2017年5月24日 (水)

一瞬迷子片手だけ濡らすとき

とうとう夢の中でも迷子になった。

どうしても駐車場に戻れない夢。大きなショッピングモールのようなところへいっしょに行ったのは、新聞の文芸欄担当のH女史。すたすた先に歩くのを見失ってしまった。まず迷い込んだ家電量販店でエアコン売場の店員に話しかけられて、ピンクのうさぎの風船と粗品をいただく。こんなのもらってる場合じゃないとそこを出ると、次はイベントスタッフの楽屋らしきところ。何人かがダンスショーの練習をしている。大きなバッグや着替えが床にいっぱい散らかっている。踏まないように通り抜けて、反対側の扉から出る。薄暗くて人の居ない家具売場を抜け、赤と黒の激しい前衛作品の展示された美術ギャラリーを抜け……、歩けど、歩けど駐車場のサインが見つからない。やっと店員さんを捕まえて尋ねたら、かなり距離がありますよと、外壁に沿ってゆるやかな坂をずんずん上ってゆく。あ、ピンクの風船がない。どこで飛ばしてしまったのだろう?それにしても遠い……。

起き抜けから、つかれておりました。

2017年5月19日 (金)

さらしくじらのこころの細い夜

つづきの会 雑詠。

さらしくじらを酢みそで食べたい。ふた口だけ食べたい。私以外、食べる人がいないので、買うとぜんぶ食べないといけない。この句を書いてから、かれこれ十日あまり断念し続けている。

2017年5月18日 (木)

父のいない父の畑に父の豆

京都番傘句会 兼題「お父さん」。

12日に記事について、山田ゆみ葉さんが取り上げてくださいました。→おしゃべりな風
「伝統川柳」と書くと、何をもって伝統川柳と言うのかと突っ込まれそうな気がして、そこは「私の思う伝統川柳」なんて、ちょっと保険かけといたのですが…かかってなかった。て、て、て、定義…。
えと、まず、私が思う伝統川柳は、日々の暮しや風俗を客観的に捉え、人情の機微といったものを描き出し、三要素「穿ち」「笑い」「軽み」を含み、共感性、大衆性を大事にしているイメージです。伝統というと語感的にはカビ臭さが漂いますが、現代、今を書きとめるものと思っています。人の暮らしの基本や感情、もっと言うと生きることの本質的なものはそう変らないので、そこが伝統川柳の難しさではないかと感じています。そこで、新しいことを、新しく書くのは、私の日ごろ書き方よりずっと難しいのです。
水府さんが「本格川柳」を提唱された経緯につきましては、ご教示いただきありがとうございます。伝統川柳を進化させるべく名付けられたのですね。
水府さんが「本格川柳」と名付けられたことは存じていましたが、正直、違和感を感じていました。「本格中華」「本格消臭」「本格舞妓体験」…ほんとうの本格は本格と名乗る必要がないので、なんとなくうさん臭い気がして(水府さん、すみません)、「伝統川柳」の方がしっくりくるので使いました。批判的な意図など毛頭ございません。ただの勉強不足でお恥ずかしい限りです。

いや〜、ありがとうございました。
前にも書いたかもしれませんが、亡くなられた渡辺隆夫さんはきちんと突っ込まれる人でした。日ごろ、何を発信してもあまり反応のない川柳界で、隆夫さんの言葉には丁寧な反応があって、それについてみんなが考えるきっかけになりました。隆夫さんの大きさと思います。ほんとに素敵な方でした。
えと、なので、答えになっていなかったら、またどうぞ突っ込んでやってください。

2017年5月12日 (金)

信心やから九条葱のぬるぬる

京都番傘句会「信じる」軸吟。

一年ぶりに京番さんへ。去年は、電車の人身事故で焦ったので、早めに家を出る。
十三駅から女性専用車両に乗ったら、おじさんも乗込んできた。車掌さんが「ここは女性専用車両なのでご協力ください」とお願いしたところ、「そんな決まりはないはずや!」「何を間違ったこと言うてるねん!」「阪急電車は恥を知れ!」とえらい剣幕で怒鳴る。年かさの車掌さんもやってきて宥めるも、「こんなんで電車遅らして、どないしてくれるねん!」と押し問答。ユナイテッド航空みたいになるのか?と、車両内は緊張と期待(?)が高まる。私の前の親子は、スマホを向けて撮影体制。
5分ほど押し問答して、おじさんはボックス席に座り、車掌が2人横に立ったまま電車は発車した。するとなぜか隣の車両から若いお兄ちゃんがやってきて、「おっさん、マナー違反や」と言ったからたいへん。「だれがおっさんやねん!」「俺はマナーなんか知らん!」と、また始まった。前の親子は再び撮影。
次の淡路駅に着いたら、なんと駅員さんが5人もホームに待機。お兄ちゃんはさっさと降りて、おじさんも「もうええ、もうええ、そないようさん来んでもええ」とか何とか言いながら、さいごに「男も乗ってええて、ちゃんと書いとけ!」と捨て台詞を吐いて降りた。
前にも同種のおじさんを見たことがある。もう少し、冷静でねちっこかった。女性専用ということに意義を唱えたいのかなぁ?

