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2017年7月

2017年7月28日 (金)

曇天ずるずるたぐりたぐり八つ手

先日、「手相観」なるものを体験。

両手を差し出すや、「まあ、なんて若い手!たましい年齢は22歳です」と言われた。若いと言われて反射的によろこんでしまったが、よ〜く考えたら未熟ってことではないか。
たましい年齢的には娘の方がずっと大人で、母娘が逆転しているらしいのも、やや心当たりがあって複雑。
あれからというもの、人を見るとたましい年齢はいくつだろうか?と見積もってしまう。ちなみに、たましい年齢最年少は、新庄剛志6歳。最高齢は、藤井聡太四段106歳。

庭の隅の八つ手のところが、ほの暗い。八つ手のたましい年齢も魔女なみ。百日紅は一生更年期だし、ゆずは幼児。

2017年7月27日 (木)

ポラロイドの海へまぶた重くおもく

先日の、東京句会の結果が「川柳スパイラル」のサイトで発表されています。
私と、柳本々々さんと「誘う」の共選。それぞれの秀句を、もう一人は入選にも選ばず。選に個性が出ました。
選句には、選者の川柳観が反映されるのはもちろん。あと、選者自身がその題に対してどのように発想をめぐらせたかや、そのときの精神状態など、いろいろな要素が微妙に影響すると思う。
選句もトレーニングなので、日ごろ柳誌でも句集を読むときには、5句なり10句なり決めてとにかく選ぶようにしている。
古い句集を開くと、チェックの句に(えっ、この句?)と驚くことがある。川柳観は変化するし、社会も変化するし、わたし自身も変わる。それでもずっと好きな句、こころに響く句というのもあって、そういう句の存在に力をもらったりもする。

2017年7月25日 (火)

澄んでゆく痛みをあつめ糸瓜水

先日、子規庵を訪ねた折のあいさつ句。

書斎のガラス戸の向こうに、立派な糸瓜が垂れていた。わたしもしばらく眺めた。あの気散じな姿に、少しは痛みがやわらいだのだろか?
句会の雑詠に出してみたけれど、無点句であった。

2017年7月24日 (月)

真鍮の把手のついている地名

小津夜景さんの句集「フラワーズ・カンフー」の出版と田中裕明賞を祝う会へ。
こういう場の経験が少ないのでよく分かりませんが、形式張らないあたたかな会でした。それがそのまま、小津さんの俳句界のポジションのように感じられました。
小津さんは、だいたい思い描いていた通りの方でしたが、すべてを見通すような、すべてを吸い込むような瞳が、「高墨」という葡萄を思わせました。
例によって駅から会場の方向が分からなくて、交差点で密かに「俳人を探せ」開始。いた、いた、いた!俳人オーラが出ている女性発見。A4の紙を手に、道を尋ねておられる。こっそり尾行して会場へ着いたのでした。

翌日は、川柳スパイラル東京句会。
若手歌人、若手俳人、句会慣れしていない初々しい柳人+ 初々しくない(ふてぶてしい?)柳人若干名。川柳人は、作品の句意や仕立てに既視感ということをよく言うけれど、評の既視感ということを自身のことばに痛感しました。読み、評のみずみずしいこと。もちろん作品も。タイトル句は雑詠で、出作者冥利に尽きる読みをいただけた作品。
例によって、会場案内の駅から1分に油断。「柳人を探せ」も失敗。迎えに来ていただくはめに…恥ずかしい。 あと、川柳スパイラル東京が、「Senryu Spiral Tokyo」 …「Soup Stock Tokyo」に変換されてスープカレーが食べたくなる症状をなんとかしたい。

2017年7月19日 (水)

電池残量チェッカーの針振れて蝉

川柳の書き方はそれぞれで、句会などでメイキングが明かされることがある。
「ことばの川柳」「ことば派」と呼ばれる書き方があるけれど、ほんとうにことばから書くんだ…と少々驚いた 。とても重い内容の句が、ファッションコーディネートのように語られたせいでもある。

タイトル句の「電池残量チェッカー」。これは、友人と川上弘美の小説「センセイの鞄」の話をしたときに、電池残量チェッカーエピソードを思い出して使ってみたくなった句材。私はほとんど、モノや、ことからの発想で書いてきた。
句材としてのことばに、ことばを合わせていく、つないでいく書き方は、たしかに無限で、思っても見なかった世界が立ち上がるおもしろさも感じる。
出来上がったものに実感が生まれる感じなのかな…。ことばからの書き方も一通りではないだろうし、とにかく書いてみないと…。

