2019年2月17日 (日)

オーロラの旅4

イエローナイフは小さな空港で、欠航になったバンクーバー行きの乗客でいっぱいになった。振替便の手続きをしていると、窓口の発券機は動作が遅いらしく、しびれを切らしたおばさんは、「ちょっと裏でさくっとやってくるわ!」と言うや、スーツケーツをがばっと跨いでカウンターから出て行った。その後、チェックインも搭乗ゲートのアナウンスから誘導まで、全てを彼女がこなしていた。

バンクーバーに着いたら、エアカナダから延泊になった分のホテルの宿泊券などが渡されると聞いていたが、それらしき人もおらず、カスタマーサポートへ。私たちと同じ境遇の、福岡のご夫婦、静岡の学生2名、岐阜の学生3名、総勢10名がぞろぞろ行く。
窓口の女性3名は、「なんかようけ来たで」「イエローナイフからの便が欠航やってんて」「まじ、聞いてな〜い」とやんや。そして、日本の航空会社だと考えられないが、補償に個人裁量があるらしく、宿泊プラス、ホテル食事代、空港での食事代が付いていたり、付いていなかったり。青がツアーガイドのようになって全員分を取り付ける。とてもフレンドリーな人がケチで、塩対応な人が手厚かったりと、見かけではまったく判断できない。

ホテルは、空港近くの屋内外プールもある大きなホテル。私たちは、全員別館の客室に案内される。「別館は改装中でごめんなさい」と言われたけれど、エレベーターを降りたらびっくり。床も壁も剥がされてまるで廃墟。そして、507号室にカードキーを差し込み、ドアを開くと、ドアチェーンがかかっている?!声をかけると、ドアノブを押す白い細い手がすーーっと伸びてきて……こっわー!!フロントに言いに行くと、「おかしいな〜、あなたの名前になってるんだけど…、誰かいたんだったらごめん」と、軽く707号室に変更された。ドアチェーンはぜったいにかけないといけないと思った。でも、507号室の人は、なにもの???

翌日、ようやくバンクーバーから成田へ。私の席に若い外国人男子が座っている。「ここ、私の席なんですが」とチケットを見せると、「僕たち離れたくないから、僕の席と変って」と、強引な男子のカップル。夫が変ってあげたけど、こんなことも珍しい。
「ラ・ラ・ランド」を観て、やっぱりミュージカル苦手だわ…と再確認しながら帰国。
そして、さいごのさいご、JR福知山線が事故でストップ。新大阪から振替輸送で地下鉄、阪急を乗り継いで帰宅。こんなことある?の連続すぎて、もともと薄かったオーロラがすっかり霞んでしまった。ふぅ、おわりです。おつきあいいただき、ありがとうございました。

2019年2月15日 (金)

オーロラの旅3

イエローナイフ最終日の夜、ようやく青が合流。20時にホテル着、50分にはオーロラツアー出発。1回きりなので、ツアーを90分延長。3時すぎにホテルに戻って、4時にはチェックアウトという息もつかせぬあわただしさ。

さて、いよいよさいごのツアーへ出発。「皆さん安心してください。すでにオーロラが出ています」、ツアーガイドの一声に、ようやく気持ちが弾む。
氷に覆われた湖の上、デッキチェアーに座って星空を見上げると、筋状の靄のような雲のような……。なんと、それがオーロラだった。オーロラと言えば、あざやかな緑のイメージだが、それは強いオーロラで、弱いオーロラは肉眼では薄い雲のようにしか見えないらしい。ただ、弱いオーロラも、写真や動画に撮ると緑に映るからふしぎ。私たちは、カメラを持って行ってなかったので、ひたすらひ弱なオーロラを見つめる。
白い花かつおや鉋屑のようなものが、夜空にふわりと生まれては、伸びたり、消えたり。ただ、生まれて消えることがうつくしい。前夜に手袋を片方なくした私は、片手だけ大きなハサミのシオマネキ状態。小さなカニのような気持ちで雪原に佇む。

ツアーが終わると、大急ぎで着替え、防寒着を返却して空港へ。なんと、機体の不具合でまたしても欠航!!午後の臨時便でエドモントン経由でバンクーバーまで戻り、1日遅れで帰国することとなった。エドモントンで6時間。どんだけ空港、どんだけバンクーバー。

2019年2月14日 (木)

