2017年6月24日 (土)

きたー

母が急にやってきた。わけあり。新大阪まで迎えに行く。乗り換え口の改札って言ったのにいない。いつもそこで待ち合わせなのに、勝手に乗り換えホームまで行ってしまっていた。おそば屋さんに入ったら、いきなり電話でも散々聞いた話がはじまる。私のおにぎりまで食べて、うどんを少し食べ残して「私は最近食べられないのよ〜」って(笑)怒りのパワーってすごい。

秋に発行予定の石部明「THANATOS」の準備で、句を入力中。積み上げた冊子を見て、「こんなにたくさん大変やねえ」と言いながらしゃべり続ける。何度も聞いた話ばかり。「娘を生んどいて、ほんとよかった」と言い残して、やっとやすんでくれた。やれやれ。途切れない雨音。カエルが鳴いている。耳からあふれるように。

2017年6月19日 (月)

みるくとぐち

地元の公立中学校で、今月から給食がはじまったらしい。ポストに入っていた市会議員の活動報告で写真入りで紹介されていた。
写真の日のメニューは、白米、なすの炒め物、いんげんの胡麻和え、豚汁に、パック牛乳。ごはんと牛乳……、無理だわ。ミルク粥、ドリアというのもあるにはある。でも、ご飯と牛乳は違う。せめて米飯の日は、お茶でいいんじゃないかなあ?

不調の母から今朝も電話。夫の母もだけれど、愚痴というのは無関係の人に聞いてもらうのがいいかも。私の性格もあると思うけど、身内や親しい間柄だと、聞き流すのがなかなか難しい。酒場のママさん的な人が理想だけど、そんな相手もいないし、SNSに吐き出すこともできないから仕方ないけどね…。だから、デイサービスとか行ってみたらいいのに。…って、これも愚痴。今日は、家出してどこかで野たれ死にたいって言うから、じゃあ貯金ぜんぶ下ろしておいでよ、どうせなら豪遊しようよ、人生観変るかもしれないよって言ったら、今さら〜って終った。むかし、死ぬ気があれば何でもできるって言ってたのに〜。

2017年6月15日 (木)

映画を観ると

「怒り」。私が森山未來は苦手だと言うと、Rちゃんは「彼は天才よ」と言った。Rちゃん、彼はすばらしかった。きっと天才だ。でも、いないんだよな…Rちゃん。

「永い言い訳」。私がもっくんが好きだと言うと、Rちゃんは「野蛮さが足りない」と言った。もっくんはともかく、幸夫の屈折加減…私、あるシーンで泣いてしまったよ。Rちゃんにも観てほしいな。でも、いないんだよな。

「ラウンド・ミッドナイト」。初老のサックス奏者のことば、「スタイルってのは、ある日出かけて行って、そこらの木から摘み取ってくるもんじゃない。木は自分のなかにあって、自然に育つんだ」。この映画観た?ってメールしたくなって、いないんだなあと思う。

いなくてもいるとも思うけど、やっぱりいない。

2017年6月11日 (日)

誘われるままに

金曜日は某ミッション系の大学のチャペルの音楽礼拝へ。司式者は神学部の学生さんだろうか?初々しく、たどたどしい聖書のことば。オルガンもまた初々しく、つまりつまり…。グリークラブの方の讃美歌、校歌は端正であった。チャペル独特の鎮もった空気と古い匂いに気持ちが落ち着く。

土曜日は、むかしの職場の同期がうちの近所の川原でバーベキューをするというので出かけた。心の病で休職中のTさんを、ときどき山歩きに連れ出しているメンバーの企画。子どもが小さかった頃は、Tさんの農園に家族連れで集まって盛大なバーベキューをしたものだった。葉桜の下、小さなバーベキューコンロ一つで、ゆっくり焼いて食べる。眠れないTさんが途中からうとうとしはじめて、木陰の筵で3時間も昼寝をした。夜、眠る前に爆睡していたTさんの細い手足を思い出してちょっと泣きそうになる。

2017年6月 6日 (火)

下駄の落しもの

きのう、谷中霊園を歩いていたら、男物の下駄が片方落ちていた。履物が片方だけあるのが、私はひどく怖い。下駄を目で捉えたときに、青が「あっ!」って言うものだから、「きゃー」と飛び上がって逃げ出してしまった。「お墓大好きやのに、落ちてる下駄が怖いってへんなの〜」と呆れられた。

落ちている下駄に意味はない。意味のない怖さやおかしさの方が、私だけのものなんだ。意味のない句は、だからそうそう共感されないはずなのだ。
そんなことを考えていたら、カラスの抗争が勃発。しずかな霊園にカラスの怒声が響き渡り、巻き込まれそうになって退散した。

2017年5月29日 (月)

ゆずの柚子の木

近ごろ、ゆず(去年死んだ犬)の夢をよく見る。
夕べは、ゆずを病院に迎えに行った夢。目が見えなくなったゆずが、ゴーグルみたいな眼鏡をしていた。よく似合っていてかわいかった。でも縁が青色で、ゆずは赤の方が似合うはずとおもう…。ゆず、よく見えるの?と聞いたら、うれしそうな顔をするが立ち上がらない。よく見たら、四肢の第2関節から先がない。あ、そうか、そうだったねと抱き上げる(なぜ納得したのかは分からない)。ゆずの重み。毛の感触。におい…。目が覚めても、すこし残っていた。

