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2018年9月

2018年9月29日 (土)

とまらない水寝転ぶと見える耳

ねじまき句会、雑詠。

また雨。また台風。
大雨の前に、ガラスクリーナーを吹き付けておけばピカピカになるという豆知識(?)。前回の台風で試してみた。詰め替用まで買ってきて、隅から隅まで丹念にスプレー、よし、来い!と雨を待ち構えた。ところが、風の方向がベランダに平行。雨が吹き付けへ〜ん。ガラスは垂れた洗浄液でよだれまみれの様な状態に。その状態のまま今日に至ってしまった。まあ、汚い…。再挑戦とばかり、また詰め替用を買ってきたがどうなるか?それより、もう停電しませんように。どこにも被害がありませんように!!

先日、神戸のタクシー運転手さんは、台風で車がダメになったとおっしゃった。「地下駐車場ですか?」「いえ、自宅は大丈夫やったんですけどね、海側の方はどないなっとるんかと思って、ちょっと見に行ったんですよ。ほんで、電気系統が浸かってしもて…。二重ローンですわ…。前の車の6分の1の車ですわ…」「まあ、いのちがあってよかったですよ」「そう思うしかないね」。皆さま、くれぐれも田んぼも川も、見に行かれませんように。ああいうのは、使えないのかなあ?「アレクサ、田んぼ見てきて」「オッケー、グーグル。猪名川どうなってる?」とか。

2018年9月26日 (水)

こおろぎを入れてちいさいお葬式

うみの会、雑詠。

昨日は、川柳教室の日。
お身内のご不幸がつづいているMさんが、今度はひと回り以上も歳のはなれた弟さんを亡くされていた。腎移植しか助かる見込みがなく、実はたった一人適応したドナーが姉のMさんだったことを亡くなってから知らされたそうだ。まだ若い弟さんが、「おねえちゃんには、適合したことを絶対言わないで…」と口止めされていたのだとか。
教室はいつも通りすすめて終ったけれど、そのことで胸がいっぱいだった。帰りにふと途中の駅で降りて、ホームのベンチでしばらくぼお〜っとした。何本もの電車が行き交い、人が運ばれてきて、運ばれてゆく。
「苦しまなければならないものは苦しんで生きていきませう」、宮沢賢治の最後の手紙のことばを思い出した。

2018年9月24日 (月)

ふるい帆布 停電の夜の眠り

うみの会、兼題「布」。

ここ数年、毎年9月は忙しい。私だけじゃなくて、どうも川柳人の繁忙期らしい。皆さん、締切に追われていらっしゃる様子。
今年は特に、停電に出ばなをくじかれたうえに、冠婚葬祭もつづいて気持ちも忙しいったらありゃしない。あ〜、あと一息…。皆さん、がんばりましょう。

2018年9月20日 (木)

ことば

台風が過ぎて、停電が復旧し、停電疲れなのか夏の疲れなのか、いつものことなのか、からだ全体が眠いまま、強風に流れる雲のように日々が過ぎた。

石部明「THANATOS 4/4」もようやく発送。一応これで、最後です。生前ほとんど接点がなかった石部さんについて、作品だけでなく、人物にもすこし触れることのできた貴重な機会だった。

「THANATOS」に、某句会報の辞退の申し入れを同封した。誌代のない会報で、ご好意に甘えてずっとご送付いただいた。次こそは、次こそは…と思いながら、出席できないまま二年あまりが過ぎてしまった。日ごろ接点のない方々の作品を読むのもたのしみだったけれど、費用も労力も会の皆さまに申し訳ないとかねがね思っていた。
この機にとしたためたはいいが、一筆箋。送ってしまってから、どうしてきちんとお手紙を差し上げなかった…と、後悔しきり。

あおが佐賀県に出張したついでに、母と妹に会ってきた。「おねえちゃんのLINEはものすごくそっけないし、私に何も言ってくれない…私、嫌われてる気がする」と言う叔母(私の妹)に、「桐ちゃんは誰に対してもそんな人です。行き届かないうえに、細やかさもなくて、何度も失敗して反省もするのに直らないから、それでフツーです」と返したらしい。どんだけ〜。

私には分からない。LINEで何を話せばいいのか…。なので、これについては反省もできない。でも、一筆箋は反省している。ことばを扱っているのに、きちんとことばが届けられないって…ダメダメだ。

2018年9月 7日 (金)

あかり

台風21号、大型で暴風に注意とあれほど言われた。一応、ベランダのモロモロは隅に集めておいた。21号にすれば、なめとんか〜だったのだろう。ぜんぶまとめて、ベランダを右へ左へ投げ飛ばす。植木鉢の土がベランダ中にまき散らされ、ちりとりが割れて飛ぶ。板切れや得体の知れないものも、空を舞っていた。

2時半ごろに、停電。停電なんて3時間ほどで復旧するよね〜と、うちら陽気なボケボケ母娘。  昼寝して、日暮れて起きたらさあ大変。懐中電灯は電池切れだった。
待てど暮らせど電気はこない。アロマキャンドルを灯して、冷凍チキンライスを炒め、オムライスに。ネットで調べると、ツナ缶にこよりをさして簡易ランプができるとある。ツナ缶をさがすも、こんなときに限ってカニばかり。
雨もあがったので、食後は乾電池をさがしに出る。3軒めのコンビニがやっとあいていたが、当然売り切れ。お弁当もパンも、見事にからっぽ。飲食店の入ったペンシルビルの前には、消防車が2台と救急車が到着。新店オープン前のママが様子を見に来て、自動シャッターに閉じ込められたらしい。ヤジ馬の一人が言うには、あまりの暑さにママは裸で、脱水症状で救急要請したとか。男性たちの首が、3センチほど伸びる。
一晩中、緊急車両のサイレンが鳴り止まない。

