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2017年11月

2017年11月29日 (水)

フライパンの取っ手のネジのゆるむ雨

ねじまき句会、雑詠。

ねじまき句会のHPに取り上げていただきました。
こんなに点の入る句じゃないはずなのに(笑) そうか、みんな、<くらっ>とするんだ。私は、菜箸とか木べらをさしているところに、プラスドライバーも入れてあります。フライパンも鍋も、こう<くらっ>とするのは、使い方が悪いのだと思ってました。

2017年11月28日 (火)

光ってみえるたった一つの角度

うみの会、雑詠。

ある作品について、「もうすこし表現を何とかして川柳にしないと…」という意見が出る。この作品が川柳でなければ、私の作品はもっと川柳じゃない…とドキドキ。
けれど、何をもって川柳と言うのか、明確な答えは誰からも出なかった。「川柳性」「川柳味」「川柳らしさ」は、感性で捉えるにとどまりがちだ。
句会後も考えていたのだけど、私が川柳ぽさを感じるのは、穿ちの発想についてが多いように思う。これからは、「川柳性」を感じた時に、どこが?と問い返しすようにしたい。
それから、ぼんやりした川柳観のなかで書かれている川柳の、それぞれの川柳観にできるだけ寛容でありたいとは思う。自由に表現できるところから、新しいものが生まれると思うから。

2017年11月26日 (日)

珈琲の粉のふくれる人生相談

つづきの会、雑詠。

車谷長吉さんの人生相談「人生の救い」を読む。同居する義父母の干渉と、多忙な夫とのすれ違いで心の病を発症したという40代の主婦の「義理の親を看取る理由は?」への回答は、義父母の看取りが厭なら逃げ出す以外にないが、逃げれば今よりさらに苦しい思いをする。人間としてこの世に生まれて来たことに一切の救いはなく、だから人はお遍路に行ったりする。自分も遍路に出たけれども、作家としての自分に救いがないことが分かった。…と説き、最後には、あなたさまを含めご一家の人には救いはないと思います。それを覚悟なさるのがよいと思います。と、書かれていた。ほとんどの悩みに救いはなく、自然に触れることや、散歩をすすめておられる。山の中で歌ったり、畦道でおにぎりを食べるなどすると楽しいらしい。
本を伏せて、珈琲を淹れる。いつもよりゆっくり湯を注ぐ。日暮れどきに、よくビルの植え込みのところに腰掛けて、紙パックの「鬼ころし」を飲んでいたおじさんのことを思い出す。あのおじさんは、人生をよく分かっていたのだなあ。

2017年11月17日 (金)

水曜日の手紙

素掘りのトンネルの先に、そのむかしは漁港だった海。そこにしばらく「水曜日郵便局」が立つ。私の水曜日を送ると、だれかの水曜日が送られてくる。見知らぬたった一人のだれかへの手紙は、川柳にも似ています。

「鮫ヶ浦水曜日郵便局」に手紙を書きませんか?詳しくは、こちら。ただし、今日は金曜日なのでおやすみです。水曜日にご覧ください。

2017年11月15日 (水)

シャンデリア

ジムのポルドブラの緊急代行がスマホに流れてきた。ユン先生、風邪でもひかれたかな。

今日は総仕上げのはずだった。ポルドブラは、振り付けは練習曲でレッスンして、通して踊れるようになってから仕上げの曲に合わせる。練習のあいだ、いつも仕上げの曲を勝手にイメージする。
今回、私の予想では、Bruno Mars 「Talking To The Moon」だった。
実際は、Sia 「Chandelier」。大はずれ。
それにしても、人形が踊ってるみたい……。こういう舞踏系の身体能力高いの、すごく好き。ことばのない表現でいちばん好き。

2017年11月13日 (月)

黄昏のゆめ

急に冷えたせいか、異様にねむい。仕事にならないので夕寝をする。目が覚めて、夢をメモしてまたねむる。

蓋付き碗の蓋をとると、中央に団子状のもの。なんだろ?と見ていると、一本、二本と足が動きはじめる。蟹だ、仰向けの蟹だ。手にしたスプーンで、思わずお腹を潰す。…夢占いによると蟹は母性を表すらしい。なんてことだ。
露天風呂に入っていたら、男性が入ってくる。見覚えがあるが思い出せない……。眼鏡だ。この人はいつも眼鏡をかけていたはず……!!!ムンジェイン!そうだ、間違いない。あいさつした方がいいかな…?何語で…?…混浴風呂に入る夢は、気持ちが浮ついているらしい。なかなかすごい浮つき方だ。
青に、ムンジェインさんは眼鏡の方が断然いいねと言ったら、「お風呂に入るときはしゃあないやろ。てか、ほんまに見たみたいに言うな」と嗜められた。

2017年11月10日 (金)