樹木葬にしたゆずの柚子の木にちいさな花が咲いて、いまはたまごボーロくらいの青い実がなっている。

2017年5月20日 (土)

夜のことば

ハリガネ画の升田学さんは、ダンサーでもある。升田さんのダンスユニット「セレノグラフィカ」が、築300年の町家を舞台に「夜のことば」を上演。からだにも意思があるように自在に動く。饒舌なからだに誘われて、夜を旅するような時間。
上演は、明日21日(日)と23日(火)もあり。伊丹市立伊丹郷町館 
問い合わせ:info@selenographica.net

今朝のことばは、アユミ先生。「踊っていると、その人が出てきます。私はこんなことがしたかったとか、もっとこんな恋愛がしたかったとか、そういうことが踊りに出るんです。バレエを踊るということは、踊ることで人生を何度もやり直すんです」

2017年5月14日 (日)

びゅーてぃふるさんでー

さ、わや〜かなにちよう、ふ、り〜そそぐたいよう…と洗濯ものを干していたら、通りから大声で誰かを罵る声。電話らしい。
「なんでやねん。なんでそうなるねん」「だから、言うたやろ。言葉には気をつけろって」「いやちゃうわ、言葉以前の問題や」「いっつもお前は失敗しとるやろ。何回失敗すんねん」「取り返しつかへんやないか」……聞いてるうちにお腹こわした。身に覚えありすぎ〜。

本日、図書館に返却する本は、どれもおもしろかった。こんなことは、めったにない。すば、すば、すばらしいさんでー、としよう。
「発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由」 栗原類 (KADOKAWA)
「 あの頃」 武田百合子 (中央公論社)
「役立たず、」 石田千 (光文社新書)
「裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち」 上間陽子 (太田出版)
「ビニール傘」 岸政彦 (新潮社)
「ときをためる暮らし」 つばた栄子・つばたしゅういち (自然食通信社)

2017年5月 8日 (月)

フェアリー

今日のバレエは、オーロラ姫の「銀の精」。短い踊り。振り付けを頭に入れて、いざ音楽に合わせて踊る。アユミ先生が首を横に振る。
「皆さん、銀の精は妖精なんです。人間じゃないんですよ。生活感が出すぎてるんです。生活感を出さないでください」
こっちは夕べのお酒が汗に流れてやっと人間に戻ったところだというのに、妖精てか…。足は軽々上がらないので、とりあえず口角上げ気味に踊る。
「あのね、妖精をイメージしてください。妖精はどんな感じですか?……」
そのとき、浮かんだ……「妖精は酢豚に似ている絶対似ている 」。
酢豚が運ばれてくる。甘酸っぱい湯気。口の中に唾が出てくる。とろんとつややかなあん越しのパイナップル……。タンタタタタン……。
「それっ!それを忘れないで」。
アユミ先生が私を指差していた。

妖精は酢豚に似ている絶対似ている  石田柊馬
意表を突く妖精と酢豚。似てへんわと言いたいが、絶対と言われたら、そう思たんやなと受け止めてしまう。厚かましさに愛嬌のある句だと思ってきた。
妖精と酢豚は似ている。あの湯気も、甘酢あんも、白い皿に残されたパイナップルもみんな妖精ではないか!

2017年5月 6日 (土)

GW終盤

県立美術館「新宮普の宇宙船」へ。風や水で動く彫刻の魅力を語るのは難しい。それは生き物のようで、自然の力で絶え間なく変化する。私だって、風ひとつで変れそうな気がしてくる。
男性の入場者が多かった。椅子に座ってじっと眺めるのは女性で、男性は作品に近寄って動きのしくみや構造を解明したい様子だった。

ミュージアムロードを上がって、BBプラザ美術館の「時を映す女性像」へも立ち寄る。モデルの女性たちは、描かれながら何を考えていたんだろう…と、ふと。

さらに山手に上がって、灘中央市場は土井精肉店のコロッケを買いに行く。この前はちょうど閉店前だったのだけど、それは丁寧に掃除されていて、絶対いい店に違いない!と確信した。接客も丁寧だし、息子さんの帽子がかっこいい。

Img_0770_2商店街を歩いていたら、天狗様と遭遇。
天狗様は商店の魔除け、厄除けに回っていらっしゃった。
店に向かって、まず薙刀を両手で高く掲げ、左に足を踏み込みながら低い声で「えいっ!」と突く。右に「えいっ!」。もう一度左に「えいっ!」。両手で掲げて終了。
商店街を進むと、もう一人天狗様が現れる。どうやら、山側と海側を分担されている様子。
海側担当の天狗様は、年寄りの犬みたいな声で、左へ「あぉうっ」、右へ「あぉうっ」、左へ「あぉうっ」と突いていた。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

無料ブログはココログ