一夜明け、家にいても何もできないし、テレビもラジオもなく情報が入らないのでジムへ。さすがに、人が少ない。
うちの家は水が出たけれど、近隣のマンションは水も出ないうえに、オール電化で調理もできないところが多い。隣りの家の瓦で窓が割れたとか、室外機が飛んだとか…日ごろ話したことのない人からも被害状況を聞いた。
午後は、図書館へ。帰りにカフェでスマホの充電をしようと思っていたら、図書館に充電コーナーが用意されていた。こういうサービスは、ありがたい。順番を待つうちに、新しく増設もしてくれた。すると母親と中学生、小学生の親子がやってきて、スマホ3台に、予備バッテリー、携帯用扇風機、ゲーム機やらだだだーっと差し込んで、あっと言う間に独占した。気持ちは分かるけど…。
昨日で少しは学習したので、明るいうちにベランダを掃除。土鍋でご飯を炊いて、ほうれん草炒めも作る。冷蔵庫は、とにかく開けないようにして、危ないものを冷凍室に移す。
夜、ジムのシャワーを使いに行く。

停電3日め。さすがに冷凍食品も溶けていた。ゴミの日なので、ええいっと全部捨てる。非常時に人はよくことばを交わす。そして、誰もが少しやさしくて、震災のときを思い出す。おとなりの人と、「夕べは、土鍋でご飯炊いて、レトルトカレー」「毎日、キャンプみたいやね〜」「ほんまそれ、したことないけど」……なるべく、笑う。
北海道で大きな地震。ジムのウォーキングマシンにテレビがついていたのを思い出し、またジムへ。痛ましいニュースに胸が痛む。おかじょうき、水脈の皆さんはだいじょうぶなのだろうか…?
夜は、さすがにそろそろ明るいところでご飯食べたいと青が言うので、近所の焼き鳥屋さんへ。帰りに、自宅への角を曲がって明かりが見えたとき、うれしさがこみ上げた。エレベーターに乗り合わせた人みんなで、しんどかったですね〜と労い合う。サラリーマン風の男性が、「金魚が二匹死んだんです。ポンプが切れて…」、はじめて言えたみたいに言って、言い終えても指をちょきにしたままだった。

災害がつづき、全国各地で辛い思いをしている人がいる。一日も早く、平穏なくらしが戻りますように…。これ以上、災害のつづきませんように…。ただ祈るばかり。

2018年9月 3日 (月)

雨への備え

この前、教室の生徒さんが教えてくれたのだけど、大雨の前に窓にガラスクリーナーを噴射しておくと、ピカピカになるそうです。洗車みたいな感じかな。明日、試してみよ!

明日は、ジムは臨時休業。スーパーも午前中のみ営業。それでいいと思う。みんな無理はやめましょう。

2018年9月 2日 (日)

いちまいのはがき

プリンターの上に、裏の白い紙をのせている。原稿チェックとか、裏紙でいいときにそれを使う。プリンターでコピーをとるときは、それをどけなければいけない。その一番下には、一枚のはがきを置いている。
コピーをとるのは、そう多くない。月に1回あるかないか。そのくらいの頻度で、目にするようにあえてそこに置いている。今日も目に入った。

はがきは、昨年の2月、新聞の投句のはがきに混ざって届いた。差出人の名前はない。大きな力強い字で、「川柳選者 八上桐子さん 今年で止めて下さい」と書かれていた。
すぐに、担当デスクに連絡をした。もし他にもこんな声が届いているのであれば、正直に言ってほしいとお願いした。そのような声はまったくなく、本来なら、ご本人の目に触れるはずのない匿名のはがきを届けてしまって…と恐縮された。

届いたのは、なかなかのタイミングだった。その前月に、友人が自らいのちを絶った。半年前に、桐子さん以外だれにも会いたくないと連絡のあった友人だった。毎日のようにメールをしたけれど、会いに行けたのは3回だけだった。私はどうすればよかったのか…泣くこともできなかった。
共通の友人から、「(別の人の自死の話を)もっとちゃんと桐ちゃんに話せば、Rさんは救えたかなあと思うことがあってん。でも、そんなん思ってもしゃあないね」と、メールが届いた。私を責める意図ではまったくない。それでも、私でなければ救えたかもしれない…ということが、どうしようもなくくるしかった。あまりの取り返しのつかなさに、それでも自分を保っていることを申し訳ないと思った。

そんなときに、はがきは届いた。すうっと血の気が引いた。
はがきは破棄してくださいと言われたけれど、なぜか捨てられなかった。
自分の句が抜ける抜けないだけでなく、選が納得できない選者に、交代してほしいという気持ちは分かる。せめて理由を聞かせてほしいと思うし、匿名は残念だとも思うけれど…。
このはがきは捨ててはいけない気がした。
新聞の選をさせていただいて、もうすぐ丸七年。はじめて選をしたとき、とても怖かった。あのときの気持ちを思い出させてくれる。ありがたいことかもしれないと、思えた。
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