席には花が置かれ息をしている

Sさんの通夜。となりの市に、この3月まで勤めていらしたので、仕事を終えて駆けつけた人が式場をあふれる。私も、出入り口の外に並ぶ。喪失のかなしみというのは収めようがないせいか、神経が過敏になっているとおもう。式場の外だったのもあるかもしれないけれど、とにかくスタッフがバタバタ、バタバタと走り回る。「椅子がもうないので、ここに二列に。通路を開けてください」、大声で事務口調。思っていたより会葬者が多かったのだろう。読経がはじまっているというのに、会葬者のすぐとなりで会葬御礼の品を袋詰めし始める。バリバリ(ダンボールを開く)、バッ(紙袋を開く)シュトッ(箱を入れる)。バッ、シュトッ、バッ、シュトッ……なぜここで?もうすこし、しずかにできないか……。喪主のごあいさつの間も、時計ばかり見ては、首元のインカムを引っ張ってぼそぼそしゃべる。なんか残念すぎる。

ご自分で準備されたという遺影は、きりっと仕事の顔をされていた。プライベートの甘いマスクのSさんも素敵だったんだけどなぁ…。さみしいなぁ。

2017年11月 7日 (火)

いきなり吟行@宮城県立美術館

杜人大会の翌日は、笹田かなえさん、なかはられいこさん、瀧村小奈生さんと美術館で吟行。
残念ながら、佐藤忠良記念館は休館。常設展とフィンランドデザイン展を1時間ちょっと観てまわる。図書室で、メモ用紙や手持ちの紙を破った急ごしらえの句箋で出句。全体で、80句弱だったか?私がいちばん少なくて14句。
ランチをはさんで、カフェに移動。句箋を回して選句。おもしろい句が多くて、10句選を12句選に。かなえさんは、句材を血管一巡りさせてことばにする感じ。句箋に体温を感じる。 なかはらさんは、句材を遠くへ正確に投げる。外野からノーバンでホームを刺す、全盛期のイチローみたい。小奈生さんは、目の前の情景を、さっと展開させる。漫画の次の一こまだったり、ムービーのつづきだったり。
少人数は少人数でたのしいし、何も準備がなくても、吟行できることがわかった。
 

   十一月を引っ張ってきたのは小舟

   紅葉はそろそろ痒くなりはじめ

   大皿の縁びらびらになる宴

   滲むこと大事ななまえわすれること

   秋草のもうほとんどやぶれかぶれ

   波音でいっぱいになる鳥の胸

   半分は空で半分は午後三時

2017年11月 5日 (日)

ほしかったのは桃缶の缶の味

川柳杜人70周年記念句会・山河舞句追悼句会、雑詠。

舞台から舞句さんが見守っている。まさかのかたちでの再会だったけれど、舞句さんにごあいさつできてよかった。舞句さんはじめ大勢の方々が自由な気風をつないで、個性的な作家、作品を排出してこられた杜人。結社の根っこを感じるとき、無所属は少々揺らぐ…。
句会は乾杯をしてから、披講がはじまるというめずらしいスタイル。投句一覧が配られているので、入選句を聞くだけでなく、文字でも読める。食事をいただきながら、ゆったり、まったりムードのとてもなごやかな句会だった。終了後はすぐ懇親会。集まってしゃべって笑って食べっぱなしの、なんだかお正月みたいな一日だった。

2017年11月 3日 (金)

眼鏡屋の輪っかのつづく秋の家

息子のパートナーは、私からするとふしぎちゃんで、何を話したらいいのか、どう接したらいいのかよく分からない。自分は夫の母がとてもしんどかったので、そうならないように…と思うあまり、なるべく近づかないようにしていたら、彼女が気にしていると息子が言ってきた。

彼女はアニオタで、彼女がバイブルにしているのが「クラナド」というアニメ。それで、彼女を理解するために観ることにした。原作は恋愛シュミレーションゲームらしいが、彼女曰く家族が描かれていると言う。何か所かで号泣するらしい。アフターストーリーも含め50話ほどあるうちの、やっと4分の1ほど観た。きつい。顔の4分の1ほどもある大きなお目めに、触覚のようなものが生えた髪。「〜〜なんですぅ」というアニメ声。次々登場する人物の見分けすらつかない。パラレルワールドなのか?現実離れした設定。…苦手中の苦手。
けれど、たしかに彼女に通じるものを感じる。号泣できなかったらどうしよう。…今どきの姑はたいへんなのだ。

2017年11月 2日 (木)

特別散歩会@京都市植物園

墨作二郎氏が参加された、さいごの散歩会から一年。なつかしい顔ぶれが集合した。

先日の台風で倒れたままの大木、枝の折れた痛々しい木々の森を抜けると、芝生広場では秋の陽のなかで、ウエディングドレスとタキシードのカップルが2組も撮影している。黄色やみどりの帽子の子どもたちがドングリを拾い、カメラサークルのおじいさんが紅葉を撮影していた。
森のテラスで、コスモスを見ながら句を書いていたら、年配の女性が前に座った。「句を書いてるの?」「はい」「なんぼやっても、深みにはまるばっかりよ…」「…(俳人?)」「じかに見るコスモスより、そっちの窓ガラスに揺れるコスモスの方がきれいよ。ご覧なさい」。そう言うと、立ち去った。ガラスに揺れるコスモスは、とおいむかしのコスモスのようで、ずっと先のコスモスのようでもあり、それはうまく書けなかった。

   見ていると噴水ムキになってくる

   振り向いてしまう森の入口で

   樹は風と抱き合ったまま倒れ

   こもれ陽を使いきれないアマリリス

   ウエディングドレス牛乳吹きこぼす

    アリスの庭にアリスのいない昼下がり

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