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2017年2月27日 (月)

さきおととい、おととい、きのう

24日(くもり) 久しぶりに「春鹿の会」へ。本日のお酒は、滋賀の「松の司 産土」。口当たりよくさっぱりしたお酒で、くいくい飲んでしまう。二代前の板前さんが戻って来られて、お皿や小鉢も、古いものが復活。それもまた味わい深い。私のとなりには、昭和5年生まれのお爺ちゃま。お酒をいただいてほわわんとなると、なんでしょう、もうほとんど妖精。
帰宅したら「ねじまき#3」が届いていた。青から○の句が4句(20句中)しかないと言われた作品が掲載されている。あー、それに三好さんの作品鑑賞も。見たい。こわい。見たい。こわい……。なかなか箱をひらくことができない。

25日(晴れ) 大阪短歌チョップ。イベントの告知からして違う。私のような方向オンチでもすいすいたどり着ける会場案内に、ランチのお店紹介まで行き届いていて感心する。あれも聴きたい、これも見たい…イベントが盛りだくさん。感想はいっぱいあるのだけど、何と言っても石井僚一君!!!!!
2014年に父の死をうたった作品で短歌研究新人賞を受賞。直後、父が生きていたことで虚構論争が起きたことは記憶に新しい。昨年、「石井僚一短歌賞」というのを目にして、私は同姓同名の歌人がいるのだと思い込んでいた。な、なんと、本人だったとは!
しかも、なぜ自分の名を冠した賞を?に、「やりたいと思ったから」。さすが平成生まれ。ここまでぶっ飛んだら、わらってゆるすでしょう。
スタッフも来場者も若い!パワーがすごい!もう川柳は滅びるしかないかも。残された道は、廃墟マニアの集まりみたいな感じかな。それはそれで、おもしろいか。

26日(晴れ)カフェタナトロジー。東北の看取り文化についてのお話を聴く。宮城県で在宅緩和ケアをすすめてきた故岡部健医師の話より。往診の際、亡くなった親族などが傍に来ている…いわゆる「お迎え」を体験される方が少なくない。死を間近にしたときに、死者と感覚的につながってゆく。そのことで、安心してあの世へ逝くことができるそうだ。お迎えは、やっぱり親族みたいだけど、それもやっぱり地域性なのかなあ?都市部のお迎えも、聴いてみたい。
帰宅したら、「川柳木馬」が届いていた。とうとう来たよ〜。青に見せたら「桐ちゃん、鑑賞はまあまだいいけど、こういうのなんて言うの作品評?作品論?今度から断った方がいいで」と言われた「徳永怜を読む」。引き受けてごめんなさいです。見たくない。こわい。見たくない。こわい。封筒をひらくことができない…。

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コメント

桐子さん、知っていました?
私も廃墟マニアです。

廃線になった山上のロープウェイの朽ちかけた駅。
もう誰も住まなくなった廃村八丁の廃屋の庭に、それでも
けなげに咲く花や木々。
時間の移ろい滅びゆくものに惹かれるのでしょう。

それでも、川柳はどげんかせんといけんですね。
どうやって耕せばいいのだろう、と悩みの種をもったまま。

あら〜っ!すでに川柳は、廃墟マニアの集まりなのですね。
なんでしょうね、あの魅力は。
滅びる自由とか…自然と溶け合ってゆく感じとか…
この世のちょっと先のような感じでしょうか。

やっぱり、自然に放置されているところが魅力的ですから、
川柳もなすがままに朽ち果てましょう(笑)
うそうそ、叱られますね。
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