2018年11月 5日 (月)

そばかすを浮かべる船の丸い窓

ねじまき句会、雑詠。

平野啓一郎著「空白を満たしなさい」は、船の中にいるような時間だった。「分人」について、ゆっくりゆれながら考えていた。
相手や場所によって、使い分ける顔。どれかがほんとうで、どれかが偽りなのではなく、すべてがほんとうで、いくつかの顔を統合して自分が出来上がっているというのは、まったく新しい発想ではない。自分のなかの嫌な分人を消したくなる自死があるということ。死にたいのではなく、消したいというのは分かる気がした。
夕べ遅くにも、自死の報せ。前日に電話で話した人も、分からなかったそうだ。自分の中のある分人を、どうにもゆるせない分人が現れたりするのだろうか。力つきた分人が、皆を巻き添えにするのだろうか。
わからない。わからないけれど、さみしい。海と空しか見えないところに、浮かんでいるみたいだ。

2018年11月 2日 (金)

都こんぶは雨の日の二本立て

つづきの会、雑詠。

難民問題を扱ったアキ・カウリスマキ監督の「希望のかなた」を観て、伊藤比呂美さんが自身の老いと近しい人たちの死について書いた「たそがれてゆく子さん」を読む。どちらも、重いテーマにユーモアが織りまぜられていて、しんみりしんみり笑う。どっぷり秋。

2018年10月27日 (土)

結構な家庭画報な紅葉で

つづきの会、雑詠。

Img_1531_4 びわこビエンナーレへ。かつて近江商人で栄えた、近江八幡の商家や豪商の旧家に現代アートが展示されている。
旧い建物の持つ傷み、匂い、記憶は、ふしぎなほどに現代アートを受け入れ、溶け合い、また、飲み込んでいる。忘れ去られたものの、さみしさゆえか。

Img_1529_3 照明やBGMを凝らした作品もあったが、それらはなくてもいい気がした。川柳は引き算だから、つい過剰に思うのかもしれない。
昆虫採集家の部屋を再現した作品があって、部屋の隅にカセットデッキがあった。デッキにはテープが入ってなくて、下の引き出しにあるかも…と探していたら、突然風鈴が激しく鳴って、飛び上がるくら
い驚いた。旧い家は、誰もいなくても何か気配みたいなものが漂っている。

Img_1527_5 これはアートではなくて、壁の割れ目から差し込む光。見る角度を変えると、光の表情が変わる。割れ目からのぞいた庭は草ぼうぼうで、オレンジ色の花が風にゆれていた。遠いむかしの庭を見ているようで、タイトルのないアートにも思えた。
Img_1535_3

2018年10月16日 (火)

恥ずかしくなります布をかけられて

うみの会、兼題「布」。

ジムがリニューアルオープンして、コラーゲンマシンなるものが導入された。今月は、先着100名が無料体験中らしい。ぼや〜っと通っている私は、そんなことまったく知らなかった。先着100名に入っても、予約をとるのがなかなかたいへんらしい。何しろマシンは1台。1回の使用時間が15分で、マシンを冷やすのに30分かかるので、1日に10人ほどしか使えない。

電話ボックス状のマシンに入ると、真っ裸で上部のパイプに掴まって仁王立ちで15分間、光(コラーゲン?)を浴びるらしい。音楽もなにもなく、15分て長いなあ〜。「わたし、ついに昨日はじめて……」な〜んて体験談披露に、しゃべる方も聴く方もきゃっきゃしてて、女子の部室みたいな更衣室。私は閉所恐怖症だから無理っぽいし、野口さん(ちびまる子)みたいにやや遠巻きにくっくっくっと聞き耳を立てるのみ。

2018年10月 7日 (日)

数はいま詩となるカシオ計算機

ねじまき句会、題詠「算」。

「ネックレスが切れて、床に散らばった真珠があまりにきれいで、三日ほどそのままにしていたんです」、書家は言った。ちょっとことばの遅いAちゃんのことばも、ふしぎな音のつながりがうつくしかった。

2018年9月29日 (土)

