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2018年3月

2018年3月30日 (金)

さくらさくら

別れ際に、大事なことを聞かされる。言うか、言うまいか、会っている間中迷っていたのだなあと思う。
私にもよく ある。迷っているうちは、言えないことの方がずっと多い。言えてしまえたのが、さくらの日だったことが何度かあった。さくらには、こころをあふれさせる力がある。

きのうのお花見。満開のさくらを抜けたところに吹き抜けの空間があって、バロック音楽をされている女性が、さくらさくらを歌われた。うた声がさくらのように、ちいさく震えながら降り注いだ。それぞれが抱える言えないことが、声になっていくようだった。

2018年3月25日 (日)

うさぎらが歯見せて笑っとるぞ、おい

ねじまき句会、題詠「笑」。

「笑」というと思い出す句。

   脱ぎたてのくつ下みたいでしょ(笑)     瀧村小奈生

この先、(笑)はもうだれも使えなくなったなと思った。

「笑う」。ある川柳作家の方が、明るい句が集まるのでいつもワークショップの席題に出題するとおっしゃった。笑うって、こわいのにな…と思った。

2018年3月22日 (木)

液晶の夜ごと水浸し いいね

つづきの会、雑詠。

昨日は、河東けいさんのひとり語り「母 〜多喜二の母」へ。大荒れの天気ににもかかわらず、会場は満員。

原作は、プロレタリア作家、小林多喜二の母セキの生涯を描いた三浦綾子の「母」。
92歳の河東けいさんが、まるでそこにセキさんが現れたかのように、語り始める。
東北の寒村で生まれ13歳で嫁ぎ、夫に先立たれながら5人の子を育て、常に弱い人へ心を寄せた多喜二を信じ、見守り続けた母。
特高警察の拷問で傷だらけの多喜二と対面し、「ほれっ、多喜二、もいちど立って見せねか」という場面では、嗚咽が漏れ多くの人が涙した。

会場の受付で、当日券を買い求めようとした年配の夫婦。当日券はないと断られたると、夫が妻へ「どういうことや!」とすごい剣幕で叱りつけはじめた。妻があまりに気の毒で、私のチケットを1枚だけでも差し上げようかと迷ったがやめた。火に油を注ぐことにもなりかねないし…。

残念だったのは、クライマックスの場面でケータイが鳴ったこと。あれほど注意されても、電源を切らないで、マナーモードにもしない人がいる。年配の女性が、カバンから取り出したものの、焦るからかなかなか切れない。となりの席の人が取り上げて、やっと鳴り止んだ。
先日、ハイバイ公演でも、ケータイが鳴って劇を中断させた人がいたらしい。終演後、怒りのtweetがいっぱい流れていた。
川柳の大会の披講中に、盛大に携帯が鳴ったことがあった。だいたい鳴っている場所は見当がつくのだけれど、だれも知らん顔している。披講しながら、頭の片隅で(どうしよう…鳴り止むのを待った方がいいかな…)などと考えるので、読むリズムがおかしくなって汗が噴き出した。ものすごく長く感じた。やっと鳴り止んでほっとしたら、またすぐ鳴り始めた。(えっ、また・・・)と思ったら、やっとケータイの主が会場を出てくれた。
川柳大会でも差し障る。ましてや、コンサートや演劇などはぶち壊すことになるので、ほんとケータイはなんとかしてほしい。入口で電源チェックしてもいいし、鳴らしたら退場、出入り禁止でいいと思う。

2018年3月20日 (火)

窓のあるかぎり桜でいるつもり

つづきの会、雑詠。

膝から下に、赤い小さな斑点が多数出現。悪いものではなさそうなのでほったらかしていたけど、かれこれひと月になったので皮膚科へ。「摩擦もしくは、お風呂が熱くないですか?」。・・・「それです!熱いです」で診察終了。なんたってお湯張り温度44℃。アチチ、アチと入るのが好きなもんで。へへ。
温熱で一気に赤いぽつぽつが出るって、ちょっと桜ぽい。でも、これまではどうもなかったのに、これも老化なんだろうな。

2018年3月19日 (月)

ことばメモ

最近、書きとめていたことばから。

「鑑賞は自由なんだから、(私は)もっと自由に書いていいと思った」 ー 書家 沢村澄子(ギャラリー島田 アーティストトーク)

「モーレツな祭り」 ー 芸術家 岡本太郎 (太陽の塔 メーツセージ)
今日から48年ぶりに公開される太陽の塔内部には、岡本太郎直筆のメッセージがあって、「モーレツな祭り」という言葉が入っているらしい。

「作者が考えなければ、見る人が考えてくれる」 ー 劇作家 平田オリザ (「さよならだけが人生か」アフタートーク)
遺跡が発見された工事現場に集まった人々の群像会話劇。舞台である飯場の床に、ナゾの割れ目がある。何人かが割れ目を覗いたり、手を突っ込んだりするのだが、さいごまでそれが何なのかは分からない。その割れ目についての質問に対する答え。「そこに割れ目があったら、おもしろいと思った」と。

私は近ごろ、割れ目のようなものを探したり、あるいは何かを割れ目に見立てるように川柳を書けないものかと思っている。

2018年3月14日 (水)

川柳作家ベストセレクション  奈良一艘

  葉桜のざわつく指は捨てなさい

  洗脳をされそうなので火をおこす

  海鳴りがひとつコーヒーがふたつ

  水音のする引出しから閉める

  なが〜い廊下の話だが 聞くか?

