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2018年7月

2018年7月18日 (水)

註釈のような老犬連れている

うみの会、雑詠。

うみの会、一年がたちました。突っ込んだ意見交換をするために、どうすれば時間を有効に使えるか、何を優先するか…など、まだまだ試行錯誤中です。

今回、盛り上がった話題は二つ。
一つは、選句と個人的体験や思想の問題。選者は、虚心であるべきという意見と、体験や思想が影響するという意見。できる限り虚心で…とは思っているけれど、人としての限界は感じる。特に、生死にかかわるような体験やトラウマは、川柳の選に限らず、あらゆるものの選択、決定に影響を及ぼしていると思う。
もう一つは、よくある意見だが、よくわかってつまらない句と、よくわかっておもしろい句。わからなくてつまらない句と、わからなくておもしろい句。それぞれの違いはなんなのか?という疑問。これは、実際の作品を取り上げて議論しないと、むずかしいと思う。それを重ねてゆくのが読みの会で、多様な評価を交換し合うことで読みの幅、深さを広げるしかないように思う。

2018年7月15日 (日)

おしらせ

川柳は今、空前の句集ブームを迎えていますが、関西の若手俳人と俳誌「オルガン」メンバーによる句集について考える会が開かれます。句集を出したい方、迷っておられる方はぜひ!

また翌日には、「オルガン14号刊行記念トーク&句会」も。どんな句と出会えるのか、どんな話が飛び出すのか、たのしみです。

 関西現代俳句協会青年部勉強会

 「句集はどこへ行くのか」

そもそも近世俳諧の時代、発句集は一門の合同句集が一般的でした。
個人句集の発展は、きわめて近代的なメディア文化の所産と考えられます。
時は移り、現代。
インターネットの普及にともない、紙の本をめぐる状況はおおきく変わりつつあります。
出版不況といわれ、町の本屋が姿を消しつつある一方、新たな試みをする個性的な書店も増えています。
このような時代のなかで、「句集」文化も変化を迎えています。
句集はどこへ行くのか。誰によって、どう読まれるのか。
さまざまな視点から話題提供をいただきつつ、「句集」について考えます。

話題提供
田島健一・鴇田智哉・福田若之・宮﨑莉々香・宮本佳世乃
八上桐子・野口裕・牛隆佑・岡田一実・久留島元、ほか  

■ 日 時
2018年7月21日 (土) 14:00~ 

■ 会 場
梅田パシフィックビルディングB室(6F)(大阪市北区曽根崎2-5-10)  
地下鉄谷町線東梅田駅7番出口、徒歩3分/JR北新地駅F85出口、徒歩3分
>>地図(別ウインドウ)
>>Googleマップ

■ 参加費
800円

■ 申込・問い合わせ
E-Mail : seinenbu@kangempai.jp

■ 主 催
関西現代俳句協会青年部

『オルガン14号』刊行記念トーク&句会

■ 日 時

2018年7月22日 (日) 13:00~  

■ 申込・問い合わせ 

梅田 蔦屋書店

■ 主 催

蔦屋書店/関西現代俳句協会青年部共催

2018年7月13日 (金)

散歩の歌

村田喜代子、おもしろい!

毎日犬の散歩に行くと歌が出る。私の作った犬のテーマソングだ。「猫、猫、猫、猫が食いたい!」と歌って行く。そうだ、そうだと犬も尻尾を振り立て高揚して歩く。途中で猫に会うと歌詞を変更。「ネズミ、ネズミ、ネズミ、ネズミが食いたい!」と猫用も歌ってやる。汝のままに行け。生きものみんな仕方ないだろうと思うのだ。「異界飛行」村田喜代子 (講談社)

今日は、仕事の修正や、やり直しばかり。50句選句して並べたはずのものが1句足りなかったし、エッセイは深海かというくらい暗いものに…。気分転換に、夜道を散歩しながら歌ってみた。「馬、馬、馬、馬が食いたい!」。なるほど、高揚する。ほんとうに食べたくもなる。馬刺〜。たてがみ〜。

ところで、村田喜代子さんは俳句も書いておられるようだ。ぜひとも、読んでみたいものだ。

2018年7月10日 (火)

ボツ

川柳文学コロキュウム創立15周年記念 全国誌上川柳大会の発表誌が届く。

私が推敲に推敲に推敲を重ねた句が全ボツで、青が締切間際の出勤前にうろうろ書いた句が特選て…。ボツはいいんだけど、むかつく。しかも、私の大好きな「マンボウ」使ってるし〜。
記念に、ボツ句をあげようかと思ったけど、潔く捨ててぼつぼつ出直しますわ…。今日締切の5句が、ぜんぶ自信なくなったわ(笑)

2018年7月 7日 (土)

しずく

雨が止まない。ずっと雨音を聞いている。

昨日、オウム真理教の元代表、教団幹部ら7人の死刑が執行された。江里昭彦さん発行の「ジャム・セッション」第12号(2018年1月31日発行)に掲載されている、中川智正死刑囚の俳句を、もう一度読む。

    紫陽花の蕾の脇を風呂上がり

    同室が誰とは知らず蠅生まる

    親鹿の声よと森に母の声

    ひるげどき白鶺鴒がふねのへり

    クロールに息継ぎのあり日の平和

    ハモニカを吹く今生や虫時雨

犯した罪は、消えることはありません。ましてや被害者やご遺族にとっては、刑の執行でかなしみが癒えることもないでしょう。

お経のように、雨音が途切れない。一粒の雫のように、そこへ辿り着いてしまった中川智正氏のご冥福をお祈りします。

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