とまらない水寝転ぶと見える耳

ねじまき句会、雑詠。

また雨。また台風。
大雨の前に、ガラスクリーナーを吹き付けておけばピカピカになるという豆知識(?)。前回の台風で試してみた。詰め替用まで買ってきて、隅から隅まで丹念にスプレー、よし、来い!と雨を待ち構えた。ところが、風の方向がベランダに平行。雨が吹き付けへ〜ん。ガラスは垂れた洗浄液でよだれまみれの様な状態に。その状態のまま今日に至ってしまった。まあ、汚い…。再挑戦とばかり、また詰め替用を買ってきたがどうなるか?それより、もう停電しませんように。どこにも被害がありませんように!!

先日、神戸のタクシー運転手さんは、台風で車がダメになったとおっしゃった。「地下駐車場ですか?」「いえ、自宅は大丈夫やったんですけどね、海側の方はどないなっとるんかと思って、ちょっと見に行ったんですよ。ほんで、電気系統が浸かってしもて…。二重ローンですわ…。前の車の6分の1の車ですわ…」「まあ、いのちがあってよかったですよ」「そう思うしかないね」。皆さま、くれぐれも田んぼも川も、見に行かれませんように。ああいうのは、使えないのかなあ?「アレクサ、田んぼ見てきて」「オッケー、グーグル。猪名川どうなってる?」とか。

2018年9月26日 (水)

こおろぎを入れてちいさいお葬式

うみの会、雑詠。

昨日は、川柳教室の日。
お身内のご不幸がつづいているMさんが、今度はひと回り以上も歳のはなれた弟さんを亡くされていた。腎移植しか助かる見込みがなく、実はたった一人適応したドナーが姉のMさんだったことを亡くなってから知らされたそうだ。まだ若い弟さんが、「おねえちゃんには、適合したことを絶対言わないで…」と口止めされていたのだとか。
教室はいつも通りすすめて終ったけれど、そのことで胸がいっぱいだった。帰りにふと途中の駅で降りて、ホームのベンチでしばらくぼお〜っとした。何本もの電車が行き交い、人が運ばれてきて、運ばれてゆく。
「苦しまなければならないものは苦しんで生きていきませう」、宮沢賢治の最後の手紙のことばを思い出した。

2018年9月24日 (月)

ふるい帆布 停電の夜の眠り

うみの会、兼題「布」。

ここ数年、毎年9月は忙しい。私だけじゃなくて、どうも川柳人の繁忙期らしい。皆さん、締切に追われていらっしゃる様子。
今年は特に、停電に出ばなをくじかれたうえに、冠婚葬祭もつづいて気持ちも忙しいったらありゃしない。あ〜、あと一息…。皆さん、がんばりましょう。

2018年8月30日 (木)

冷やしあめ西日にかざすネガフィルム

なんとなく噛み合っていない気がするメールを振り返っていたら、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を思い出した。たしか盛大に擦れ違って終ったのだけど、はて、ラストシーンがどんなだったか…。1日もやもやして、借りてきて観た。あ〜。そうだった、そうだった。カーテン締めて〜、えぇっ?って終ったんだった。口の中の唾液を全部奪うスコーン食べたあとみたいな感じと言えば、分かってもらえるだろうか。もっと分からん?だよね(笑)

前に観たときは、音楽がピンとこなかったんだけど、今回はとても好きでした。カウントダウンに入っているのに宿題に手をつけない、夏休みさいごの小学生みたいなことしています。

2018年8月26日 (日)

水平に船員手帳ひらかれよ

形見の品というものを、いただいたことがない。父の形見分けもなかった。

引出しを整理していたら、桐箱の中に母子手帳と古い茶封筒が入っていた。青いボールペンで「田村勇女殿  ¥550」と書かれている。田村勇女はタムライサメで、その名の通り凛々しい母方のおばあちゃん。おばあちゃんの賃金だったと思われる。きっとこの封筒でお小遣いでもくれたのだろう。よくぞとっていたなぁ…と大事に箱に戻した。
そういえば、おばあちゃんが大事にしてた船員手帳…早世した二人の息子の。あれはまだあるのかな…?もういちど見てみたいな…。

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