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2017年7月24日 (月)

真鍮の把手のついている地名

小津夜景さんの句集「フラワーズ・カンフー」の出版と田中裕明賞を祝う会へ。
こういう場の経験が少ないのでよく分かりませんが、形式張らないあたたかな会でした。それがそのまま、小津さんの俳句界のポジションのように感じられました。
小津さんは、だいたい思い描いていた通りの方でしたが、すべてを見通すような、すべてを吸い込むような瞳が、「高墨」という葡萄を思わせました。
例によって駅から会場の方向が分からなくて、交差点で密かに「俳人を探せ」開始。いた、いた、いた!俳人オーラが出ている女性発見。A4の紙を手に、道を尋ねておられる。こっそり尾行して会場へ着いたのでした。

翌日は、川柳スパイラル東京句会。
若手歌人、若手俳人、句会慣れしていない初々しい柳人+ 初々しくない(ふてぶてしい?)柳人若干名。川柳人は、作品の句意や仕立てに既視感ということをよく言うけれど、評の既視感ということを自身のことばに痛感しました。読み、評のみずみずしいこと。もちろん作品も。タイトル句は雑詠で、出作者冥利に尽きる読みをいただけた作品。
例によって、会場案内の駅から1分に油断。「柳人を探せ」も失敗。迎えに来ていただくはめに…恥ずかしい。 あと、川柳スパイラル東京が、「Senryu Spiral Tokyo」 …「Soup Stock Tokyo」に変換されてスープカレーが食べたくなる症状をなんとかしたい。

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