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2019年10月 2日 (水)

神無月

十月に入りました。
書いても書いても締め切りが来て、いつもに増してお礼やらもろもろ行き届いていなくてすみません。

蔦屋梅田店「現代川柳と現代短歌の交差点」には、多数ご参加いただきありがとうございました。
歌人、川柳人、俳人がほとんどでしたが、これからという方も歌集、句集を手にしてくださっていて感激!どなたに言われたのか、書店で川柳のイベントってはじめてですね?と。だとしたら、歴史的な一歩? この交差点を今後も多くの人が行き交いますように。

イベント翌日は、ぼやっとしていたら反省の嵐で落ち込むので、連句会へ。
なごや連句会、瀧村小奈生さんの捌きで二十韻を巻く。数字はもう使っちゃダメ、カタカナももうダメと言われれれば言われるほど出てくる。五七五のときは七七が出てきて、七七のときは五七五が出てくる連句あるあるは、どうすれば克服できるのか?あと、連句4回目にして、連句というのは作句力とともに、気配りが必要なのだということがよく分かった。そこは、向いていないと思う。でも、回を重ねるごとにたのしくなってきていて、また機会があるとうれしい。

ラガーマンの夫は、このところすこぶる上機嫌。私はラグビーのことがよく分からないので、ラグビー放送はジャニーズとかが出てこなくていいねとか、ゲーム以外のことしか褒めないが、何を言ってもめちゃくちゃよろこぶ。今なら、句集もう1冊出したいと言えば、おー、行け行けって言いそう(笑)

某日、平田オリザ「エンパシーの時代〜これからの教育と演劇」。
講演の冒頭、電車などのボックス席でいっしょになった知らない人に、話しかけるかどうか問われる。・話しかける、・話しかけない、・相手によるの三択で参加者は挙手。話しかける人は1割。日本人はだいたい1割で、大阪がやや高め。過去最高は、富田林の6割!富田林、興味深い。
「わかりあえない」ことを前提に、共感のポイントを探るコミュニケーション。これって、川柳の読みにも言える。

某日、『KOUICHIRO KURITA -陰と翳-」
写真なのに、水墨画のようなやわらかなテクスチャー。それもそのはず、特殊な加工を施した和紙に、プラチナバラジウムプリントという技法で印画されているとのこと。これまで見てきた写真とはまったく違う。しずかなふかい世界に引き込まれた。
栗田さんのお話も興味深かった。「フォトグラフ」を日本語にしたとき、「写真」と翻訳したことが影響し、真を写す、リアリズムであると捉えられた。「フォトグラフ」は「光画」「光絵」であり、そこの違いは大きい。写真を撮りに出るときは、すでにいくつものイメージが頭の中にあって、それを見つけに行くのだと。写し取ったものの加工はまったくしないが、現実の風景を使って現実でないものを一枚の写真に作り出す。写真は写すのではなく、どれだけ作り上げるか。
栗田さんにとって、写真とは。「宗教で、麻薬」。 ギャラリー島田10月9日まで。

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