« 夜明駅 | トップページ | 雨雲迎え撃つウタマロせっけん »

2017年8月17日 (木)

句会こわい

「うみの会」が神戸新聞のコラム「正平調」で紹介されました。

少し前、ネットでは大辻隆弘さんの短歌時評「歌会こわい」が話題になりました。
私は、ねじまき句会、つづきの会、うみの会と、いつの間にか合評中心の句会にばかり足を運ぶようになりましたが、怖いと感じたことは一度もありません。
大辻さんの時評の中に、『「歌会こわい」という声の背景には、短歌をコミュニケーションの手段だと考える人々の増大がある。』とあり、思い出したことがありました。
ある句会で、川柳の構文や表現への批評に対して、私の思いはそうではないと反論したり、思いが否定された、思いを傷つけられたととらえる人がありました。思いの川柳は否定しませんが、思いを伝えたいだけなら川柳でなくてもいいと思いますし、むしろ散文の方がいいでしょう。当時は、そんなことは言えず、ただ難儀やな…と聴いていました。

« 夜明駅 | トップページ | 雨雲迎え撃つウタマロせっけん »

コメント

なるほど。桐子ちゃんの解説でよくわかった(^O^)

川柳としてどうこうよりも、
私の思いや、私の出来事を書きたい人は大勢いて、
それはそれで、否定することじゃないと思っています。

ただ、「私の思い」ってのが、
実は、そう簡単なものじゃないとも思っていて。
私のことをいちばん勘違いしているのが私でしょう。
川柳で、「わたし」を引っ張り出したら、
もっとおもしろくなる説を唱えているんだけど、どうかなあ。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 夜明駅 | トップページ | 雨雲迎え撃つウタマロせっけん »

無料ブログはココログ