、書き直ししているうちに師走に突入。そして散歩会は、なんと漢字ミュージアムだった。

漢字ミュージアムは、八坂神社のすぐそばに今年オープンしたばかりの、漢字をたのしく学べる体験型施設。
ことばから書く川柳、文字から書く川柳…とにかく漢字から離れられないまま、ある意味新鮮な吟行だった。

  魚ヘンつけて師走の街へ出る

  古書古書古書書けないときのおまじない

  削ったら夢なんか出てきちゃったわ

  黒黴は遠い手紙なのかもしれぬ

  モノクロの写真仏蘭西文学者

  一年がもう一文字になっている

  骨と書くからだが遠くなってゆく

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