オーロラの旅2

バンクーバーの街歩きをして空港に戻ると、イエローナイフ行きが欠航になっていた。
バンクーバーからイエローナイフへは、昼と夜の2便しか出ていない。翌日は、どちらも満席。翌々日の昼の便を押えたものの、旅程はイエローナイフ3日だったのでオーロラのチャンスが1回になる。オーロラは自然現象なので見られないかもしれないとは思っていたけれど、まさか現地にたどり着けないとは…。

結局、翌日の昼の便で2席キャンセルが出て、私と夫が先に現地入り。青は夜の便で乗れるものと思っていたら、キャンセルが出ず、1人でバンクーバー泊となった。
オーロラツアーは、夜9時から夜中の1時。気温はマイナス31℃。レンタルした南極探検隊のような防寒装備で、満天の星空を見上げる。ときどきテントに戻って暖をとりながら、ひたすらオーロラの出現を待つも、この日は現れなかった。ところがホテルへ戻るバスの中、「オーロラが出た!」の声。右の窓側の人が一斉に「オーロラ」「すごい」「見えた」と騒ぎ出す。私は左の通路側で、窓は曇っているしでまったく見えない。「爆発した」「すごい」「あそこちょっとピンク色」……、見えへ〜ん!!
今年最初の新聞川柳壇の題は、「席」。1回目の特選に、「富士山が見えた見えたと叫ぶ席」をいただいた。たまたまの巡り合わせの席で、幸運にはしゃいでしまう人の本質が描かれている。私もそちらの席にいれば、叫ぶに違いない。見えない人が、すぐ傍にいるというのに。しみじみ、いい句だったなあと思った。
Wi-Fiが使えないので、連絡のとれない青も心配だし、一気にテンションが下がる。さらに、ホテルに着いたらレンタルの手袋が片方ない。どこかで落としたらしい。説明書には、紛失の場合実費4,000円とある。ガ〜〜〜〜ン!!!

2019年2月12日 (火)

Dr.0

夫の胆嚢摘出術の説明を聴きに行く。最初は丁寧な口調だった0先生。ちょいちょい挟む軽口に私がウケるのに気を良くして、どんどんくだけてノってくる。

「ほんまにちゃんと働いとったら、石なんか作っとるヒマないはずやねん。仕事もせんとぼぉ〜と余計なことして、見た目もヨレヨレやし、おまえもうリストラじゃ!いうわけやね」。(胆嚢ぼろくそやん!)とマスクの中でつっこむ。
術後、0.8%の確率で胆汁漏れが発生するらしく、「ほんでお前はどうなん?て話やけど、ざっと1800やって、3人。0やったらカッコええねんけどなあ…。あれなあ、なんでなるんかよう分からんねん」。(マジか、4人めになるかもしれんねんな)。
さらに稀なリスクで、胆管に石が残ってしまっていた場合、今回と同様に腹腔鏡手術で取れるが、病院によっては開腹手術することがあるらしく、「もしそんなことなったら、もっかいやるんでうち来てね」。(車の修理かい!!)。
夫は知らないけど、私はきらいじゃない。そういえば先生、中川家の礼二にちょっと似てた。

2019年2月11日 (月)

サラメシ

明日20時15分からの、 NHKのサラメシ にお友達の一木ちゃんが出ます。一木ちゃんは、朝ドラ「まんぷく」の関西弁指導をしているのですが、大の料理好きでお弁当を差し入れているとか。めちゃくちゃおもしろい大阪のおばちゃんなので、ぜひ観てください。一木ちゃんは、活動休止中の「白ブリーフ被害者の会」会長でもあります。

オーロラの旅1

2/4(月)