2017年7月18日 (火)

隙間なく触れ合っている海と闇

うみの会、兼題「海」。

神戸であたらしい句会がスタートしました。

神戸港開港150年の海の日、「うみの会」は「読み」の句会です。
きっかけは、またしても酒の勢い。樋口由紀子さん、妹尾凛さんと、神戸新聞のHさんと川柳とは別件で集まった折、当然、川柳の話にもなり、そのときはすでにかなりジョッキをあけており、クイーン・エリザベス号くらい気が大きくなっており、やっぱり句会!、そうだ、句会!日本一怖い句会!それだー!と意気投合。そして、かなり大雑把な三人は、メールのやりとりだけで開催日を迎えたのでした。
歌人1名、俳人2名を含む14名。選も意見も大いに分かれて、刺激的だった。
印象に残ったことはまた後日書くとして、私の句はどうも俳人好みであるらしい…。

2017年7月16日 (日)

人生のかがやき

インタビュー、あなたの一番かがやいていたときは?

夫の母は、家事を嫁にバトンタッチして、近所の姑仲間と毎日、新舞踊、カラオケ、編みものなどの趣味や、芝居、旅行に明け暮れたバブリーな60代。
私の母は、二人の娘に洋服を手作りしては着せて、長い髪をアレンジ。連れて歩くと、みんなが振り返って、写真を撮らせてほしいって頼まれたりした30代。
なるほどな…。どちらも、価値観がくっきり。

2017年7月10日 (月)

骨のつづき

母のことで、葬儀や埋葬について引きつづき情報収集をしている。

先日は、ご夫婦で「献体」を選んだ方の体験談を聴かせていただいた。昨年亡くなられたおつれあいのご遺骨が、約一年ぶりに帰ってこられていた。遺骨は、全てを引き取ることも、大学病院の共同墓地に埋葬することも可能だが、お嬢さんのご希望で分骨されたそうだ。やわらかく頬笑む遺影、ご遺骨、花、故人あての手紙などが、リビングの隅のテーブルに明るくあって、玄関にもちいさな遺影とちいさな花。まだ、いっしょに暮らしていらっしゃる感じがした。

心配しなくても、生きてきたように終るようだ。

2017年7月 7日 (金)

雨の夢

半分起きている。大雨だ…と思いながら、夢のつづきをみていた。

夫の母が妊ったという。父も大喜びで、生むのだと言う。86歳のカップルがだ。噂を聞きつけてやってきた近所の人たちに、父は誇らし気に恥ずかしがり、母はしわくちゃの両手を下腹に当てて微笑んでいる。
待って、待って、待って…赤ん坊の世話は誰がするの?誰が育てるの?介護と育児が同時になるじゃないの…。焦って目が覚めた。

雨の日は、現実離れした夢をみる。雨音の影響だろうか?風の日はどうだろう?天気と夢…夢日記をつけてみないと。

2017年7月 5日 (水)

「終活」にとりかかった母は、自身の葬儀や埋葬について答えを出した。ところがそれが、同居する妹を傷つけてしまった。母の世話をする自分に、どうしてさいごまで任せてくれないのか。ましてや、自分の気持ちを知っていながら、なぜそんな答えを出すのか…と。

どっちの気持ちも分からないでもない。どっちも自分中心とも言える。私の立場からは何とも言えない。父の葬儀のときに、介護もしていない人に口を挟まれたくないと言われて以来、傍観に徹している。母のことについても正直どちらでもいい。母と妹がもう少し互いの気持ちを聞き合って、納得して答えを出せたらいいと思う。二人の仲を取り持つのは、私より姪っ子がいいだろう。先日から二度会って話したけれど、なかなか頼もしい。うまくいくと思う。

母のことで調べてみたら、散骨、樹木葬、宇宙葬から、遺骨からダイヤモンドを作ったり、遺骨を残さない(火葬場から持ち帰らない)「0葬」なんてのもあった。選択肢が増えるのは喜ばしいようで、悩ましくもある。これは予想だけど、今後は血縁に頼らない埋葬が出てくると思う。シェア墓とかグループ墓とか。骨なあ、骨…。

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