さて、せっかく京番さんへ行くのだから、伝統川柳を出そうと思って出かけた。私の思う伝統川柳を書いてみたけど、やっぱり付け焼き刃は通用しません。

  二段階右折で悪魔去ってゆく

「悪魔」という題があった。さっき怒鳴りちらしたおじさんは、駅でバイクに乗り換える。ちゃんとヘルメット被って、二段階右折して…。そんな気がした。

2017年5月 3日 (水)

ぬくい泡

スミレ座「水姫」へ、昨年末の大晦日さいごの3時間でなんとか書き上げた作品。水姫(人魚)の姉の亡骸に語りかける妹と、姉のたましいのやりとり。スミレ座公演では、姉は老婆の人魚で、嗄れた声は自分の死に気づいていないかのようだった。いや、たぶん気づいていないのだ。

 ぬくい泡

額の骨の水平線に

(あの日の青を見晴らせるから)

波音濡らす右目の汀

(うろこの数をかぞえていたの)

流れはじめる鼓膜のふるえ

(きこえないほどうつくしいうた)

ひらいた口を行き来する魚

(一人分にも足りない夜の) 

渡りきれないいっぽんの首

(黒鍵だけを踏んでゆく鳥) 

声のかたちにならんだ胸と

(虹のことばのふやけてしまう)

水にかたむく背の両岸

(とおくの箱にあまく傷んで) 

腕に沿ってひかりの芽吹く

(覚えないようくりかえす春)

腰の高さに水草あつめ

(たましいと呼ぶしめったひかり)

それはあかるくくるうくるぶし

(わたしを捨てて舟はただよう)  

 

2017年4月25日 (火)

在りし日の動画凍頂烏龍茶

ねじまき句会、兼題「頂」。

渡辺隆夫さんがお亡くなりになったそうだ。洒脱な社会派川柳の書き手が、いなくなってしまった。
 
   妻一度取られ自転車二度取らる

   ゆる褌の日本列島みえるみえる

   鳥帰るあらまテポドンどこ行くの

一度だけ隆夫さんにお目にかかったことがある。句集「魚命魚辞」の批評会のときだった。
終了後、地下鉄の駅へと向かっていたら、隆夫さんがタクシーに乗りたいと困っておられる。どなたも分からない様子で、地上まで私がご案内しましょうということになった。
「こちらです…」と歩き始めると、隆夫さんが逃げるように歩を早める。方向を確かめようと思って、「ホテルはどちらですか?」と尋ねると、「いえ、タクシーに乗れば…」とか何とか言いながら、完全に逃げ腰で階段の端へ端へとすり寄って行く。地上へ出てタクシーを止めると、飛び乗って行かれた。まるで私が部屋に押し入り、押し倒されるのを危ぶまれているかのような慌てようは、思い出してもおかしい。とびきりシャイな紳士だった。
 

2017年4月21日 (金)

つづきの会吟行@京都三条通商店街界隈

さすが京都の古い商店街。創業安政元年あり、釜師治良兵衛あり。釜屋、斧屋の江戸から八百屋、米屋、肉屋、漬け物屋…と三丁目の夕陽あり。行列のできるモンブラン、うなぎ。神社にお寺に公園に、路地にと、見どころ満載。

出句数は決めずにまずは書けるだけ書いて、清記時に10句出しに決定。8人×10句、80句から7句選して合評。
吟行句は、見聞きした情景や言葉に頼った句になりがち。ましてや今回のように、句材そのものだけでおもしろい場合、それを料理するのには力加減や技やらかなり難しい。

  生湯葉の表も裏も黄金狂時代

  格子戸は鶴の折り方忘れたか

  音立てず硬貨数える京みず菜

  どこまでを家族と呼ぶか精米機

  ふじいろに咳きこんでいる古書店主

  リビングに信号のない交差点

  うっすらとほほえんでいる斧である

 

2017年4月18日 (火)

いきなり句会@くんじろう絵てがみ展

神戸の「くんじろう絵てがみ展」へ行くから来ませんか?と突然のお誘い。青森のかなえさん、島根の芳山さん、なかなかごいっしょする機会のない方々なので、それは行かねば!と神戸へ。遠来の方々だし、絵てがみ見てランチくらいかしら…と出かけたら、和女さん、くんじろうさんもいらっしゃり、な、なんと吟行句会をするって!
40分出句無制限。5人でジャスト60句。清記して昼食をはさんで、5句選&合評。ぶっつけ本番みたいな、おそろしい句会。
日ごろの川柳フィールドのほとんど重ならない5人。書き方も読みもかなりばらばらで、川柳の広さを実感。貴重な句座でした。
とにかく、柳人からの誘いには油断するまい。
くんじろうさんが、震災後の東北へ毎日送り続けた366枚の絵てがみ展は、4月30日まで。神戸市中央労働センターです。いのちあるものを抱くような、ぬくもりがあります。366日分ありますので、誕生花占いじゃありませんが、誕生日の一枚をさがすたのしみも。ちなみに私は、「九回裏の落ち葉」。さみしー。
 
  県警の八時五十九分の旗

  もう一人来るころ階段濡れている

  ソメイヨシノのうしろで肉が焼きあがる

  うすももいろは痛いほどやわらかい

  書きかけの家族を置いてパン買いに

2017年4月 7日 (金)

今だけの匂いの庭にある首輪

お花見には、くじ引き的たのしさが含まれている。

花がその日咲いているかどうか。お天気がどうなるか。肝心なことが、分からない。この計算できなさも、さくらの魅力なんだなあ。
2日、神戸市灘区の桜はまだ1分か2分咲き。つぼみ越しの青空を見上げた。5日、神戸市中央区の桜は、3分か4分咲き。今にも降り出しそうな曇り空に、ふくらんだつぼみの紅いドット。さみしい人にも春はそっと来て…、そんなさくら。
今年のさくらは、心なしか縮こまっているような。そんな年もあるよね…。

2017年4月 1日 (土)

川沿いに来るえんとつの頃のこと

ねじまき句会 題詠「頃」。

気持ちの整理のつかないことがあって、いろいろな方の弔辞を読んだり見たりして過ごす。忌野清志郎への甲本ヒロトの弔辞が胸に沁みた。

明日は、お花見。いる人も、いない人もいっしょに見るのが、さくら。

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