イエローナイフ(カナダ) へ、オーロラを見る旅へ出発。
成田へ向かう新幹線からは、京都の手前で大きな虹が2つ、富士山は山頂から裾野までくっきり見えた。なんと幸先よいスタート。
18:40 成田→バンクーバー、8時間40分のフライト
もう一度観たかった「ボヘミアンラプソディ」を観る。左斜め前の男性は、兵士とゾンビになった兵士が闘う映画を観ている。鉄パイプで殴られたり、肉の塊を吊り下げるフックのような金具で刺されたり、銃で撃たれたりするたびに、ちいさく飛び上がる。それが終ると、口ひげの病人が妄想の中を彷徨っているような映画を観はじめた。右斜め前も、別の映画だが口ひげの男が主演。フレディも口ひげで、どこを向いても口ひげ。
10:20 バンクーバー着
イエローナイフ行きの出発まで10時間もあるので、電車でバンクーバーの街へ出る。
老舗のシーフードレストランへ。あまり寝てないせいで食欲がいまいち。ロブスターのスープを頼むが濃厚すぎてすすまず。胚芽パンを、ロブスターオイルに付けて食べるのがやっと。店は地元の人気店らしく、地元客の出入りが多い。隣りの高齢女性4人は、食後のデザートも頼み長いことしゃべっていた。成田でしゃべり倒していた、おばさんグループと重なる。
駅へ戻りながら、オーガニックスーパーやドラッグストアをのぞく。駅の券売機で、日本人がチケットを買うのを手伝っている男性がいた。私たちが買おうとするとやってきて、無理やり手伝う。私を見て「シニアは割引があるよ」と、シニアボタンを押す。青があわてて「シニアじゃないです」とボタンを戻して購入。買い終えると、「4セントちょうだい」と手を出してきた。夫ははいはいと払う。「シニアちゃうし!10セント払ってほしいわ」と言っておく。日本語やけど。シニアは65歳以上。ショック〜!
空港へ戻ると、最初のアクシデントが待っていた。

2019年1月28日 (月)

月の子忌 「時実新子を読む」

時実新子の忌日に合わせた「時実新子を読む」を、今年も3月9日(土)に神戸文学館で開きます。お申込は、神戸文学館へ。

今年は、1975(昭和50年)〜1979(昭和54年)、46〜50歳の新子を取り上げます。遂に個人誌「川柳展望」を立ち上げ、神戸新聞川柳壇選者に就任。句集「月の子」を上梓。月の子忌の由来にもなる「君は日の子われは月の子顔上げよ」など、いまも代表句として目にする作品が数多く詠まれた、新子の充実期です。

恒例の、「いまこころにひびく新子の一句」も募集しています。川柳1句とコメント(50文字以内)を、senryuso@yahoo.co.jpまでお送りください。2月23日締切です。

2019年1月27日 (日)

年間賞

今日は新聞柳壇年間賞表彰式でした。

   サイダーの発祥の地に通り雨   長尾ゆかり

川柳の年間賞は、サイダー発祥の地で、読み手にサイダーを想起させてから通り雨を降らせることで、気泡と雫が交差するうつくしい情景を立ち上げた作品。

現代俳句で受賞の方は、95歳。表彰式は欠席で、コメントが寄せられた。よろこびの言葉のさいご、「私の自画像を俳句に読んでみました、『おもしろくないおばあさんです草の花』」。いいなあ〜、草の花。いちばん自由な場所で、ただ咲くのみ。

2019年1月23日 (水)

甕のぞき

昨年末から更新されないブログを心配していたら、一人は肩を骨折、もう一人も検査入院されていた。お二人とも大変だけれど、ともかく無事とわかってほっとした。

我家も、年初から家族の不調続き。夫は、救急搬送されて1週間ほど入院。(今はもうだいじょうぶ)。その後、階段から落ちて、バイクで転んだ。いずれも軽症。
青は、風邪を長引かせた後に、食中毒(またしても鳥刺しのカンピロバクター)、寝ている顔色がえらいことになって、「アインシュタインの稲田さんのおでこみたいや」と言うと、「甕のぞき?」と力なく笑った。稲田さんはおでこをスマホで撮って色彩アプリで試したら、「甕のぞき」という、水をはった甕に亀を沈めて上から覗いた色と判定されたらしい。翌日はさらに熱が上がって、顔色はもっと濁り、甕の中で腐りかけの亀をのぞいたような色だった。その後、蕁麻疹。蕁麻疹がぼこぼこ生まれては成長し、からだを這うように異動するのをはじめて見た。生き物みたいだった。
夫と青は初詣をして、青はおみくじ大吉だったらしい。まだどこにもお参りできていない私だけが、今のところ元気。インフルに気をつけなくちゃ。

2019年1月21日 (月)

穴埋め川柳

川柳の句帳らしきものを持ち歩いている。句になったり、ならなかったりしたものを、ときどき整理してページを破り捨てていく。残さない。

今日も整理していたら、某句会の席題「当たり」の作句ページがあった。
 (          )逝く台風の当たり年
上5が空白のままだ。さいごのさいごまで迷って句箋に書いて出したものと思われる。が、まったく思い出せない。秀樹や樹木希林ではない。固有名詞ではなかったと思う。いや…、さっちゃんとかは、あるかもしれない。ボツだった。きっと、上5がよくなかったのだろう(笑) 今なら、何を入れるかな…。そもそも、逝くはどうなのか…。しばらく考えて捨てた。
 

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