  バチカンの大聖堂の生理痛

  ははごろし こごろし ちりし しんぶんし

  オトコである舟底の嘔吐感

  二の腕のプツプツ今日は玉子の特売日

  カピバラの顔して双六の上がり

一艘さんは、元料理人さん。あとがきに「決して奇を衒うのではない新しい自分色の料理を作り上げることこそ料理人としての生き甲斐であるとも言える」とあり、川柳も新しい素材や味付けに果敢にチャレンジされている。基本的な料理は評価しやすいけれど、創作となると評しにくいし好みも分かれる。とにかくまるごと味わって、好きな句を選ぶだけで、 川柳の嗜好がはっきりすると思う。料理に例えるなら、ごはんのおかずじゃなくて、酒の肴。1冊でビール1ケース飲めます。

2018年3月10日 (土)

ジャンル

Twitterに、「hibi」がぼったくり価格になっていると流れてきた。私がぼったくっているわけではないけれど心苦しくなる。それで、他社の在庫や価格を調べていたら、川柳句集のジャンルがいろいろだということに気付いた。

A社   本>文学・評論>詩歌>句集

K社   和書>文芸>短歌・俳句>川柳  

E社   本・コミック>文芸>短歌・俳句>川柳

B社   本>小説・エッセイ>短歌・俳句>川柳

H社   本の通販>小説・文学>詩歌>港の人

T社   書籍>郷土>郷土>関東 

6社中3社が、短歌・俳句のなかの川柳になっているのは興味深い。さいごの、郷土>関東というのは、「港の人」をタイトルと思われたのだろうか?

2018年3月 7日 (水)

川柳作家ベストコレクション 猫田千恵子

  一体は裸で眠る花の下

   風止まる話し始めるまでの時

   手を触れたまま考える別のこと

   家族より大きなものも暮らす家

   牛丼の玉ねぎに似た夫です

   世界など何度もここで滅ぼした

   純粋になるほど病める白砂糖

   アルパカの顔で傍聴席に着く

   ガチャガチャを回すと転がり出る少女

   線を引きました — 夜になりました

しずかにおかしくて、しずかにふしぎ、しずかにこわい。…あ、猫だ! 冷静な猫目線が、人やものごとを見通している。決して大声で吠え立てたりせず、つぶやくように突っ込み、わらい、斬る。決してべたべた迫ってこないのに、じわ〜っとあたたかい。猫的魅力を感じさせてくれる句集でした。

2018年3月 5日 (月)

雨のち風

「新子を読む」の準備をしながら、川柳を書きたい気持ちを溜め込んでいたのに、いざ紙に向かうと、ことばとイメージの断片ばかりで、なかなか一句にまとまらない。
今は、雨音を聴きながら、どんどん湿ったモノクロの世界に入っていく。句集をまとめたときに、水も夜ももういいと思ったのに、すぐにそっちへ行くんだなあ……。
少し前から風の音に変わった。散り散りになったイメージが混ざって、やっとおもしろいことになってきた。いいなあ、あらしの日。
某密林では拙句集の在庫が切れた途端に、定価より高額で出品されていますが、葉ね文庫(大阪)、梅田蔦屋書店(大阪)、1003(神戸)には、まだあります。通販も対応くださいますので、念のため。

2018年3月 4日 (日)

バナナよりムダに明るいダイニング

当っちゃった。

太陽の塔内部公開記念、DREAMS COME TRUE Special Live。まさか当るはずないよね…と応募したらまさかのまさか。「またそんなことに運使って」と、青。「オールスタンディング、大丈夫なん?」て、富士登山じゃないし!

2018年3月 3日 (土)

月の子忌 時実新子を読む会

ご参加くださった皆さま、ありがとうございました。
資料の校正ミスが毎年あって、ほんとうに情けない。後日、しっかり二人反省会いたします。
「いま、こころに響く新子句」を、お寄せいただいた皆さまもありがとうございました。
冊子のあとがきを転載します。

月の子忌に、新子の好きな句を持ち寄って味わおう…軽いスタートでした

二年目から新子ゆかりの神戸文学館で開かせていただけることになり、新子の川柳活動を五年ごとに追うことになりました。6070年代のざっと二十年を辿ったことになります。

「川柳ジャーナル」をはじめとする川柳誌からは、当時の柳人たちの川柳に対する圧倒的な情熱があふれ出ていました。

川柳とは、佳句とは、伝統と革新、詩性と意味性……常に問い返しながら、激しくぶつかり合いながら、各々が自分の川柳を選び取ってゆく姿に、何度も胸が熱くなりました。

私がいま詠んでいる川柳も、そうした過去の柳人たちの一句、一語、一文字とつながっていて、まだ詠まれていない誰かの川柳へとつながってゆく……。今年、いちばんお伝えしたかったことです。

……こころに響く一句を、ありがとうございました。

2018年3月 2日 (金)

浮いてくる無人のコインランドリー

つづきの会、雑詠。

近所に大きめのコインランドリーができた。だれもいないスペースで、いくつものドラムが回っている。シャツ、パンツ、くつした、バラバラのだれかが回る、回る。
風が荒れている。コートを巻き上げる。ビルの看板を引きちぎりそう。ここもドラムの中か…。

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