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2018年11月26日 (月)

そのとき

日本で最初のホームホスピス「かあさんの家」を開設された、市原美穂さんのお話を聴いた。

最期を自宅で迎えたいという人は約半数だが、実際に自宅で最期を迎えるのは2015年は12%。75%が病院で死を迎えている。
「かあさんの家」は、一人のおじいさんの認知症からはじまった。認知症で施設に入所したおじいさんは、夜中に何度もナースコールを押すため、ゆるい眠剤を処方される。それでも押す。眠剤を増やされる。昼間も口をあけたまま半分眠ったような状態になる。終末期のあり方に疑問をもっていた市原さんらが、暮しの中で看取れるようにと、おじいさんの家をおじいさん付きで借り上げ、ホームホスピスをスタートした。
薬を抜き、元の生活リズムに戻してゆく。実際、映像で見たが、寝たきりだったおじいさんが立ち上がり、朝は自分で歯磨きをし、仏壇で般若心経をあげていた。
別のおばあさんも、やはり認知症と多発性脳梗塞で入院。おむつ替えする看護師を噛んだり叩くなどして、手に包帯を巻かれミトンをかぶせられ、ときにはベットに拘束される。誤嚥性肺炎を繰り返し、胃瘻もしていた。ホームホスピスで拘束を外すと、胃瘻の管を自分で引き抜いてしまう。ご家族とは、「口から食べられなくなったら、寿命だと思ってほしい」と話し合い、口から食べることに挑戦してゆく。寝たきりだったおばあさんが、食卓に座る。はじめてスプーンでゆるい液状のものを口に入れたとき、おばあさんの目から涙。一口ごとに、涙が流れた。
認知症になっても、決して何も分からない人ではなく、人として意思が尊重されていた。

ホームホスピスは看取られる本人だけでなく、家族のケアもすばらしい。
癌のターミナルケアを自ら希望して来られた男性は、息子さんの話になると泣いていた。男性の自分史を聞き書きしたものを冊子にまとめ、息子さんに送り何度かやりとりして和解する。先のおばあさんは危篤のとき、息子さんは海外の国際会議に出席していた。彼女なら、帰って来なくていいから、しっかり仕事をしなさいと言うだろうと、「おかあさんはがんばっているから、あなたも仕事をがんばって。母より(代筆)」とメール。
のこされた家族も、悔いをのこさずに死を肯定的に受け止められると感じた。

慢性期と言われる、治る見込みのない医療について考えさせられた。医療を施せばよくなるのではないかという期待が、かえってからだに負担を強いて弱らせてしまう。単に延命治療の否定ではなく、生きることを支える選択は、医療、介護のシステムも、家族の心情からも簡単ではない。

夫の父は癌をかかえながら、今のところつつがなく過している。父は婿養子で、今住んでいる家は父が建てた。家に対する思い入れが人一倍強いので、きっと自宅で最期を迎えたいだろうなあと思う。この先、どんな状況になるか分からないけれど、それは叶えてあげられたらいいなと思う。

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